「ほう。勇者は第六界層を奥へと進行中、か。……やはりおかしい。第五界層で分断された仲間を心配しても良さそうなものだが。どうも人間の思考回路ではない気がするなぁ。聖神め、何か仕込んだか?」
そう愚痴るのは、加速空間で15年ほど過ごした後のバビロンだ。
ソークス捕獲の時点で違和感は覚えていたが、明らかに勇者の思考は深層に進むにつれておかしくなっている。……普通はもう少し、嘆き、悲しみ、仲間を思うのが人間というものだ。
だが、勇者一行は悲しむ素振りはするものの、何かに憑かれたかのように迷宮の奥を目指し、全身を媚毒に侵されながらも邁進している。
……加えておかしいのは、第六界層を進む勇者に媚毒が効いていない点だ。
第四界層までは確実に有効だった媚毒が、深層に進むにつれて効かなくなっている。性処理役を排除した事で性欲は溜まる一方である筈なのにだ。
第四界層突破の為に粘海溟渤淫溢魔に突撃したことで勇者の装備は損傷しており、媚毒を完全に防ぐ機能は失われている。
先の温泉地帯も、勇者にとっては媚毒の蒸気に満ちた死地だったはずだ。だというのに、何故、勇者の肉体は冷徹に戦闘をこなしているのか?
そのタネを探るべくバビロンが着目したのは、現在の勇者の監視映像。そこに写っている勇者の姿は、悲惨だった。
身体から聖気を垂れ流し、同時に精気も垂れ流す、エネルギーの化け物。第五界層ではどうにか『ガワ』が残っていた人間性も、仲間という支柱が折れたせいか見る影もない。
白目を剥き、一歩ごとに股から精液を垂れ流しつつも、勇者の動きはむしろ正気の時より冴え渡る。淫泥魔伯爵の猛攻を紙一重で避け、物理無効の淫泥魔には効いていないとはいえ、暴風の如き剣技は極寒の地底湖である第六界層の氷柱を粉微塵に切り裂いていく。
「技能で動いている。いや、技能に乗っ取られている?」
おそらく、聖神の仕込んだ自動プログラムだろう。業深迷宮の近くにいきなり出没した点といい、どうも初めから業深迷宮専用の鉄砲玉として送り込んだらしい。
「聖神もなかなかえぐい真似をするなぁ。……だが、肝心の技能が穴だらけだ。そろそろ、攻略するか。……淫泥魔伯爵。代われ、私が出る」
* * * * * *
「はじめまして、勇者」
第六界層に転移し、勇者に声を掛けた私への返答は、刀による斬撃。しかし、絶対切断があくまで刀の能力である以上、恐れることは何も無い。
刀の間合いよりさらに内、身を低くして、振るわれる勇者の手首を掴んで引き込み、そのまま肘と肩を使った当て身を胸にブチかます。
ダメージは無いようだが、勇者に衝撃が通るのは確認済みだ。手首を掴まれたまま当て身を受けて浮き上がった彼の肉体に、すかさず魔術を行使した。
「邪神式魔術プログラム、起動。
攻撃を受け付けない勇者にも『バフは通る』。その特性を利用し連続して叩き込むのは、『支援魔術』だ。
しかし、極端に部位を絞って左右めちゃくちゃに強化された勇者は、地面に崩れ、奇妙にのたうち、暴れ回る羽目に陥っていた。
もはや刀を握ることも叶わず悶えるその姿は少々奇怪だが、それでも勇者の垂れ流す聖気や精気は健在だ。
「クソ、聖気はやはり嫌いだ、ピリピリする。……おや、まだ立つか。だが甘い。運動野
のたうち、蠢き、自らの筋力で骨が砕け、それを再生しつつも更にのたうちまわる。『自壊する』勇者は、しかし痛覚を持たぬが故に、止まることはない。
「うわぁ、気持ち悪いな。……だが、動き回って逃げられる事態は避けられたな。私、並列展開。4人追加。始めるぞ私」
「了解した。業深迷宮各所に通達開始。これより『勇者』を抹殺する。作戦実行開始」
「瘴気搾取開始。出力、目標値の116%」
「業深迷宮内、全人間に
「捕虜の拷問、及び苦悶の求道者出身邪教徒有志による瘴気放出開始」
「解放連盟、各員の衝動を解放。繁殖教団、居住区で大乱交カーニバル開催。瘴気出力なおも増大」
「竜族の姫エロイーズを幽閉状態から解放し第三界層の淫乱尾籠猥蟲竜の巣に投下。早速欲望のままに乱交中。オナ禁3ヶ月の甲斐あってか欲望が予想値より増大。瘴気出力、要求値の3倍を突破」
「勇者に対する瘴気注入準備。……完了」
迷宮の全リソースを割いて生み出したるは、莫大な瘴気。ソークスでの事前実験の守備は上々、ならば理論上、不可能ではない。故に、これから開始するのは、『勇者』の抹殺ではあるが、『ファントム』の抹殺ではない。
「これより! 勇者ファントムの魔物化実験を開始する! ————瘴気、注入!!!」
流れ込む、莫大な瘴気。勇者が放出する聖気と打ち消しあい、鬩ぎ合い、しかし確実に勇者の肉体へと魔の手を伸ばす、漆黒のマグマのような物質化したエネルギーの奔流。
その圧力に、勇者は遂に耐えきれず、その身にモロに瘴気を流し込まれ、悶絶する。
「ギィィィァァァァアアアアァッッ!?!?!!?」
聖神に鋳造された神造兵器。それが、欲望と苦悶の瘴気に侵されゆく。矛盾した状態が魂の痛みを齎したのか、痛覚がないにもかかわらず絶叫する勇者の声。
そんな中、業深迷宮にアナウンスが鳴り響く。
————第1225号迷宮より魔物創造プログラムの起動が申請されました。
————邪神により承認されました。魔物創造プログラム、起動。
————『勇者ファントム』を魔物化しますか?
————魔物化開始。
————魔物化開始。
————魔物化が拒絶されました。
————瘴気の追加を確認。魔物化を再開します。
拳を交えぬ戦い。勇者は喰らわれまいと聖気を捻り出し、業深迷宮の総力を挙げた物量作戦に単騎で戦う気概を見せる。
そんな彼にとどめを刺すのは。
「さあ、ツラワ。引導を渡してやれ」
変わり果てた姿のツラワと、その周囲に並び立つ、聖邪混沌淫魔人たち。勇者の血を引く12人の魔人が、その身に宿す聖気耐性を活用し、勇者の聖気を抑え込む。
そして、混沌淫魔騎士と成り果てたソークスが、蕩けた顔で8つの乳首から噴き出す母乳を勇者へとぶっかけながら語りかけた一言が、勇者の抵抗の意思をへし折った。
「ファントム君……君の子達だ、可愛いだろう? ほら、みんな君によく似て良い子なんだ。さぁ、この子達に弟や妹を作ろう♡」
「————!? ……! ……ぁ」
————魔物化開始……成功。『融邪魔人ファントム』を作成しました。魔物創造プログラムを終了します。
響くアナウンスと共に、その身を堕落させられた勇者はぼろぼろの肉体をガクリと崩し、駆け寄ったツラワに抱き抱えられて、媚毒の母乳で回復させられる。
抵抗力を打ち砕かれたその肉体に染み渡る媚毒は莫大な精気を生成させて勇者の身を癒やし、気づけば勇者は無意識のまま、ツラワの胸に吸い付いていた。
その本能的な肉欲は、勇者の身から淫気と瘴気を漏れ出させ、彼が真に堕落したことを示す証となったのである。
かくして此処に、業深迷宮は勇者一行への勝利をもぎ取ったのだった。