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「そんなに多輝が心配ですか?」
ふと、間近で声がした。絵美佳は慌てて顔を上げた。いつの間に近づいたのだろう。知らない青年が目の前に立っている。その青年は微笑みを浮かべ、静かに動いた。流れるような挙動で絵美佳の隣のブランコに腰を下ろす。
青年はとても穏やかな面立ちをしていた。ともすれば女性に見間違えてしまいそうだ。絵美佳は呆然と隣の青年を見つめていた。これまで色んな美形を見てきたが、青年のような整った顔は見たことがない。同じ美形でも多輝や総一郎とは全くタイプが違う。近いのは優一郎の顔かも知れない。絵美佳がそっと観察していると、青年はふわりと微笑みを浮かべた。
絵美佳は黙っていた。普段なら急に親しそうに話し掛けてきた青年を疑い、何の用かと機嫌悪く返していたところだ。だが今の絵美佳には何故かそれが出来なかった。もしかしたら青年が優一郎によく似た雰囲気を持っていたからかも知れない。
いや。今の優一郎に似ている、だ。昔の優一郎はこうではなかった。絵美佳は思い直して自嘲気味に笑った。優一郎が他の誰にでも微笑みを返し、穏やかな対応をし始めたのは中学生の頃だ。中学生の時、絵美佳が自分の企みに優一郎を巻き込んで以来なのだ。はっきりと原因は判っている。優一郎は絵美佳の企みによって、自分でも忘れてしまうほどの傷を心に負ってしまったのだ。
それがなければ優一郎はきっと素直で優しく、明るいままで成長しただろう。絵美佳は自分のしたことを思い出してため息をついた。
「なるほど。あなたは僕にあの子を重ねて見ているんですね?」
優しい声で告げて青年はそっとブランコを漕いだ。絵美佳の時とは違い、全く軋まない。絵美佳は驚いて青年の乗るブランコを見つめた。鎖は自分の乗るそれと同じように錆びている。支えている鉄の棒も同じものだ。なのに青年は静かにブランコを揺らしていた。
あの子。絵美佳は青年のブランコをじっくりと観察した後に言われたことを思い返した。そして目を見張る。この青年は間違いなく優一郎を知っている。それがなぜかを考えるより早く、絵美佳の心の中には一つの可能性が閃いた。
「あなた、人じゃないのね?」
多輝もそうだ。多輝は人の形をしてはいたが、人とは違っていた。その正体が何なのかを絵美佳は知らない。だが多輝は明らかに人を越える力を持っていた。この青年もそうではないかと思ったのだ。絵美佳は自然と青年を凝視した。青年は微笑んでいるだけだ。ゆっくりと足を地面につき、ブランコを止める。その動きですら優しいものに見えた。
「ええ、そうです。僕はあなたが思う通りの生き物ですよ。僕たちは龍神と呼ばれている存在です」
僕たち、と言うことは多輝もそうだということね。絵美佳の問いかけにも青年は笑って頷いた。ためらいなどまるでない目をしている。
龍神、と絵美佳は口の中で呟いた。聞き覚えのない言葉だが、まるっきり聞いたことのない名前でもない気がする。架空の生き物としては世間に定着している名前だろう。だが絵美佳にはもっと別のところでその名を耳にした記憶があった。多輝と巡り会うよりずっと前に、だ。絵美佳は額に手を当てて考え込んだ。青年はそんな絵美佳を優しい目で見守っている。
どこでだっただろう。ずっと昔に聞いたことがある。絵美佳はそんな思いを頼りに自分の記憶の中を探った。だが該当する記憶が見つからない。やがて空が完全に闇に覆われた時、絵美佳は諦めのため息をついた。俯けていた顔を上げる。すると青年の眼差しと出会った。
「絵美佳さん。お腹が空きませんか? もしよろしければ僕と夕食をご一緒していただけるとありがたいのですが」
そう告げて青年が立ち上がる。その瞬間、青年の乗っていたブランコがかき消えた。ブランコを支えていた鉄の棒が短くなる。そこで初めて絵美佳は気付いた。このブランコは一人用だ。絵美佳が座っている部分しか存在しなかった。隣の席は最初から存在しなかったのだ。
青年は絵美佳の横で微笑んでいる。絵美佳はぼんやりとそんな青年を見上げた。誘われるように立ち上がる。二人の間を涼しい風が通り抜けた。
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