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廊下を歩いてキッチンに向かう。順は屋敷の中を悠然と歩いていた。歩くたびに水色のスカートが翻る。だが順はそのことを一向に気にしなかった。通りすがる使用人も最初は目を見張るが、順だとすぐに理解するのだろう。丁重に頭を下げてくる。順は黙って彼らに手を上げ、キッチンに急いだ。
屋敷の一角には広々としたキッチンが設えてある。数名の調理人が交替で屋敷内の者の食事を賄っているのだ。順や都子、そして使用人たち。その人数は軽く二十人を超える。当然、食事を作る鍋や釜も大きい。順は大きな寸胴鍋を横目にキッチンを横切った。
キッチンの奥には調理人たちの控える部屋がある。順は静かにその扉をノックした。中から男の声が返事する。すぐにドアは開き、中から一人の若い調理人が顔をのぞかせた。順の顔を確認した途端、慌てて大きくドアを開く。恐縮する若い調理人に微笑みかけ、順は部屋の中を覗いた。
「あれ? 木崎さんは?」
メイドの一人である木崎良子は仕事のない時間はよくこの部屋にいる。だが今は部屋の中には良子の姿がない。訝る順に若い調理人はしどろもどろで説明する。
「ええ、と。その、木崎さんは、今日は都子さまの部屋へ、と言ってたように思うんですけど……あ、でも確かじゃないかも……す、すみません!」
「まあまあ。そんなに緊張しなくていいからさ」
順は気軽に調理人の肩を叩いてからキッチンを出た。赤いじゅうたんの敷き詰められている廊下を静かに歩く。時折、ドアを開けて通りすがる部屋のチェックもする。幸い、水輝は屋敷潜入時に手当たり次第に物を壊すことはしなかったようだ。胸をなで下ろしながら順は二階への階段を昇った。
都子の部屋は二階の西側にある。順は足早に都子の部屋を目指した。たどり着いてドアをノックする。すると中から静かな女性の声が聞こえてきた。しばらく待つとドアがゆっくりと開いた。順は壁にすがりながら横目にメイド姿の女性を見下ろした。ドアを片手で支えて顎をしゃくる。するとその女性は大人しく廊下に出てきた。
「都子は?」
「ポッドでお休みになっておられます」
穏やかな物腰のメイドは順が探していた良子だ。良子は丁寧に頭を下げてドアを見返った。順は黙って頷いてドアを大きく開いた。先に良子が入室する。順は静かに良子に続いた。
その部屋はシンプルな作りになっている。窓は小さいものが天井間際に取り付けられている。リモコンで操作して反射板の角度を変えられるので、日が差している間は部屋に光が取り込みやすくなっている。壁は淡い水色だ。白い魚のイラストが壁のあちこちに描かれている。イラストはクレヨンタッチで描かれており、あくまでも壁の基本色を邪魔しないようになっている。順はぼんやりと部屋の様子を見回した。
部屋の中央には真っ白なポッドが置いてある。都子専用の睡眠ポッドだ。ポッドの硝子張りの上面を覗き込むと、眠る都子の姿と僅かな気泡が見て取れる。ポッドには特殊な液体が注入されているのだ。
「今朝方、一階のお部屋のベッドでお休みになられていたので、勝手かとは思いましたがこちらに運ばせて頂きました。よろしかったでしょうか?」
ポッドの脇に立っていた順に並んでいた良子は、控え目な声でそう報告した。順は黙って頷いてポッドの硝子部分に指を這わせた。裸で眠る都子の寝顔は穏やかだ。まるで汚れがないようにも見える。
「頼んでおいたあれはしてくれた?」
順は都子をじっと見下ろしながら小さく告げた。良子は頷きながらエプロンのポケットに手を入れた。何かを握った手をポケットから出す。順はゆらりと良子の手を見やった。良子が静かに指を開く。手の中には小さなカプセルが握られていた。
「出来うる限り採集したものがこれだそうです。これ以上は残っていなかったと科学研が先ほど連絡をしてきました」
淡々とした喋り口の良子の手からカプセルを取り上げる。順は赤と白のツートンカラーのカプセルを窓から入る光にかざしてみた。何の変哲もないカプセルに見える。順は小さく笑いながらそのカプセルを良子の手に戻した。
「じゃあ、例のところにそれは送っておいてくれる? ああ、ついでに都子の冷凍卵子も送っておいて」
「承知いたしました」
良子は深々と礼をしてカプセルをポケットに戻した。そしてその手で別の何かを引っ張り出す。順は訝りながら良子を見下ろした。小柄な良子は本当は五十を超えていると聞く。だが良子の姿は決してそうは見えない。せいぜい、三十台に見られればいい方だろう。その異様な若さの秘密は木村財閥の所有する科学研にある。良子は研究所で生まれ、育った者なのだ。
順は屋敷住まいですが、水輝の方は宿無しw です。