あとついでにジェミーちゃん回です。
業深迷宮第四界層。ヘラエとジェミーの愛の巣であるこの場所に侵入した勇者達を待ち受けていたのは、当然といえば当然、しかしながら勇者達にとっては意外な存在であった。
「人間……!?」
漆黒の鎧と外套を纏う、二刀流の女戦士。何処からどう見ても人間でしかないその戦士の名はジェミー。かつて冒険者として活動していた、段位持ちの一人である。
「油断するなよファントムくん。コイツは……!」
「陽炎のジェミー。業深迷宮で失踪したと聞いた。邪教徒化してる」
「陽炎といえば、冒険者・三段。油断できる相手ではありませんわね」
「そんな、人と戦うの……!?」
困惑する勇者。だが、その一方でジェミーは冷淡に告げた。
「貴様らに恨みは無いが、私は此処で番とまぐわうのが気に入っていてな。此処に押し入るというのなら、それ相応の対応をせざるを得ない」
「うひょ〜♡ ジェミーちゃんのツガイ宣言頂きました! やっほーぃ!」
「なんだヘラエ。出て来たのか貴様」
水底から咲いた大輪の蓮華。その中から立ち上がった女体は、この界層を支配するヘラエのごく末端。だが、末端とはいえその実力は隔絶している。
ヘラエとジェミー。規格外のタッグを相手に、勇者一行の勝算はかなり低い。だが、此処でヘラエが口にしたのは、あまりにも勇者を甘く見た発言だった。
「ええ、出て来ちゃいましたよジェミーちゃん。バビロン様から勇者さんに伝言があるんです。というわけで……勇者、ファントムに警告します。これより先に進むのであれば、容赦はしません。しかし、今ならば地上へ返して差し上げます」
「ッ……!」
「随分と馬鹿にした提案ですわね……!」
「でも、コイツら、かなり強い。今までとは次元が違う」
「……だが、この場で引くという訳にはいくまい。そうだろう、ファントムくん」
「……! そう、ですね。例え相手が誰であっても、死んでいった仲間達の為にも負けられない……!」
「お待ちください、と訂正します。勇者一行の死者は居ません。優秀な個体が多かったので残さず捕獲しております」
「ヘラエ、馬鹿か貴様、どうでも良いだろうその訂正。どうせ人間社会に戻れんのだから死んだも同然だ」
「ごめんなさいジェミーちゃん、こう、勇者の覚悟に水を差すのって魔物的には憧れのシチュエーションなんですよ」
何処までも馬鹿にした物言いに、流石の勇者も頭に血が昇った。勇者一行の残りの面々も、憤然とした怒りの表情を浮かべている。
故に、その状態での問いかけに、勇者は応じてしまう。それが誘導とも気付かずに。
「で、貴様らは先に進むという事で良いんだな?」
「当然だ!」
そう言った直後。凄まじい爆音と共に、勇者は吹き飛んだ。
ダメージはない。痛みもない。だが、凄まじい振動と強烈な加速度が勇者の三半規管を蹂躙し、強烈すぎる吐き気に嘔吐する。何が起こっているのか、どうなって居るのか、全く分からぬままに、勇者は迷宮の壁に激突し、『跳弾』した。そこを更に、追加の衝撃が襲う。
たっぷり
身体から強烈な精気を噴き出し、その反動で超加速したジェミーによる猛連撃。一撃食らうたびに音速の壁をブチ抜いて吹き飛ぶ勇者は、鞠のように第四階層全域を縦横無尽に吹き飛ばされたのだ。
もし勇者がジェミーの攻撃を見る側であれば、『スーパー宇宙人』かよと突っ込んだのは間違いないだろう。
そして、そんな攻撃の末、攻撃し続けていた張本人によってキャッチされた勇者は、装備が破壊され全裸となったゲロまみれの姿で、茫然とする勇者一行に向けて投げ渡された。
「流石勇者、不死身とは恐れ入る。ひとしきり殴ってみたが殺せる気がせんな」
「もう、ジェミーちゃん! 殺しちゃ駄目ですよ?」
「いやなに、死なんと聞いていたからな。確かめたくなった。……? おい、勇者ども、何を茫然として居るんだ貴様ら。先に進みたいのだろう? とっとと攻撃して来ないか」
圧倒的。絶望的。万に一つも勝ち目がない。かつて冒険者三段だったころのジェミーとは基礎能力が根本から違う。だが、それでも戦わねばならない。
そう覚悟を決めたのは、ソークスだった。
「ケーレ、カズラ。ファントム君を連れて先へ。この界層ほど深くなれば、ファントム君のような勇者の感覚が無くとも『奥』への道は判るだろう? 私は此処で、この2体を食い止める」
「……本気?」
「ああ」
「分かりましたわ。ケーレさん、行きましょう」
「ほう。貴様が私を食い止める、か。……良いぞ、乗ってやろう。小娘に年の功というものを教えてやる」
「ジェミーちゃんもピチピチでしょう?」
「阿呆を抜かすなヘラエ。私は来月で四十歳だぞ」
強者故の余裕。喋る間に勇者を抱えた二人を奥に行かせてやったジェミーは、ソークスへと向き直る。
「さて。一撃くらいは耐えるのだろうな?」
吹き上がる精気のオーラ。熱の無い炎のようなそれは、大樹の如く太く、大きく、高い。そして、そのオーラが収束したその瞬間、ソークスは持てる全てを以ってジェミーの一撃を迎え打った。
『受け流し・大』『閃光鋭刃』『斬り払い・大』『活路探究』『限界突破』『一刀両断』『聖剣技・大』。複数の技能の連続発動で、隕石より恐ろしいジェミーの拳を、どうにかこうにか受け流す。仲間たちの時間を少しでも稼ぐべく、一撃でも多く、ジェミーの攻撃を防がねばならないのだ。
だが、その先にあったのは今よりなお深い絶望だった。
「『灼竜剣・
ジェミーの抜刀と共に、視界が揺らぐ。膨大な精気を注ぎ込まれた竜素材の双剣は、生前の獰猛さと再生能力を取り戻し、バキバキと音を立ててヘラエの籠手と一体化。大剣ほどの大きさに成長し、その刀身に暴風と業火を纏う。
そして、その刀身が踊り。
ソークスは、五体が粉微塵に切り裂かれるのを感じ、その意識を失った。
* * * * * *
「一丁上がりだな。この女、どうする」
「バビロン様に献上ですね。念の為身包みは剥いでおきましょう」
「その辺りは貴様に任せる。私はそこの大きな貴様の胎で寝る」
「性的な意味で?」
「当然だろう?」
剣をしまい、得意の魔術による早着替えで一瞬で全裸になったジェミーは、そう告げて手近な巨大女体の膣へと潜り込み、寝床である子宮へと帰っていく。
その一方で、結局観客だった人間大のヘラエは、気絶しているソークスの身包みを剥ぎ、魔術によってバビロンまで転送する。
ソークスとジェミーの決着となったのは、殺気による気当たり。濃密な殺気を一点集中で浴びせられたソークスの脳が死を幻視し、意識を手放したのである。
同じ段位持ちとはいえ、ジェミーの言った通り『年の功』の差は歴然。ソークスにはジェミー程の剣技も、魔術も、技能も無かった。まぁソロで20年以上戦い続けていたジェミーと団体で戦っている聖騎士を比べるのは些か理不尽だが。
だが、理不尽だと喚こうと、敗北の事実は変わらない。聖騎士ツラワ・ソークスの冒険は、この四階層で終わったのだ。
それでも尚先を目指す勇者一行。残り三人となった彼等の行く先は、前人未到の業深迷宮第五界層。
その先で待ち受けるものは、ジェミー以上の脅威である。