遠いあの日、約束したことを思い出す。必ず守るからと約束した時、
お兄様がしたいようにしてくれればいいの。他には何も要らないわ。
最後に都子が残した言葉がそれだ。その後、都子は戦う人形になった。立ちはだかる敵を惨殺する、感情のない人形。確かに都子は多くの味方の望む存在に変質した。だが同時に敵味方の区別が殆ど出来なくなってしまった。順の命令のみを遵守するが、その際に行く手を邪魔してしまった愚かな味方をも跡形もなく消してしまったのだ。
やがて戦いが終結した時、都子の周りには誰もいなかった。命令者である順以外の存在は目に入らなくなってしまったのだ。順だけがいれば他は何も要らない。都子は本人が告げた最後の言葉通りになってしまったのだ。
龍神との争いは結局、尻すぼみになって終了した。どちらが勝ったとも言いがたい奇妙な戦いだった。互いの頭として立っていた順と立城のそれぞれが戦闘不能になってしまったからだ。順は身体を痛めつけられたために戦いを放棄した。だが立城がどうしてそんな順を潰してしまわなかったのかは今でも判らない。ただ言えるのは立城も他のことで手が離せない状態になってしまったということだ。
順は掠れた笑い声を上げて目を覆った。暗い部屋にいると今でもあの時のことが鮮烈に蘇ってくるのだ。
都子はあれから静かな眠りについた。フェイクとして存在していた都子の持つ力は確かに大きい。だが、使用する際の代償も大きいのだ。眠りについて身体を回復させる必要があった。そして順も静養することになった。周囲を取り囲んでいたハンターたちも休息に入り、敵であった龍神たちもなりを潜めた。
全てが眠る。その間に立城だけは動いていたのだ。順は笑いながら手を上げた。手首に嵌められた枷が小さな音を立てる。目には見えないが、順の両手には水輝の嵌めた枷がある。そして未だ、順はベッドにくくりつけられていた。あたたかな布団の感触が肌に心地いい。そして隣には水輝が無防備に眠っているのだ。順は苦笑して息をついた。水輝は順の細い身体を抱えるようにして寝息を立てている。
立城は力ある者たちが眠りについている隙をついて動いていた。そして誰にも気付かれない内にある計画を発動させたのだ。順がそれに気付いた時、もう事態は動かせないところまで進行していた。今更、なかったことにも出来ない。それはよく判っている。
そしてあいつは何を望むのだろう。順は心の中でそう呟いた。立城が行ったことはハンターを退けるためのものではない。立城ははなからハンターなど相手にしていないのだ。現に立城に向かって行った味方たちは悉く散っていった。立城が都子を潰さなかったのは、それなりの訳があったからだろう。少なくとも情をかけてくれたとは思えない。立城の都合上、都子が消えるのは望ましくなかっただけのことだ。
そうしながら立城は敵の全てを蹴散らすことはしなかった。手の内には水輝もいたのだ。もちろん無傷でという訳にはいかなかっただろうが、二人が本気で敵を惨殺しようとすれば出来た筈なのだ。それくらいは順にも戦い始める以前から薄々わかっていた。それでも仕掛けたのは他に方法がなかったからだ。
何故だろう。今でも順はそのことを考える。どうして立城は戦いを即座に終結させなかったのだろうか。結局、敵に回っていたとは言え、トップレベルの龍神たちを失ってしまったのだ。立城にとってもそれは痛手だったに違いない。
でもあいつはあの時、笑ってた。順は小さく呟いて息をついた。不意に水輝が微かに呻いて順の身体を抱き寄せた。順は苦笑して水輝の胸に額をつけた。剥き出しになっている水輝の肌は少し冷たい。
火龍、
そして立城は去っていったのだ。順に攻撃の一つも入れず。
いま思えばあの時の立城は欠片ほども動揺していなかったのだろう。そしてきっと立城の思い描いていた通りに順は火藍を手にしたのだ。
戦いを止めることもせず、敵を消すこともなく。そんな立城は何もかもを読んでいたのではないだろうか。襲ってきた都子を相手しながら、もしかしたら笑っていたかも知れない。それに考えてみればどうして自分たちが戦うことになったのかを順は知らないのだ。牽制のつもりで吉良瀬にちょっかいは出していたが、本気で戦うつもりなどなかった。なのにどうしてあんなことになったのだろう。あの日からずっと抱きつづけている疑問には未だに答えが出ない。
順はそう考えながら水輝の腕の中で静かに目を閉じた。いつの間にか戻ってきた雨音を聞きながら、やがて眠りにつく。
雨は降り続いていた。
ちょっと説明ですねー。