大洗の海岸で二つの異形が向き合う数日前の出来事。
雲泳ぐ青空の下、海岸から程離れた河原で壮年の男性と男子中学生の二人が釣りに勤しんでいた。せせらぐ川に垂らされる釣り糸、煌めく光が定在する川で時に流れる親子。この二人以外は誰もいない...筈だった
釣りをする二人から数メートル離れた場所にある大きさ4メートルはある岩の上に二つの影...1人は赤い羽織と黒い長ズボン姿の初夏に見合わぬ厚着をしたセンター分けの長髪の背の高い男性、もう1人は白と赤のノースリーブシャツと赤いホットパンツ姿の後ろ髪を蠍の尻尾の様に纏めた薄着の女性。二人に共通しているのは現代人ではする事のない奇抜な髪型と服装で生気が僅か
も感じられない事。
岩の上の二人は川辺で釣りをする親子に視線を向けるとそこから身を乗り出す。宙を飛ぶ二つの影は川辺の砂利に足を着地させた。痛む素振りも見せない二人の男女は人形の如く釣りをする親子へと足を進める。
「...全く釣れへんなぁ...」
「全然来んわぁ...上で誰か食ってんのかなぁ...?」
二人は周りに目もくれずに釣り糸がが引かれない事に愚痴を溢している。そんな自分達が狩りの対象にされている事も知らずに...。
その刹那、川のせせらぎと空気を切り裂く様な音がなり、親子と男女の間に割ってギター状の物体が河原に突き刺さる。
「「?」」
「......」
謎の物体に首を傾げている親子。対照的にその物体が飛んできた方向を恨めしそうに見つめる男女。
「てりゃあぁっ!!」
その方向から叫びを上げながら崖から飛び出してきたのは夏場に相応したラフな服装の男性。常人なら怪我は避けられない高さから着地すると何事も無かったかの様に河原からギター状の物体を引き抜くと刃の様な部位を男女に向ける。
「早く逃げろ!!」
「えっ?」
「はっはいっ!!」
男の言葉を聞いた父親は戸惑いを隠せない子供を連れてその場から立ち去った。
「ちょっと余計な事をするなぁ....」
厚着の男「童子」は女の様な高い声で刃を持つ男に殺意を向け
「ちょっとただでは済まないよ?」
薄着の女「姫」は男の様な低い声で左腕を胸の前に上げる。
童子と姫の赤い衣装は首元に吸い込まれ、顕になった裸体は白い泡に包まれ黒い鎧、頭部と両腕は蟹の甲羅を髣髴とさせる赤い不気味な形状変化する。
異形の存在となった童子と姫=怪童子と妖姫は蟹の鋏に似た巨大な武器を開閉させながら刃を持つ男に向ける。
「まーたバケガニかよぉ...もういい加減にしてよ...」
男はその見飽きた姿にぼやきながら左手首の鬼面を象ったブレスレットを展開して内部の弦を弾き自分の額へ掲げる。男の身体に天から雷が落ち怪童子と妖姫が怯むと
「ハアっ!!」
そこにいたのは男の声を持った藤色の鬼=剣鬼だった。
「ちょっとその首ちょん切るぞ?」
怪童子が鋏を向けて挑発をすると横の妖姫が剣鬼に向けて飛びかかる。
「フッ!」
襲い掛かる妖姫を剣鬼は手に持っているギター状の音撃武器=音撃弦・烈迅で払い除けようとするも
「....あれ?」
背筋に一瞬の寒気を感じると烈迅を振る腕が石化したかの如くびくともしなくなってしまう。勿論脚など烈迅を振るう土台に使っていた為動ける訳もなく
「ぐあっ!」
妖姫のタックルを真面に食らってしまい剣鬼の身体は水飛沫を上げながら川へと飛び込んで行く。急に強張りが解けたのか烈迅は剣鬼の手から離れ河原に打ち付けられる。
「フッ!」
「ぬっ!ハッ!」
共に川水に濡れた妖姫は野太い叫びを上げながら左手の鋏で子供の食事の邪魔をした憎き鬼を引き裂かんと振り下ろす。剣鬼は烈迅が手元にないため左腕で妖姫の鋏を払い除けると腹部に向けて右ストレートを放つ。
「ぐっ!?」
妖姫は苦悶の声を漏らしながら後退をすると幸いとばかりに剣鬼は川の膜から自分の藤色の身体を持ち上げる。
「たあっ!」
お返しとばかりに剣鬼が水面から飛び上がり、妖姫に掴み掛かる。妖姫はそれを真正面から受け止める。
「...ハァ...ッ!」
水辺で取っ組み合いをする番と鬼を河原で見つめる怪童子。丁度剣鬼が自分に背を向けたタイミングで河原を駆け出し左腕の鋏で背中を引き裂かんとする
が、何処から共なく空を貫く様な鋭い音が何度も響くと怪童子の腕の部分に激痛が走った。
「ぐっ...!?」
怪童子が喘ぎ声を抑えながら痛みの根源を確認すると右腕の蟹の節に当たる無防備な関節部分に白黒の細長い針が3本も深々と突き刺さっていたのだ。怪童子はそれを怪訝した顔つきで左腕の鋏で抜き取ろうとするが
「ゥラアァッ!!」
荒々しい雄叫びと共に炸裂した飛び蹴りにより河原へ吹き飛ばされた挙句、3本の針は蹴りのせいで更に深々と突き刺さった上に途中で折れてしまい除去不可能な状態になってしまう。
「うええあっ..!」
痛みに悶える怪童子の目の前に飛び蹴りをした存在が河原を踏み締める。
怪童子はその姿を見て驚愕の声を漏らす。それは自分の番と同じ顔付きをした黒髪ロングの女だった。
「ヤマアラシのか..ちょっと鬼の仲間になったのか...?」
剣鬼と妖姫が格闘戦を繰り広げている横で怪童子は立ち上がりながら苛立ち混じりに声を掛けると「ヤマアラシの」と呼ばれた女は怪童子と同じ様な声でこう返す。
「アタシはお前の親玉を針山にする為にツルキを使っているだけだ」
そう言うと女の衣服は首元に収縮され身体は妖姫に似た胴体と獣に似た頭部と両腕を持つ異形へと変化する。
「フン!」
相手が同族だろうが我が子を殺せんとする存在。ましてや鬼と協力するなど生かしてはおけないとばかりにバケガニの怪童子は飛び上がりヤマアラシの妖姫に鋏で殴り掛からんとする。
しかし接近戦ではヤマアラシの姫の方が何枚も上手、直線的な攻撃を俊敏な脚力で軽く交わすと着地した怪童子の背中に強烈な右ストレートを叩き込み怪童子は河原を転がる。
「ぐっ...ううっ!」
怪童子は再び立ち上がって左腕の鋏で妖姫に殴りかかろうとするが右手で簡単に掴まれてしまい身動きが取れない状態にされる。
「ラアッ!!」
「うふううっ!」
妖姫は間髪おかずに左脚で飛び蹴りを頭部に放ち怪童子の頬に大きな亀裂を入れる。それでも妖姫の隆々な右腕は鋏を離すことはせず開いている左拳で怪童子の顔面や胸板に何度も殴打を繰り返す。
「セリャッ!!」
「ぐわあああっ!!」
剣鬼も妖姫に向けて回し蹴りを放ち妖姫を河原へ吹き飛ばした。
河原に叩きつけられ仰向けに倒れた妖姫に向かって歩き出す剣鬼。転がっていた烈迅を拾い上げて妖姫にトドメを刺さんとした時、何処からともなく奇妙な物音が響き渡った。
「バケガニか...」
それは一般的な住宅より一回り大きい図体を持つ赤い色をした魔化魍バケガニだった。
「ンキィ、ンキィ」
四本の脚の関節から不気味な音を鳴らしながらバケガニは剣鬼と妖姫に向けて巨大な右の鋏を振り下ろす。
「ぬあっ!!?」
バケガニの鋏は河原の石を吹き飛ばす程の破壊力を持っており、剣鬼は妖姫から離れて攻撃を回避。巨大な鋏が河原から抜き取られた後にはバケガニの妖姫の姿は無かった。
「やっぱコイツ鈍いな。俺じゃなくて姫を殺しちまったよ」
剣鬼は呆れた様に呟くと烈迅を握り締めて駆け出す。バケガニは応戦する様に左鋏を振り下ろすも剣鬼は烈迅を振り上げてバケガニの鋏を叩き斬る。
その側で育ての親であるバケガニの怪童子はヤマアラシの妖姫の連続殴打と鋏を引っ張られ続けていた事により身体中から乳白色の体液を大量に流しながら息も絶え絶えの状態になっていた。そんな中で無尽蔵のスタミナを持つヤマアラシの妖姫は怪童子の鋏から右手を離す。
「ハア...ぁあっ...」
怪童子は艶めかしい声を出しながらグロッキー状態になるが妖姫の攻撃はまだ終わっていない。
「ハアッ!!」
妖姫は毛むくじゃらの右腕で怪童子の顔面に強力な右ストレートを放ち、それを押し付けたまま怪童子の身体を地面に叩き付けた。そして妖姫は怪童子の腹に馬乗りになる。
「があっ!?」
赤い鎧に囲われた口から白い体液を噴き出しながら三桁を超えるヤマアラシの妖姫の体重に悲鳴を上げる。ヤマアラシの妖姫は右手で怪童子の左手の鋏を掴むと力任せに引き千切った。
「あああっ!!!」
左腕から溢れんばかりの体液を流しながらもう暴れる事すら出来ないほど憔悴した身体に妖姫は追い討ちを掛けるか如く口から針を放ちながら引き千切った怪童子の鋏を振り下ろす。
一本の針が赤いマフラーで守られていた喉元を貫き鋏は顔面を真っ二つにかち割った。最早声すら上げることも出来ずに怪童子の命は事切れ、身体は白濁に塗れた土塊や枯れ葉と変わっていった。
「しゃあっ!」
剣鬼は烈迅を再び振り回してもう片方の鋏を根本から切り落とし攻撃手段を潰すと腹部に体当たりを喰らわせる。
「ギイイイイイッ」
鬼のタックルを受けたバケガニは呆気なくひっくり返った。剣鬼は超人的な跳躍力を見せると無防備なバケガニ の腹部へと降り立ち烈迅の先を突き刺す。傷口から白い体液が溢れるがそんな事は剣鬼には関係無い。己の腹部にある音撃震・雷痺を装備帯から外し烈迅に取り付ける。刃身が展開されギター形になると剣鬼は気合を入れる様に叫ぶ。
「音撃斬!雷電震落!!」
剣鬼は烈迅に張られた7本の弦を右指で高速で弾き始める。ディストーションがかったエレキギターに似た歪んだ音を響かせながら烈迅に付けられた鬼面の石が赤く光り、藤色の衝撃波が広がり始める。
「ギギギギギイイイイイッっ!!!」
バケガニは関節を大きく鳴らしながら悶え苦しむ様に脚を振り回す。それは自身を清める鬼に直撃する程に。
「無様に暴れやがって...」
ギターの音に混じって憐れむ様な女の声が聴こえる。バケガニには紛れもなく聴き馴染みのある父の声に聴こえたが勿論違う。
バケガニの腹部に立っていたのは父の白濁の体液に塗れた自分を清めんとする鬼と手を組んだヤマアラシの妖姫だったからだ。
「ハッ!」
ヤマアラシの妖姫は牙の生えた口から針を吐いてもがく脚の関節に突き刺す。無闇に暴れると針が深く入り込んで痛みが増すのでバケガニの脚は花の様に開いていく。
剣鬼は烈迅をかき鳴らして清め続けていく中、ヤマアラシの妖姫は4本の脚の機能を停止させると顔面に向かって獣の様に飛び付いた。
バケガニの瞳は自分の母の戦闘形態とは似て非なる姿を写している。
「お前は私の餌にすらならない。此処で死ね」
ヤマアラシの妖姫は右拳を握り締めると黒々としたバケガニの目にそれを叩きつけた。
「ハッ!」
同時に剣鬼も最後の1弾きが終わりバケガニの身体はぐったりしながら橙色に変色していく。
剣鬼の清めの音とヤマアラシの妖姫の攻撃によって耐えられなくなったバケガニは風船の如く爆破四散。その欠片は枯葉となって河原や川へと降り注いだ。
「はぁ...疲れた...」
枯れ葉が雨の様に降り注ぐ中、剣鬼は頭部をツルキの姿へ戻し河原に座り込む。
「おい、鬼が何休んでいるんだ?」
側から妖姫の姿を解いたヤマアラシの姫が近付きツルキの胸ぐらを掴んで持ち上げる。
「何だよいきなrうおいっ!何!?何なん」
ツルキは面倒臭そうに呟くと姫はツルキの身体を軽々と持ち上げて食い気味に
「早く帰るぞ。餌を食わなきゃ」
「少しは休ませろよお前みたいに若くないんだから」
河原をブーツで踏み締めながら早脚で歩く姫に抱えられながらツルキは愚痴を漏らしていた。
「.......」
それを反対側から見つめている影があった。
「ちょっと危なかったね...」
バケガニの姫である。姫はバケガニの攻撃で死んでなどおらず、鬼とヤマアラシの姫の標的が番と子供に向いた好きに戦線離脱していたのだ。 魔化魍を守り育てる基本機能を拒否して番と子供を売ってまでバケガニの姫は何をしたかったのか?
バケガニの姫は左脛に履いている赤いルーズソックスからクグツが自身を産み出す試験管を取り出す。バケガニの姫はグロスを塗った様な艶やかな唇を開くと試験管の中にある透明な液体を喉へと流し込む。
ごくっ....
謎めいた液を飲み込み空になった試験管を左脛のルーズソックスに戻すと吐息を漏らしながら呟いた。
「早くあの方の下へ...」
先程殺された童子の女性らしい声が森に溶け、姫は海へと歩み始めた。
書いて欲しい姫を募集します
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