※この作品はR-18です。

業深迷宮日誌   作:黒山羊

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消耗戦

「進軍せよ! 進軍せよ! 我等が神敵を討伐せよ!」

 

 勇ましく響く鬨の声。焼けた大地を踏み行く戦士達の軍靴の音。場所によっては未だ焔の燻る中、戦士達は業深迷宮に向けて進軍し、今や装飾の無くなった大穴へと突き進む。

 

 軍の再編成と補給を行い、彼らが迷宮討伐の為に出立したのはあの戦闘から3日後の事。降り注いでいた黒い雨は既に上がり、雨水は爆心地となった事で抉れた迷宮の入口に向けて、湧水と共に流れ込んでいる。

 

 しかし、毒を流し込まれているにもかかわらず迷宮は不気味な程静かで、およそ魔物や生き物の気配を感じさせない。

 

 さては第一界層にまで業火が及び、魔物は死に絶えたのでは? 

 

 そんな楽観が囁かれるほどに、何の生命の気配もないその場所は、酷く静かで冷たい。

 

 だが、いざ第一界層に侵入した討伐軍は即座にその印象を改める事になる。

 

 確かに生き物の気配は無い。だがそれ以上に、息をするのも重苦しい程の迷宮自体からの殺気が、第一界層へと足を踏み入れた彼らにのしかかる。

 

 そして、高い天井から降り注ぐ雨の中、進軍する戦士達に、静かな殺意が襲い掛かった。

 

 少し開けた広場に出た直後、激烈な『熱』が侵入者を襲ったのである。

 

 即座に神官達が対炎用の結界を張ったものの、なぜか無効。慌てて部屋から脱出した彼らだが、数名が死亡し、体調不良を訴えるものが半数以上に及ぶ大損害を被った。

 

 その正体は、異界の知識より齎された磁電管マグネトロン……というと大仰だが、電子レンジだ。

 

 金属鎧を着ていれば通じないという残念な仕掛けだが、即効性の加熱式トラップとしては十分なもの。仕組みさえ判れば製造は容易なのも嬉しい点だ。そして壁内に仕込まれた無数のマグネトロンによるマイクロ波照射は、見事に皮鎧装備の連中の内臓を焼き、数名を殺傷せしめたのである。

 

 だが、侵入者である勇者達に、そんなことはわからない。わからないので、わからないなりの解決を図った結果、勇者達が考えた策はこうだ。

 

『怪しいところは取り敢えずブッ壊す』。実にシンプルな力技だが、なかなかどうして的確である。

 

 最良の爆弾処理とは、被害の出ない所まで運んで爆破すること。同様に、仕掛けに引っかかりたくないのなら、引っかかる前に仕掛けを粉砕すれば良いというわけである。

 

「天に在します聖神よ、我が信仰に応え、その御力を我に与え給え。御身の威光を示し給え。其は天の方舟。星々の王。燃ゆる日輪の輝きを以って、我が眼前の敵を薙ぎ払い給え。神威を此処に顕し給え————『聖焔日輪砲』」

 

 聖句を紡ぐのは、聖神教の神官達。彼らによって放たれる超級魔術『聖焔日輪砲』は、恐ろしく太く、恐ろしく熱い光の束として眼前の全てを焼き払う熱線砲だ。聖気を込められたそれは、魔物に対する特効性を持ち、部屋の中に不可視の魔物が潜んでいたとしても、たちどころに焼き払ってしまう。

 

 その光条は迷宮を赤熱させて盛大に湯気を立て、視界を悪化させるが、そこは凍結魔術を打ち込む事で解決する。

 

 そんな無茶苦茶な方法で突き進み、迷宮内の設備を滅茶苦茶に破壊しながら進む彼らだが、バビロンはあえてそれを妨害せず、好きなように進ませた。

 

 だがそれは、無抵抗というわけではない。勇者一行が第一界層の最奥に差し掛かり、最後の大広間に向けて攻撃魔術を使用しようとしているその最中、バビロンは第一界層全域の配管を通じて、迷宮内にある物質を放出したのである。

 

 純アセチレン。無色無臭の可燃性ガスであり、大量生産可能な割には強烈な爆発力を持つそれを、第一界層全域に大量放出する。

 

 加えて勇者一行まで音が届かないような場所では焼成し備蓄してあった炭化カルシウムを迷宮に満ちる水の中に投下して、化学反応で直接アセチレンを発生させる事さえした。

 

 ただそれだけだが、ただそれだけが、あまりに凶悪である。

 

 放たれた魔術によって、起爆するアセチレン。迷宮内を駆け巡る炎と爆風が軍勢を焼き払い、生物の概念を超えた化け物である勇者と天使以外の連中を凄まじい熱と爆風による衝撃で殺傷する。

 

 だが、これはまだ前座。死にはしないものの火傷に呻く勇者と天使、そして瀕死となった一部の生き残り。彼らを襲う本当の地獄は、『酸欠』であった。

 

 広大な閉鎖空間である迷宮第一界層。そこに存在するはずの酸素全ては、アセチレンに食いつぶされて燃え尽きたのだ。

 

 ほぼ完全な無酸素状態が齎された事で、せっかく爆発を生き延びた者たちも悉く死亡し、勇者達も全く経験の無い無酸素状態に苦しげに悶えながら、天使の誘導で第二界層へ続く入口に飛び込み、飛び出した先の森林地帯で必死に荒い息を吐く始末。

 

 今の爆発で退路は断たれ、彼ら勇者に許されるのは迷宮核を破壊し、沼地から魔王の迷宮を消し去ることのみ。

 

 傷はすぐさま回復し、焼け爛れた皮膚も一瞬で元に戻る彼らだが、それよりも、混乱による心の傷方が遥かに大きかった。

 

 

 ————魔術の気配など全く無かったのに、一体何が? この迷宮は何かがおかしい。

 

 

 百戦錬磨を自負するはずの勇者達でも、全く想像も及ばぬ業深迷宮の戦術は、十全に異界の智慧を活用した、魔術と科学の結集だ。

 

 奥の手中の奥の手であるそれらを開帳したバビロンにとって勇者を生かして返す選択肢はなく、大多数の兵士も同様。人的資源の浪費に対して心は痛むが、是非もなしとの判断である。

 

 

 そしてそれは、バビロンの命を受け、第二界層で勇者一行を迎撃するシヴリンとスペリオルにとっても同様だった。

 

 混乱の渦中にある勇者達が、先程迄とは打って変わって激烈な魔力を感知し、反射的に防御姿勢をとったその直後。

 

 森の木々を吹き飛ばしながらドス黒い霧の嵐が勇者達へと襲い掛かった。それはもちろん、単なる暴風では無い。吹き飛ばされた木々や折れた枝葉が歪な増殖を開始し、瘤だらけの樹木の怪物となって、勇者目掛けて襲い掛かってきたのである。

 

 悍ましいのはそれだけでは無い。勇者一行が目にしたのは、傷の再生によって剥がれ落ちた自分の皮膚や髪が同様に歪な増殖を遂げて、肉塊状の化け物となったという信じがたい現象だった。

 

 曝露したものに歪んだ生命力を与えるその霧の正体はシヴリンが吐き出した『悪魔の吐息』(デーモンブレス)。

 

 妖艶羅刹・淫泥魔大公のそれは、異常な程の媚毒と瘴気を含み、細胞の強制的な増殖と魔物化を引き起こすのだ。

 

「ぷぎょるろぅぷぉあぁぁぁ」

「ヒィッ!?」

「怯むなケセル! 元が俺達の髪や肌でも魔物は魔物だ! 『無尽斬』!」

「ぷぎっ————ぷぎょぎょぎょぎょ……」

「バカな、殖えただと……!?」

「『聖焔日輪砲』」

「ぎゅぽぅぁ……!」

「よし、焼き尽くせば復活しない。ケセルは結界の維持。ムズァグルはケセルの護衛ね。攻撃は私と天使でやるわ。……天使は瘴気と魔物以外には全然反応しないポンコツ共だけど、この状況なら働くでしょ」

 

 そう告げるベローゼは、周囲の敵を焼き払い、そんな彼女に応じて、今まで沈黙していた天使達が起動する。

 

 勇者ベローズの言う通り、天使とは、魔物や邪教徒を見るや猛然と襲い掛かる代わりに、それ以外にはほぼ関心を持たない聖神が創り出した戦闘兵器。漸く魔物と会敵した事で戦闘本能が起動した10体の有翼の麗人は、即座に攻撃を開始した。

 

「魔物・掃討・開始」

 

 およそ感情を匂わせない声でそう告げて、天使達が放つのは、聖気の光。魔物の核たる瘴気と互いに打ち消しあうそれは、魔物にとっては猛毒の死の光である。

 

 悪魔の吐息のうち瘴気成分が無効化されたことで、急造品の魔物達は次第に活性を失い、物言わぬ屍へと変じていく。

 

 だが、その直後。魔物を倒しきったという一瞬の油断を突かれて、天使のうち一体が爆散した。遅れて、激烈な衝撃波。音を完全に置き去りにしたその一撃に対応できたのはムズァグルのみだが、天使に迫るその存在は、ムズァグルの斬撃を『すり抜けて』天使をブチ殺して見せたのである。

 

「うげっ、聖気でちょっと日焼けしてんじゃん。これ痒いんだよなぁ」

 

 妖艶羅刹・淫泥魔大公シヴリン。勇者達の前に姿を現した彼は、平時の美青年と評すべき姿とは大きく異なり、巨大な翼と尾、そして捻じ曲がった五本のツノを生やした悪魔然とした姿に、悪鬼の如き凄惨な笑みを浮かべた怪物であった。

 

 そんな彼に対し、ベローゼは咄嗟に火球を叩き込み、ムズァグルは猛烈な斬撃の嵐を見舞うが、まるで効いている様子はない。

 

 強いていうなら、火球に関しては払いのけるような動作をしていたが、斬撃については完全に無視している。

 

 そしてシヴリンの興味も、ムズァグルではなくベローゼに対して向けられていた。

 

「……今、詠唱が無かったな。爆炎姫ベローゼ、火炎を自在に操る女魔術師とは聞いていたが、なるほど、いくつかの魔術を肉体そのものに刻み込んでいるのか。負荷も必要魔力も跳ね上がる筈だが、流石は勇者、涼しい顔だな」

 

 そう言いつつ。ムズァグルに向けて、直接ブレスを吹き付けた彼は、それを目眩しに再び天使に襲い掛かる。

 

 不意打ちではない以上、天使もシヴリンに対抗するが、速度差は圧倒的。守勢に回る一方の天使が出来るのは、全身から聖気を放出し、シヴリンの持つ瘴気を打ち消すのみだ。

 

 そんなシヴリンに対し、ムズァグルは切札を切った。

 

『聖光魔斬』。強烈な聖気を刃に通して敵を斬るその技は、身体的には何の問題もないのだが、刃に大きく負荷がかかる。聖気と馴染みの良い硬玉を鋳熔かして作られたとはいえ、愛剣に無茶はさせたくないものだ。

 

 だが、今はそんな事を言っている場合ではないと、ムズァグルは決断したのである。

 

「痛ッ、聖気の剣か!」

 

 聖気の奔流によって赤熱するその刃は、まさに聖剣と呼ぶに相応しい威力で以って、シヴリンの腕を切り飛ばす。

 

 だがシヴリンの本質は泥。すぐさま腕を再生させたばかりか、切り飛ばされた腕を無数の鏃として爆散させ、ムズァグルの身体に風穴を開ける。

 

「化け物め……!」

「身体が穴だらけなのにもう塞がりかけてる勇者(バケモノ)には言われたくないね。……ま、そのバケモノも1人死んだようだが」

「何を訳のわからない事を……」

 

 そう言いかけた、ムズァグルの背後で、バシャリと何かが倒れる様な水音がして、直後にベローゼの悲鳴が上がる。

 

「ケセルッ!?!!?」

「なっ!?」

 

 咄嗟に大きく飛びのいて、シヴリンを視界に収めたままケセルの近くにまで後退したムズァグルが見たのは、脊髄と脳をグシャグシャに砕かれ、心臓と肺を滅多斬りにされた『ケセルの前半分』。

 

 そして、そこからずるりと這い出した、甘い容貌の優男だった。

 

「いやぁ、うまくいったね父さん」

 

 そう告げる男は、淫泥魔人公子スペリオル。

 半分人間、半分魔物である彼は純粋な魔物である父よりも瘴気の隠匿と聖気への耐性に優れている。

 

 その特性を生かし、蚊の針のように身体を細くして水中からケセルの体内に侵入し、一気にその身体を引き裂いたのである。

 

 防御と回復の要である彼女の喪失は、あまりに大きな打撃。その状況に対して、勇者一行……というより半狂乱になったベローゼがとった行動は、頼りの魔術であった。

 

「『聖焔ッ日輪砲ゥッ』」

「くっ!? おいバカ、ベローゼ落ち着け! 畜生めえ!」

 

 必死に斜線から逃れたムズァグルを掠めて炸裂する熱光線は、スペリオルを焼いた後シヴリン目掛けて薙ぎ払われ、盛大な水蒸気爆発を伴いながら第二界層を焼き払う。

 

 木々が燃え、周囲が赤々と照らされる中、暴れ狂うベローゼ。

 

 勇者としての格で言えば、今回の侵入者ではベローゼが飛び抜けて優秀で、次いでムズァグル、最後に新人勇者のケセルという順になる。

 

 先輩として自分を慕うケセルを無残に殺された怒りは、ベローゼが『爆炎姫』と呼ばれるに至った由縁を見せつける、大破壊の引き金となってしまったらしい。

 

 既に、第二界層はその全域が焼き払われ、壁があまりの高熱で砕け、水分は全て蒸発して部屋全体が蒸し焼きだ。

 

 そんな中に 、もはやシヴリンとスペリオルは影も形もなく、消し飛んだかそれとも逃げたか消息不明の状態だ。

 

 燃え盛る炎の中、仁王立ちで吼えるベローゼと、襲い来る炎と熱の中で髪の毛をチリチリと焦がしつつも存在しているムズァグル。

 

 そして、結界を張ってどうにかこうにか生き延びた9体の天使。

 

 あまりにも強大過ぎる火力を持つが故に『爆炎姫』と呼ばれるに至った彼女。一度キレれば手がつけられないほどのその力は、バビロンをして心胆を寒からしめる程のもの。

 

 故に、バビロンは迷宮全域に命令を下した。

 

 

 ————アレには勝てない。故に私が始末をつける。総員居住区まで退避せよ。

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