「第1回偵察部隊が壊滅後、送り込まれた第2部隊、第3部隊の生還により迷宮内の大凡の特徴が判明。有機的に蠢く壁、不快な環境、ズル賢い魔物ども、か」
「うーん、ソークスさん。僕の剣でこう、迷宮を外から破壊とかできないかな?」
「うーむ。迷宮の本体はあくまで異界にあるからな。過去に流星招来という星を落とす大魔術で迷宮を木っ端微塵にした大魔法使いがいたらしいのだが、迷宮は翌朝には何事もなかったかの様に再生してそこにあったそうだ。外にあるのはいわば迷宮が世界に落とす影の様なもの。やはり迷宮核を破壊しないことには話になるまい」
「ズルはダメってことか」
「そうだ。……しかし、この業深迷宮、知れば知るほど他の迷宮とは違い過ぎるな。知恵持つ魔物が多いせいか、極自然に戦術的行動を展開してくる。これではまるで魔王軍だ。……いや、もしかすると本当に魔王なのやもしれんな」
「有り得る。迷宮も魔物。魔王種に至ってもおかしくない」
「ええ、そうですね。やはり魔王かと。この迷宮が宿す魔力は並大抵の迷宮のそれとは比較になりませんから」
湿地帯に設けられた前線基地。その内部で話し合うのは、勇者一行の面々だ。四刀流のソークス、舌鋒のカズラ、絶影のケーレ、そして勇者ファントム。1週間後に迫った総攻撃の筆頭となる四人にとって、現状確認をして悪いということはない。
そして、勇者はその会話の最中でも変わった道具を魔術で作る作業に余念が無かった。
「よし、出来た!」
「む、ファントム君また何か作ったのか?」
「ガスマスクを浄化の魔術と活性炭、曹達石灰で作ってみたんだ。やっぱりスマホがあると色々調べられて良いね」
「なるほど、有毒ガスを浄化する防毒面の一種か。確かにこの迷宮では有用だな」
「そうでしょ。あとはコレかな」
「…………糊 ? うえっ、酷い匂い」
「ははは。コレはラテックスだよ。ゴムの木の樹液をちょっと加工してある。硫黄と酸化亜鉛を混ぜて石油に溶かしてあるから変な匂いなんだ。で、コレを布に浸して乾かしてから、蒸し焼きにしたものがこれ」
「成る程、滑らかな手触り。コレは防水布ですね勇者様」
「うん。迷宮の水は全部毒って聞いたから」
「合羽に良さそう。大ガエルの皮より軽いし」
「うーむ。つくづくファントム君には驚かされるな。それも神から賜った知恵なのか?」
「そんな感じ」
スマホによる異界の知恵。ファントムは元々要領の良い方だったし、理科も好きだった。それがうまく嵌った結果、彼の手により攻略隊はどんどんと強化されているのだ。
「ただまぁ、最初に妙なオモチャを作っていたときは大丈夫か? と心配になったがな」
「ははは、まさか銃弾を素手で掴まれるとは……」
「妖精族の長弓の方が余程速い。子供の護身用には良い。まともな戦いには使えない」
「ケーレさん手厳しい……」
ソークスとケーレが言及しているのは『ラッパ銃』だ。
銃器で異世界チート! と意気込んで作ったものの、この世界では全く通用しなかったのである。その後手榴弾の誤爆で仲間の死を覚悟した時に『癇癪玉を使うなら言え! ビックリしただろうが!』と怒られた辺りでファントムは兵器路線をスッパリ諦めた。
副産物の線香花火の方が余程気に入られたのには納得いかなかったが、異世界に地球の常識を当てはめるのは難しいという貴重な学びを得て、ファントムは少し堅実になったのである。
その結果が「普通に便利なものを作る」だった。異世界人は馬鹿ではない。むしろまだ子供であるファントムより余程賢い。そして強い。
そう悟ってからは鍛錬の合間に職人組合に顔を出し、優れた職人達の助力を乞うて、様々な道具を生み出したのだ。
「防水布の方はもう職人組合に技術提供してあるから、天幕や背嚢なんかにも使われると思う。内張りにふつうの布、外張りに革を使って防水布を挟み込んだ防水鎧なんてのも試作してるみたい」
「それは心強いな」
ファントムがここまで短期間に技術革新を勧められたのは、魔術の力も大きい。
時を進める魔術や、物体を複製する魔術などの上位魔術を、無尽蔵の魔力で使用した結果、ここまで事を進められたのだ。
武装の充実はそのまま戦闘の優位性に直結する。それをわかっているからこそ、勇者ファントムの行動を仲間たちは暖かく見守っていた。
彼の知恵と力が、きっと迷宮攻略を成功に導くだろうと思いながら。
* * * * * *
そうして、いよいよ訪れた決戦の日。勇者一行を筆頭とした総勢100人の精鋭部隊が迷宮に侵攻を開始した。
濃霧の中に攻め入る彼等の無事を祈る湿地帯近郊の住民達は、勇者一行の勝利を信じ、今日も聖神へと祈りを捧げる。
その聖気が、勇者達の力になると信じて。
* * * * * *
業深迷宮第一界層。広大な半水没地下神殿。その内部を進んでいく勇者達は、立ちふさがる魔物を切り捨てながら奥へ奥へと進んでいく。
未だ脱落者はおらず、迷宮側の攻撃も散発的。元より第一界層での足止めは困難と判断してのことなのか、比較的すんなりと進むことが出来ている。
勇者としての感覚なのか、本能的に瘴気の濃い方向が理解できるファントムの先導もあり、迷うこともなく軍勢は今日の旅程を終え、手頃な広場で布陣した。
ここまで広い迷宮となると、迷わず奥に進んでも数日かかる。故に野営の心得もまた、迷宮探索の大事な要素だ。
だが、その野営が鬼門だった。進行から4日目、第一界層の奥深くまで来た勇者一行が野営している最中に突如として攻勢に出た、迷宮の魔物達。その決死隊が狙ったのは、人ではなく水と糧食だった。
「クソが! 食い物がほとんど毒にやられてる!」
「……水樽も腐乱花魁のゲロ塗れだ」
「どうする? 戻るには深く潜り過ぎてるが」
襲い来る魔物達はなんとか全滅させたものの、一行の先行きに突如として暗雲が立ち込める。だが、それを救ったのは勇者だった。
「皆さん大丈夫です! 僕は神から無限に糧食を産み出す奇跡を授かっています!」
「なんと! それなら安心だが、本当に?」
「はい! とりあえず水袋と携帯食を出しますね! 配っていくので皆さんで回して行き渡らせてください!」
「おお! 凄い! 本当に糧食が次々と!」
勇者ファントムのチート能力、『無限糧食』。これにより危機を脱した一行は、勇者への信頼を強め、むしろ一層団結して先を目指すことになる。
* * * * * *
「あんなんズルやんけー!!!!!」
そう吼えるのは第一界層の守護者、極楽女衒・桃源卿ことスズム。麗しい花嫁姿の外套膜を震わせた彼女の怒りは尤もだろう。
チート能力さえ無ければ、奥底まで引き込んでの兵糧攻めというのは悪くない戦法だったのだ。
一手で盤面をひっくり返す勇者の能力はまともに相手をするのが馬鹿らしいほどに強い。
だが、スズムは今回の攻勢で得た情報を迷宮中に共有し、次なる策を構築していく。
「勇者の個人戦力は、無尽蔵の魔力と高い身体能力、不思議な道具に、超切断能力の魔剣っちゅうとこか。……あの剣の仕組みは、一度受けてみんとわからんなぁ。バビロン様に一回こっきりとはいえお守りも貰っとるし、痛いの我慢して受けてみよかな……嫌やけど」
情報収集の為に身体を張る覚悟を決め、勝率を高めるべく勇者達に対するハラスメント作戦を立案。即実行に移し、自身は第二界層に続く大部屋で勇者を待ち受ける。
兵糧攻めが不発となったことでむしろ、業深迷宮本来の『陰湿さ』という牙が、冒険者達に剥かれようとしていた。
* * * * * *
ジャーン、ジャーン、ジャーン。
ブオォォォォォッ、ブオォォォォォッ。
あえて言語化するならば、そんな音が勇者一行の野営地を襲ったのは食事を終え、交代で睡眠を取ろうとしていた頃のこと。
角笛と銅鑼を搔き鳴らす音と野営地に撃ち込まれた爆破魔術で叩き起こされた勇者一行は、しかしその後即座に撤退した敵を仕留めること敵わず、歯痒い思いをすることとなった。
だが、その攻撃はそれで終わりではなかったのだ。
金切り声の絶叫、赤児の夜泣き、魔術による閃光、煮詰めた屎尿の投下。散発的に行われる嫌がらせが睡眠時間を奪い、そのくせ魔物は戦わずに逃げるのだ。
怒り狂った魔術師が上級魔術を叩き込んで数匹仕留めたものの焼け石に水。このままではジリ貧だと、たまらず野営を中断して先に進む勇者一行。
その先に待ち受けていたのは、巨大な広間だ。その奥には、次の階層への下り階段が見えている。
————罠か。或いは偶然か。だがそれを考え悩んだところで埒があかない。下に降りるためにも、此処は先へ進むべき。
そう考えた彼らに、突如として水中から飛び出してきた巨大な花嫁が襲いかかり、数名をその衣装の内側へと飲み込んだ。
「クソッ!? ソークスさん、罠だ!」
「いや、ファントム君、違うぞ! これは階層守護者に違いない!」
「ボスキャラかよ!? くっ、ならこれでも喰らえ!」
聖剣による一撃が巨大な花嫁を深々と切り裂き、続いて放たれたケーレの技能『火遁の術』により火達磨になった対象を、ソークスの閃光鋭刃が更に切りとばす。そこにカズラが魔術を打ち込んだ。
「其は、穿つもの。谷を削るもの。山を押し流すもの。其は奔流。其は水。押し込め、絞り、高まり、弾けよ。我が眼前に水神の暴威を示せ! ————水刃砲!」
放たれた暴力的な水流が対象を両断し、甲高い悲鳴と派手な爆炎と共に、巨大な敵は爆発四散する。
「自爆……!?」
「不意打ちで3人喰われたか……魔術師3人。後衛が狙われたな。あの爆発では、そもそも魔物自体も跡形も残るまい。……大丈夫かファントム君、顔色が悪いが」
「いや……先に進もう」
「そうか。そうだな。第二層に降りてすぐ改めて陣を張ろう。……あまり気負いすぎるなよ」
その励ましの声に、ファントムは答えることなく、階段を降り始めたのだった。
* * * * * *
「っっつー、あー、痛いわぁほんま」
業深迷宮最深部。そこで痛い痛いと嘆くスズムに治癒を施すバビロンは彼女が持ち帰ってきた気絶した冒険者を見て満足気に微笑んだ。
「ご苦労だった、スズム。勇者の剣のタネは割れそうか?」
「んー、概念系の攻撃やね。あらぁ『斬る』っちゅう概念の塊や。防御するんやったら同じ概念系やけど、聖神自らが付与した魔剣に太刀打ち出来るかは分からん。でも所詮は切れるだけやね。それ以外の仕掛けは無いわ」
「成る程、絶対切断には違いないが逆に言えば切断だけか。それは良いことを聞いた。素晴らしい情報だスズム」
「でも、もう二度とやりたないわ……重傷を負うと爆発と同時に転移する魔術とか、誰が作ったんよホンマ」
「『悪役が散る奴ver.13.3.7』か、確か開発者は大罪怠惰皇帝『
「……そういうもんなん?」
大爆発を目眩しに、転移魔術でトンズラするという、シンプルながら効果的な魔術によって勇者達から逃げてきたスズム。
そんな彼女が得た情報と、攫ってきた冒険者の脳味噌を解析する事で、バビロンは勇者への対策を着々と進めていく。
次なる舞台は第二界層。網目のように流れる広大な大河と熱帯雨林、そしてその中に沈む遺跡をモチーフにした界層。
第一界層は所詮一般的な迷宮のテンプレートをなぞった初心者コース。
ここから先は、勇者一行と言えどもたやすく進む事は叶わぬ絶対の死地である。