IZUMO2〜鬼畜ショタ性記〜 作:イズモ
基本的には同じですが、後半の方が変わっています。
様々な想いが籠もった視線が集まり、その女性に向けられていた。
片膝を着くサヨが口にしたその女性の名前は、『イザナミ』。
その名前を知らない者は、ネノクニには居ない。人ならば、新たなネノクニの神となったアマテラスとカグツチの前の、先代の神である事を知り、今でも崇めて称えられている。
対して悪霊にとっては最大の宿敵にして恐怖の対象として。ヒミコの前の悪霊の長である邪神ヨモツオオカミの宿敵こそが他ならぬイザナミなのだ。
最終的にイザナミは宿敵であり、己の半身でもあった邪神ヨモツオオカミに敗れ、アマテラスとカグツチにネノクニの後を任せて旅立った。なのに、今、そのイザナミが再びその姿を現したのだ。
「……かあ……さん」
敵であるオオナムジと麒麟がすぐ傍に居るにも拘らず、カグツチは身体が震えるのを抑えられなかった。
イザナミがこの世に居るはずがない。他ならぬカグツチが実の母であるイザナミの願いを叶える為に、邪神ヨモツオオカミをアマテラスと仲間達と共に討伐し、旅立つイザナミを見送ったのだから。
(なのに……なんで俺は……目の前にいるのが……母さんだって確信してるんだ……)
まるで現れたイザナミに鼓音しているかのように震え続けている剣が理由ではない。
カグツチの心が、そして魂が、目の前に立っているのは母親であるイザナミ本人なのだと告げていた。
イザナミも、カグツチの姿を改めて見つめると、優し気に、そして慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「立派になったわね。その姿、まるであの人見たい」
「……母さんなのか」
「ええ、また会えて嬉しいわ、
その言葉と微笑みを見たカグツチは確信してしまった。
目の前にいるのは幻覚でも、ましてや偽物でもない。正真正銘、自身を産んでくれた母親、イザナミ本人である事を。
(まさか!? これはどう言う事なの!?)
カグツチとイザナミのやり取りを見ていたツクヨミは、驚愕と困惑に包まれた。
ある意味では、ツクヨミはこの場で一番困惑していたかも知れない。何せリンドと言う共犯者がいるだけに、カグツチよりも裏の事情を知っているのだから。
その裏事情の中にイザナミの情報など無かっただけに混乱するのは当然だった。尤も、この件でリンドを責める事は出来ない。そのリンドもまた、イザナミの生存に関する情報を知ったのは、ツクヨミ達が『黄泉平坂』に遠征に向かった後なのだから。
だが、この場にはイザナミの生存など認められない者達もいる。
「偽物だ!!」
『っ!?』
突然上がった声にカグツチ達が目を向けて見ると、両手を掲げてその先に真っ黒な球体を造り上げている麒麟がいた。
「イザナミはこの世を去った!! 偽物で我らを動揺させるつもりなのだろうが、そうはいかん!!」
「母さん!!」
「イザナミ様!!」
麒麟が放とうとしている技が強大なものだと察したカグツチとツクヨミは叫ぶ。
すぐにイザナミを助けねばと二人は動く。だが、カグツチとツクヨミが居る位置が悪かった。
丁度、麒麟とオオナムジ、そして倒れ伏したまま動かない牡丹と露草は、イザナミとカグツチ達との真ん中に立っていた。状況で言えば、麒麟とオオナムジ達はイザナミとカグツチ達に挟み撃ちにされている状況。
逃げ場を無くしていた状況であったが、イザナミの生存と言う現実を否定する為に麒麟が動き出してしまった。
「ファイアっ!」
「アイスコフィン!」
「ディスチャージ!!」
「ソニック!!」
炎の塊、氷の塊、雷光、衝撃波が麒麟の背に向かって放たれた。
状況は良く分からなくても、少なくとも戦闘が再開されたのだと察した兵の何人かが反応して、それぞれ『火玉』、『水玉』、『金玉』、『木玉』の呪法を放ったのだ。
無防備としか言えない麒麟の背に放たれた呪法は向かって行くが、背に当たる少し前に急に呪法は勝手に向きを変えて掲げられていた真っ黒な球体に吸い込まれていった。
『っ!?』
「無駄だ!! この技は攻防一体を兼ね備えた私の奥義!! あらゆる私への攻撃はこの虚無の中に消えていく! そしてそれを相手に放てば、そのまま吸い込まれて消え去るのだ!! 消え去れ、イザナミの偽物!!」
「母さん!?」
イザナミに向かって麒麟が漆黒の球体を放つのを見たカグツチは叫んだ。
麒麟が放った技は、精霊としての呪法ではなく、独自に編み出した奥義。重力を圧縮して、あらゆるものを吸い込むソレは、アシハラノクニでは『ブラックホール』と呼ばれているものと同じもの。
吸い込まれれば、光さえも逃げ出すことが出来ないその技を編み出した麒麟は、まさにネノクニ最強の精霊。
だが、イザナミの危機だと言うのにサヨは黙したまま片膝を着いている。そしてイザナミもまた自らに迫り、身体が球体に向かってに引っ張られていくのを感じながらも、その顔には何の焦りもなかった。
「麒麟……
「っ!?」
イザナミの叫びを耳にした麒麟が目を見開く。
次の瞬間、イザナミは巫女服の長袖から二振りの短刀を取り出した。まるで短刀そのものが意思を持つかのように勝手に鞘から抜け、神々しさを感じさせる抜身の刀身が露わになった。
「アレは!?」
「精霊武具!?」
カグツチとツクヨミは、イザナミが握る二振りの短刀の正体に気がつく。
二振りの『短刀の精霊武具』は、イザナミの意思に応じるように短い刀身に雷光を迸らせる。
迸る雷光はイザナミの意思に従い、その威力を解き放つ。
「轟撃・極」
悪霊と亡者の世界である闇に満ちた『黄泉平坂』が光に満ちた。
その光は、イザナミに迫っていた全てを呑み込む漆黒の球体を消滅させて、その先に居た麒麟さえも呑み込んだ。
光が消え、余りの光量にカグツチ達の目は眩み、漸くまともに見えるようになって慌ててイザナミと麒麟に顔を向けて見る。
すると其処には強大無比な、それこそ『理』さえも超越した一撃を放ち終えて残心をしているイザナミと、光に焼かれ、そのまま洞窟の壁に陥没する程に叩きつけられた麒麟の姿があった。
「……ばかな……この力……夢を紡ぐ……力……まさか……本当に……」
着ていた民族衣装が焼かれ、秘すべき肌が露わになり、辛うじて乳房や秘所が隠せる程度になって苦痛に苦しみながらも、麒麟は顔を上げてイザナミを見つめる。
麒麟の奥義は四聖獣が四人がかりで挑んでも打ち破る事が出来ない奥義。アマテラス、カグツチ、ツクヨミでも、先ほどの麒麟の奥義を破る為にはかなりの力を使って、漸く打ち破れるもの。その奥義を苦も無く破れる者がいるとすれば、麒麟の奥義を理解し、卓越した術師であるヒミコ。
そしてそのヒミコと麒麟を遥か昔に、四聖獣を加えて敗北せしめたもの。即ち、イザナミの半身である邪神ヨモツオオカミ。半身であるヨモツオオカミが出来るのならば、その半身たるイザナミもまた出来る。
(麟の奥義を打ち破るとは……本物かっ!)
戦いと呼べない一方的な麒麟の敗北の光景に、オオナムジは失った右腕の傷口を左手で押さえながら奥歯が軋む程に噛み締めた。
先代のネノクニの神の生存。しかも、自分達を憎悪しているサヨと関わりがある事から、間違いなくイザナミは自分達の敵。加えてこの場には、本来の自分達の敵であるカグツチとツクヨミに加えて兵達もいる。
カグツチ達は此処に辿り着くまでに元々『黄泉平坂』に居た悪霊や亡者との戦闘はあったが、この遠征の為に準備を整えて来ただけにまだまだ余力は残っている。
対してオオナムジ達は最早敗北寸前。麒麟もオオナムジも重傷を負い、次の実力者である牡丹と露草も負傷を負っている。その上に、連れて来た配下達はサヨとイザナミの手によって全滅。
(此処までか!)
圧倒的な状況の不利に、流石のオオナムジも絶望感を感じてしまう。
(……不味いわね)
少しでも情報を得ようと状況を見ていたツクヨミは焦りを感じていた。
無論、長年の敵であるオオナムジ達を心配してではなく、
(流石はイザナミ様……精霊武具をもしかしたら私や琴乃よりも使いこなしている……でも、今はこの状況こそが不味いわ)
本来ならば、この状況は敵側の軍師とヒミコの側近で麒麟を討ち取れる絶好の機会。
将であるカグツチも、軍師であるツクヨミがずっと求めていた機会。特にオオナムジを討ち取れば、封印されてしまったカグツチとツクヨミの息子であるニニギを解放できるかもしれない。
だが、それが出来ない事情がカグツチとツクヨミにはあった。
(……オオナムジと麒麟を討伐して……大丈夫なの?)
未来のヒミコが犯した禁忌である『反魂の術』に一年後の琴乃のネノクニへの召喚。
もしもその件にオオナムジと麒麟が関わっていれば、此処で二人を討伐してしまえば矛盾が発生してしまう。
(くっ!? 本当に歯痒いわね!)
せっかくの敵の軍師と側近を討ち取れる機会を逃すしかないかも知れない現状に、ツクヨミは怒りを感じてしまう。
そのせいでツクヨミは気がつかなかった。イザナミが現れてから、沈黙を続けているこの場で最も敵側を憎んでいるサヨの口元が悍ましい笑みで歪んでいる事に。
(いや、ヒミコ様の為にも何としても逃げ延び、ご報告しなければ!)
命が惜しいのではなく、その命を捧げた主君の理想の為にもとオオナムジは気力を振り絞る。
それはオオナムジだけではない。壁にめり込んだままの麒麟も、片腕がひしゃげている牡丹ももう片方の腕を振り上げながら、
「ヒミコ様の為にも、まだ終わらぬ!!」
「あの方の理想の為にも!」
「ヌハハハッ!! 血が滾るわ!!」
オオナムジは自らの最大の技を放つために呪力を集め、麒麟は苦痛に苦しみながらもその身を本性である神獣へと変じさせていく。
まだ敵は諦めていないと悟った兵達は、それぞれ武器や呪法を放つ構えを取る。イザナミの事が気に掛かっていたカグツチも一先ず敵を完全に無力化させる為に剣を構える。
(あの剣は……そう。聞いていたけど、サギリが貴方に受け継がせてくれたのね)
息子が構える剣を見たイザナミは、懐かしさと嬉しさから微笑む。
嘗て友好の証として自身が霊力を込め、愛する人が鍛えた剣が今は息子の力になっている。沢山の兵を率いる姿も誇らしくてイザナミは仕方が無かった。
(……でも、ヒカル……私が目覚めたのは、貴方の立派な姿を見る為じゃないの)
本来ならばイザナミはまだ目覚めるほどに回復していない。二千年に渡る疲弊が十数年の眠りで回復し切れるはずがない。
そのイザナミがこんなにも早く目覚めてしまった理由は、イザナミの中にあるもう一つの気持ちが駆り立てたから。其方側を明確に目覚めさせない為に、イザナミは起きたのだ。
(分かっています、
自身の中で今にも表側に出てしまいそうな気持ちを抑えながら、イザナミはサヨに視線を向ける。
(もう宜しいのですね)
怨霊の身に堕ちながらも、イザナミには明確な敬意を抱いているサヨは、もう少しだけ彼女の息子であるカグツチの雄姿を見せても構わないと思っていた。
だが、もう充分だと言うようにイザナミが頷くと共に移動を始めたのを確認したサヨは、
それと同時に麒麟の姿が人型から神獣の姿へと変わった。
ドンっと地面に炎を纏った蹄が踏みしめられる。
現れたのは龍に似た顔立ちに長く伸びた鹿の角を二本備えた獣。
体格としては鹿に似ていて、人の姿の時の麒麟の緋色の髪と同じ色合いの鬣と毛が尻尾から生え、鱗で身体は覆われている。
その姿こそ人の身から精霊に変じた事で、麒麟が得たもう一つの神獣としての姿。
ネノクニ最強の精霊である『麒麟』が、全身に傷を負いながらも姿を現した。
『負けられぬ!! ヒミコ様の理想の為にも!』
「お前達がどんな理想を持っていようと、アシハラノクニで普通に暮らしていた琴乃ちゃんを巻き込む事が許されるものか!!」
これまでの長き戦、そしてヒミコの目的も知っているカグツチは、その理想が決して自分達と相容れる事が出来ないものだと分かっている。
故に理想に関しては最早問答などせず、ネノクニの争いに無関係な琴乃を巻き込んだ事への憤りを叫びながら剣を構える。
「皆! 行くぞ!!」
「ヌハハハハッ!! それでこそ我らが求めていた敵だ!! 行くぞ、弟よ!!」
片腕が使用できない傷を負っていてもヒミコに与した理由であるカグツチの戦いに心が躍った牡丹は、背後に立っている露草に声を掛けて残された片腕に力を込めて戦いを始めようとする。
ガシッ!
だが、駆けだそうとする牡丹の肩を露草が突然掴んだ。
「ぬっ!? 何を?」
まるで引き留めよとするかのような弟の突然の行動に牡丹が疑問を覚えて振り向いてみると、目を赤く光らせた露草が牡丹の首筋に噛みついた。
ガブゥッ!!
「グギャアァァァァァァ!!!」
『っ!?』
突然の起きた惨劇に敵も味方も関係なく目を見開き動きが止まってしまう。
いや、イザナミとサヨだけは驚いた様子もなく見ていたが、それに気づいた者はいなかった。
「やめっ! 何をして!? ぐがぁぁぁっ!!」
「露草!? 何をしている!?」
『露草!? 止めなさい!! それはお前の兄だ!?』
響き渡る粗食音。生々しいソレを上げているのは、鬼とは言え兄を喰らっている弟。
聞いているだけで気分が悪くなる音と目の前で起きている光景に、カグツチや兵隊も気分悪そうな顔をして動きが止まってしまう。
それ故に対応が遅れてしまった。
「っ!? まさか、アレは!? カグツチ! 兵隊!! すぐに攻撃して!」
「っ!? 皆攻撃だ! 起震っ!!」
妻であり、『真の契りの儀式』を結んでいる事でツクヨミが強い焦りを抱いているのを感じたカグツチは即座に大地を揺るがす衝撃を発する『起震』を放った。
それに続くように兵達も呪法や弓、或いは自身が所持している精霊武具の力を解き放って牡丹を喰らい続ける露草に放った。
一体の悪霊に放つには過剰な威力が込められているそれらを受けた露草と牡丹は攻撃に呑み込まれる。
攻撃の余波によって舞い上がる土煙。麒麟とオオナムジも、残された仲間が更に減った事への焦りよりも、直前の異様な出来事から固唾みながら見つめる。
「……っ!? 遅かったわ」
「■■■■■■■っ!!!」
ツクヨミが言葉を発すると同時に土煙の中から『咆哮』が轟いた。
サヨが放った『咆哮』に負けない程の『咆哮』は土煙だけではなく、カグツチ達や麒麟、オオナムジにも容赦なく襲い掛かる。
『ぐぅっ!?』
「かはっ!?」
負傷を負っていても神獣化していた麒麟は衝撃波に耐える事が出来たが、オオナムジは大きく吹き飛ばされてしまう。
したたかに身体を地面に打ち付けて痛みに苦しむオオナムジだったが、微かに打ち付けた場所の近くから風を感じた。
「っ!? もしや! はっ!!」
片腕で印を組み、斧を顕現させて壁に打ち付けると、それは壁ではなく岩の集まりだったのか抜け道のようなものが先に存在していた。
「っ!? 麟! 此方から脱出出来るぞ!」
「不味い!? アレって確か、スサノオがヨモツオオカミ様の為に造っていた抜け道よ!?」
「何だって!?」
ツクヨミの言葉にオオナムジが抜け道を見つけた事を気づいたカグツチが叫んだ。
「麟!? 早くするのだ!!」
何処に繋がっていようと敵が多い場所から脱出できる機会。それを逃す訳には行かないと、同じ側近である麒麟に叫ぶが……。
『……オオナムジ……ヒミコ様の事を頼みます』
「っ……分かった。後を頼む」
神獣の瞳から麒麟の覚悟を感じたオオナムジは、最早何も言わずに屈辱を感じながらも抜け道から敗走していった。
オオナムジが行ったのを確信した麒麟は、即座に力を発揮して抜け道の入口を塞ぐように岩を突き出させて防ぎ、更に自身もその前に移動する。
『さあっ! 行くぞ!!』
「くっ!」
決して通さぬと言わんばかりの麒麟の覚悟をカグツチは感じる。
それに加えて……。
『■■■■■■っ!!』
衝撃波で晴れた土煙の向こう側から現れたのは、両肩からも二本の腕を生やした紫色の体躯の三本角の鬼だった。
体格は牡丹や露草よりも二回りほど大きい巨躰で、目が爛々と赤く輝き、四本ある内の一本の手には
「っ!? ……ツクヨミ。アレは何だ?」
見た事もない出来事を目にしたカグツチは、苦い顔をしているツクヨミに質問した。
「アレは『蟲毒』よ。悪霊同士が混ざり合う事で、新たな悪霊に変じる現象」
「吸収とは違うのか?」
「ええ……吸収は吸収した側の意思がそのまま残るわ。でも、『蟲毒』の場合はその意思まで混じり合って、全く別の存在へと変貌してしまうの。しかも大抵は理性のない化け物に変じるから、悪霊同士でも滅多にどころか絶対にやりたくない事よ」
「なるほどな……」
納得したようにカグツチは頷いた。
一目見ただけで、あの紫色の鬼は牡丹でも露草でもない全く別の鬼なのだという事が分かる。既に兵達が動き出し、精霊武具を持つ者達が主体となって攻めているが、その皮膚に傷を負わせる事も叶わずにいる。
逆に鬼が振るう腕やその手に握る黒剣から放たれる衝撃に吹き飛ばされて、負傷する者が多い。麒麟の方を攻めている者達も、相手は神獣化していても重傷を負っているが、此方も巨体や揺れ動かされる地面のせいで思うように攻められずにいた。
この時、全く精霊武具を使いこなせていないカグツチ達の兵の様子にサヨが眉を顰めて苛立っていたのは言うまでもない。
「とにかく、ツクヨミ。俺はあの紫の鬼の方に行く。麒麟の方は頼んだぞ」
「ええ、任せて」
即座に動き出したカグツチの背に声を掛けながら、ツクヨミもすぐに麒麟の方に向かって行く。
だが、そのツクヨミを止めるようにサヨが瞬時に移動して来た。
「っ!? 何の用かしら? 麒麟は自分が相手をするって言いたいの?」
表でも裏でも手を組んでいる協力者であるリンドの先祖ではあるが、同時に直接会った桃花とリンド本人から気を付けるようにも言われている相手。
何よりも影に過ぎない筈のサヨが、外に出ているばかりか寄りにも寄ってイザナミと共に居るのだ。事情が分からない以上ツクヨミが警戒するのは正しい。
そんなツクヨミにサヨは懐に手を入れると、厳重に守護の術が張られている掌に乗る大きさの箱を取り出した。
「末裔の協力者、ツクヨミ……一族の遺産を一割個人的に渡す契約を結んでいるわね」
「っ!? どうしてその事を!?」
リンドがサヨを警戒して他の先祖の影達と違い、自分達の情報を話して相談はしていない事はツクヨミは知っている。なのに、サヨは明らかに知らない筈の情報を口にした。
その事実にツクヨミの警戒心は更に上がるが、既に遅い。サヨと顔を見合わせた瞬間から、ツクヨミは既に『呪』に囚われた。
(っ!? 身体が動かないっ!?)
「そろそろ時間がないから手短に言うわ。この箱の中には、末裔も知らない一族の至宝が入っている。この至宝の存在を知れば、末裔の精霊の番達は必ず争う事になるわ。何せこの至宝は、この箱の中にしかもう無い物だから」
(何ですって!?)
リンドの精霊の番となれば、桃花、青龍、蔓、そして白虎という事になる。
四人とも確かにリンドの真名を知って、その寵愛を得ようとしているが、それは女、或いは雌としての魅力による勝負。相手を蹴落としたり、貶めるようなドロドロとした争いは起きていない。
その関係を崩しかねないのが、今のサヨの手の中にあるリンドも知らなかった一族の至宝だった。
「此れを貴女に渡すわ。これで末裔の一割の契約は完了で良いわね。詳細はアレにでも聞きなさい」
『呪』に囚われて動けないツクヨミの懐に一方的にサヨは箱を入れて背を向けた。
「それと……貴女の伴侶の傍に居た方が良いわよ。でないと、逃げられないから」
意味深な事を言い終えると共に、サヨはツクヨミの前から消えた。
「っ!? ……どう言うつもりなのかしらね?」
サヨが消えると共に身体の自由を取り戻したツクヨミは、懐の中に入っている箱を確認する。
(リンドも知らない至宝ですって? 一体何が入って? いえ、今はそれよりもカグツチの方にっ!?)
麒麟と戦っている兵達には悪いが、それよりもサヨの言葉にツクヨミは従った。
ツクヨミは見たのだ。悪霊時代の頃の自分と同じ、サヨの憎悪に染まり決まった龍眼を。
『■■■■■っ!!』
「何だ!?」
戦っていた紫の鬼が突然大きく咆えながら、飛び上がった事にカグツチは驚く。
そのまま距離を取って地面に着地をすると、先ほどまでなりふり構わずに周囲の目に映る全てに攻撃していた動きから一転、真っ直ぐに目標に向かって駆けだした。
その目標とされた相手は……『麒麟』だった。
『なにっ!?』
『■■■■■っ!!!』
既に紫の鬼には仲間であった牡丹と露草のどちらの意思もない事は麒麟も分かっていたが、距離がありカグツチやその兵達と戦っていたので自分の方に来る事は無いと思っていた。
それはカグツチと言う強敵を相手にしていれば、流石に理性が無くとも其方を優先すると思っていたから。実際に、カグツチが前に出て積極的に戦い始めれば、紫の鬼は他の相手など目にくれずにカグツチを相手にしていた。
本能がカグツチは危険だと判断したからだ。だが、今は最早他の者になど目にくれずに麒麟に向かって突き進んで行く。
『……っ』
まさか、今度は自身を喰おうとしているのかと麒麟は警戒し、先ずは紫の鬼を対処しようとする。
だが、麒麟は忘れていた。今、この場にはもう彼女の味方が誰一人としていない事を。
ドゴンッ!
『かはっ!?』
人の姿だった時に負った負傷で、鱗ではなく傷口と成っていた場所に爆発の呪法が襲い掛かった。
それはカグツチの兵の一人が放った炎の最大呪法である『エクスプロージョン』。本来ならば神獣状態の麒麟には最大呪法でも、卓越した術師でもなければダメージはない。
だが、既にイザナミによって重傷に近い負傷を負い、麒麟に比べれば遥かに弱いとはいえカグツチが鍛えて来た兵達を相手にして疲弊し、此処に来て傷口を抉るようなダメージには流石の麒麟も限界だった。
それでも尚、地面に倒れ伏さず、その場に踏みとどまったのは見事だったが、逃げる機会を完全に失い、飛び上がって手に持つ黒剣を突き刺すように構えた紫の鬼は対処できずに、深々とその背に黒剣が鱗を突き破りながら刺さった。
『あ゛あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』
鱗を突き破られ、その身に剣の刃が突き刺さる感触と激痛に麒麟は断末魔の叫びに近い悲鳴を上げた。
その大きな叫びが終わると共に麒麟は地面にその巨体を倒れ伏してしまう。そして神獣の姿も維持できなくなったのか麒麟は人の身に戻って、背に突き刺さった黒剣が背中から腹部を突き抜け、地面に縫い留められている状態になった。
「や、やったのか」
兵の一人が目の前の光景を見て呟いた。
紛れもなくヒミコ側の切り札で最側近であったネノクニ最強の精霊、麒麟の敗北。
実感が得られないのは、それを成し遂げたのが先ほどまで麒麟の味方であったはずの紫の鬼。しかも仲間であった者に止めを刺されて倒されるなど哀れに満ちた敗北。
敵ではあるが、思わず同情を覚えてしまう結果にカグツチ、ツクヨミ、兵達は言葉を失うしかなかった。
だが、まだ油断はできない。麒麟に止めを刺した『蟲毒』によって生まれた紫の鬼が残っている。何時動き出しても、或いは麒麟まで『蟲毒』に用いるのかとカグツチ達が警戒する中、取り囲む兵達の間からサヨが麒麟の下に歩いて行く。
「サヨさん!? 待つんだ! まだ鬼が残って!」
「っ!? 違うわ、ヒカル!? そうよ! リンドが言っていたわ! サヨが司るものは……」
ツクヨミは気がついた。
今のこの状況、そして先ほど見たサヨの憎悪に満ちた龍眼。其処からツクヨミは答えに辿り着いた
その間に倒れ伏す麒麟の下に辿り着いたサヨは、地面に剣で縫い留められている麒麟の前まで辿り着く。
「……あくぅ……あぁ……」
「言ったでしょう。死よりも恐ろしい恐怖を味合わせてコロシツクスって……ジゴクヲアジワエ」
『っ!?』
悍ましささえも感じさせるほどの深い憎悪に満ちたサヨの声音に、麒麟と鬼を取り囲んでいた兵達は思わず一歩後ろに下がってしまった。
それと共にサヨは印を素早く組み終え、地面に黒剣で縫い留められている麒麟とその黒剣を突き刺したまま動かなくなった鬼を囲むように黒く輝く陣が出現した。
同時に紫の鬼は足から、麒麟は黒剣が突き刺さっている腹部から石化を始めた。
「っ……こ、これは……」
「
「ああ……じょ、じょふく……さ……」
抵抗も出来ない程に弱り切った麒麟は、何かに右手を伸ばしながら無念さに満ちた顔をしながら石化した。
「……フフッ……アハハハハハハハハッ!!!」
悍ましくも狂っているとしか思えない哄笑をサヨは上げた。
「……ヒカル」
「ああ……リンドには悪いが……このサヨさんは……」
ツクヨミとカグツチは悟った。
目の前にいるサヨは、里に現れて窮地を救ってくれた『サヨ』と違い、
二人は精霊武具である刀とサギリから受け継いだ剣を構える。その気配を察したのか、サヨは哄笑を上げるのを止めてゆっくりとカグツチ達に身体を向けた。
「出来れば、イザナミの御方の息子である貴方とその伴侶の精霊とは戦いたくないのだけど」
「だったら、大人しくこっちに従ってくれるかしら?」
「サヨさん……アンタが自分の血を引く一族を滅ぼしたヒミコ達を憎むのは分かる……でも、今だけは駄目なんだ!」
「……そう……なら良いわ……予定と変わってしまったけど、やる事は変わりはないのだから」
「予定ですって? 一体何を……んっ?」
問いかけている最中でツクヨミは足元が揺れ出している事に気がつく。
その揺れは徐々に強くなっていき、カグツチや兵達も気がついて周囲を見回し出す。
だが、サヨだけは何が起きているのか知っているように口元を笑みで歪めた。
「フフッ、流石はあの子達ね。問題なく
「なっ!? 四聖の社を奪ったですって!?」
「一体どう言うつもりなんだ!?」
四聖獣の社はこのネノクニにとって、重大な意味を持つ霊地。
その地を何らかの方法で奪ったと告げたサヨ。それは明確なネノクニへの脅威となった事を意味する。
「青龍以外の四聖獣の皆はどうしたんだ!?」
「さあ?
そうサヨはカグツチに返答しながら、揺れが激しくなって戸惑っている兵達、正確には彼らが所持している精霊武具に目を向けて印を組む。
それと共に兵達が所持していた精霊武具が全て黒い光に包まれて、サヨの下に集まって行く。
「な、何だ!?」
「精霊武具が!?」
「ま、待ってくれ!」
兵達は手の中から離れていく剣、槍、斧、弓などの精霊武具を慌てて掴もうとするが、激しく揺れる地面のせいで思うように動けずに手放してしまう。
「ああ、可哀想に……こんなに雑に扱われて……幾らサギリお婆様や末裔が認めたからって……やっぱり許せない!」
自らの下に集まった精霊武具の数々をサヨは愛おしそうに触り、その扱い方を感じたのか怒りに満ちた視線を兵達に向けた。
「精霊武具は我が一族となった精霊達が、子やその子孫達に遺したもの! 其処のネノクニの神の伴侶の精霊はともかく、こんなに雑に扱われるなんて!!」
(くっ……これは耳が痛いな)
自身の兵達の精霊武具関連での問題を思い、カグツチは顔を歪ませた。
次々とサヨは、自身が管理している空間の中に一先ず兵達から回収した精霊武具を収めていく。本来ならば雑に精霊武具を扱っていた兵達に報いをくれてやりたいサヨだが、『黄泉平坂』全体を襲っている鳴動は立っているのも難しいほどに強まっていた。
広大とは言え、洞窟でもある『黄泉平坂』の天井や壁の意思が崩れたりし出して、兵達は身を低くして守るしか出来ない。
カグツチとツクヨミにしても、鳴動が酷く体勢が思うように取れない為にサヨに向かって攻撃を放てない。
「くぅぅっ!! 一体何が!?」
「ヒカル!? 麒麟と鬼の石像を見て!?」
「何!?」
ツクヨミの声にカグツチは顔を上げて、サヨの背後にある石化した麒麟と鬼の像を見る。
未だ消えていない黒い陣の中にある麒麟と鬼の像は、その表面が輝きを発していた。
「まさか……麒麟と鬼を要石にしたの!?」
「フフッ、流石はヨモツ……いえ、イザナミの御方の直弟子ね。ええ、その通り。この大儀式には四つの霊地の他に、封印の場に要となる依り代が必要となる。嘗てはソレをヨモツオオカミに施す事で可能としたけど、今回は私の呪詛で犯して『蟲毒』を施した鬼とネノクニ最強の精霊と言われている愚か者を要石にしたの」
「ヨモツオオカミ様? ……っ!?」
サヨの言葉を聞いたツクヨミは悟った。
悪霊となった後、師となったヨモツオオカミから教えられた事柄の中に、サヨの説明と一致するものがあると言う事を。
慌てて周囲を見回してみれば、何時の間にか確かにいた筈の者の姿が影も形も無くなっている事に漸く気がつく。
「ヒカル!? イザナミ様が居ないわ!?」
「何だって!? 母さんは何処に!?」
ツクヨミの言う通り、イザナミが居なくなっている事にカグツチは気がつく。
「イザナミの御方は一足早く、外に出られたわ。起きられたばかりで、余り無茶はして頂きたくなかったのだけど、自分の調子を確かめられたいとお願いされたから、予定も変更して悪霊どもと戦って貰ったの」
「っ!? やっぱり、母さんは生きていたのか!?」
実の母イザナミの生存。
短くても言葉を交わした事でカグツチの中で確信は得られていたが、それでも不安に思っている部分が在ったのか、サヨに問い質した。
その問いにサヨはカグツチに向かって頷く。
「ええ、その通り。イザナミ様はあの日に死んでいなかった……正確には
『っ!?』
「詳しい事は貴方達の下に訪れた、捨てた忌々しいアレにでも聞きない。それじゃあ、さようなら」
言い終えると共にサヨの身体が薄れて消えて行った。
「転移!? くっ!?」
サヨがこの場からいなくなった事を悟ったツクヨミは、残された時間はもう少ないと確信してカグツチの傍に近寄る。
「ツクヨミ!? 何を!?」
「良いからジッとしていて!」
切羽詰まったツクヨミの言葉が正しいと言うように『黄泉平坂』全体が爆発したかのような衝撃と光に襲われる。
衝撃と光が治まった後には、水晶のように輝く石に覆われて固まる兵達と悪霊に亡者の姿しか『黄泉平坂』には無いのだった。
「ぐぅっ……」
『黄泉平坂』の入口があった洞窟の前。
何とか外へと脱出することが出来たオオナムジの姿があった。
癒しの術で無理やり傷口を塞いだ失った右腕の肩口を押さえながら、背後を振り向く。
其処には確かにあった筈の『黄泉平坂』に繋がる筈の洞窟が消えてなくなり、ただの土壁と岩しかなかった。
「麟っ……」
悔し気に呻くような声を出しながら、オオナムジは外に居たカグツチ達が残していった馬を一頭捕まえてその背に跨る。
同志である麒麟の安否も重要だが、今はそれよりも急ぎこの場を離れて主君であるヒミコに事の顛末を報告しなければならない。
(急ぎ報告しなければ、我らを憎むかの一族の怨霊の存在と先代のネノクニの神……イザナミの生存を!!)
敗残の将と言うほかない姿になりながらも、主君であるヒミコの為にオオナムジは馬を駆けださせるのだった。
「………良いのですか?」
「ええ、これで隠れ潜むしかなくなった愚か者も外に出て来るでしょう」
馬に乗って去っていくオオナムジの背を見ながら問いかけて来たイザナミに、封印される前の『黄泉平坂』から脱出したサヨが答えた。
桃花と視覚と聴覚を共有していたサヨは、ヒミコが潜んでいるのは『蓬莱山』である事を知っている。だが、その『蓬莱山』は険しく広い。他にも強力な悪霊達が犇めいているので、下手に近づいて戦闘を行なえば、サヨにとっての怨敵であるヒミコに逃げられかねない。
ならば、ヒミコ本人が表に出て来るしかない状況を作ればいい。
「貴女様とヨモツオオカミの記憶を持っているヒミコならば、『黄泉平坂』に起きた事の正体に気がつくでしょう。後は表に出て来たところで……」
「討つという事なのですね」
「ええ、その通りです」
容赦なく、冷徹な計略。もしもツクヨミが今のサヨの計略を聞けば、リンドの先祖だと納得していただろう。
イザナミはサヨの計略に問題は無いと言うように頷く。同時にその身体がよろめき、サヨがその身体を支える。
「大丈夫ですか、イザナミの御方?」
「ええ……少しばかり無理をしました」
「無理もありません。貴女はまだ目覚めたばかり、加えて神としての力の全てを受け継がせているのです。幾ら精霊武具に選ばれているとは言え、『夢を紡ぐ力』の行使には影響が出てしまいます」
そもそもイザナミはその力を全てアマテラスとカグツチに渡した身。
そして今の身はサギリ達の精霊の力で再生されて護り続けられたとはいえ、
神であった頃ならばともかく、今のイザナミには『夢を紡ぐ力』の大規模な行使の負担は大き過ぎた。
「貴方の息子は、『真の契りの儀式』を結んだ精霊と共にサギリお婆様が受け継がせた空間に退避するのを確認しました」
「そうですか……ヒカル……ツクヨミ」
イザナミの顔に申し訳なさが浮かんだ。
そんなイザナミにサヨも申し訳なさそうな顔をしながら口を開く。
「イザナミの御方。この件の咎は全て私にあるのです。貴女様が気に病む事はありません……お疲れでしょうから、御眠りくださいませ」
「ありがとう、サヨ……暫し休みます」
憎悪に支配されていながらも、真摯に自分を心配してくれるサヨに身を委ねてイザナミは眠りに落ちていく。
安らかな吐息を溢すイザナミの顔を見ながら、サヨは口元を笑みで歪める。
「ええ、私は貴女の味方。だって、
『理性』を失ったサヨの暴走は止まらない。
その腕の中で安らぎを覚える夢を見ているイザナミは知らない。自身が役目を受け継がせたアマテラス。その娘にして孫である佐久夜と同じようにサヨの血を引く鬼畜な少年にその身を委ねて犯されてしまう事を。
それによって血の呪縛を宿している鬼畜な少年が、呪縛から解き放たれてしまう事を、今は安らかに眠るイザナミは思っても見なかったのだった。
アマテラス、佐久夜、琴乃の妊娠について。
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琴乃が堕ちた段階で孕ませる
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四聖の社全て攻略後に孕ませる
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サヨ関連終了後に孕ませる
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イザナミも加え、四人そろって孕ませる