業深迷宮第二界層こと、大河と熱帯雨林に飲まれた遺跡へと降り立った勇者一行。
階段を下ってきたはずなのに、打ち捨てられた遺跡の出入り口から出てくるという次元の歪みに首を傾げたのは勇者ファントムのみで、他の者は迷宮の階層移動で起こる理不尽には慣れっこだった。
だが、その後に待ち受けていた理不尽に慣れていたかと言われると、答えは否だ。
「クソが! 魔物が生意気に陣形なんか組みやがって!」
「逃げろ逃げろ! 押しつぶされるぞ!」
六脚回震蝦蛄を重装歩兵に見立てた
そしてその更に後方から軍楽隊の如く雄壮な行進曲を謳いながら押し寄せる淫角妖鬼たち。
圧倒的な物量戦術に追い立てられて、個々の実力で勝る筈の冒険者達が、逃げの一手を打たされている。
更に足元が川になった熱帯雨林という環境において、人間と元々そこに暮らす魔物達との差は歴然。
魔導師達の爆撃でどうにか相手の戦線を崩しながら逃げ惑った勇者一行は、更に数名の冒険者を失い、尊い犠牲のもとになんとか追撃を振り切ってひとまず難を逃れていた。
「ソークスさん、さっきのアレ、僕の魔術でぶっ飛ばせば良かったんじゃない?」
「いや、いくらファントム君の魔術が強力無比とはいえ、其れはできない。あの大軍が間近に迫る中で殲滅魔術など使えば味方も巻き込まれていただろう」
「あ、そうだね、ごめん」
隊伍を組んで迫る魔物。つくづくこの迷宮でなければ有り得ない光景を思い返し、ソークスは改めて恐怖に身を震わせた。
100匹なら斬れる。1000匹でも殺せる。では万は? 億は?
数の暴力とは単純明快、質を量で押しつぶすゴリゴリの脳筋戦法であり、同時に最も賢い戦法である。
あらゆる戦術や戦略というのは極論『どうすれば最終的に相手を数で押しつぶせる様になるか』という一点に集約されるのだから。
しかし、そんな軍略を巡らせるのは、用兵に長けた魔王ぐらいのもの。魔物は一般的に戦闘力こそ高いものの、知恵で人間と並ぶ個体は少ないからだ。
が、淫魔は違う。性行為とはコミュニケーションであるがゆえに、淫魔は押し並べて高い知能を持つ。
よもやそれが軍略に活かされるとは想像もしなかったが。
と、思いを巡らせるソークスを現実に引き戻したのは、敵襲を告げる声だった。
「淫角大妖鬼だ!」
警告の声に振り向いた先に居るのは、3歩近い巨躯を板金鎧で固め、両の手に身の丈と同じ3歩のタワーシールドを構えた淫角大妖鬼の雄。
鎧の上からでも分かる、筋骨隆々ながらも美しい肉体。
大きな角の関係か鉄仮面と鋲打ち革のベルトで構成された兜のスリットから覗く目は黄金に輝き、その内側からは歌劇俳優の様に伸びやかな声で、鼻歌が聞こえる。
「聞くな! 耳に何か詰めろ!」
「淫角大妖鬼の媚毒の声だ! 脳がやられるぞ!」
警告が飛び交う中で、2枚のタワーシールドを構えた淫角大妖鬼が周囲の人間を殴り飛ばし、突き飛ばして、勇者に向けて進んでいく。
それを食い止めようと魔術師達や弓兵が攻撃を加えるが、あまりにも近い彼我の距離が、高威力魔術の使用を躊躇わせた。
だが、その一方で、魔物達に躊躇いはない。
鎧の淫角大妖鬼に気を取られた勇者一行を、淫角大妖鬼ごと轟震強姦大喇蛄の軟化剤爆撃に巻き込んだのだ。
役目は終えたとばかりに転移する淫角大妖鬼。姿を現した包囲網。密林の視界の悪さを活かした魔物の用兵により、完全に包囲された勇者一行。万事休すのこの状況の中、非情な決断を下したのはソークスだった。
「冒険者達よ! 勇者をなんとしても包囲から逃すぞ!」
「え、それって」
「勇者ファントムが迷宮核を破壊すればこの戦いは我々の勝利だ! 故に、勇者を最優先に脱出させる!」
「よしきた!」
「殿は任せろ! へへっ、お前らが邪魔で魔術が使えねぇんだ、とっとと失せやがれ馬鹿共!」
「ちょっと、ソークスさん!? 皆さんも何を……!」
困惑するファントムだが、「勇者が脱出しなければ殿は逃げられない」と冷淡に告げて魔物の群れに突撃するソークスとケーレに叱咤され、カズラに急かされながら必死に包囲を突破するべく魔物を切って切って切り倒す。その死に物狂いの突撃と殿や周囲の冒険者の活躍でどうにか包囲を逃れた勇者と数十人の冒険者達は、必死に迷宮の最奥へとひた走る。
その後ろで続く戦いの音に背を向けながら。
* * * * * *
殿というのは、どんな戦場でも損な役回りだ。そもそも撤退の最後尾なのだから当然だが。
そういう意味では、業深迷宮第二界層において発生した包囲戦の殿は、死なないという点では恵まれているのだろう。
轟震強姦大喇蛄の軟化液で骨までグニャグニャになった身体を淫猥大邪蟲に絡め取られ、大蜃妓楼に飲み込まれ、淫角大妖鬼に攫われていく冒険者達には、今後迷宮の苗床や精気タンクとしての長い人生が待ち受けているからだ。
だが、それを待たずとも、凌辱はまさに今、この戦場で行われている。
グニャグニャガバガバになった男の尻穴に、太さ20指もある淫猥大邪蟲が潜り込み、拳大の卵をボコボコと産みつける。
面白いようにその腹は膨れ、直腸から流し込まれる媚毒によって快楽に変換された圧迫感に、男は白目を剥いてよがり狂う。
淫角大妖鬼に囚われた女の秘所を、その逞しい肉棒が優しく抉り、耳元で囁かれる睦言に脳を犯された女は、まるで恋人に甘えるかの様にその腰を振るう。
その腹にドクドクと注がれる媚毒混じりの精液が女の卵巣を凌辱し、鬼の子を孕まされた女は盛大な受精アクメをキメた。
大蜃妓楼に飲まれた男は夢の中で麗しい遊女と逢瀬を交わしつつ、その実貝の中でその軟体に全身を包まれ、情けなく精液を吐き出している。
夢の中では女を組み敷き盛大に腰を振っておきながらその実、犯されているのは自分であると気づかぬ様はどこか滑稽だ。
誇りも、矜持も、全てをねじ伏せ犯し尽くす淫魔達の狂宴は、哀れな犠牲者の魂を汚し尽くし、邪悪の胤を宿す苗床や、悪徳の畑を肥やす種馬へと変えていく。
斯くして冒険者を平らげた迷宮第二界層には、終わることのない嬌声が響き続けるのであった。
* * * * * *
そんな、惨憺たる末路を迎えた殿たち。ではその一方で、先に進んだ勇者一行はと言えば。
あの後どうにか、勇者の直感により瘴気の流れの最奥、第二界層と第三界層を繋ぐ階段を見つけたものの状況は芳しくない。
第二界層守護者に任命され、騎鰐姫から
追撃の為に送り込まれた彼女により、勇者一行は極めて劣勢に追い込まれていたのだ。
その沼地での機動力を活かして勇者から逃げつつ、勇者以外を執拗に狙うニウレの戦術により、勇者は健在でありながら勇者一行全体としては消耗し続けるという状態に陥っている。
おまけに体液全てが媚毒なニウレを攻撃すれば返り血で媚毒を受ける上、再生能力が高く、大きな傷も見る間にふさがれてしまうのだ。
そもそも、その大きな傷も勇者が辛うじて一太刀浴びせたきり。あまりに強固なその装甲を前に、段位持ちの冒険者が振るう剣ですら肉を切れるのはほんの僅かなのである。
同じ厚さの鉄板よりなお強固な装甲を斬り裂ける時点で凄まじいのだが、鉄と違って相手は再生する。近接職では分が悪い。
では魔術や技能ではというと、こちらはそこそこ戦えているが、いかんせん相手も無抵抗ではない。技能を使った攻撃は回避や防御、反撃を駆使して応戦。魔術には魔術でカウンターをし、霧状の媚毒ブレスで逆襲する始末。
死者こそいないものの、戦闘不能にまで追い込まれた者があまりに多く、もはやまともに戦っているのは勇者一行の内、中核メンバーである勇者ファントム、忍者ケーレ、魔導師カズラ、聖騎士ソークス、そして数名の段位持ちだけだった。
そんな中で、戦いのお零れにハゲタカのように集る淫猥大邪蟲や淫精芙蓉樹が、倒れた仲間を攫って行く度に勇者は気を取られ、ニウレの重い一撃を受けて吹き飛ばされる。
「無様ダナ、勇者ヨ。他人バカリ気ニ掛ケテ、自分ガ殴ラレテイテハ、話ニナラナイ」
「くっ!」
優しさとは時に傲慢。チート主人公故の驕りが、戦闘中に他人を気にかける勇者の甘さとして現れてしまっている。そう分かっているソークスとケーレはしかし、勇者の優しさを無碍にもできない。
そこで、意を決して言葉を発したのは、残る僅かな段位持ち達だった。
「此処は俺たちに任せて、勇者様達は先へ!」
「へへっ、俺たちゃコイツを片付けてすぐに行きますから」
「追ってこなかった場合は戦いが長引いていると思うので、迷宮核を破壊した帰りに助けて貰えたら嬉しいですね」
軽口を叩くその背中に、ファントムが声を掛けようとするその前に、彼らは勇者を叱咤した。
「行け! コイツの言うことはある意味正しい。勇者様は、どんな事があっても、先に進んで俺達を救ってくれなきゃ困るんだ! だから行け! 犠牲に心痛めても、犠牲で足を止めるな!」
「俺たちゃ、無駄死には嫌なんでね。頼んますぜ」
「……ッ、ありがとうございます! 此処は、此処は任せた!」
「それでいいんでさぁ。……ソークスの姉さん達は勇者様についていてやってくだせぇ」
「彼はまだ幼いですからね」
その言葉を受けて、ソークス、カズラ、ケーレの3人は勇者の後を追う様に、第三階層への道を下る。それを見送った冒険者達は、改めてニウレに向き直った。
「……待っててくれるなんて優しいじゃねぇか」
「ソコマデ野暮デハナイ。オ前達ハ好イ男ダ、男ノ一世一代ノ見セ場ヲ潰スノハ、気ガ引ケル」
「そうかい。アンタも良い女だな。……さて、じゃあ、しばらくナンパに付き合って貰おうか!」
「『限界突破』、『縮地法』、『見切り』、『斬撃王』ッ、技能『鋼断ち』ッ!」
「『金剛神力』、『大防御』、『受け流し』、『人間城壁』、『正義の盾』!」
「我が血を星に捧げよう。————汝は虚空の旅人、生まれ得ぬ大地の欠片、死せる星の末期を識る者。星々を巡る航海者にして、旅路の果てに燃え尽きる者。来たれ、来たれ、来たりて墜ちよ。来たれ、天の走狗、天翔ける太古の巖よ!
技能の重ねがけによる猛烈な斬撃、魔術師を庇う盾持ちは持てる全てを賭けてニウレの攻撃を捌き、魔術師は自身の命を削って超級魔術を起動する。
降り注ぐ隕石が森を焼き、木々を打ち砕き、轟音と閃光と煙に包まれた第二界層の最奥。降り続く雨に火が消し止められた後、煙が晴れたその戦いの跡地には、クレーターと第三界層への入口以外、何一つ残っていなかった。