神饌として奉じられた野菜は、取り分け良い物が選ばれている。蔵には種々の食材が数多、所狭しと安置、いや、以前から手付かずのまま無造作に放り込まれていた。
今まさに輪切りにした大根の、その瑞々しさと果肉の厚さを見て取り、改めて思う。やはり良い品を頂いた、と。それを頂戴したのは、随分と過去の出来事であったが。
桂むきにした皮は千切りにして金平にでも使えばよかろう。漬物は……もとより不可能であった。なにせ時間が巻き戻るのだ。漬け置いて長期間熟成させられるだけの暇がない。塩揉みか、浅漬けが精々。
鍋に出汁を張り、切った根菜類を煮詰め、火を通す。なんとも具沢山な味噌汁に仕上がりそうだ。
と、と、と。
不意に、軽快な音色を背中に聞く。それは聞き馴れた足音。あるいは仮に別の誰かが家内を歩いたとして、己は彼女のそれとを聞き違えることはないだろう。かの少女の軽やかな足取り。それは既に、この耳に染み付いた。
框を蹴って、草履が土間を擦れる。
どん、と。また背中にそれはすがった。
花の匂いがする。ひどく、芳しい。
「博麗さん」
「……」
腹を抱いた細い腕が締まる。背中に埋められた顔がより一層強く押し付けられる。
「自分がこのように刃物を扱っている際は、御自重いただけますか? 大変危のうございます。お怪我などされては、それこそ……博麗さん?」
「……」
「? どうかお聞き入れくださいませんか。博麗さん……博麗さん……?」
「…………」
この距離でまさか声が耳に届かぬなどということもあるまい。また、そういった気配もない。
彼女は確かに、己の言を聞いている。聞いた上での黙殺であった。
「博れ……」
「はくれい、じゃないもん」
「は?」
「…………」
甘く、ひどく舌っ足らずに少女は言った。それきり、また
如何に不敏を自称する身とはいえ、流石にその旨は察しがついた。躊躇は一瞬か、二瞬か。それを口にしない巧い言い訳が、見付けられず。
「……霊夢さん」
「うん!」
快活な返答と共に足音が後退る。
振り返ればそこに、後ろ手を組んで佇む少女がいる。相も変わらぬ可憐な居姿。源平咲きの椿のように鮮やかな、巫女装束の飾りが華やぐ。
「危のうございますゆえ」
「わかった。離れて見てる。いいよね?」
「は……ではそちらの、框の呉座をお使いください。そこでなら竈の暖も幾らか用足しにはなろうかと」
「はーい」
先程までの不通が嘘のように、打てば響き、聞き分けもよい。
少女の素直さに、愛らしさすら覚える。
ちょこんと框に腰を下ろして、彼女は観察活動を始めた。己という観察対象には微塵と価値を見出だせぬが、彼女の無聊の慰めになるならそれ以上の価値とてまた無いのだ。
「……」
「ふふっ」
その上機嫌が背中を撫でる。名を呼ばわったただそれだけで。
そこに仄かな喜びを覚える己の、この浅ましさ。
ケジメがどうのと、偉そうなことを宣っていた気がする。それがこの有り様か。
彼女を大切だと、尊い人なのだと、なんと斯くも気安く謳えたものだ。己が理性の劣弱なるを、骨の髄から思い知った今、それは虚言空言と同義になった。
俺は少女を凌辱した。
身体を拘束されていたから? 眠っている内に相手から無理矢理に? それらの文言は薄汚いただの責任転嫁に他ならぬ。
徹頭徹尾、毅然とした態度で、絶えず説得を続けていれば。いやそれ以前に、あの行為へと至らぬように、事に及ばぬよう全力で配慮を巡らせるべきだった。
いや、否、全ては仮想。未実現の理想。己という無能には能わなんだ
己は屈したのだ。完膚なきまでに敗北したのだ。彼女に、彼女の、そして彼女に対するこの、胸奥に秘めひた隠した筈の、愛慕に。
────愛してなどいない
そう傲然と告げたこの口で、俺は……俺はあの方に愛を囁いた。
射精後の鉛めいて重い疲労感に理性は紙屑のように圧し潰され、それを足蹴に踏み越えて身の内から湧いて出るこの熱。火焔の如き情。骨すら焦がす熱情が。
なんたる不甲斐なさ。情けなし。この身が未だ生命を存続していることが恥ずかしかった。厭わしかった。
…………彼女が望むならば。
馬鹿も休み休み言え。寝言は就寝時にのみ脳髄の内で弄べ。そんなものは所詮この身の肉欲の正当化である。かの美しい人に触れ、あまつさえ、あまつさえ、その肉体を貪るなど。
違う。この少女は大切な人だ。大切な“人”なのだ。間違っても完全管理下に置かれた美術品などでは断じてない。
人。人間だ。一人の少女。人を超越したかのような能力、達人が究る奥境の如き精神性。
寂しがり屋で、意地っ張りで、素直でない、その幼気なさ。
それらを併せ持つ。清濁、巧拙、両方を持つ人間。まさしく人間の、紛うことなき人間の少女。
…………ただの恋愛だったら。
これがただ、幼く拙いばかりの恋愛だったのなら。
愛しと想う。抱き締めたいほど。一つに、なりたいと希うほど。
尊いと思う。その輝かしい未来を心から願う。彼女が為さし得る偉業を疑わぬ。彼女は世界が必要とする存在なのだと確信できる。
だから、彼女はこんなところに居てはいけない。己のような芥に係らい、その将来を潰すようなこと断じてあってはならぬ。ならぬのだ。
この、甘い泥のような時間空間。桃源の夢は、心魂を容易く融かす。
出なくてはならない。せめて、彼女だけでも。
彼女の未来を奪いたくない。
「…………」
「……お鍋」
「は」
背後からの声に忘我から立ち返る。見れば鍋が泡を吹き、こぼれる直前であった。
取っ手を提げて鍋を上げ、竈の薪を掻き出し火を弱める。
肩甲骨の合間に刺さる、その視線を感じながら。
「……まだダメなの?」
「……まだ、とは」
「私じゃダメなの? 私には……そんな価値ない?」
「そんなことはない」
手が止まる。この口が、舌が、身体稼働の優先権を行使した為に。
歯噛みして、心の動揺を静める。鎮まったふりを決め込む。
「そんな筈が、ない。貴女の、御身の価値は疑いようがない。貴女が尊い、貴い人だと知っている。だからこそ」
「でも、私の願いはわかってくれないんだ」
「貴女はこんなところに居てはいけない!」
拳を握り込み、土間の地面に吠える。子供の駄々同然に。
「……体は繋がれたのに」
「俺が、不甲斐ないばかりに、あのような仕儀を働いた。俺の意志が劣弱なばかりに」
「素敵だった。あぁ、思い出すだけで濡れちゃうよ」
「っ……!」
蕩けた声が背筋を撫でる。それは己にこそあの光景を思い出させた。あの色香を。極上の快楽を。
衣擦れの音が響く。背後の、框の上から。
「ねぇ、ほら、見て」
「!?」
呼ばわりに、しかし振り返ることはできなかった。今、己の後ろで、無体なる行為が繰り広げられているのだと、容易く予見できた。
「見てくれないの……?」
悲しげな声がする。迷い子のように弱弱しく、切なげな。
身体の不動を貫くには、意志力の総動員を要した。
「勘違いならば、お詫びを。すぐに何かお召しください。肌を、隠してください。でなければ、自分はそちらを向けません」
「……」
「博麗さん……霊夢さん。どうか」
己の言が幹と枝葉を結ぶ前に、再び背中に取り付かれる。
しかし今度のそれは、先程とは桁違いの柔らかさで。
屈み込んだ己に覆い被さるようにして、少女の素肌が密着している。両腕も、乳房も腹も。肉の熱が直に背中を焼いた。熱く、熱く。少女の血は熱を上げていた。
「ッ、ッ……!」
「い・や」
「霊夢さん……!」
「言ったでしょ。私をあげるって。貰ってばかりで、あんたに、我慢させてばかりの私を」
「あまりに、勿体のうございます」
「嬉しいよ。でも、それじゃダメなの。ダメなんだって気付いた」
肩を掴む小さな手に力がこもった。いかないで──そんな幻聴を、錯覚してしまう。そんないじらしさを。
「あんたが悲しい顔するのが、辛そうに毎日を耐えてるのが、苦しかった。でも心は同じ想いなんだって信じて、苦しみを紛らわせてきたけど……やっぱり苦しい。あんたが悲しいのは、間違いなく私の所為だから」
「違う。貴女に咎など何一つ」
「違わないよ。私は自分の願いの為に、あんたをここに閉じ込めたの。それは咎。私の罪。それを知ってて、それでも私は絶対に、あんたを解き放ってはやれない。あんたが何処かに行ってしまうのが、あんたに、誰かが懸想するのも、見られるのも嫌。会話すら許せない。触れるなんて許さない。死んでも、それだけは、許さない。許さない。そんなことをする奴がいたら私はそいつを殺す。全能を使って殺す。必ず殺す」
高まり続ける肉体の熱とは裏腹な、鋼の如く冷たい
「殺す」
彼女の言葉は、過大も過小も含まない。言葉通りに、彼女は、その誰かを殺すだろう。
回されたその手を取った。己の手をその小さな手に重ね、そっと握る。少女はすぐさま、急き切るように握り返してきた。ひしと、縋るような必死さで。
「そのようなこと、してはなりません」
俺如きの為に、何故この美しい手を穢してよいなどという理があろう。
「でも無理なの……ごめんなさい」
「……」
「無理なの。あんたを、私は諦めない。あんたをここに留める為なら何でもする。そしてこれが、一番単純で、一番好い方法」
「っ」
作務衣の懐に手がするりと入り込み、胸を撫でまわす。さわり、さわり、丹念に、あるいはその劣情をひけらかすかのように。圧し揉まれ、爪で乳首を掻かれる。疼痛に似た、経験のない快感が走った。
程なく、手は懐を出て帯を緩めようとする。
それを押し止める。払うのではなく、もう一度同じように手を握る。するとやはり彼女はそれに応えてくれた。
「私の体を使って。ね? 私とあんたとぐちゃぐちゃに混ざり合うくらい。私の濡れたところに挿れて。掻き回して。おしっこするみたいにびゅるびゅるをちょうだい。出して。熱いの。欲しいの。ねぇ。そうすればあんたの悲しみも、苦しみも、全部どろどろに融かせる。真面目なあんたが好き。自分を憎むくらい自分を律するあんたを、尊敬する。自分に厳しいのと同じくらい、ううんそれ以上に私に優しくしてくれるのが切なくなる。堪んないくらい愛おしい。でも、あぁ、やっぱり、私は裸のあんたが欲しい。ケダモノみたいに淫らに、私を貪って欲しい。それはいけないこと? 好き合った人同士が、お互いを求め合うのは、不道徳なことなの? 私があんたの体に触れたいと思うことも間違い? 私は、あんたの体だったらどこだって舐めたいよ。しゃぶりたいよ。味わいつくしたいの。あんたから出てくるもの全部を飲みたい。食べ尽くしたい。ねぇ」
吐息混じりに耳に響く、甘く熱く、悪魔じみて優しい囁き。鼓膜はもとより、脳髄の幹を震撼させて余る。
「いやらしい私は、嫌い? 幻滅する?」
「…………」
俺が? この少女を? 嫌う? それは理解に苦しむ文言だった。
この手に力がこもる。より強く。彼女の手を握らずにおれない。
は、と吐息がまた耳を撫でた。感極まるような、望外の悦びを表すような。
愛撫が再開される。己の首筋に、唇が這う。吸い付き、強く強く吸われる。痺れが伝った。首から全身へ。唇が離れても皮膚に疼痛が残る。紅い淫らな痕がそこにはあるのだろう。
俺はゆっくりとその場を立ち上がった。
そうして、振り返る。
果たしてそこには、一糸纏わぬ少女があった。
白い柔肌、ほっそりとした肩、流麗な鎖骨、二房の乳、その頂でぴんと起ち上がった乳首。
へその窪みすらも美しい。下腹へ至り、薄い陰毛がしなしなと湿っている。そして、そのさらに下では、内腿にまで滴りができていた。彼女の言に偽りなどなく、しとどに濡れそぼり、そこは既に待ち侘びている。
己のこれを。着物を見っとも無く押し上げ、突き上げる、これ。
頬と、瞳に同じほどの上気を湛えて麗なる
「んっ……」
頬を撫でる。愛おしい。
肩を抱く。少し冷たい。体が冷えている。労しい。
ふと見ると、彼女は土間に裸足で立っていた。そのなんと、いじらしいことか。
見て取った直後に身体は動いていた。彼女の背と、両膝の裏へ腕を回す。
「へっ? ……わ」
横倒しにしたその身を抱き上げる。
お姫様のなんとやらと世に言う抱き方であるが、姫御をしてそのようにするのは本来無礼千万、無上の不敬に他なるまいに。
横抱きにした少女と目が合った。驚いたような、戸惑うような。すぐに、その顔が赤く染まる。恥じらうような、喜ぶような。
少女は最後に笑んで、己の首に縋った。
「俺も、諦められない。貴女に未来を生きて欲しいと、願わずにいられない」
「……」
「ゆえにこれは一種の根競べです」
「?」
目を瞬いて小首を捻る。不可解という疑問符が少女の頭上に浮かんで見えた。
微笑を自覚する。
「俺が貴女に、夢中なのだと。もはやこの眼は他へ動かし得ないのだと。御理解いただく。御理解いただけるまで……」
彼女の耳に囁く。傲岸不遜に、厚顔無恥に、己が熱情を知らしめる。
「何度でも」
「んっ、はぁっ」
布団に仰向けに寝かせ、そっと、その両脚を開かせる。
にちり、水の音がした。痛々しいほどに赤く、充血した襞が、濡れながらに左右に開く。ただの窪みのような小さな、本当に小さな穴。確かに一度、男根を受け入れたという事実はある筈だのに、それが信じ難い。
しかしこちらの不安など知らぬ存ぜぬと、淫口はぱくぱくと空腹を訴えた。文字通りに。
「っ、ん、ふ……」
刻一刻、愛液が溢れてくる。触れずとも、ぬめりに不足はないだろう。
しかしだからとて矢も楯もたまらず物を突き入れるが如き真似は憚られた。なにより己が、何もせずにおれない。
先程の淫奔な言動とは裏腹に、少女は羞恥で肌を朱に染めていた。両足を持ち上げ、自身の一番の深みを露わにする。その健気が、血潮のみならず熱いものを滾らせる。
「綺麗です。霊夢さん」
「やぁ、ん。今、そんなこと、言わないでよぉ……」
とろりと、また一匙分、液体が垂れ落ちた。
それが滴り落ちる前に、己は顔を近付け。
「えっ」
そっと、その白い恥丘に舌を這わせた。
「ひ、ぃんっ!?」
びくりと瑞々しい女体が震える。
愛液の雫を舌で舐め取る。甘い香りに、生物的な塩味、そしてそれ以外の、味覚に依らぬ甘露を覚えた。
「だ、だめ、そんなとこ、き、汚いから」
「そんなことはない。貴女も仰ってくださった。自分も同じです。貴女の体のどこであろうと、俺も」
「だめっ、だめだってば!」
制してくる手を握る。指の一本一本まで絡め、合わせる。
そのまま、舌を、内へ、陰唇の際へと滑り込ませた。
「ひぁあっ!?」
襞の皺。皮膚と皮膚との境目をより重点的に。
舌の先端でなぞり、彫り上げる。
「んんんんッッ!? んひ、あ、んぁっ、はぁっ、ぁ、ぃい、ぅ……!?」
途端、愛液はさらに溢れ出た。とぷとぷ、そんな擬音を幻聴するほど。
全て舐め取る。啜り、舐り、時に口をあんぐりと開け広げ、受け止める。
外側から、内側へ。陰部はとりわけ、皮膚の厚みが中へ行くほど薄い。敏感で、繊細なそこには努めて触れず、外陰唇の皺を優しく、時にほじるように強引に舐る。舐る。舐る。
「あっ、ぁ、あっ! んっ! ふぅ、んあぁっ!」
唇で啄ばむ。愛おしい。愛おしいと。
「いっ、ひっ、ぃ、んぃ!」
愛液のみならず、己の唾液で彼女の陰部は濡れていく。限りを知らず。混ざり合いながら。
そうして、遂に。
襞の一枚一枚数えるようにして舐め進み、遂にその中心へ。
淫口に、舌を這わせた。
「はぁ、あぁっんっ……!?」
穴の縁をなぞり、円を描く。次々に愛液は舌をこぼれ、顎を滴る。
もったいない。
俺は口を、その口へ這わせ。
「ぢゅる────」
「ま、待ってっ、今、吸った、ら」
一気に啜り上げた。
「いぃ、イッックぅっっ……!!」
びくびくと震え上がる。白い肌が弾け、身を仰け反らせて痙攣する。
ぴんと伸びた足先が、宙空を掻いた。
数十秒、全身の震えは響き続け、ようやくに少女は布団に脱力して仰臥する。
「はぁっ、はぁ、はぁ、んっはぁ、はぁ、ぅ、ん、はっ……」
「霊夢さん」
「はぁ、は、はぁ、はぁ……」
「まだ、
「は、え……?」
最も敏感な、今もまだ包皮に覆い隠されている箇所。しかし確実にその存在を主張している。
陰核。それが懸命に勃起して、まるで刺激を求めるように。
ならばその望み通りに。己の創意工夫の全力で。
舌に唾液を乗せる。彼女の愛液と合わせれば、たっぷりのぬめりを持たせて、そこに触れられる。デリケートな部位なのだ。最初は、包皮の上から。
細心の慎重さで舌の先端を、触れた。
「んひッッ!?」
電気ショックを流された患者のように、少女の体が跳ねた。握り合わせた手にはより強く、より固く力がこもる。連れ立つ子供が親の手を懸命に掴むその様に似て。
愛らしい。
愛くるしく、彼女は絶頂を迎えていた。
淫口が収縮を繰り返す。全身の筋肉の強張りを見て取る。少女は悦楽を貪っている。
それが嬉しい。それをもっと見たい。もっと。
ゆえに先程よりも強く、陰核を包皮で揉む。あくまで優しく、柔らかに、舌をグラインドさせ、ぐにゅぐにゅと。
「ま、だっ、ぃ、ぃい、イって、イってるからぁっ! んぁお、お゛ッ……!」
やっと、やっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっとやっと見付けた。見付けた。
見付けた!
跡形残さず、微細な気配すら余さず消え去った。
存在そのものをここではないそこの底へ封じられ、尋常の術、固有の能力、あのスキマ妖怪にさえ手出しの叶わぬ領域へずれてしまった。
森を焼き払い、山を一つ二つ灰燼に帰しても収まらぬ激情。抑止力を気取る諸々共との無為の殺し合いでは到底消えぬ。消えぬ。消えぬ。
憎い憎い憎い。この憎しみは我が千余の生涯において無上のもの。
どうして。慣れ切ったろうに。飽き切ったろうに。感情など脳が調合する薬剤でしかない。魂のただの箱と化した肉体の機微に今更拘泥する。心酔する。忘れられない。
あの人の優しさを。
あの人の、慈愛。
同情を嫌い、自己憐憫を嫌い、それでもなお他者を慮ることを止められず労しいじらしと思い想うかの甘やかさ。人間的な未熟を。
私は愛おしいと思った。私にそれをくれるあの人が、あの人の慈しみが、欲しくて欲しくて。
今更なのに。こんなものを得ても意味がないと。未来に待ち受ける永劫と刹那の別れ、不可避の別離に泣くことにすら疲れた。だのに。私は乞い、求める。請い願う。
あの人が欲しい。
あの人の、生命が。定命の、生命が生命である証を剥奪してでも。
彼の死ぬ権利を奪い取ってでも!
その苦痛、永遠という病の地獄を知りながら。
ああ、なんて罪深い。なんて恥を知らない。私は、あの日からずっと業を負ったままここに在る。
でも……でも、きっと、それでも。彼なら。彼ならば屹度、わかってくれる。優しい優しいあの人なら、聞いてくれる。許してくれる。ああきっとそう。そうに違いない。そうとしか思えない。
私と共にいってくれる! 彼なら。
信じられる。初めて、信じられた。
家族を想い悲哀する彼の、自己嫌悪の奥底に根差す慈愛の深さを知った。あの愛が、私を決意させた。
あの愛が狂わせる。あの愛がこの魂を病に
欲しい。欲しい。欲しい。
何を払っても、どんなことをしてでも。
ゆえに許さぬ。絶対に許さぬ。彼を持ち去った者を、私は断じて許さぬ。
でも見付けた。
届く。次元の多層構造。積層とも曼荼羅とも思える複雑怪奇な迷路の網の目を縫い越えてようやくにこの手はその領域へ届く。千年培った術の粋によってこの身は奥境へ。境すらない霧中の夢へ至る。
彼はそこにいる。
今、そこに。
────────
そこに。
そこで、広がる。映像が。今か過去か、未来か。時間の概念の捻じれた一個の箱庭に、寝屋と思しい室内で、二人。人間二人。
男と女。
女の股に顔を埋める男。嬌声。喘鳴。喘ぐ。喘ぐ。女の悦に満ちた鳴き声。
男は口淫で女の陰部を愛でた。丹念で、丁寧で、気遣いと慈しみに満ちた愛撫だった。
女は絶頂を繰り返した。肉体の快楽、精神の快楽、その両方を貪っていた。
幾度、達したろう。数えるのも馬鹿らしいほどに。
そうして、男は女の頬に手を添えた。労しげに、依然として変わらず、ひとえに、愛おしそうに。
女が笑う。喜びを、愛を感じて。
男がそっと、女に口付けた。
女は涙を流して男の口舌を味わっていた。
そして、見れば、男の股座で、いきり立つそれ。男の勃起。ああ、それ。あれは。彼の、もの。初めて見る。彼の。彼は。
それを、女の陰部にあてがって、そのまま。
女が悦びに鳴く。泣く。
愛があり、男と女は互いを喰らう。性交。淫行。けれど、それは紛うことなき、愛の交合。
気付くと、手は下穿きの下に、その下で秘所を
二度、三度、電流のような刺激。
抜き取った手は、指は、ぐっしょりと濡れていた。
交わりは続く。一夜では足りぬとばかり。
獣の如く、愛欲で融け合う雄と雌。そこに理性の仮面はなかった。ただ剥き出しの、純粋の、本物の、愛と欲。
また電流。秘部から肛門、背筋を抜けて脳髄を焼く。イく。イく。彼の性交を見ながら私は果てる。何度となく、絶頂する。
口内に血の味が広がる。鼻血が、口の端から顎、喉、胸までも赤く染めた。
電流、痙攣、電流、痙攣痙攣。終わりない絶頂。
絶望という名の快感。
男と女が交わっている。
私はそれを見ながら自らを慰める。慰みなど無い、自傷行為と同義の。
鼻血が止まらない。頬まで熱く濡れる。
濡れる。絶頂。またイく。そうして小便を垂らしながら私はイく。
……………………
私は叫んだ。獣の如く。