都会特有の蒸し暑さが唸るクラクションのお陰でより鬱陶しく感じる東京都渋谷、何万もの人間が行き交うこの街を歩いていた2人組の女子高校生が驚愕の表情でコソコソと話す。
「何あの変な服着た二人...男の方犬じゃん。まじキモいんだけど...」
「マジやべーじゃん!!こんなん誰が見ても不審者だし!!他の奴らも異常だと思わないのこれ!?」
2人の視線の先には黒いベールを被りクリーム色のエプロンを纏ったアンニュイな表情で気怠げな雰囲気を纏いながら歩く女性と、その後を付いていく黒と灰色の服装でアスファルトの地面を獣の様に四つん這いで歩くドブを泳ぐ魚に似た瞳と長い髭を生やした長身の男と言う、両者とも顔色が悪くこの辺のギャルでもしない常軌を逸した奇抜さを放つ姿の2人組がいた。
しかしその女子高生の言った通り周りを歩く人々はこの不審者を気に留める事なく波のようにただただ流れていた。そんな中を奇妙な2人は四つん這いの男が女について行く様に百貨店との間に挟まれた車道を渡って路地裏の人通りの少ない山手線のガード下へと消えていった。
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男女の正体は魔化魍オオナマズの童子と姫。魔化魍は本来人里離れた山や森の中で育つが、オオナマズは大食漢なので人口の多い場所に出現する。勿論そのまま街に出るのは危険なので地中奥深くの水道を泳いでいる。
その童子と姫は姫が行動の主導権を握り童子がそれについていく様に地面を叩きながら進む事で、地中にいるオオナマズに行先を教えているのだ。
しかし、オオナマズの姫には他の姫と違う点があった
(嗚呼、面倒臭い....
私の本家の女の力で産まれたのは分かるが、なんで私に似ても似つかない上に胃袋と称した気持ちの悪い物を動かす大きな魚の化け物を子供扱いして、尚且つ私が母として育てなければいけないんだ?)
「まだ良い餌見つかんないねぇ...。あの女の子達とても美味しそうだったなぁ」
黒いベールが靡くほどにため息をついた姫に対して童子が女性の様な声を掛ける。
「無闇に話しかけるな」
姫はそれが気に食わなかったのか童子をアイシャドウで塗りたくったような瞼をかっぴらいて睨みつけ、男性の様な声で言った。
「うっ、ごめん...」
(コイツもコイツだ。そんな気色の悪い身なりで雌みたいな声しているなんて気持ち悪いだろ。まあ私も雄みたいな声をしているが...
はぁ...早くこんな子育て辞めて私の遺伝子が入った本当の子供が欲しい...あの女達みたいな人間に変な目で見られたくないし....)
この様にオオナマズの姫は子供の育成に消極的どころか嫌悪感を持っていた。童子と姫は子供である魔化魍を育成する為には労を惜しまず行動するが元々の性分なのか人間にも対しても残酷な思考も持っていなかった。
「早くうちの子に餌与えないと主様になんかされちゃ...ん?」
焦りを見せる童子の声を遮る様に地響きが上がり、2人の進んだアスファルトがビキビキ音を立てながら盛り上がった。
「なんだお前、また腹が減ったのか?」
童子が問い掛けると地割れの先頭から白い蒸気が吹き上がる。
(可愛いなぁ...早く美味しい人間を食べさせなきゃ)
童子は可愛い子供を見る親の様な顔で微笑んだ。姿は見えないが2人が育てている魔化魍、オオナマズが胃袋を持ち出し餌の催促に地面一歩手前まで乗り出したのだ。
「もう少し待ってな?」(はぁ? ふざけるな化け物め、私が用済みになる前に絶対お前を殺してやるからな?)
姫は目を見開きながらオオナマズに言うとやる気の無さそうに歩き出した。
「待ってろってっ」
童子は嬉しそうな顔で地面に囁くと蒸気と共に怪音が響いた。
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数時間後、渋谷から離れた大久保病院近くの広場では白いノースリーブシャツと赤いレーススカート、黒いレギンスパンツを着こなしたロングヘアの若い美女が立っていた。黛真奈美として東京で暮らしているイッタンモメンの姫である。
「今日は幹人さんとお出掛け...」
妖怪特有の怪しい雰囲気も消え去り、すっかり人間の女性として街中に溶け込んでいる彼女は新たなパートナーとの甘い生活を送っていた。そして今日はデートであるが、相手である岬幹人が板橋の会館で行われている大学の研究発表会が長引いており少し遅れるらしい。
「一人で待っている時間も悪くは無いのかも知れませんね。周りの女の子も可愛い...」
道行く自分と同じ外見年齢の女性を見ていると瞳も微笑ましげになり口元も緩んでいた。
「..!?」
しかし真奈美は側から感じる邪気に反応すると、一瞬で瞳を嘗ての色に戻すと周りを見回す。
彼女の目線の先には広場のフェンス移動する自分に似た顔をした女がいた。そしてその2人の向かう先は幹人がいる板橋方面だったのだ
「間違いない...」
真奈美は姫と童子の行き先を予想し、赤いパンプスを鳴らしながら公園を飛び出した。
「うわーっ、あの女の子脚早ーい」
目の前を目にも止まらぬ速さで走りさる女を見て童子は呑気な顔でつぶやく。
隣にいる姫はそんな事に目もくれず、地面に落ちていた雑誌を黒い手袋で拾い上げ、それを開いた姫は口元を釣り上げた。
そこには女が自分の身体を使って男をいじめる絵が物語形式で描かれていたのだ。
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そこから数十分後、高田馬場駅前にある閉鎖された商業ビル。自動車一台すらない薄暗い地下駐車場を歩くのはオオナマズの姫と童子である。人っ子一人いない場所を進む童子の顔は不安で一杯であり、一方の姫は新宿で拾った雑誌に釘付け。
「ねえ...ここで良いの?」
童子は困り顔で質問をする。
「うるさい」
姫は雑誌のページをパラパラと捲りながら食い気味で呟く。
「....」(うちの子もそろそろ泣きそうだよぉ...)
童子は心配げな顔で矢印や文字が表されたアスファルトを獣のように進む。そして急に止まる。
「...ねえ、誰か来る」
何かに気がついた童子は四つん這いを辞め、姫より一回り大きな背丈にまで伸びる
自分たちの足音とは別の硬い足音が響き渡る。数メートル先の柱の物陰から現れたのは姫と瓜二つではあるが、ベールに包まれた陰気な顔とは正反対の清涼感のある生々とした表情で見据えている女がいた。
「あんた、イッタンモメン?」
オオナマズの姫は雑誌を畳むと気怠げに首を傾ける。
「私をその名前で呼ばないで下さい」
イッタンモメンと呼ばれた真奈美は赤い唇を引き締めながら呟いた。
「君うちの子の邪魔になりそうだし、お腹も空いているから餌になってもらうよ」
童子は先程までの柔らかみのある声から一変、冷たい声色で宣言しながらアスファルトから手を離して立ち上がるとその身に変化が起こる
衣服が首元に集まり、水が湧き上がる様な音を出しながら裸体が黒ずむと、その姿はナマズに似た怪物、怪童子へと変わった。
「幹人さんとのお出掛けの邪魔になりそうな2人は私に倒されてもらいます...」
真奈美も同じように衣服が首元に集まるとその身を戦闘形態である妖姫に姿を変える。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ...」
白い顔をした真奈美は爪を生やした両手を響かせながら2人を挑発する。
「シィッ!!」
同じ性質を持った相手に「鬼」と言われた事が癇に障ったのかオオナマズの怪童子は怒り任せに駆け出すと、黒い剛腕で真奈美の黒い胸に拳を叩き込まんとする。
「フッ...!」
真奈美はそれを最も簡単に交わすと、怪童子の力任せな殴り技を怪童子特有の滑り気のある体質を利用して受け流し、右脚を伸ばし鞭の様に振るうと自分より2倍はある体重の怪童子を吹き飛ばす。
「うえあっ...!」
怪童子は情け無い声を吐きながら姫の手前にまで転がった。
オオナマズの姫は劣勢の怪童子を見ても妖姫に変身する素振りを見せない。
「姫さんはその姿のままで私と戦うのですか?」
妖姫の姿の真奈美は自分に似た怪物に向けても挑発を向ける。
「私はあんたを相手にする気無いから」
姫はぴしゃりと断る。
予想外の無関心ぶりに呆れたのか、真奈美は一瞬の隙が出来てしまう。
「ハッ!!」
怪童子はそれを見逃さず、口を開けば高圧水流を吐き出した。
「くうっ...!」
妖姫としては体重の軽い真奈美は水流の勢いに敵わず、数メートル先まで吹き飛ばされてしまう。
「フンっ!!」
水流を吐き切った怪童子は大きく跳躍するとずぶ濡れ状態の真奈美に向けて襲い掛かった。
「引っかかりましたね?」
妖姫は仮面から見える赤い唇を吊り上げると体制を立て直し、右手の鋭い爪を伸ばして飛びかかった怪童子の股間に深々と突き刺した。
「ぐっ....」
「貴方如きでは私には勝てません」
真奈美は右手の指を力任せに引き抜くと、怪童子の股間から白い体液がスプリンクラーの様に勢いよく吹き出し、自らの脚と真奈美の身体を汚す。
「うえええああああああああああうううっ!!!!」
後退りし喘ぎ声にもにた呻き声を上げながら盛大に体液を撒き散らし、怪童子は白く濡れた地面に倒れ伏す。
「くっ...うぅ...」
虚空に手を伸ばしながら尚も襲おうとする怪童子を尻目に真奈美は視線を変えるが、そこに居たはずの姫がいない。
コツーン...コツーン...
すると何処から共なく靴の爪先地面を叩く音が響き渡った。これはオオナマズの童子と姫が餌の場所をオオナマズに教える合図である。怪童子は姫が目の前の妖姫を殺してくれるのかと勝ち誇った目で見つめる。
アスファルトがグラグラと揺れ、地面にぽっかりと穴が空く。
怪童子の身体は急落した。
「うんえあああん...ううっ...んくくくくぅ...!!」
穴の奥から響き渡ったのは何かが溶かされる音と、悶え苦しむ女の声だけだった。怪童子は深い愛情を持って育てていた子供の糧となる事でその命を腹に馴染んだ。
真奈美はその姿を憐れむこともせず、その姿を妖姫態から人間態に戻して待ち合わせ場所である板橋へと向かった。
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高田馬場駅の側でオオナマズの姫は漫画雑誌を読み終え、それをリサイクルボックスに放り込む。そして品定めする様な目で満ちゆく人々を見ていた。
「ふう...食った食った。ご馳走さん!」
そして立ち食い蕎麦屋から出て行く眼鏡を掛けたサラリーマン風の男を見るとベールから覗いた顔は気味の悪い笑顔を浮かべ、暗い色の唇を動かす。
「見つけた...」
その声はオオナマズの童子に似てはいるが姫特有の気怠げな雰囲気を持った女性のものだった。
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