その日、タビハの街に結集した軍勢は、住民達の熱狂と歓迎の中で迎えられた。
聖騎士100名、神官200名、輜重隊100名からなる大隊を率いるのは、火炎を操る魔導師の勇者『爆炎姫ベローズ』と、その相棒にして世界有数の剣豪『剣修羅ムズァグル』。
それがタビハの住民が聞いていた伝聞だったが、実物はそれより更に強大な軍隊であった。
各地からの義勇兵総勢1000名、聖神教よりの檄文で合流した勇者『慈愛の聖母ケセル』、そして何より、聖神の使徒たる天使が10体。それらを組み込み、連隊規模にまで膨れ上がった軍勢が、軍靴の足音を響かせながら現れたのである。
その雄姿に民衆は熱狂し、10年以上悩まされてきた迷宮に遂に終止符が打たれるのだと確信した。無理もない。おおよそ、並みの魔王を殺し切るには十分すぎる軍勢だ。
だが。
業深忘我・迷宮王バビロンは、決して並みの魔王ではなかった。
タビハの街で戦意高揚の為に執り行われた軍事パレード。その最中に、バビロンは先制攻撃をブチ込んだのである。
沼地に聳え立つ巨大な像の『おっぱい』からタビハに向けて直線的に放たれたそれは、ルウシャからの母乳供給を集約して放たれた、母乳による極太ウォータージェットだ。
その場にいたもので、『着弾前に』この攻撃に対応できたのは勇者と天使のみ。『慈愛の聖母ケセル』と天使達が結界を街に施し、『剣修羅ムズァグル』が迎撃として放った斬撃波が母乳の弾道を切り裂き散らし、散った母乳が結界に触れる前に、街に覆いを掛ける様に結界の外に広がった青白い炎が、母乳の悉くを焼き尽くす。そんな連携でどうにか軍勢と市民、そして街は守られた。
そして、『爆炎姫ベローズ』の炎と大量の母乳が激突した事による水蒸気爆発の轟音で、漸く攻撃を受けた事に気づいた民衆は、盛大に慌てふためき混乱した。だがその混乱を聖騎士達は見事に宥め、その上で、軍団の中核をなす聖神教の神官達は一斉に詠唱を行い、反撃を開始した。
「汝は虚空の旅人、生まれ得ぬ大地の欠片、死せる星の末期を識る者」
「星々を巡る航海者にして、旅路の果てに燃え尽きる者」
「来たれ、来たれ、来たりて墜ちよ」
「来たれ、天の走狗、天翔ける太古の巖よ」
「流星招来」
それは、超級魔術。かつてジェミーが迷宮にブチ込んだ核爆発魔術『極星消滅波』と同じ位階に位置する大魔術だ。
多重詠唱されたそれによって呼び起こされるは、天を焼く隕石の群れ。大気を切り裂いて業深迷宮に落下する無数の巨岩は、およそ人の為し得る全ての破壊を上回る神の鉄槌だ。
しかしながら、隕石の降り注ぐ先にいるのは無力な人ではなく、悪虐の魔王である。
隕石とは、引力に引かれ落下する鉄とイリジウムの塊。断熱圧縮で赤熱するそれは、一見手の付けられぬ脅威だ。しかし。魔王バビロンには、異界より得た『科学の力』と莫大な『魔術の力』が存在する。
隕石群の直下にてバビロンより迸るのは渦を巻く雷光。まるで稲妻の螺旋階段の如きそれは業深迷宮の上空で天使の光輪の如く輝き、目の眩む程の輝きも相まって神々しさすら感じるものだ。
勇者達は一見してそれが迎撃用の魔術であると判断し、天使達も同様に考えたのか、余波を防ぐべく防御姿勢をとる。
しかしその渦は、稲妻の破壊力で隕石を迎撃するものでは無かった。
在ろう事か、それは隕石群を空中で捕らえ、宙に浮かせてみせたのだ。
巨像を操るバビロンは目論見の成功に笑みを浮かべ、タビハの勇者達は驚愕に目を見開いて、そして。
最悪の予感に背筋を震わせて、民草を守るべく全力で迎撃姿勢を取った。
「————電磁界に弾丸装填。目標、タビハの勇者御一行。磁気魔術属『超電磁石砲ガウスキャノン』、発射」
隕石を捉えてみせたそれは、強力無比な電流による磁界。隕石の落下エネルギー以上の磁力の中に捉えてしまえば、隕石は『落ちない』という寸法だ。だがそれを異界の科学者が聞けば鼻で笑うだろう。『どこにそんなエネルギーが?』と。
だがその問題は、魔力という莫大なリソースを持つ魔王バビロンにとっては問題にならない。そして、捕らえた隕石群ごと『磁界を雷速で発射する』事すらも、バビロンの魔術センスを持ってすれば至難の技という訳でもない。
迷宮が擁する大魔術師ヨエクが組み上げた超電磁石砲ガウスキャノン。その実証実験が予期せぬタイミングで出来た事を喜びつつも、バビロンはこれが前哨戦に過ぎず、この後の反撃には流石に『入口』では耐えられないとも予測している。
その証拠に、勇者達は超電磁石砲を、どうにかこうにか防いでみせていた。
『剣修羅ムズァグル』は直撃コースの隕石をその剣撃でもって砂にまで切り刻み、『爆炎姫ベローズ』はその砂を焼き尽くしつつ直撃以外の隕石を爆発で街からより遠くへ落ちる様に誘導。
強烈な電磁界に暴露した軍団と民衆には『慈愛の聖母ケセル』が持続的な治癒を施し、どうにかこうにか、タビハの街は無事に危機を乗り越えた。
「訳わかんないけど下手な攻撃は跳ね返されるわ! 私が反撃するからアンタたちは手出し無用よ! 代わりに防御を頑張りなさい!」
そう告げる『爆炎姫ベローズ』は言葉通りに詠唱を開始し、掲げられたその手には、バビロンも良く知る悍ましい輝きが顕現する。
「其は原初の光! 輝ける星の記憶! それは、焔。それは、熱。それは、根源の禁忌の力! 地上に在るべからざるもの! 破壊の化身!
日輪の落とし仔よ! 荒れ狂う神の怒りよッ! 今、此処に形を成せェッ!!!!! ————『極星ッ消滅波ァッ!!!!!』」
高速で飛来するは、小型の太陽とでも言うべき核融合エネルギーの塊。それを迎え撃つ術が無い訳でも無いが、長い目で見て益は少ないとみなしたバビロンは、迷宮入口部分への魔力供給をカットし、破壊されるより先に入口部分の巨像や装飾を分解再吸収して魔力へと変換した。
何も無い池と大穴という懐かしいその姿は、10年ぶりの『丸裸』。そこに直撃した核の炎は、ネミツ湿地帯の何もかもを焼き払い、泥をガラスに変え、水は蒸気となって雲に変わり、有機物は一切合切灰へと変わった。
その衝撃波は天の雲に穴を開け、暴風となってタビハの結界に押し寄せ、しばらく後に凄まじい『吸い込み』が発生して、灰と蒸気が天高く舞い上がってキノコの様な雲を作った。
それは、開戦の狼煙。まるで巨像が消し飛んだかの様に見えるその光景に群衆は快哉の声を上げ、湿地帯には粉塵を帯びた黒い雨が呪いのように降り注ぐ。
だが、それを為した爆炎姫ベローズと、残る勇者2人の顔にあるのは、民の為に浮かべる笑顔の仮面だ。
『極星消滅波』は毒の炎。地を呪うその魔術は、爆心地近郊に長く『毒』を残す。使ったのではなく、使わされた。そう理解しているからこそ、勇者達の顔は渋い。
水源の汚染を取り除くには長い月日がかかるのは間違いなく、戦後の未来を憂慮してしまうのは当然だ。だが、超級魔術をも跳ね返すあの巨像をそのままにすれば、勇者達が迷宮に進軍した後、巨像によって地上が焼き払われる可能性は否めない。
それでも、ベローズは『極星消滅波』を放った己の手を、硬く握り締めずには居られなかった。