キノの旅 Girls' journey 作:わしはトマトが嫌いじゃ
「よかったね、窓がある部屋で。一等船室? らしいわよ」
「贅沢は言わないけど、外がみられる部屋は良いね。シャワーもついていたし」
「モトラドを入れられる部屋がそこしかなかったからってご厚意があってこそだよね。前みたいに保管部屋に押し込められるのはうんざりだよ」
カエデと行動する以前に訪れた『船の国』での退屈な時間を思い出していたのか、エルメスの口調はやや辟易としたものになっていた。
「みなさーん、用意は出来ましたでしょうか? できましたね、それではご案内します!」
部屋に荷物を置いた後、再び同じ審査官兼案内人が、まるで遠足の先導をするかのごとく、先頭に立ってキノたちを艦の中央部に誘導した。
「エレベーターで指令室まで上がります。艦長は普段ここに居るんです」
そう言って乗り込んだエレベーターの乗り心地は快適で、ほとんど揺れもなくあっという間に目的地に着いた。エレベーターの扉があき、その向こう側で作業している人たちが見えた。キノとカエデには理解できず、エルメスには理解できる機器を操作したり、隣で作業している人間と相談していたりと、忙しそうだった。
「今日はいつもよりも慌ただしいですね。もしかすると、あれですか」
「あれ、とは?」
「先ほど申し上げた悩みの種です」
案内人兼審査官と共に、エレベーターを出るキノたち。
「あちらに見えますのが、この船の艦長です。国家元首はさらに上の階で仕事をしています」
そう言って作業している人たちの中で、唯一高い台の上の席で細かに命令を出している恰幅の言い中年の男に向かって、右手をピシッと自分の額に付けて審査官兼案内人は敬礼をしながら。
「艦長、多忙極まるところ申し訳ございません。陸地の旅人さん方をお招きしました」
丁寧な口調で、まるで目上の相手へ報告の例文のような挨拶をした。
「御苦労、しばらく下がってくれ」
「了解しました」
言われた通り、案内人はキノたちから一歩引いた一にまで下がる。
「旅人さん方、ようこそ我が国、わが艦へ。本来ならこの艦橋の人員の業務を一時ストップしてご挨拶といきたいところなのですが、現在、ある問題がおきましてそれどころではないのです。申し訳ない」
「気にしないでください。つかぬことを伺いますが、問題とは一体?」
キノの質問に艦長はため息をつきながら答える。
「艦隊戦です。本艦より数百キロ離れた海域で、我が国の艦が戦闘を行うようなのです。本艦は今年の首都艦ですので、その報告が送られて対応を急いでいる所なのですよ」
「戦争、ということでしょうか?」
「そうです、なるべく、いや、なんとしてでも戦闘を避けたい」
ここでキノたちの頭に疑問符が浮かんだ。
「それは……船が沈められることを警戒しているからなのですか?」
「敵が強いとかかも、キノ」
「いえいえ、この辺りの他国の軍船ならば相手にもなりません。問題となっているのは、我が国の艦同士が衝突しそうという事です」
「は?」「へえ?」「なんで?」
艦長の言葉を理解できず、間の抜けた声を出すキノたち。
「この国の経済は海軍戦力の貸与によって成り立っています。それを多数の国へ行っているのです。そして、それらの国同士は、他の国を目の敵にしている。するとどうなるか?」
「借りた軍を使って、他の国へ攻め込もうとする。当然防衛側も、借りた軍で守ろうとする」
「そりゃそうだよね、自分たちの国の軍より強い軍だったら、そっちを優先的に使うもんね」
「……その結果、この国の船で同士討ちが起こっちゃう。っていうことなのね」
「最初は我々も海賊対策程度の認識でしたし、他国もそうでした。でもやがて、わが軍の強さに目をつけた諸国は、他の国へ侵略を企て始めたのです」
「では、このまま戦闘を行うのですか?」
艦長は驚いた表情を作って首を振った。
「とんでもありません。ここは海の上、そしているのは我が国の艦隊のみ。口裏を合わせるのは造作もないことです。今までもそうでした。それに、貸与を受けている国は、周囲の国々へはわが艦隊のことを自分たちの軍だという欺瞞情報を流しています。結果、他国同士からすれば、『相手は知らずに他国の軍と戦っている』と思い込んだ状況になる。そもそも我が国の艦同士が衝突しているという状況なんて、夢にも思っていないでしょう」
「なるほどー。でもさ、一つ疑問があるんだけど――」
「艦長、一大事です!」
エルメスが言葉を全部言い切る前に、今まで複雑な機械とにらめっこしていた女性仕官が、険しい表情で一枚の紙を艦長に手渡した。艦長もその紙に書かれた内容を見て顔をしかめる。
「……」
「どうかされましたか?」
「それぞれの艦隊に、他国の監視船がついています。恐らく、いつも一方的勝利という報告に疑問を抱いたのでしょうな」
「ありゃ、予感が的中。そりゃあ少しぐらい戦勝報告を気にする人もいるよね。それにしても戦った国同士の報告が、どっちも一方的勝利? 戦場に自分たちしかいないといってもよく今までバレなかったね」
「無傷のまま帰還したとなれば、それ以外の言い訳など思いつかんのですよ。それに損害無く勝って、疑いこそすれ困る国はいません。砲弾だってあえて無駄打ちしてごまかしていましたし」
「国がらみで他国を騙すなんて大それたことやって、そして今はバレそうになって。“柄杓が抗う”とはこのことだよ」
「……」
キノは少し黙ったが。
「……あっ、“馬脚を露す”!」
「そうそれ!」
カエデが先に答えた。
「何も言い返せませんな。ですが、我々の国を運営していくには仕方のないことだという事は理解して貰いたい。そのために国土たる艦を沈めるのもあまりにも馬鹿馬鹿しいので」
「そうですね。すみません、エルメスが……」
「分かっていただけるのならそれで結構です。さて、この件は旅人さんたちには関係のない話でしたな。すまないが君、またこの方たちを案内してくれないかね?」
「了解です、艦長」
「ああ、そういえばもう一つ質問が」
「なんですかな?」
「これから指令を出すと思うのですが……今回は監視している人たちがいる中で、どうやってごまかすつもりなんですか?」
ああ、簡単ですよと笑いながら艦長は言い。
「それはもちろん、監視船を砲撃して沈めますよ!」
「いやあ、相変わらず素晴らしい人でした」
「そうですか」
下るエレベーターの中で、案内人は素直に感心していた。
「祖国がなくなる前からいろんな軍艦の艦長に就任してきた、たたき上げの傑物だとか。だからこそ、この巨大戦艦にも就任したんですよね。巨大戦艦の艦長は全員ああいう人です」
「ところで、先ほどの艦長の話、国民は知っているんでしょうか?」
「もちろんです。今回の件も間もなく伝わると思います」
「大丈夫なのかな……ほかの国とは言え、守るべき人を自分たちで撃つなんて」
「大丈夫ですよ、だって」
エレベーターが止まってその扉が開きながら案内人が。
「自分たちの艦以上に、大切なものなんてありませんから!」
正直このぐらいの長さだったらわざわざ前後編にしなくてもよかったかなっていう感じ。見切り発車の弊害か……。