エロシーンはないです。
「こんな夜中に、どうしたんですか?」
優一郎は小さく笑いながら身を屈めている多輝の横に腰を下ろした。冷蔵庫から漏れる光を受けて多輝が見返る。光に照らされた横顔が不機嫌そうに歪んでいる。優一郎は口許に手を当てて声を殺して笑った。そういえば多輝は学校から戻って以来、何も口にせずに眠ってしまった。というより、優一郎が機体に手を加えるために強制的に眠りにつかせてしまったのだ。
「は、腹が減っちゃ悪いかよっ」
白い光を浴びた多輝の頬がうっすらと赤くなっている。優一郎は笑いながら冷蔵庫の扉を閉じた。すると急に辺りが闇に包まれる。先に立ち上がったのは多輝だった。
「目も覚めちまったし、おれ、買物に行ってくる。お前、何が食いたい?」
そう言いながら多輝は優一郎を見下ろしている。だが闇にまだ慣れない優一郎は多輝の姿をはっきりと目で捉えることが出来なかった。何度か目をこするがなかなか闇に馴染まない。逆に多輝の方は随分と夜目が利くらしい。懸命に目を馴らそうと瞬きする優一郎に向かって、何やってるんだと声をかけてくる。
「それなら、プリンを買ってきていただけますか?」
優一郎はゆらりとその場に立ち上がった。立つだけなら大して見えなくても大丈夫だろう。そう思った。だが立ち上がる途中で何か柔らかなものに頭をぶつけてしまう。怪訝に思いながら優一郎は頭に当たった柔らかなものが何かを確かめようと手を伸ばした。すると多輝が間近で小さな悲鳴を上げる。
「ばっ、どこ触ってんだよ!」
どうやら当たったのは多輝の胸だったらしい。優一郎は得心がいき、微笑みながら首を傾げた。しっかりと立ち上がる。多輝は胸を腕で隠しながら優一郎から少し離れた。だが優一郎にはその姿ははっきりと見えない。目を細めて見る。次第に目が落ち着いてきて周囲の輪郭が判るようになった。
「だ、大体、プリンなんかで腹が膨れる訳がねえだろ。どうせならちゃんと食おうぜ」
「僕はもう、夕食はとったから」
さらりと言い返すと多輝がブーイングの声をあげる。優一郎はため息をついて苦笑した。多輝はだが納得したらしい。文句を言いながらもプリンだな、と念を押す。軽く頷くと傍から多輝の唐突に気配が消えた。着替えに行ったのだろう。さすがにあの格好じゃまずいものね、と呟いて優一郎はキッチンを出た。
廊下に出るとさっきよりも随分と明るく感じられた。優一郎はのんびりと私室に戻った。多輝はきっと自分の部屋から外に直接出るだろう。わざわざ地下施設のゲートを開ける必要性もない。優一郎が部屋に戻ると案の定、モニタは暗いままだった。多輝はもう出たらしい。無人になった多輝の部屋をカメラは映さない。優一郎は息をついて椅子に舞い戻った。
数分後、優一郎の私室に多輝が現れた。トレーナーにジーンズというラフな格好をしている。手に持っていたビニール袋を探りながら、多輝は大またで優一郎に近づいてきた。入力作業の手を止め、優一郎はゆっくりと振り返った。
「ありがとう」
差し出されたプリンを受け取りながら優一郎はにっこりとそう告げた。途端に多輝が真っ赤になる。別にこれくらい、とか言いながら多輝はくるりと背を向けた。ビニールの袋には何か入っているらしい。優一郎は興味を覚えて多輝を呼び止めた。袋の中身を問いただす。すると多輝は赤い顔をしたままで袋の口を開いて見せた。
「別に変なものは買ってないぞ。ええと」
多輝はそのまま床に座り込んでビニール袋に手を突っ込んだ。あぐらをかいて目の前に買った品物を並べ始める。優一郎は小さく笑いながら多輝の前にしゃがみこんだ。次々と食品が並んでいく。
「アルミ鍋入りふろふき大根だろ。筑前煮だろ。で、おかかのおにぎりと、チョコレート。でもって生野菜サラダと冷凍うどん」
一つ一つの名前を挙げながら多輝は最後の食品を床に置いた。塩味のみのクラッカーだ。優一郎は笑いながら一つずつ手にとってみた。
「お前も一緒にこれを食え」
そう言いながら多輝はふろふき大根の鍋を手にした。優一郎は訝りながら多輝の手元を覗き込んだ。食事はしたと言った筈だ。再びそう告げると多輝は眉間に皺を寄せて首を横に振った。
「それじゃあ、これをもらうね」
優一郎は苦笑しながらおにぎりを手に取った。だが多輝が猛然と首を横に振る。
「ちがあう! こっちだ、こっち! お前、ビタミンAが足りてないだろう! 鳥目には大根がいいんだ!」
喚きながら多輝はふろふき大根の鍋を突き出した。優一郎はしばし目を見開き、次いで吹き出した。口に手を当てるが笑い声が自然と漏れる。腹を抱えて笑い始めた優一郎を見ていた多輝は、次第に不機嫌そうな顔になった。
「わかりました。いただきます」
君の目が良過ぎるだけなんだけどね。そうは思ったが優一郎はそれは黙っておいた。にっこり笑う。すると多輝は真っ赤になって判ればいいんだ、と漏らした。
二人でキッチンに移動する。多輝は歩きながらいかに優一郎の栄養バランスが崩れているかをとうとうと語った。優一郎は苦笑しながらそれを聞いた。そもそも、多輝の要求するバランスとやらを保つことは実際には難しい。優一郎も頭では食生活が乱れないように気をつけているつもりなのだが、最近では自宅に戻ることそのものが少ないのだ。当然、食べるものも間に合わせのものが多くなる。昼食だけは斎姫が作ってくれる弁当があるが、朝食と夕食については適当に口にしていることの方が多い。
「気をつけなきゃとは思っているんですけど、夕飯は間に合わせで済ますことが多いんです」
キッチンに入って優一郎は語る多輝にそう応えた。すると多輝がぎらりと優一郎を睨む。相当に気に入らない答えだったのか、多輝は優一郎の両肩をしっかりとつかんで真正面から睨みつけてきた。さっきまでの照れなど吹き飛んでしまっている。
「お前が倒れたら困るだろ。日々の食生活の乱れは命取りなんだぞ。よし、判った。これからはおれがきっちり作ってやるから覚悟しろ。言っとくが駄目だって言っても無駄だからな。絶対、作ってやるんだからな。判ったな」
多輝は優一郎の返事も聞かずにそうまくし立てた。うんうん、と一人で頷いている。優一郎は何が何だか判らないままで瞬きを繰り返した。やがて意味が判ってくる。多輝はどうやら自分の食事の準備をしたがっているらしい。そのことだけを理解して優一郎は小さく笑った。
完全にTSしてしまった多輝ですが……。
そのうち戻ったりします。