「つまりはこの御洒落な私の、溢れんばかりの魅力が罪ということですわね。本当に鈴谷には申し訳ないことをしましたわ」
執務室に隣接する備え付けの檜風呂。風呂の明りはつけられておらず、港の風景を一望できる大きな両開きの窓からは、赤い灯火や三日月の光がやんわりと差し込んでいる。その光はバスタオル一枚だけを身にまとい、優雅に髪をかきあげ、微笑をたたえる熊野の横顔を浮かび上がらせていた。
「……えっと、熊野は、気持ち悪いとか、思わな」
「見くびらないでほしいものですわね」
表情は薄闇に隠れて完全には見えないものの、熊野は同じ浴槽の中で声を震わせる鈴谷の声を切って捨てる。つまらないことを仰りなさんな、と声にも怒りの色が乗っている。
「路端の石と鈴谷、貴女が比較になるとでも思っていて? 詰まらぬ殿方に嫁ぐぐらいなら、と適性があったことを幸いに、進んで艦娘に志願したのがこの私。事情は鈴谷もご存じのはず」
豪商の妾の娘──政略結婚の具。そこに熊野の意志は反映されない。だからこそ、気高い彼女はそれを良しとせず、自ら過酷な戦場に飛び込むことで、自分の矜持を守り続けている。
「艦娘となれば、年を重ねなくなる。解体を行い、元の民間人に戻ったとしても、軍機そのものに近い私は、お父様の駒としては非常に使い辛いもの。育てて頂いたことに感謝はすれど、人形になるつもりは毛頭ありませんもの」
熊野と鈴谷が軍属となり、既に三年程度が経つ。それでも、彼女達の風貌は女学生時代とほぼ変わらないのだ。熊野は従前の記憶を持ち続けており、鈴谷は断片的にしか覚えていない。それでも、熊野ととても仲が良くて、両親や家族の顔を覚えていられたから、彼女は十分だと考えていた。
「まぁ、話が逸れましたけれど。私が言いたいのは、詰まらぬ殿方と一緒になるより、鈴谷と共にあり続けるのが幸せな生活を送れるだろう、ということですわ。硝煙と潮騒の香りがついて回るけれど、貴女との生活の楽しさが断然上ですもの」
そこで熊野は、一度言葉を止めて、手の届く位置にいた鈴谷を強引に引き寄せて、自らの胸の内に招き入れた。彼女の翡翠色の髪に手を寄せ、ぽんぽん、とあやすように手を二度ほど動かして。
「貴女が提督に縋らなければならないほどに、私への想いを強くしてくれていたと気づかなかったのは、この熊野の落ち度ですわ。鈴谷の想い、私は嬉しく思いましてよ。待たせて、ごめんなさいね」
最初は唸るように。そして、大きく声を上げて啼き続けてこと暫し、すすり泣きに変わるまで、熊野は静かに彼女の髪を撫で続けていた。
「というわけで、懸念は解消されまして? 提督」
……暗闇の中にいる、もう一人の男に声をかけた。若年と呼べる年齢とはいえ、なまじ、司令官という立場を複数年経験していないからか、鈴谷と異なり、表面上の動揺は見られない。
(私の提督である以上、気品を持ち、いつも余裕を持った行動を見せて頂きたいものだけれど……よほどの緊急時で無い限りは、及第点をあげても宜しいかしらね)
返答する声にも落ち着きがある。懸念は解消されたが、なぜ自分を立ち会わせたのか、浴室の場での立会いの必要性が解せないと、少しの疑念を見せる言葉が返ってくる。
「もちろん説明致しますわ。さて、鈴谷。タオル、取りなさいな」
「……え? く、熊野!?」
「私も取りますから」
「い、いや、そういう平等性を求めてるわけじゃなく! 必要性がわかんないっての!」
鈴谷の言う通り、先に説明をと提督にも言われ、察しの悪いことだと熊野は一つため息をつく。提督の許可が無ければ入れないような場所に、タオル一枚だけの男と女となれば、想像はつくだろう、と。
「ため息つきたいのはこっちだっての! なんで私らが悪いみたいになってんのさ!」
いつもの調子が戻ってきたと、熊野は内心ほくそ笑むが、ふぅと息をつきながら、あえて首を左右に振ってやる。ダメダメですわね、とわざとらしく示してみせる。
「……提督、本当にお分かりになりませんの?」
敏いところもある彼のことだ。気づいていないとは思えない熊野はあえて問いかける。すると、自分に都合の良すぎる想像なら出来るが、自分が口にすれば遠回しの命令にもなりそうで躊躇う、と答えが返ってきた。そこでふと、熊野は気づく。
(ああ、そうですわ。私自身、提督に何も伝えていませんでしたわね)
鈴谷は右へ、左へ、自分と提督の表情から何かを読み取ろうと忙しく首を動かしている。愛らしいことだと思いながらも、まずは目の前の問題から熊野は対処することにした。
「私、提督のことが嫌いではなくってよ。私が知る殿方の中で、一番マシな方だと褒めてあげますわ。……貴方が望むなら、私と鈴谷と共に、末永く傍にいて差しあげます」
秘書艦を交代制とはいえ長らく務めるうちに、彼の人となりも分かり、信用をおいてもいいと判断して、女性に対しての振る舞いや扱いも、自分や金剛達の指導もあってか、悪くないと思える基準まで磨かれてきた。暁型の一番艦の目の色合いが、月を追うごとに輝きを増していくのは中々に愉快で、もっと自分が満足できるような紳士のあり方を教え込んでやろうとも思えてきた。
現に、慕う艦娘も多く、それでも自分から一線を越えることは決してない。真摯に求めた時だけ、丁寧に答えてくれる。それが、言葉であったり、妙齢の女達にとっては、大人同士の一夜であるかもしれない。
「あら、やっと驚いて下さいまして? 最近は、簡単に崩れなくなったから、つまらないと思っていましたの」
腕の中の鈴谷など、完全に硬直してしまっている。これぐらい分かりやすい反応をしてくれると、愛らしくて仕方ないと思えるのに。ただ、紳士たれと教え込んできたのは自分であって、詮無きことだと熊野は思い直した。
「……ええ、貴方があえて特別な対象を作らないようにしていることぐらい存じておりますわ。こんな女所帯の部隊で、誰かを特別視するなんて争いの種を作るだけ。貴方の花が増えるぐらいに思って頂いても構いませんわ」
鈴谷をそっと離し、すくっと立ち上がった熊野は、唯一裸身を隠していたバスタオルを両手でゆっくりと開き、提督の前へと進み出る。羞恥心よりも、目の前の男を自分に傅かせたい。そんな支配欲が、彼女を高揚させていく。
──虜にして差し上げますから。熊野は、そっと耳元で囁いた。
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これは、私の一人語りだよ。独り言だからね。
結局、知識だけが先行して、経験が無かった熊野も、提督の手練れにさくっと陥落したんだよねー。熊野は、私の拗らせていた想いが身体も含めてってことはホントは理解してなくて。その辺りも、私が提督に縋った理由の一つなんだけど。
熊野は自分の魅力で、提督の特別枠に入り込んで、そこも私も巻き込むつもりみたいだったんだけど。この感じだと、熊野が提督にどんどんのめり込んでる感じで、『特別な夜』の回数を増やすために、私を巻き込むのが当たり前になってきたんだ。二人だから二回分ですわ、とか言って。可愛いからいいんだけどさー。
私にとっては、熊野が受け入れてくれたということと、提督にも可愛がってもらえる時間が続くというのは、結構理想的で『やりぃ!』って感じ。ただ、熊野はこういう耐性が無さ過ぎて、日常業務中にも顔を妙に赤らめさせたりするから、最近は、提督に私と熊野の秘書艦担当日は二人1セットで使ってもらってる。担当回数も増えるけど、業務量としては半分だから、大して疲れが増えるわけじゃないからって。
……金剛さん辺りも比叡さんとか榛名さん巻き込んで、秘書艦の担当日を増やしたらしいけど、その辺りは提督の采配にお任せだね。秘書艦の仕事って殆ど雑務だし、どうにも向かない娘ってのはいるしねー。
ん? 私? 鈴谷は褒められたらどんどん伸びる子だよ? これだけ満たされたら、当然成果も残すってやつー。徐々に熊野が残念な感じになってるから、提督と私が再起動させることも多いんだけどねー。
……でも、とても楽しいんだ。私の様子がおかしくなっていくからって、熊野は随分提督に詰め寄ってくれたらしいし、私の想いさえ受け入れてくれた。裏でさりげないフォローに回ってくれた提督にも感謝してるし。
悪ぶっていたけどね、私には。熊野に遠慮せず、堂々と鈴谷を抱ける機会が増えるのは俺にとってもいいことだ、とか言ってさ。いつか、あの余裕を崩して、私と熊野無しではいられないようにしてやりたいと思ってるんだ!
急にこちらに投稿したのは、この二人の続きを書こうと思うからです。