バビロンの子供が産まれる前、どころか孕んだ直後に届いた誕生祝いという随分と気の早いプレゼント。
その整理やらメッセージの返信やらの細々とした作業を終え、漸く時間を確保したバビロンは、事務作業から解放され、しかし今度は肉体労働に追われている。
そんな彼女は現在、
————規定の瘴気と経験を蓄積した為、『溝鼠』が進化します。
————『溝鼠』は【人面鼠】に進化した!
————規定の瘴気と経験を蓄積した為、『人面鼠』が進化します。
————『人面鼠』は【鼠娘】に進化した!
「ふむ。経験不足を瘴気などで補う手法では2段階進化が限界か。……鼠娘か。うーむ、何というかシュールだな……」
産み出された魔物を眺めたバビロンがそう語るのも無理はない。
可愛らしい少女の顔を持つ鼠、というある種の狂気を感じる外見をしたこの魔物を夜闇の中で見たら、かなり不気味だろう。大型犬程の体躯も相まって完全に怪物である。
手は溝鼠の頃からの器用さを残しつつ人っぽくなっているが、全体的な体格は鼠そのもの。顎の骨格が特殊化しており、大きな前歯を『伸縮』させる事で人間らしい口元にもなれるが、デフォルトは出っ歯が口からちょこんと覗いた、若干間抜けな顔だ。
で、この鼠娘、直接的に人間を襲う能力は低い。噛みつきや引っ掻きといった普通の鼠らしい攻撃こそするものの、基本的に臆病なのである。
だが、戦闘力に劣っても、厄介な能力を持っているのが、搦め手特化の淫系統。
鼠娘の場合は
その他には栄養の急速な消費によって生じる食欲の向上が挙げられ、概ね『エッチな気分になる風邪』といった症状を呈する。
そして最も重要なのが、宿主の行動を一部変化させる能力だ。この効果によって、感染者は鼠娘の放っているフェロモンを嗅いだ場合、鼠娘に対して狂気と言える程の猛烈な発情を催してしまう。
結果、鼠娘は労せずして獲物を手に入れられるというわけだ。……ちなみにこの魔物、ただでさえ繁殖力旺盛な鼠が淫系統化したせいもあり、馬鹿げた繁殖能力を誇る。
男性器の挿入に応じて4〜5個の卵子を排卵する事で一発ハメれば確実に孕み、妊娠期間は7日。その上、子宮と膣が10セットあり、交尾の際に小陰唇内の10の入口を開閉する事で『空いている子宮で妊娠する』ことが可能なのだ。
その為、多い時は50匹の胎児を妊娠している場合すらある。当然そこまでいくと動けない為しばらくは育児に専念する様になるが、10匹妊娠ぐらいなら平然とした顔で走り回っている。
出産された後の個体は数日の母乳育児の後、母親が呼び寄せた獲物から精気を得て成長し、ものの半月で成体になる。
あらゆる動物の精子で妊娠可能というとんでもない生態も相まって、恐ろしいほどの繁殖力を発揮することは間違いないだろう。
「これは、どの階層に配置などと決めずに迷宮を自由に行き来させたほうがいいだろうな。繁殖しまくって数で制圧というのは魔淫蟲時代からの定石だし。……では鼠娘たちよ、自由に行動するといい。迷宮から出なければ何処で何をしていても良いぞ」
そんなバビロンの号令とともに、わらわらと特設された大部屋を出て行く一万匹の鼠娘たち。大型劇場並みのスペースにびっしりと居た鼠達が居なくなったことで一気に寂しくなった空間で、バビロンはもう一体の魔物に取り掛かった。
「さて、鼠の次は貝か。……貝なぁ。蛞蝓の交尾はそれはもう情熱的だが、林檎貝はどうなんだ? まぁ、進化させてからだな」
————規定の瘴気と経験を蓄積した為、『林檎貝』が進化します。
————『林檎貝』は【蜃妓楼】に進化した!
————規定の瘴気と経験を蓄積した為、『蜃妓楼』が進化します。
————『蜃妓楼』は【大蜃妓楼】に進化した!
「……デカいハマグリ? いや、二枚貝と巻貝ってかなり遠縁じゃあないのか? ……まぁいい。大きさ的にはメロンサイズだが、貝らしく全く動く気配がない……能力が気になるな」
バビロンがそう言うと同時に、促される様にして大蜃妓楼は貝殻の隙間から何やらガス状のものを吐く。
と、その直後。バビロンはなぜか、畳の敷かれた六畳一間に座って居た。脚の下には座布団、目の前には焙じ茶と干菓子の乗った膳。慌てて別端末を起動して確認すると、なんと大蜃妓楼の中に先程の端末の反応がある。
「体内に展開した異空間に対象を取り込むのか……! 想定を覆すレベルで強くないだろうかコイツ。貝だぞ? ……いや、軟体動物と括れば
これは検証が必要だ、と判断したバビロンは複数の端末を展開し、部屋にいる大蜃妓楼に手当たり次第能力を発動させる。
「お、こちらは普通の応接間か。ソファとローテーブルがある。茶菓子はビスケット。」
「こちらは北方式だな。ログハウスの一室に羆の毛皮が敷いてあり、薪ストーブがある。湯の沸いたサモワールとブラックティー、茶受けは木苺のヴァレニエ」
「こちら六畳一間の端末だ。状況把握。各個体で内装が違うのか。……と、誰か来たな。……これは、えーと。ああ、そうだ。遣り手婆だったか? おお、廊下がある。……奥の間に通され……成る程! これは確かに妓楼だな」
六畳一間に居た端末の目の前には、華やかな装束を身に纏った遊女が1人、煙管片手に待っていた。異空間で娼館遊びを再現するのが蜃妓楼という魔物なのだろう。
だが、バビロンは遊びに来たわけではない。それを承知してか、遊女はパンパンと手を打って
「バビロン様、わざわざこないなとこまで、よう来はりましたなぁ。うちは『第JP 1682HHT号大蜃妓楼』云います。これからお世話になりますさかぇ、よろしゅうお願いします」
「おお、これはご丁寧に。私は第1225号迷宮核、業深迷宮バビロンだ。よろしく頼む。……しかし凄いなこれは。酒も肴も味がして、飲み食いをした感覚がある……魔力による再現か?」
「そうでんなぁ。うちら大蜃妓楼は、幻覚特化の蜃気楼が更に淫系統化して性能を尖りに尖らせた変種ですさかぃ。あれもこれもそれも、みな幻覚ですわ。異空間もそないに広いわけやあらしまへん。寝台程のこぢんまりしたとこに閉じ込めて、夢を見てもらうんが、うちの能力いう訳でんな」
「成る程。幻覚か。各個体で内装が違うのも、個体ごとに異なる夢を見せているせい、というわけだな。素晴らしい。……しかし、現実の君達は貝な訳だが、幻覚以外の能力はどうなのだろうか?」
「殻がめっちゃ硬いだけやねんな、これが。蜃気楼の方は魔術もそこそこ行けるらしいねんけど、うちらはとにかく頑丈で、あとは幻覚一本勝負のストロングスタイルなんや」
「潔いなそれは。……なるほど、そうなると、淫精芙蓉樹の根元に配置するなどして護衛をつけたほうがよさそうだな。……自力移動はできるのか?」
「あ、それは出来るで流石に。めっちゃ遅いけど」
「そうか。では夢魔睡蓮や淫精芙蓉樹の側にいるようにしてくれ。あちら側にも伝えておく。他に要望などはあるか?」
「んー、ないなぁ。うちら、まだまだ進化しやな出来る事もないし。……あ、でも進化し続けたら竜種になるんやでうちら」
「ええぇ……出世貝にも程がある……」
「蜃気楼見てもろたらわかるけど、うちらも貝殻の中身はちょっと竜っぽいんや。あっちは進化したら
「む。大蜃妓楼の中身か。気になるな」
「見せへんよ、恥ずかしぃさかぃ。あ、こっちの赤貝やったらいくらでも見せたるけどな?」
「いや、その親父ギャグの方が恥ずかしいだろう普通」
「あら手厳しい」
そんな会話を交わす二人は談笑と今後の打ち合わせを行い、数刻を過ごす。
鼠娘と大蜃妓楼。思いの外優秀な戦力の参戦に、バビロンは確かな充実を感じ、より一層迷宮経営に励むのだった。
……ちなみに余談だが、その夜のアンナとのセックスは花魁プレイだった事を申し置いておく。
と言っても、あーれー、と帯を引かれてグルグル回るバビロン端末はヌマア文化の花魁を何か誤解しているのだが、彼女にそれを指摘できるものは誰も居なかった。