奇妙だと感じたのは当然だ。多輝は慌てて佐緒里を引き剥がした。佐緒里は自分の思考を人に読まれないように必死で隠していたらしい。女性が好きで、しかも回りの女子生徒たちに常に欲情していたのだ。確かにそんなことが気付かれたら大変だろう。多輝はがっくりと肩を落として力なく笑った。佐緒里はうっとりと目を潤ませて多輝にすがりついている。
「ごめん。おれが悪かった。勘違いしてたみたいだ」
「えっ?」
驚きの声を上げた佐緒里の額に指を触れさせる。多輝は素早く佐緒里の中に力を注ぎこんだ。その瞬間、佐緒里の身体から力が抜ける。脱力した佐緒里を抱え、多輝は周囲を見回した。誰もいない。だがここに佐緒里を置き去りにはできないだろう。多輝はため息をついて佐緒里を抱えたまま歩き出した。
記憶を修正なんて器用な真似は出来ないが、夢と勘違いさせることは出来る。多輝は佐緒里に施した術のことを思い、苦笑した。完全に忘れさせてしまうことは出来ない。それが出来ればもっと簡単なのになあ。多輝はぼやきながら保健室を目指した。無人であることを確認してから保健室に侵入する。
「悪いな。ここで寝ててくれ」
多輝は佐緒里をベッドに寝かせてそう囁いた。まだ佐緒里は夢の中にいる。どんな夢なのかを想像しかけて多輝は慌てて首を振った。どのみち、自分にとって気持ちのいい夢でないことは確かだ。
とりあえず一人目は違ったか。多輝はため息をついて保健室を出た。この調子で他の奴らも違ってたらどうしよう。そんな怖い考えが過ぎったが、多輝は見て見ぬ振りをした。苦く笑いながら廊下を行く。
結局、多輝の不安は的中した。放課後までの時間を使い、果穂にはじき出してもらったデータを頼りに妙な波動を持つ生徒に片っ端から当たったのだ。だが、悉くが目標とは違って生身の人間だった。多輝は最後には疲れ果てて特別生物室によろけながら戻った。確かめた生徒の全員を保健室に運ぶ訳にもいかない。多輝は四人目以降の生徒は使っていない教室に戻して知らん顔を決め込んだのだ。
「疲れた。ものすっごく、疲れた」
多輝は果穂が用意してくれた茶に手をつけないままで実験台に突っ伏した。果穂は淡々と試験管を洗っている。どうやら何かの実験の最中らしい。それを横目に見ながら多輝は呻いた。
「あのさあ。この学校にさあ。変な奴とかいないの? 人じゃないっぽいとかさあ」
やけくそ気味に多輝はそう訊ねた。すると果穂が目を丸くする。試験管を洗っていた手を止め、水道を止める。そして果穂は軽々と踏み台を飛び降りて多輝に近づいてきた。
「いるわよ」
「は?」
再び机に伏せていた多輝は慌てて身体を起こした。呆然と果穂を見つめる。果穂は首を傾げて不思議そうに多輝を見上げていた。
「いるわよっていったの。なに? もしかしてあなた、にんぎょうをさがしているの?」
それを聞いた多輝はあんぐりと口を開けた。そういえば自分は何の目的でここに来たのかを果穂に話していない。多輝はそのことにようやく思い至った。果穂は多輝の考えていることを読み取ったのだろう。呆れた目をして息をついている。
「さいしょからいえばいいじゃない。わたしがしらないとでもおもうの? がっこうにいるにんげんのでーたはすべてもっているといったでしょう」
そう言ったかと思うと果穂は多輝に背を向けて歩き出した。多輝は思わず果穂に声をかけた。だが果穂は肩越しに見返り、ついてこいと言うだけだ。多輝は仕方なく腰を上げて果穂について歩いた。
果穂は特別研究室の隅にあるコンピュータの前で立ち止まった。そしてくるりと多輝を振り返る。多輝も果穂につられて足を止めた。
「にんぎょうのでーたをみせてあげてもいいわ。でも、そのかわりにじょうけんはふやしてもらうわよ」
果穂はにんまりと笑って多輝を見上げている。多輝は慌てて一歩、身をひいた。今は優一郎とは通話していない。自分だけで判断しなければならないのだ。今から通信を開くことも考えたが、果穂に見られながら性器を弄るのは恥ずかしすぎる。多輝はうろたえて視線を彷徨わせた。
「そんなにあせらなくてもいいわ。かんたんだから」
「ほ、本当か?」
多輝は果穂の言葉に希望を見つけた気がして、自然と顔を緩ませた。果穂は人の悪い笑みを浮かべたままで小さく頷く。
「ええ。だからさきにやくそくして。してくれるって」
「そりゃ、おれに出来ることならいいけど」
「だいじょうぶよ。あなたはべつにたいしたことをするわけじゃない。されるがままになっていてもらえば、それでいいわ」
されるがまま。多輝は心の中で果穂の言葉を繰り返して後ずさりした。顔を引きつらせる。だが果穂はそんな多輝を見つめたままでくすくすと笑った。楽しい玩具を見つけた時の子供の姿によく似ている。
「ちょ、ちょっと待て! されるがままって、あのなっ」
「いたくしないからしんぱいしないで。しょじょまくをやぶるようなへまもしないわ」
さらりと言われて多輝は勢いよく首を横に振った。果穂の足元についていたなめくじがのそりと動く。多輝は本能的な恐怖を感じ、その場から逃げ出そうとした。だが、何かが足をつかんでいて動けない。多輝は引きつりながら足元に目を落とした。
この話くらいから多輝は酷い目にあいっぱなしな感じになりますw