※この作品はR-18です。

業深迷宮日誌   作:黒山羊

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死なば諸共

 灼熱の第二界層。未だ炎の燃え盛るその場所が、一瞬にして鎮火し、降り出した雨が灰と煤を押し流して、焼け跡から木々が芽吹き、巨木の熱帯雨林が再生する。

 

 まるで早送りの様に一瞬で成し遂げられたその行為と共に、空間を軋ませるほどの黒く重い圧力がベローゼ達を襲い、怒り狂っていたベローゼも、流石に冷静さを取り戻した。

 

 

 直後。世界が書き換わる。

 

 

 はじき出される様に天使を含めた勇者一行が叩き込まれた先は、酷く殺風景な『密室』だった。

 

 大きな野外競技場ほどの広さの、大理石張りのその場所の中心に、ちょこんと作られた石の椅子。ただ腰掛けやすい高さの円柱といったシンプルなそれには、女性が1人、腰掛けている。

 

 それを一目見た直後、勇者達は直感的に魔術による防御姿勢を取っていた。

 

 魔王バビロン。幾多の人間を喰らい、成長し続けた魔物の王が、そこにいる。

 

「『メガ・レイ』」

 

 彼女がそう呟いた直後、強烈な光線が空間を燬(や)き、9体の天使が跡形もなく蒸発して、壁面を構成する石材が沸騰した。

 

 それは莫大な遠赤外線の放出による瞬間的な超加熱。可視光として顕れた発光は、赤外線放出時にわずかに発生する魔力からの変換ロスが可視光となったものである。

 

 だが、それに勇者達が耐える事は分かっていたとでも言うように、魔王は続け様に呪文を放つ。

 

「『荷電鉛粒子砲』」

 

 勇者双方に向けた掌から鉛の陽イオンを光速の8割の速度で発射し、進路上に激烈な摩擦熱と大量の電磁波を生じさせる大魔術。

 

 両腕の粉砕と引き換えに勇者のベローゼの両足とムズァグルの片腕を捥ぎ取るその一撃は、煮え滾る壁をある程度ブチ抜いた後に大爆発を引き起こし、勇者達を吹き飛ばす。

 

 だが、それでも、ベローゼとムズァグルは死んでいない。聖気と聖気を総身に巡らせ、治癒の魔術を無詠唱で行使して捥げ飛んだ部位を再生するその姿は、凡そ化け物と言って差し支えないだろう。

 

「なるほど、これが勇者か。恐ろしいな。よくもまあシヴリンとスペリオルは1人殺せたものだ」

「『聖剣技・天道』ッッッ」

「おっと。厄介だなその剣は。使用禁止にさせてもらおうか」

 

 音速を超えた踏み込みと、そこから放たれる神速の斬撃に対して、バビロンが取った行動は、片手での白刃取りからの爆砕であった。

 

 摘んだ指先から先程の『メガ・レイ』を放った直後に、赤熱した刀身に氷結魔術を放つ事で、熱衝撃による爆砕が生じたのである。

 

 硬玉の刀身は熱伝導が良く、耐熱性に富むが熱衝撃に弱い。だがそんな科学知識はこの世界に存在しない。

 

 故に急冷による温度差で内部から崩壊する刀身を驚愕の顔で見つめるムズァグルが、隙を晒してしまったのも無理はなかった。

 

 そんな彼の腹部に強烈なアッパーカットを叩き込み、天井と床で2、3回バウンドさせたバビロンは、それでも死なない勇者というタフネスの化け物に嘆息しつつ、ベローゼの放った『聖焔日輪砲』を体表に生成した金と銀の積層構造で反射する。

 

 お互いに決め手の無い千日手。バビロンの攻撃では勇者を殺しきれず、逆もまた然り。

 

 流石に首を刎ねても筋繊維が伸びて繋がった際はバビロンも瞠目したが、逆に粉々に粉砕しても再生するバビロンに対して、勇者達も攻めあぐねている。

 

 そんな中、バビロンは2人からの攻撃を捌きながら、溜息を吐いた。

 

「迷宮の他の誰でも君達には勝てない。ならば私が勝つしかない。判ってはいたのだがな。覚悟を決める時か……」

「何を……!?」

 

 直後にズドン、と大きな音。

 

 部屋全体が大きく揺れたのと同時に、酷く不安定にゆらゆらと揺れながら移動し始めたような感覚が勇者を襲う。

 

 そんな中、魔王バビロンは、2人へと死刑宣告を投げかけた。

 

「迷宮とは時間と空間の魔物。冥土の土産だ、その証を見せてやろう」

 

 バビロンがそう告げるや否や、ぐにゃりと視界が歪むような錯覚と共に、小部屋が急激に膨張し始めた。

 

 グングンと広がるその空間で、勇者達は中心に位置するバビロンに迫ろうとするものの、2人がどれだけ走っても、バビロンの元へはたどり着け無い。

 

 そして部屋の中は徐々に暗くなり始め、空気が希薄化し、加速的にバビロンから遠ざかるムズァグルは、もう完全に見えなくなった。

 

 唯一粘るベローゼも同様。バビロンには手が届かず、魔術も届かない。

 

 

 それは、空間自体の膨張。バビロン最強の攻撃にして、最終兵器。

 

 先程の衝撃が発生した瞬間、バビロンはこの小部屋自体を『業深迷宮』から切り離し、次元の狭間を彷徨う小さな空間へと変えた。

 

 迷宮とはそもそも、地下にあるわけではなく、入り口という一点で世界とつながる別次元である。

 

 出口のない小部屋をそこから切り離すということは、入り口という楔を失うという事。二度と元の世界に戻ることは叶わない。

 

 

 そしてその上で今バビロンは、この小部屋という空間の中でしか使えない、自分の持つ最強最悪の魔術を発動している。

 

 

「邪神式魔術プログラム、起動。術式系統樹(ツリー・ダイアグラム)、剪定開始(セレクト・スタート)。原始魔術界、個体固有魔術族。術式種『終焉式ω=-10』、選択完了。魔力投入、術式励起。魔術式、起動」

 

 ————さようなら。

 

 そう、バビロンの口元が囁くと同時に、空間は『光速を越えて』膨張を開始する。

 

 それは、観測可能宇宙の収縮を意味し、光以上の速さで宇宙が縮む。

 

 観測宇宙というのは、要するに光が届く範囲のこと。空間自体が光より速く広がれば当然観測できる宇宙は膨張速度から光速を引いた速度で縮んで行く。

 

 やがて宇宙は体より小さくなり、細胞より小さくなり、DNAより小さくなって、全てをバラバラに引きちぎる。

 

 もはや何も見えず、何も感じない。観測宇宙は既にバビロンを構成する原子よりも小さくなり、空間の膨張に屈服した原子核が陽子と中性子へと揮発。

 

 その陽子と中性子がクォークとグルーオンへと分解し、それらもやがて純粋な『エネルギー』にまで引きちぎられて、膨張の果てに、小部屋は死の宇宙となって、次元の狭間の中で蒸発した。

 

 

 後にはもう、何もない。勇者も、魔王も、何も。

 

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