そう思って書き始めたはずが、どうしてこうなった。
「提督、おはようございます……」
手を絡め合ったまま眠りについた、声を潜める海風の呼び掛けに微睡みの中にあった意識が覚醒していく。二人の間には癖っ毛の淡い緑髪の娘のような存在があり、俺にしがみ付いた格好でまだ夢の中にあった。ダブルサイズに新調したベッドだけど、アパート住まいの俺だ。三人で眠るには手狭だけど、今はこれが限界だ。海風も寄り添って眠れるのがいいのだと意に介する様子が全く無いのが救いだった。
「おはよう、海風」
「朝餉の用意をして参ります。提督は山風が起きるまでそのままで休んでいて下さい」
「分かった。山風は此方で見ておくから」
「申し訳ありません……ふふ、少し妬けてしまいます。今では私よりも提督を慕うようになっていますから」
「……大丈夫だよ、海風。俺の一番は……」
少しだけ拗ねた口ぶりになった海風と軽く唇を重ねれば、陰りのない微笑みに戻った海風が着衣を整えて静かに部屋を後にしていく。第二次SN作戦時に加入した彼女は今では公私ともに大切なパートナーとして俺を支えてくれていた。
──彼女達が電子世界から俺のいる現実世界と行き来できるようになって、早三ヶ月。季節が一つ巡ろうとしていた。
◇◇◇◇
俺は『艦これ』のデイリー任務を果たす兼ね合いもあって、就寝前に遠征に出した後はブラウザを起動したままスリープモードにして寝る習慣があった。そうすれば、翌朝起きれば任務が更新されているから、メイン画面に戻る前に遠征関連の任務にチェックをつけて日課の任務達成という按配だ。こういう方法をやってる奴結構多いと思う。
社会人になって三年目の俺はゲーム好きではあるんだけど、一人暮らしで自分の身の回りのことはやらにゃいかんし、仕事の負担もあってか、季節ごとのイベントの時以外は自分のペースで楽しめる『艦これ』以外のゲームから実質手を引いてしまっていたんだ。RPGやSLGが好きな系統で歴史物や美少女ゲーも好きな俺としてはスルメゲーみたいな感じになっていたわけ。コンシューマーだと三国志とか女神転生シリーズとか。ドラクエやFFもネットゲーになるまではやってた、そんな感じ。
話が逸れた。ともかくそんな感じで、普段通りに布団に入ってあと一日乗り切れば休みだって思いながら寝たんだけど……。
「あったけー……それになんだかすげーいい匂い……」
その日の早朝は、不思議な温もりと鼻に通る甘い香りで自然と意識が覚醒したんだ。そして、一気に俺は大混乱に陥ることになる。
「えっ……!?」
目線を少しだけ横にやれば、俺の腕にしがみ付くような姿勢で寝息を立てている女の子がいた。混乱に陥った俺は驚いたからと言って大声を上げたら、女の子が起きてしまうからそれは駄目だという謎思考に嵌っており、声を殺して目線を左へ右へ。
自分の部屋で自分のベッドってのは再確認したものの、綺麗な銀髪の女の子をいつ布団へ連れ込んだのかさっぱり記憶が無い。まして、この女の子は制服のような格好のまま寝ているのだ。
酒をかっ食らった記憶も無い。突然夢遊病にでもかかって、女の子を自分の部屋に連れ込んだのか!?
「んん……っ」
そんな混乱状態の俺へと追い討ちがかかる。女の子がゆっくりと目を開けたのだ。終わった。俺は大人しく覚えの無い行為への断罪の言葉を待ち──。
「提督、おはようございます……」
はにかんだ笑みを浮かべ声色に喜びを一杯につめて、その子はそう俺に告げたのだ。それからほとんど毎朝聞くことになる、その挨拶を。
「本当に海風、なのか……」
「はい、提督。白露型駆逐艦七番艦。そして改白露型一番艦。そして、あなたの海風です。ちゃんと提督に頂いた指輪もここに……」
身を起こしてベッドの上で俺達は正座の姿勢で向き合っていた。彼女の言う通り、左手の薬指にはシンプルなリングがつけられている。思えば本来着用しているはずの黒いロンググローブを海風は今つけていなかった。同系色のサイハイソックスと揃えて綺麗に折り畳まれ、ベッドの側の床に置かれている。海風の几帳面さが垣間見える瞬間だった。
「海風……!」
感極まって抱き着いた俺を海風は拒むこともなく、そっと背中に手を回して抱き締め返してくれた。
「本当に海風が俺の腕の中にいるんだな……もうわけわかんないけど、とにかく嬉しいよ。こんなことが起きるだなんて」
「はい、海風もこうして提督に触れることが出来て、暖かさを感じられて……本当に、幸せです……!」
二人とも互いに顔を近づけて、自然に瞳を閉じて陰が重なり合うことになったりもしたんだけど、それもまた嬉しいことでしかなかったんだ。
「あ、あの、海風もずっとこうしていたいのですが、その、お話もしないといけないので、提督、聞いて頂けますか?」
二人とも同じ部位が少し腫れ上がるぐらいにまで同じことを繰り返して、抱き締め合ったり俺の腕の中に海風がいて、俺の胸に海風が頭を預けたりしてたんだけど、早朝からそろそろ出勤準備をしないといけない時間帯にまでなってしまっていた。
「その前に会社に電話してきていいかな。今日は急ぎの仕事はないし、どうしても緊急の用事が入ったということで休みをもらうさ」
親からの緊急連絡が入ったと会社へ電話。泊まり込みしていた先輩が電話に出て、生死に関わる自体ではないみたいだけど、一先ず駆けつけたいと伝えたところ、係長が出てきたら伝えておくし、俺も仮眠取ったら帰宅してたまには親の顔でも見に行くかと言ってくれた。
なんで泊まり込みしてるかと思えば担当している案件の急ぎの連絡が帰り際に入って関係各所への提出用資料の修正に追われていたらしい。そんなことを言いながら、眠たそうな声で先輩は電話を置いた。
「先輩も大変だな……突然の徹夜はキツいって……」
「あ、あの、提督がこちらの世界で勤められている仕事はそんなに激務なのですか?」
「先輩が関わっているのが大掛かりなプロジェクトの主担当だからってこともあるかな。俺も遅くなることはあっても、流石に泊まりはないよ」
先輩といってもそれなりに年が離れている先輩だ。そろそろ結婚しろと実家に行けばせっつかれるぐらいには。同じ艦これユーザーだけど、最近、遠征と演習が精一杯だと嘆いていたっけ。土日? ほぼ休息に立ててしまうとか何とか。
「……このことも大淀さんにしっかりお伝えしなければ。提督の大切な御身体だもの、未然に防がなくちゃ」
「どうした、海風?」
海風が真剣な顔をして何か呟いたけれど、よく聞こえなかった。
「いえ、軍務でなくとも、仕事というのは大変なものなのですね」
「まあ軍務に比べれば楽だとは思うんだけど。海風だって、出撃に遠征、演習、秘書艦任務……たくさんこなしてくれているじゃないか」
「海風は艤装装着時は病気というものになりませんし、その、提督は無理をしないようにちゃんと気遣ってくれていますから……高速修復材も本来使わずに済むのに使って頂いたりとか……」
「だって、そりゃ海風が長くドッグに入っていたら何か早く治さないとって思うっていうか……」
「……反則です、そんな言い方」
こうしてなかなか本題に入れない俺達なのだった。とはいえ、海風がどうして此方の世界にやって来れたのか、そういう話は避けて通れなかったわけで。
「えっと、ノートに書きながらまとめたわけだけど、違ったら指摘してくれよ?」
「はい、海風も言い忘れていることがあるかもしれませんから……」
話が長くなるっていうことで、近くのコンビニで茶葉を調達して、二人でのお買い物って奴を初体験。海風の格好というのは一種の制服だから平日の朝に外を歩くのはよろしくなくて、ひとまず俺のコートを貸してこの場を乗り切った。俺は予備のジャケットを羽織ったので防寒の問題は無かったんだけど……ぶかぶかだってのに、海風はずっとニコニコしてたんだよな。俺の私服に包まれて護られてる感じがして、側には触れられる俺がいて、幸せでどうにかなってしまいそうなどと言っていた。天使か。
そして甲斐甲斐しく海風にお茶を淹れてもらって、こちらへやって来れた理由を聞いて、質問もして海風も答えられる範囲のことはしっかり答えてくれて、昼前には何とか状況をつかめていた。
以下、箇条書きにするとだ。
○大体、明石と夕張の仕業。
○初雪や望月は引きこもり傾向が強いが、電子系に強くて今回の功労者。
○この四隻が主に電子(艦これ)世界と此方(三次元)の世界を渡るための技術を開発した。理論は難しすぎて良く分からない。
○なお、資材が各20万ずつ溶けていた。必要経費らしいが画面でボーキ4桁を確認し、卒倒しそうになった。他資材もオール5万以下だった。
「次回イベントが近いからと必死で貯めていたのに、あと半月で間に合うかな……ハハハハハ」
「て、提督! しっかりなさって下さい!」
○計画立案や統括は大淀さん。つまり、俺の鎮守府にいる艦娘の総意は取れているとのこと。
○海風が俺との相性面や絆の深さから、三次元に移動して実体化した時に一番安定しやすいと判断されたこと。実艦の御霊を宿す艦娘なので、そういうオカルト的要素も無視は出来ないとか。
○なお、実体化に失敗し消える可能性もあり得た。理論上は成功するとはいえ、事前の検証が出来なかったから。
「海風……そのことについては結果オーライにするつもりはないからな?」
「はい、大変申し訳ありません……」
「こうして直接、会えたことはものすごく嬉しい。手を伸ばせば海風に触れることができる。それは何より嬉しいけど、賭けみたいなところもあったって勘弁してくれ……」
○実体化の安定には、提督の遺伝子情報を取り込んで分子レベルで情報の更新が云々。
○明石曰く「つまり、提督の体液とか体液とか体液を取り込めば解決です!」
○ドヤ淀さん曰く「堂々とお手つきにする理由が出来たわけですね!」
「あ、あの、その、先程何度も唇を重ね合わせて頂いたお陰で、状態は十分に安定しています、ので……」
「うん、此方での実体化を安定させるのが理由で海風を抱けだなんて冗談じゃない。というか、これで海風から俺もそちらの次元情報を取り込めたことで行き来できるようになった、と……」
○結論としては、俺と海風は安定して互いの世界を行き来できる状態にある。
○時間の流れは、母港内で俺が工廠や編成操作をしている時はこちら(三次元)と連動。こっちの声はスピーカーから一方的に届く感じだったらしい。出撃時や俺が接続を切っている時は、こっちの十五分があちらの一時間ぐらいの時間経過にずれるんだそうだ。
「つまり、互いの世界との行き来が可能になったって連絡を飛ばすことも出来なかった……」
「申し訳ありません、提督」
「謝ることないって! しかし三連休が結果的に取れたことだし、準備次第移動しようか。計算上は鎮守府の一週間でこっちの二日弱だから、その辺りで一度戻ってこよう」
「え、あの、提督。海風もまた一緒に此方へ戻らせて頂いても、宜しいのですか?」
「当ったり前だろ? まぁ、日曜の数時間って感じになるだろうけど。一緒に出かけてもいいし、部屋でのんびり過ごすのもいいさ」
そして移動した後で色々騒ぎがあったんだけど、そのことはおいおい語るとして。まぁ、俺と海風の二重生活が始まったわけだ。
◇◇◇◇
「ん……おにい……ちゃん?」
「ああ、おはよう山風。今日はこっち側だから、もう少し寝ていても大丈夫だぞ」
「ん……おはよ……。でも海風姉、朝食の準備してるよね。多分、洗濯もやるだろうから、手伝って……くる」
「そうか、じゃあせめて櫛を通してから行ったらいい。髪が跳ねてしまってる」
こくりと頷くと山風は鏡台へと向かい、自分の櫛を取って再びベッドへと戻ってくる。身を起こした俺の膝の上に腰掛けて、差し出される手の上には先程手に取った櫛。
「海風のようにうまくはできないぞ?」
「お兄ちゃんに、して、欲しい……から」
本当に甘えん坊になったものだと思いながら、ご要望どおり俺は山風の髪を梳いて整えるのだった。
「お兄ちゃんはどこにも行かないよね……?」
「どうした、急に。俺や海風はもちろんだけど、他の白露型の皆も含めて、お前を置いてどこかに行ったりはしないぞ?」
この三ヶ月、鎮守府を海風と行ったり来たりする生活の中で、時折俺の部屋までやってくる──まぁ、その、俺との口づけを受け入れてまで来るようになった艦娘が他に二名ほどいまして……。その一人が海風の妹、山風だった。
初めて鎮守府にこの身で訪れた当初は放っておいてだの、構わないでだの、とにかく一人になりたがる傾向が強く、艦隊での出撃にも支障をきたす状況だった。辛抱強く海風や江風、時雨達などが根気強く声をかけ続けて、夜を非常に恐れる──同じく夜を恐れる傾向のある萩風以上に──姉妹の誰かが寄り添って眠るような日々を過ごしていた山風。
そんな中、海風や江風達が長時間の入渠で側にいられなかった時に、彼女達の願いで山風の様子を確認に行ったのだ。時雨が早朝の遠征ということで早めの就寝に入っていたから、快く引き受けたんだよな。
『また、沈むの……? 嫌だ……暗い海の中は嫌だ! 江風……海風姉ぇ! 助けて! 嫌……だ……!』
改白露型の居室の前で聞こえるほど、山風は悪夢に苛まれ大声を上げて魘されていた。入渠中の海風から前もって預かっていた合鍵を使い部屋へと飛び込み、ベッドで頭を振り乱すように暴れていた山風を強く抱き締め、ひたすら大丈夫だと声をかけ続けたんだ。
それでも錯乱状態からは簡単に戻れず、居室の前には人だかりが出来てしまったのだが、俺が悪さをしようとしたわけではないのは入渠を一旦中断してやってきてくれた海風や江風、自室から飛んできてくれた時雨、そして我に返った後の山風も口を揃えて弁護してくれたので、事務方の大淀に憲兵を呼ばれずに済んだというオチがついた。
『提督の手、あたたかい……』
泣き続けて目を腫らした山風がそれでもホッとしたように、はにかみながら呟いた言葉に俺も深く安堵したのを覚えている。 その後は姉達に従い出撃にも加わり、中々の戦果も上げるようになって、海風と共にこれで一安心だと話していた。
ところがだ。山風が俺と海風の関係がケッコンカッコカリだけでなく、通い婚みたいな関係であることを知ってから、こうして俺の部屋への行き来に同行することが増えていた。江風や時雨が遠征などで泊地にいない時はほぼ確定と言ってもいい。夜はもう怖くないと口では言うものの、実際はそうはいかないのだろう。
海風の恋人だから、お兄ちゃん。山風の理屈ではそういうことらしかった。
「海風姉は、提督といずれ結婚して退役するんだってみんな言ってる……だから……」
電脳の存在が三次元で安定して実体を持つのに、拠り所というのが重要なのだと明石と夕張は口を揃えていた。電子データも肉体も乱暴な言い方をすれば分子の集合体だけど、後はその分子に指向性をどう持たせるのかという時に、艦娘の場合は提督が一番身近で分かりやすい存在だから──。
「山風にも話しただろう? 仮に海風もそれを望んでくれたとしても、此方での戸籍等の問題とか、短期間でどうにかなる問題じゃないって」
とはいえ、おっそろしいことも言われてるんだよな。老化を遅らせたければさっさと海風や、それこそ山風を自分の女にしてしまえと大淀さんは仰るのだ。それで弾みをつけて、どんどん手を出していけと。俺の世界に渡った後は自分達の互助によって自立していくから、窓口になってくれればいいのだと。
でもそれって男娼と何が違うんだと思う。第一、その抱いた女の人をそれっきりだと割り切れるほど、俺は分かりやすい奴でもなく、かといってそこまでの甲斐性があるわけでもなかった。
『艦娘は基本、年を取らない存在です。そう定義された電脳の存在ですから。その分子を取り込むことで提督も電脳の力を得るわけです! いつまでも若々しい青年提督、なんてことも……!』
眼鏡をキラキラ輝かせて、優秀な補佐官(?)殿はそんなトンでも発言をする。海風と共に長い時を生きる。そんな未来を考えてもしまうけど……。
「お兄ちゃんは海風姉との子供、欲しいとは思わない?」
「え?」
「此方の世界線っていうの? お兄ちゃんの世界に馴染んだ海風姉なら、子供も産めるって明石や夕張が言ってたのを聞いた。だけど、その代わりに艦娘の力は失って、普通の女の子に戻ってしまうだろうって」
それはガツンと頭を殴られたような衝撃で。山風の髪を整える俺の手は完全に止まってしまっていた。慌てた山風が海風を呼びに行き、戻ってきた海風に身体を揺さぶられるまで、俺は自問自答に陥ってしまっていたんだ──。
続き物のつもりですけど、いつ続くかは不明なんだ……
だって思いつくままに書いたらこうなっていたんだもの……
海風姉は尊い。