次の日、智美は浮かない気分で登校した。どうせまた、今日も昨日と似たような一日になる。そう思いながら授業を受けていた時、不意に教室のスピーカーから放送を知らせるチャイムが鳴った。ざわめいていた教室の中がぴたりと静まり返る。耳を澄ませた生徒たちの間を流れたのは、穏やかな女性の声だった。
『授業中に失礼します。一年四組の木崎智美さん。一年四組の木崎智美さん。至急、生徒会室まで来て下さい』
そこで放送は途切れた。呼ばれた智美は驚きに目を見開いた。一体、何事だろう。第一、自分は呼び出されるような覚えはない。もしかして主人の身に何かあったのだろうか。智美はうろたえながらどうしよう、と呟いた。
「あー……とにかく、木崎。早く行くように」
いつの間にか傍に立っていた世界史の男性教師が小さく告げる。智美は慌てて立ち上がり、教師に会釈をして教室を走り出た。出来るだけ足音を立てないように気を遣いながら廊下を走る。
生徒会室に辿り着いた智美はドアの前で深呼吸した。一大事だったらどうしよう。そう焦る自分の胸に手を当てる。落ち着け。そう呪文のように呟いてから、智美は生徒会室の扉をノックした。中から返事される。智美は恐る恐るドアを開けてその部屋の中を覗きこんだ。
「ああ、木崎さんね。お待ちしておりましたわ。さあ、どうぞお入りになって」
生徒会室の奥に見知らぬ女子生徒がいる。同級生たちより数段は落ち着いた雰囲気の持ち主だ。智美は困惑しながらドアを大きく開けた。思い切って生徒会室に足を踏み入れる。
するといきなり真横から腕が伸びてくる。智美の背後で半開きになっていたドアを、別の誰かの手が閉じたのだ。驚いた智美が横を見ると、そこには知らない男子生徒が立っていた。きっちりとドアに鍵をかけ、姿勢を戻す。男子生徒は真っ直ぐに立ったまま、智美に顎をしゃくった。見ると、ドアを挟むようにしてまた別の男子生徒が智美の真横に立っていた。壁に寄り添っているため、ドアの隙間からは見えなかったのだ。
「周藤、野木。木崎さんが怯えているわ。挨拶くらいなさいな」
智美の両脇に立っていた男子生徒たちを見つめ、部屋の奥にいた女子生徒が優雅に微笑む。すると智美の両脇の男子生徒たちは声を揃えてはい、と返事した。
「こんにちは、木崎さん。ようこそ、生徒会へ」
きっちりと揃った声で二人が告げる。智美は男子生徒たちの感情のこもらないユニゾンを耳にし、頭痛を覚えた。なんなんだ、こいつらは。内心でそう呟きながら愛想笑いする。
「どうぞ、こちらへ。警戒なさらなくても危害を加えたりは致しません」
女子生徒が立ち上がり智美に告げた。言葉が丁寧だし、物腰も柔らかい。だがそれは明らかに智美に命令していた。いいからこっちにこい。智美は女子生徒のせりふからそれを読み取り、訝りながらもじりじりと生徒会室の奥へと移動した。女子生徒は智美に椅子を勧め、次いでポットを使って茶をいれる。陶磁器の茶碗を目の前に置かれ、智美は困惑しながら女子生徒を見上げた。
「申し遅れました。わたくし、清陵高校の生徒会長を務めております、如月要、と申します」
優雅に一礼しながら要はそう名乗った。智美も慌てて頭を下げる。どうもこういう場面には慣れない。以前、誰かにも挙動が煩いと注意を受けたことがあるのだ。だが要は智美の心中などどうでもよかったのだろう。名乗ってしまってからさっさと自分の机に戻ってしまう。智美は長机の前に一人、取り残された。
「木崎さん。失礼ですが、ここ一週間のあなたの行動は全て調べさせていただいております」
急に冷ややかな声が背後からかかる。智美は硬直して茶碗を持つ手を止めた。傾きかけていた茶碗の中で、薄緑をした茶の表面にさざなみが立つ。ぎこちなく振り返るとドア脇を固めていた男子生徒のうちの一人が喋っていた。全く、感情のない声だ。
「余りにも不審な行動が目立っていたため、失礼ですがこちらで勝手に素性も調べさせていただきました。木崎知美、というのは本名ではありませんね? 年齢、性別についての虚偽はなかったものの、あなたが生徒会に提出した経歴の殆どが偽りでした」
「そこで我々もその旨を如月会長に報告をさせて頂きました」
流れるように喋る二人の男子生徒を見つめながら、智美は真っ青になった。慌てて身体の向きを戻す。要はいつの間にか智美の目の前に立っていた。にっこりと笑いながら首を傾げている。手入れの行き届いた美しい黒髪が、要の動きに合わせて揺れる。面立ちは整っているのに、いやそれだからなのか、要の顔はまるで感情のない人形のようだ。智美は音を立てて生唾を飲んだ。
「そういう訳でお呼びだてしてしまいました。折角の授業の最中にごめんなさいね。でも、わたくしとしても看過できるような事象ではなかったものですから」
微笑みを浮かべながら要が告げる。智美は何も答えられなかった。正体がばれた。そのことだけが智美の頭を支配する。
「うちの諜報員もなかなか腕はいいんですのよ? あなたの経歴を調べたのはその中の数人です。残念ながら機密ですので誰が諜報活動を行っているのかはお教えできませんけれど」
楽しそうに笑いながら要はそう告げた。それを聞いた智美は引きつり笑いを浮かべて手にしていた茶碗をそっとテーブルに戻した。手が勝手に震えだしてしまったからだ。
「何で高校の生徒会なんかに諜報員がいるのよ!」
「あら。自衛手段は必要でしょう? それに木崎さん。あなた、人のことは言えないのではなくて?」
すかさず要が切り返す。智美は言葉に詰まって目を逸らした。確かに人のことは言えないだろう。だが、自分はこの学校に変なところがないかを探っていただけで、一個人についての調査をしていた訳ではない。智美が何とかそう言い訳しようとしていた時、不意に要がくすくすと笑い出した。
「そんなに慌てなくても……わたくしはあなたを罰するつもりはありませんわ。ご心配なく」
そう言いながら要はするりと智美の隣に腰掛けた。すぐに男子生徒二人組が駆け寄ってくる。要の背後をしっかり固めた男子生徒たちの顔を交互に見比べ、智美は緊張しながら要を見やった。
「わたくしはあなたの行動を一切関知しない。生徒会諜報部もあなたの行動についてこれ以上は関与しない。その条件で一つ、お願いしたいことがありますの」
「は?」
いきなりの要の言葉に智美は訳が判らずそう返した。だが要は微笑みを浮かべて続ける。
「清陵高校の地下に広がる施設のことはお聞きになったことがありますわよね? 是非、あなたにその施設に潜入していただきたいんです」
ここで更に新しく登場したのが、
如月要
周藤
野木
こいつらですかね。
主要メンバーではあるんですけども……何だろう……
我ながら増やしすぎ……ですね。