キノの旅 Girls' journey 作:わしはトマトが嫌いじゃ
第二十三話 伝説の国
「ところでお二人は、何か“伝説”をお持ちでしょうか?」
入国審査官による入国時に決められた質疑応答を繰り返す中で、唐突にキノたちはそんなことを言われた。ちなみにエルメスは暇なので寝ている。
「伝説、ですか?」
「はい。例えば、『迫りくる盗賊をものともせず、一分で全員返り討ちにした』とか、『とある国の王族に見初められた』とか、『素晴らしい歌唱力で多くの国民の心を癒した』とかなど、まず普通の人間では起こせないような武功、奇跡、栄光を打ち立てた、優れた瞬間のことです。残念ながら私にはありませんが……数多くの国を渡り歩いた旅人さんなら、何かお持ちではないかと」
「残念だけど私たちは持っていませんよ。しいて挙げるなら、キノが手料理を国の人に披露した時いっぺんに二十人ぐらい倒れた時とか――あたっ」
キノが机の下で、カエデの足を軽く蹴っ飛ばした。
「彼女が言った通り、ボクたちにはそのようなものは持っていません」
「そうですか……残念です」
「ところでなんでその質問を?」
「ええっと、これはこの国の風習というか、国民性と言いますか。誰もが一つは“伝説”を持ちたがるんですよ」
「持ちたがる?」
「はい。輝かしい過去が自分にはあるだという事を世間に知らしめる。その行為がこの国では深く浸透しているのです」
「具体的にはどのように? もしかして、就職とか婚活とかで有利になるとか?」
カエデが思いつきで言った。本人も冗談のつもりであった。
「さすがにそれは……」
「いえ、カエデさんの言う通り。“伝説”を身分証明証に掲載することによって、様々な活動においてスムーズに事が進むようになるんです。会社の面接のときに必要になる履歴書のように」
「……例えば他には?」
「簡単な例から上げますと、先ほど申し上げた『盗賊を返り討ちにした』という“伝説”の場合、警察組織では精鋭の実動部隊に大抜擢されます。現場仕事や荒事が頻発するのですから、当然ですよね。他には『王族に見初められた』。ほとんどないケースですが、この場合はこの国の選挙への出馬が義務化されます。それだけの求心力を持っている人物が、政治以外の道に進むなんて考えられませんよね。『素晴らしい歌唱力』は、もはや言うまでもありませんね」
「持っている“伝説”は、当人が自己申告するのですか?」
「それはあり得ません。信憑性に欠けますし、何より伝説というのは、見届けた人間がいて語り継がれるものでしょう? その見届けた国民の内誰かが、“伝説管理局”と呼ばれる機関に連絡し、精細な調査を進められて初めて身分証明書に書かれるんです。我が国では“伝説”持ちの国民はほんの一握りですので、それはもう有名になれますよ!」
先ほど思い付きで言った後、じっと黙っていたカエデが口を開いた。
「あの、一つ質問なんですけど。例えば当人がやむを得ず、仕方なく、本人の意思に反した行動が結果的に“伝説”になってしまった場合、これって取り消せるんですか?」
審査官は目を丸くして。
「それこそあり得ません! だって伝説は、語り継がれることが本懐なのですから!」
第二十四話 一日の始まり
昨日入国した国のホテルの一室で、キノはベッドの上でゆっくりと瞼を開ける。カーテン越しに見える世界はまだ薄暗く、朝日が山の上から顔を出し始めたころだった。
キノの一日は、大体朝日が昇り始めるとともに始まる。毎朝の日課であるストレッチとハンド・パースエイダー(注・パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)二丁抜き打ちのトレーニング、軽い格闘の訓練を行おうと上体を起こそうとするが――。
「ん……うん?」
キノの左腕にずしっと重い感覚。何かが絡みついていると感じ、キノは布団をまくり上げる。
「ん~……寒い……」
「……」
両腕を回して完全にホールドしているカエデの姿が、そこにあった。むにゃむにゃと口を動かし、とても幸せそうな表情で眠っている。
「昨日別々で寝たのに……」
カエデはツインベッドの部屋になっても、かなりの確率でキノのベッドにもぐりこんでくる。理由は寒がったり寂しがったり何となくだったりと、基本的にカエデの気まぐれである。
「さて……」
何事もカエデには甘いキノであるが、かと言ってすべてを受け入れているわけでもない。さすがに自分のしたいことを阻まれたら、ちょっとした制裁を加えることもあった。
キノはカエデの鼻をつまんだ。口はキノの腕でふさがれているため息ができず。
「……むにゃー」
間の抜けた悲鳴を上げるのだった。
「もー、ホテルのベッドの中ぐらいはキノを堪能させてよー」
「日ごろから十分堪能していると思うけどね」
顔を洗って、濡れた髪をタオルで拭くカエデがそんなことを言い、キノは弾倉が空の『カノン』と『森の人』を収めたホルスターを、いつもの体の位置へ固定した。
「あっ、私もやるー」
のんきな口調でカエデも、自身のパースエイダー『シングル』――四十四口径、キノの『カノン』とは違い薬莢を使うタイプのリヴォルバー型パースエイダー――を取り出して、キノに倣って抜き打ちの訓練をする。
二人の、ホルスターから銃を抜く動作には、その速度にはかなりの開きがあった。
「うーん相変わらず速い。いつも思うけどどこで教わったの?」
「……国の外の森の中で」
「誰に?」
「命の恩人、かな」
「どうすればキノみたいに早くできるようになるのかな」
「……痛い目を見れば誰でもできるよ」
そんな会話を交えつつ、抜き打ちの訓練は終わった。
続いて、近接戦闘の訓練。普通のゴム製ナイフによる訓練や、簡単な体術などを行う、はずだったが。
「カエデ……いい加減力を緩めてくれないかな」
「この状態で抜け出せるかの訓練でしょ? 離さないからね」
今二人は――主にカエデがキノに――体を絡ませてがっちりと固定していた。二人で出来る訓練ということで、ナイフ戦闘や組手を行うことはあるが、この行動もそのうちの一つである。
もっとも、カエデにとっては合法的にキノにべったりとくっつけるチャンスであるため、意地でも離さないために全力であるのだが。
「拘束から抜け出さざるを得ない状況は、正直に言えばほぼ詰みの状態だから、重要視しても仕方がないと思うけど……」
「ほら、私が寝ぼけていつの間にかがっちりホールドしたとき起きれないと嫌じゃない? これはキノの生活サイクルを狂わせないための訓練でもあるのよ」
「割とありえそうと思えるのはなんでだろう……それに今日のはまだ序の口っていうことか……」
「ほらほら、早く抜け出さないと、朝からすっごいエッチなことをしちゃうよ? ……っていうか、ああ、今すぐ襲いたいなぁ……」
はあはあと衝動を抑えるカエデ。キノのほうはすっかり慣れた様子で、はいはいと適当に答えた。
現在、カエデはキノをカーペットが敷かれた床に押し付けて、両手を後ろ手にさせて固定している状態だ。体を密着させ、今までの会話は耳元でささやいているものだった。
「キノの耳……食べちゃお、ぱくっ」
「うあっ」
キノの右耳を咥えたカエデ。もちろん歯はたてず、口の中で舌先を使って舐め回す。
「ん、れろっ……ほら、逃げないとずっと続くよ?」
「逃がすつもりはないくせに……!」
「それはもちろん。じゃあ今度は左耳ー」
いけしゃあしゃあとそんなことをのたまうカエデに、今日も一日の始まりからキノは翻弄されるのだった。
個人的に『伝説の国』は結構お気に入りだったり。ストーリがうまく書けていると思うのは自分だけ? ちなみに軽い訓練描写も書いたけど、アクションシーンは苦手なんでだいぶ端折ってしまいました。原作読んでいると結構細かいんですよねこれが、そのうちトライしてみるべきか……。