キノの旅 Girls' journey 作:わしはトマトが嫌いじゃ
第二十話 掃除の国
「うーん綺麗、ここまでゴミが落ちてない国は久々だねえ。感心感心」
道端のカフェで休憩をとっていた旅人の隣に停められたモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指します)が、実に爽快と言わんばかりに、誰に対してかは分かりませんが褒めました。
町は規則正しく引かれた道路に沿って建てられており、その白い壁は日の光に当たって輝いていました。どこも泥汚れやくすみとかは見当たらずピカピカです。
「デザート、ご馳走になってありがとうございます。ボクたちの話は、参考になりましたか?」
「ああ、とても助かったよ。これで旅の準備ができるってもんだ」
キノとカエデはこの国特有のデザートをご馳走になる代わりに、旅に必要なことや、今までの経験を教えてほしいと、目の前の男から頼まれ、そして報酬のデザートを味わいつくしたところでした。
「旅に出るんですね。でも、なぜこの国から出ようとするんですか? 不自由な暮らしも、ゴミもなさそうなこの国では、特に困る要素はないと思うんですが……」
「ああ、旅人さんからはそう見えるんだろうね。でも、実際に住んでみればわかるよ。この国の苦しさというものがね。うんざりしていたから俺はほかに移住できる国がないか探すのさ。他に家族も親戚もいないから、決断するのは早かったよ」
「苦しさ、ですかそれはどのような?」
男はため息をつきながら、ちらりと道路や建物を見ました。
「この国に来て、旅人さん方の第一印象はどうだった?」
「清潔で綺麗だな、と。ここまで清掃されている国は、あまり見たことがありません」
「モトラドで走っていても気持ちよかったわ。国に入る前の道とかは泥だらけでうんざりしていたから」
素直な感想を、キノとカエデが口々に言いました。
「でもちょっとした汚れに関しては見逃すのが、ほとんどの場合そうだろう? 旅人さんも、いちいちズボンに泥がついたからと言って、すぐに払い落とすかい?」
「まあ……それは後でまとめて落とします。手間が増えるだけなので」
「ちなみに洗濯はキノの担当です、私は主に料理!」
「うーん、必要なのかなカエデのその情報」
「とにかく普通はこんなにいつも綺麗になることはない。それをこの国ではやり遂げている。それはなぜかわかるかい?」
「国民の美化活動、ですか?」
「もしくは国が推奨しているのかも。一定以上の汚れが見つかったら罰金みたいな」
「残念ながら違う。確かに民間の清掃ボランティアもいるし、あまりにゴミをため込んでいる国民には注意勧告、それを無視した場合収入に応じた罰金が科せられるが、それらはこの国ではほとんど機能していない。そんな組織や法律がなくとも勝手に綺麗にしようとするからだ」
「いいことじゃない、うっかり“落とし物”を踏んづけるリスクもないんだからさ」
「モトラドにとっては死活問題だろうな。まあ、何事にも、大本の理由があるわけだ」
「その心は?」
「謎かけじゃないよ、エルメス」
男はまたため息をついて。
「……怖がっているのさ」
「怖がっている……?」
「ゴミに?」
「国の人が?」
「ああそうだ。人は死について、大体の人が恐れている。寿命や怪我、病気といった要因で引き起こされるそれらを、ね。この国では、特段死について臆病な人種だったのさ」
コーヒーを口に含んだ男は、それを飲み込んだ後言葉をつづけました。
「一寸先は闇という言葉はあるけれど、全く見えないわけじゃない。極端な話、道端にバナナの皮があって、それを踏んづけて転んだ結果、頭を打って死んでしまう可能性だってある。そういう原因を根本的に取り除こうと努力した結果が、今の国だ」
「死を恐れたから、原因になりそうなものを排除したと?」
「ああ、そしてその答えが“掃除”だったんだ。俺は、そんな臆病な国に居たくない」
「でもさー、たしかに衛生管理がなっていないと平均寿命が下がったり、病気にかかりやすくはなるけどさ、より直接的な死因として、車による交通事故や泳いでいるときに溺死したり、頭のねじが飛んだ人間による殺人事件が起こったりするかもしれない。そういうことに関してはどうなの?」
エルメスの疑問に、男はすぐに答えました。
「それらは恐らく他国と対策はそう変わらないよ。その理由は単純さ。部屋からゴミを取り除いたら、家具しか残らない。今モトラドさんが言った内容は、国の人間にとっての家具なのさ。掃除するべきだとも思ってない。つまり、受け入れているのさ」
第二十一話 調理中の話
「フヒヒ、これでキノの胃袋を鷲掴みにするのも間違いないわね……」
まるで、謎の薬を作る老婆のような雰囲気の中で、カエデは夕暮れ時の森の中で小鍋を使った料理をしていた。煮込まれているのは今日の昼まで滞在していた国で買った穀物。白くつやつやとしたそれを水と一緒に煮込んでふっくらと焚き上げ、更にそれを牛乳とチーズ、数種類のハーブや塩胡椒で味を調えたもの――つまりリゾットだった。
「逆にキノの料理がカエデを鷲掴みにすることってないよねえ」
そんなカエデから少し離れたところで、センタースタンドで立たせられたエルメスが茶化すように言った。
「だってキノのあれは……うん、個性的だから」
「気持ちはわかるよ。こっちもモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)でよかったって毎回思うもん」
初めてその料理をふるまわれた時を思い出したのか、遠い目をするカエデ。せっかくのご厚意を無碍にするわけにもいかずその時は文句を一つも言わずに完食したが、それ以降の料理担当は彼女になっていた。
「酸っぱいと辛いのダブルパンチで、食材が台無しに……料理好きからしたらさすがに無視できなかったわ。よくキノはあれを普通に食べていたよね」
「かといって普通においしそうなものはおいしいって平らげていたし。味覚が変なのか普通なのかわからないよ」
肝心のキノがいないところで、思い思いのことをぶちまける一人と一台。
「ま、こうして私がごく普通の料理を提供することで、キノもやんわりと料理下手なことを自覚するんじゃないかしら?」
「いやーどうだろうね。お師匠さんに食べてもらってからも一向に改善していないから、たぶん今後も変わらないんじゃないかな?」
「……嫁入りできるのかな、キノ」
「その心配はないと思うよ」
「えっ?」
「だってカエデがキノに嫁入りするんでしょ!」
「あ~……そういうこと言っちゃうのぉ? エルメス君」
ほにゃあと頬を緩ませるカエデ。彼女がどれだけキノのことを好いているかを如実に表していた。
「そりゃね、私が隣にいる限りはキノに他の輩を近づけさせないっていうか? 誰にも私の今のポジションを譲らせるわけがないっていうことよね」
「でもキノを攻略するのはハードル高いよ。まあ、カエデに対する反応から見るに、だいぶよそよりかは受け入れているけど。っていうか普通あーんなことやこーんなことをさせないって」
「割と並の恋人以上のことやっているし、これはもう結婚待ったなしよね。うん、今度国に入ったら教会に行こうかしら。それとも婚姻届けのための市役所?」
「行かないよ、カエデ」
「わひゃ! キノ、居たの?」
両手を野イチゴでいっぱいにしたキノが、カエデの背後に佇んでいた。
「『キノに他の輩を近づけさせない』ってあたりから。それと、毒がありそうなやつは省いた」
「ん、ありがと。これで明日の朝ご飯はジャムとパンね」
「カエデと旅をするようになってから、携帯食料を食べる頻度が減っているね」
「それは、食べるのなら生の食材がいい。カエデの料理はレパートリーも多いしね」
キノはチーズのリゾットが煮込まれているカエデの小鍋とは別に、自分の小鍋に水と砂糖、すでに葉っぱや木の枝などを取り除いた野イチゴを投入した。
「最初はパンと穀物両方買うのは反対だったんだけど、安かったしたまにはいい」
「飛ぶ鳥を撃ち落としてからの丸焼きもワイルドでいいけど、人間何もしないと腕が落ちちゃうから、ちゃんとしたのも作りたいのよ」
「たまには自分の、最高の実力を発揮したいもんね」
「そう言うことよエルメス君。……さて、そろそろできるわよっと」
仕上げに荒く砕いた胡椒を適量ふりかけ、リゾットが完成した。
「ジャムは時々火加減と鍋の具合を見るとして……それじゃあ、いただきまーす」
「いただきます」
両手を合わせて食材に対する感謝の意を伝え、二人はリゾットをそれぞれの器によそった。
「……教会にはいかないけど、しばらくは一緒にいるのは、良い」
「おや? 何か言ったキノ?」
「わざと聞きなおしているだろ、エルメス」
「? どうしたのよ」
エルメスが小声でつぶやいたキノを茶化している傍ら、カエデ一人は置いていかれていた。
第二十二話 狩りをする国
ずどーん。
枝の上にとまっていた、冬を越すために食いだめして丸々と太った野鳥が落ち、数秒間羽をはばたかせていたがやがて動かなくなる。
鳥を仕留めた銃弾の出どころは、長い茶髪をアップにまとめた少女の持つ、散弾パースエイダー(注・パースエイダーは銃器)からだった。
「これで三羽目、キノの方は?」
「四羽、カエデより多い」
「むー……でももうすぐ日も暮れるし、戻らなきゃね」
ぎゅっぎゅっと雪を踏みつけて歩く二人は、お互い普段の格好に防寒具とマフラーを巻いている。登山用の森が切り開かれた道に止めてあったトラックに、それぞれが仕留めた獲物を荷台に乗せて、雪中用トラックに乗って雪道をかき分けながら山を下って行った。
「そう言えばキノって四輪も運転できるのね。誰から教わったの?」
「……森の中でほとんどエルメスが教えてくれた。でも運転するのは久しぶりだ、荒っぽくなると思うけど悪いね」
「そもそも道が悪いから、多少揺れることに文句なんて――きゃ」
木の根でも踏んだのか大きく揺れ、思わずカエデはキノに抱き着いた。
「……わざと?」
「そんなわけないわよ! あっ、でもしばらくこうしていい?」
「よくない」
キノは断った。
「おかえりー、今日の勝負は?」
「ボクの勝ち。だから明日のエルメス起こし当番はカエデだよ」
「次こそは私が勝つわよ」
二人は冬の間滞在する国から割り当てられた一室に戻ってきた。春になるまでずっと雪で閉ざされるため、越冬中は国の中で過ごさなければならなかった。当然、長期滞在するため、その間仕事をしなければならない。
そして二人が滞在する際に割り当てられた仕事が、鳥獣類を仕留める狩り仕事だった。仕留めた獲物は狩猟組合に提出して、動物の種類と重量に応じた報酬が支払われる仕組みである。この国では狩猟はかなり重要な仕事で、国から無料で宿や狩りに使う道具や弾薬が手配されるため、キノたちは大助かりだった。
「二人は二日に一回は体を動かしているからいいけど、こっちはほとんど部屋の中でほったらかしなんだよ? たまにはタイヤにチェーンを巻いて町に繰り出そうよ」
「体を動かすって言っても、こっちは獲物が仕留められなかったら収入がゼロなんだ。無料なのは道具と宿代と朝と夜の食事だけで、昼食費とか生活必需品は普通にお金がかかってくる。仕留められない時期が続いたら、エルメスのための燃料も買えなくなる」
「雪が解けるまで、エルメス君は我慢してね。たまに外で洗車してあげるから」
「この季節に水かけられたらあっという間に凍っちゃうよ。気持ちだけ受け取っておくね」
「ところで、なんで狩りが盛んなのかしらね?」
「ああ、さっき暇だったからルームサービスの人から聞いたよ」
「なになに?」
「昔、この国ではペットを飼うのが流行っていたんだ、鳥とかキツネとかウサギとか。でも飼えなくなるとの山に放たれたから大繁殖、生態系崩壊しちゃうから狩って狩って狩りまくるしかないんだって」
「……ねえキノ」
「なに?」
「エゴって、怖いね」
キノの旅っぽさって何だろうって、書いてみて時々思うんですよ。基本的に社会風刺とかが多い作品ですが、そういうのは個人的に描くのが苦手だったりして苦戦しがちです。やっぱり自分が書きたいように書くのが一番なのかなぁ……。