料理に自信がないのは、何もセルゥだけではない。
淫泥魔女中ことヘゥーイもまた、料理は未経験である。ただ、セルゥと異なるのは、淫泥魔系の従者種に属する点だ。
そう、魔物の持つ能力、先天知識である。女中としてのスペックが要求される以上、簡単な料理の知識はある。そう、あるのだが……。
「迷宮には変わった料理が多いもんね……」
そう、あるのは一般料理の知識である。パンの焼き方とか、シチューとか、魚の捌き方とか。
業深迷宮らしい料理を作るには、持ち合わせている知恵を更にアレンジしなければならない。
だがそこで問題になってくるのが、ヘゥーイ自身の性質である。淫系統魔物と人間の混血である彼女は、基本的には精気を好んで喰らう。もちろん、通常の食事も可能ではあるが魔物としての血のせいか、美味い不味いの評価が精気の量や質に左右されがちなのだ。
それはバビロンの子であるアバドン、アビス、アップグルントにも言えることだ。
だが……。
「多分バビロン様達、味もちゃんとわかるよね……」
そう、問題はバビロンの演算能力である。極端な話、バビロンのような迷宮は無機物ですらなく『生きている空間』なので味覚がない。というか五感がない。感覚ではなく演算によって世界を見ているのだ。
生物が本来不随意的に行なっている処理を、随意で行うのが迷宮核とも言える。
……要は、分析データをベースに、がっつり評価される可能性が高い。精気の多い少ないはあくまで1データに過ぎないわけだ。
美味しくて、栄養もあり、同時にご飯として申し分のないもの。
その条件を満たすべく、ヘゥーイはしばし思案すると、魔術を用いて自らの母乳を中に浮かべ始めた。
大量の母乳。その成分は人に近いが、同時に大量の媚毒を帯びている。それを、空中で浮かべたまま、魔術で形成した結界に閉じ込めて高速で回転。強烈な遠心力を発生させることで生クリームと脱脂乳に分離し、今度は生クリーム部分を高速で振盪する。これで水分を除かれた母乳バターの完成だ。
そして、脱脂乳の部分には加熱しつつクエン酸を投入してカッテージチーズを作成。このクエン酸は、迷宮内で大量生産されているものだ。原料は夢魔睡蓮の蜜。これをある種のカビを用いて発酵させる事で大量のクエン酸を得ているのである。
そして、ヘゥーイはこのチーズとバター、そして搾りたての母乳を使い、早速料理に取り掛かる。
まずはその巨大おっぱいからたっぷり取れたバターを揚げ物用の鍋で溶かし、揚げ物の準備。
その間に母乳とチーズを別の鍋で煮込み、チーズが溶けたら、ソースと同量の片栗粉を投入してヘラで練り上げる。
そして糊状になったそれを団子状に丸めつつ、煮えたぎるバターに投入してこんがり狐色にあげれば、一口母乳ドーナッツの完成だ。
片栗粉のモチモチ感とチーズのコクが嬉しいアイテムである。
だが、これには味付けが無い。ミルクの旨味と濃縮された媚毒と精気こそあるものの、とても薄味だ。このままでは到底『美味しい』とは言えないだろう。
それを製作者のヘゥーイが承知していない筈はない。
彼女はその巨大な両胸から更に母乳を搾り出すと、それを3つの鍋に小分けにする。
そのうち1つに加えるのは、夢魔睡蓮の蜜を鬼婆蜂が蜂蜜に変え、更にそれを精製して得られた業深迷宮の名産品『ハニートラップトリップシュガー』。砂糖と媚毒が結晶化しためちゃくちゃに甘い猛媚毒である。
この略称ハニトラシュガーを用いたスイーツは女子人気が高く、意中の相手に贈る贈答品としても珍重される。
これで何を作るのかと言えば、練乳だ。母乳の量が半分になるまで煮込んだ、甘い甘い練乳。
そう、ヘゥーイが先ほど作った味の薄いドーナツは食べる際に味付けして食べる前提なのだ。
だが、甘いものは美味しい、という動物的本能に訴えかけるのは『おやつ』の領分。『ごはん』とは言い難い。
その辺りは、残り2つの鍋が担っている。
その双方ともに、途中までの工程は変わらない。
まずは、迷宮で栽培が盛んな赤米を粉砕した『上新粉』を同量の母乳バターで炒め、そこにフュメ・ド・ポワソン——洋風出汁。迷宮での原材料は焼き枯らしにした川魚と香草——を加えて練り合わせ、最後に母乳を注ぎつつ煮込んで、塩で味付けをすれば『迷宮風ホワイトソース』の完成だ。
ヘゥーイの母乳を贅沢に使ったこのソースは、美味しいソースであると同時に煮詰められた媚毒でもある。
このままでも美味しいのだが、今回は前述したように2通りに派生させる。
まずはチーズソース。またしても母乳を搾り、遠心分離でクリームを除いて、熱とクエン酸でタンパク質を凝集させ、出来上がった物を圧搾してホエーを除去。その後完成品に浄化魔術を掛けた上で時間加速魔術で27万倍に時を加速。
ほんの僅かな時間で熟成チーズを作ってしまえるのだから凄まじいが、これは規模が小さいが故に可能な荒技。ヘゥーイではボウル1杯の中に入ったチーズを6ヵ月熟成させる程度が関の山である。
だが、今回はそれで十分。出来上がった熟成チーズを細かく削ってソースに溶かし入れ、溶かしバターと塩を加えて味を整えればチーズソースの出来上がりだ。
そして、次に作るのはエビのソース。正確に言えば、エビではなく震撃蝦蛄のハサミだ。
自切によって切り落とされたそれは恐ろしい強靭性を持っているが、加工できないほどではないため、迷宮ではよく料理の具材とされている。
鮮やかなピンク色は茹でれば赤に変わり、とても濃厚な出汁が取れるのだ。そんなエビの煮込み汁とホワイトソースを合わせて煮込めば、オレンジ色のエビソースの出来上がり。
以上3つのソースを以って、ヘゥーイの料理『もちもちミルクドーナッツと3種のソース』は完成である。
母乳に母乳をつけて食べるという、若干疑問を抱いてしまう組み合わせだが、美味しければ全ては許される。
たっぷりの母性が詰まったその一品は果たして、アバドンからの支持を得られるのだろうか?
「うん、私頑張ったよ……!」
そんな1人事と共に料理を提出し終えたヘゥーイは、その超爆乳から緊張の母乳を流しつつ、結果を待つのであった。