※この作品はR-18です。

業深迷宮日誌   作:黒山羊

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業深迷宮に魔の手ならぬ聖の手が……!


大戦前夜

 難攻不落の業深迷宮。日夜魔物が増え続けているとすら言われるその迷宮において『比較的』平和な第一界層以外は、帰還不能な死地と化している。

 

 少し前までは第二界層までは進めたものだが、今や帰還者はなく、漂ってくる強大な瘴気からかなりの強敵が存在する事を類推する他ない。

 

 だが反面、霧に包まれた第一界層の難易度は『浅い部分』ではむしろ低下傾向にあった。

 

 具体的にいえば、迷宮の入り口から歩いて半日分の地点まで。そこまでは霧が薄く、魔物も夢魔睡蓮と淫猥大蟲がせいぜいだ。

 

 まるで、迷宮によって与えられた餌場の様な安全地帯。小銭稼ぎの冒険者達はこの一帯で魔物を狩る日々を過ごしており、霧の奥を目指す志の高い冒険者達から『潮干狩り』などと揶揄される事もしばしばだ。

 

 とはいえ、力無く蛮勇を示せば生きては帰れない。冒険者として己の力量を知るが故に『潮干狩り』に甘んじている者も多くいる。

 

 小遣い稼ぎや、実力の足りない者。それらが日銭を得るべく屯していることで、第一界層の『浅瀬』は毎日満員御礼だ。

 

 そして、そんな潮干狩りの連中を入り口に集めているのは、まぁ当然ながら迷宮側の策略でもあった。

 

 伽藍体娃(がらていあ)。人間の女としか思えないほどの精巧な擬態能力を持った魔物。彼等を人間の集団の中に紛れ込ませる事で、地上の情報を得ているのである。

 

 冒険者達の持ち物などから経済状況を。世間話から街の治安情報や不満点を。時に食事を分け与え、時に共闘すらしつつ情報収集に勤しむ伽藍体娃は優秀なスパイとして活躍し、迷宮は世間の情勢を把握することが出来ていた。

 

 そしてそれ故に、今回、迷宮の危機とも言える情報をいち早く察知できたのである。

 

 

 * * * * * *

 

 

「勇者と天使を含む聖神教の討伐軍が来る!? 確かか伽藍体娃!」

「ヒッ……」

「ちょっとバビロン、魔力吹き出し過ぎ。伽藍体娃ちゃん怖がってるよ」

「っ、すまん。ありがとうアンナ。……伽藍体娃、驚かせてすまない。だがその報告は私が激する程の一大事なのだと理解して欲しい」

 

 業深迷宮最奥、玉座の間。そこで珍しく声を荒げるバビロンの顔には、明らかな渋面が浮んでいる。

 

「……もちろんです、バビロン様。続きを申し上げても?」

「是非頼む、委細漏らさずな」

 

 そう告げて、玉座に腰かけるアンナの膝に座り直し、バビロンは伽藍体娃の報告を微に入り細に入り聞き尽くした。

 

 

 曰く、聖騎士100名と神官200名、それに輜重隊100名からなる大隊規模の聖神教徒を率いて数名の勇者がネミツ湿地帯を脅かす悪逆非道の魔王を討つべく進軍している、という先触れというかプロパガンダがなされ、『人民よ矛を取れ』と義勇兵を掻き集めてタビハに向けて進んできているらしい。

 

「クソ迷惑な! ……いや怒っても仕方がないが、怒りたい! クソが! ————ストレス値の異常な増大による演算機能低下を確認。メモリ領域確保の為、擬似人格感情キャッシュを消去します。キャッシュ消去完了。ストレス値をリセットしました」

「……えっと、バビロン、大丈夫?」

「ああ、すまないアンナ。問題ない。……高度な擬似人格というのも厄介なものだ」

「大丈夫。ちょっと驚いたけど。それで、バビロン。どうするの?」

「今、端末を通じて複数の伽藍体娃から複合的な情報を集めているが、参加している勇者に『爆炎姫ベローズ』と『剣修羅ムズァグル』が居るのは確定だ。この2名はコンビなんだが、2人で魔王を討伐した実績がある。確か女王蟻の魔王だった筈だが、無数の配下諸共皆殺しにしたらしい。……加えて天使と来た。聖神に愛された手羽先共だが、まぁタチが悪い。……端的に言えばこの迷宮の通常戦力はゴミの様に消し飛ばされるだろうな。……はぁ」

「……一緒に逃げる?」

「ははは、アンナも知っての通り、私は動けない。だからそれは無理だな。……迎撃して見せるとも。だが、通常戦力は邪魔だ。淫系統では基本的に役に立たん。居住区まで下がらせる。避難用の区画は十分に設けてあるしな。既に誘導を開始している。あと2刻もあれば全戦力が退避出来るだろう」

 

 ボリボリと頭を掻きながらアンナに状況を伝えるバビロンは眉根に皺を寄せており、宝石の眼は暗く澱んだ瘴気を湛えている。

 

 状況は最悪。されど、やるべき事を為せば勝算は無くはない。

 

 徴兵の先触れがなされたということは、兵力を集め終わった頃にやってくるということ。そこから軍団の編制も考えると10日は猶予があるだろう。

 

 今回ばかりは生け捕りなど考えず、一切鏖殺の覚悟で臨む必要がある上に、戦力に数えられる存在自体が少ない。

 

 正直に言えば幹部以外は足手纏い、界層守護者も役に立つのは一部だろう。

 

 頼りになるのはバビロン自身。それ以外で言えば、『妖艶羅刹・淫泥魔大公シヴリン』、『淫泥魔人公子スペリオル』、『姦淫竜王・婀軟蛇マンダラ』、『悪涜神樹・鉢頭摩王ヘラエ』、『性闘士・陽炎のジェミー』、『淫妖太母・艶角鬼女王プルナ』、『極炎覇王龍エロイーズ』、『混沌淫毒邪竜ヴリトラ』、『融邪魔人ファントム』、『大長老ミダワル』、そして『魔太后アンナ』。

 

 だが、バビロンは耐久性などを鑑みて、この内ジェミー、プルナ、アンナの3人には、界層守護者達と共に居住区である第九界層の防衛を任せる事に決めている。

 

 依怙贔屓などでは無く、本当に『不死身以外は邪魔』なのだ。そして、居住区を守って貰わねば勝利してもどうしようもない。業深迷宮は人材を活用して回る迷宮。一般市民を失えば、精気を失いたちまち滅ぶ。

 

 だからこその最終防衛線であると3人に言い含め、どうにか納得させたバビロンは、続いて残る面子を割り振っていく。

 

 まず、バビロンは当然ながら全階層を端末で防衛しつつ、迷宮の最終迎撃界層である第八界層『深淵の塔』に本体を据える。

 

 菓子と酒と蜜に溺れるお菓子の国こと第七界層『人造楽土』は、大長老ミダワルに。ここは正直に言えば、誘惑重視の界層なので防衛能力に乏しい為、無理をする事は無いと言い含めてあるが、どうもミダワルはやる気に溢れていたので、最後まで死力を尽くすのだろう。

 

 第六階層『紺青の死』と題された氷結世界は、かつて勇者ファントムが膝を屈した場所。その因縁の場所に配置された融邪魔人ファントムはなんとも言えない顔だったが、彼はもう、この迷宮で妻と子という護るべき存在を得ている。戦いに臨む覚悟は万全だ。

 

 そして、打って変わって灼熱の温泉地帯、第五界層『冥府の釜』にはヴリトラとエロイーズのドラゴンカップルを。最強生物である竜種が2体というのは、並みの相手なら圧勝確実なのだが、油断は禁物。まだ図体ばかり大きい子供なヴリトラと色狂いのエロイーズというのは少し不安に思っておくぐらいで丁度いい。

 

 第四界層の広大な蓮池である『涅槃の淵』は言うまでもなくヘラエの担当だ。戦い慣れた戦場で、万全の力を発揮してもらう。

 

 いつもは淫乱尾籠猥蟲竜と性転換自家受精おじさんことトゥオセの一族が暮らす第三界層の巨大鍾乳洞『白亜の虚』は、マンダラの担当。その長大な身体で這い回り、敵を撹乱してもらう。

 

 そして、第二界層の広大な熱帯雨林『樹海遺跡』はシヴリンとスペリオルの親子が守る。泥沼の熱帯雨林は、彼らにとっては格好の戦場だからだ。

 

 

 最後の第一界層『水没神殿』だが、ここは元々備わるバビロンのレリーフで対応する。……というのも、バビロンの予想が正しければ、十中八九、此処はひどい事になるからだ。

 

「居住区の面々は全力で瘴気と精気の生産に励んでもらうとして、後は迎撃準備と当座の防衛策か。……マンダラのブレスを撒くしか無いな。……あと、極力誰も死なせたくはないし、緊急脱出の術式を迷宮全体に組み込んで、出来るだけ私1人でカタをつけられるように……」

 

 ブツブツと譫言のように策を巡らせながら、防備を進めるバビロン。

 

 戦争は準備が10割。宣戦布告の気配を感じた以上は全力でそれに抗うのみ。

 

 そう腹を括っても、眉間の皺が消える事はない。

 

 

 

 間近に迫る業深迷宮最大の危機は、まだ始まってすらいない。だがそれは着実に、ゆっくりと進行していた。

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