勇者ファントムとして異世界に来てから数日。タビハの街で活動を始めた僕は、冒険者組合の仲介を受けて、依頼をこなす日々を過ごしている。
魔術文明によって栄えるこの世界はファンタジー世界への印象を良い意味で裏切って発展しており、生活に不便はない。
製紙技術もそれなりに発達しているようで、尻を拭く紙が存在していたのは僕にとって実にありがたいことだった。
食事もしっかり美味しく、鶏、豚、牛と見慣れた食材も多い。ニンジンっぽいヌァズアはちゃんとニンジン味だし、ジャガイモっぽいズュギゥヤはちゃんとジャガイモっぽい味なので混乱することはほとんどなかった。
そんな僕の冒険者生活において、今のところのメインターゲットは『大鬼』。どんな攻撃も弾くバリアと、最強の剣がある僕にとって、大きいだけの鬼を倒すのは簡単……でもない。
バリアは僕の皮膚みたいな感じで、打ち上げるような攻撃を受けるとダメージは無くても、体重の軽い僕の身体は吹き飛んでしまう。剣はなんでも切れるけれど、当てるにはテクニックが必要だ。
そんなわけで、僕の足りない部分、テクニック的なものを補う為に、僕は聖神教の司祭さんの紹介で、師匠役を付けてもらっていた。
「ファントム君、今日も大鬼かい?」
「はい。ソークスさん。……他の奴の方がいいですか?」
「いや、タビハの周りだと湿地帯の魔物以外でまともに訓練になるのは大鬼くらいだろう。当面は大鬼でいいんじゃないかな」
聖騎士・三段、『四刀流』の『ツラワ・ソークス』。優しげに微笑む金髪碧眼のお姉さんだが、
僕がタビハに着いて聖神教の司祭さんと知り合った翌日に、早便でタビハまでわざわざ招聘されたのもその実力をかってのこと。……と司祭さんも言っていたし。
「さて、ファントム君。君の準備がよければ早速冒険に行こうか。大鬼は森の中にまだまだいるはずだからな」
「あ、ちょっと待ってくださいソークスさん。今日は組合に頼んでいた他のパーティメンバーが来れそうだって、さっき受付さんに言われたんです」
「おお、そうなのか! それは僥倖だな」
僕とソークスさんはどちらも攻撃型。支援職の手助けなしでも戦いは出来るけれど、やっぱり不便なのは事実だった。……司祭さんから頼まれた、この街のすぐ側にある迷宮の討伐。それを考えるとバランスの良いパーティを作るに越したことはないだろう。
「そういえば、何というかその、すごいですよね、あの迷宮。あの大きい奴」
「ああ、あの巨像か。確かに悪趣味だ。……だが、そこまで赤くなるものか? 随分清純なのだなファントム君は。その年格好でまさか童貞ということもないだろうに」
「え、あ、いや、ははは、そ、そうですね」
ごめんなさい童貞です。
こう、この世界、エッチなお店が堂々と大通りにあるし、なかなか性に奔放なんだよなぁ。性行為は精気の昂りを鎮めるための大事な行為とかで、薬屋で堂々とオナホが売ってたりする。
んー。ハーレムや女の子に憧れはあるけれど、何だかなぁ。そういう事は、うん、責任とかさ。怖いじゃん。……僕って結構ヘタレ?
「おい、ファントム君。一人で百面相しているところ悪いが、新メンバーが来たようだぞ」
「え、本当ですか?」
「本当ですよ、勇者様。はじめまして、私は魔導師・二段のカズラ・ミズラと申します」
「忍者・三段、ケーレ・スハブ。よろしく勇者」
「すいません気付かなくて……ミズラさん、スハブさん、よろしくお願いします」
そんな挨拶を交わした相手は、ソークスさんに勝るとも劣らない美女二人。鍛えられた肢体のソークスさん、肉感的にむっちりとしたミズラさん、華奢で怜悧な印象のスハブさん。
聖騎士、魔導師、忍者、そして勇者。RPG的にも良さげなパーティだと思うし、何より素敵なお姉さん3人と冒険ができるのは素直に嬉しい。……多分これ、神様補正のハーレムで良いんだよね?
「『舌鋒』のカズラと『絶影』ケーレか。組合もこれまた過剰戦力を投入したものだね」
「『四刀流』のツラワ様と、勇者様に釣り合うメンバーとなると、組合側も同格の私達を投入するほかなかったのでしょう」
「勇者は迷宮攻略の切札。切札を強化する為に、別々の技能を持つメンバーが必要。そう聞いた」
迷宮攻略か。……一回ぐらいは実際に見ておいた方がいい気がする。ゲームでも新エリアに行くときは下調べしないとやばいし。
「皆さん、提案があるんですけど、今日は大鬼で連携を確認して、明日は一度迷宮のある湿地帯を偵察に————ッ!? 地震!? 大きい!」
ガタガタと音を立てて揺れる組合の建物。煉瓦の建物なのに揺れる程度で崩落が無い辺り、この世界の建築物は魔術的に強化されているのかもしれない。
だが建物は無事でも他は酷い有様で、椅子が倒れ、振動で机が動き回り、受付の書類棚からは紙束がドサドサと落ちていく。
外からも悲鳴が聞こえている辺り、やはり地震だろう。
地鳴りを伴う長い揺れが漸く収まった頃には、室内はぐちゃぐちゃに散らかり、目も当てられない状態になっていた。
そんな中、外から駆け込んできた冒険者の放った一言が、騒然とする組合内を一瞬で黙らせた。
「迷宮が進化した!」
凶報に困惑した事による沈黙。内容を理解した者は瞠目し、そして誰もが悲嘆と怨嗟と罵倒の声を上げる。
その中で僕だけが、取り残されたように戸惑い続けていた。
* * * * * *
ネミツ湿地帯に十年変わらず聳え立っていた『自慰に耽る王女像』と、それを取り巻く卑猥な彫像のある円形の蓮池。
その光景が地響きと共に変化した後にそこに存在していたのは、より一層淫靡かつ大規模になった業深迷宮の入口だ。
中心にあるのは滝のように水が流れ込む、大理石で出来た大穴。その壁面を降る螺旋階段は業深迷宮第1層へと続いて居るはずだが、乳のように濃い霧が大穴の果てを覆い隠し、その内を伺い知ることは出来ない。
そしてその大穴の四方を守護するかの様に高さ100歩にも届く四体の巨像が東西南北に向かって建っているのだが、その巨像の姿勢は今までよりなお酷かった。
業深迷宮の他のレリーフと同じく蠢くその像は、東西は美少女、南北は美少年の姿をしており、そのどれもが頭に王冠を載せ、蹲踞の姿勢で股間を見せ付けながら、激しく自慰を行い、その勃起した陰茎や膣口、乳首から白濁した媚毒をブチまけているのだ。
そして青少年の健全な心の成長に致命的な悪影響を及ぼしかねないその巨像達が座す周囲には、像から放たれる媚毒を湛えた巨大な蓮池。
そしてその蓮池には今まで建っていた6歩サイズの王女像が無数に立ち並び、各々異なる卑猥な姿勢で蠢いてはその胸や股間から媚毒をブチまけている。
まさに淫獄とでも呼ぶべきその異界の入口はネミツ湿地帯になお一層の毒気を振りまきながら、タビハの街へとその異様な威容を見せつけ、それを見た者達に迷宮の進化を確信させたのだった。