キノの旅 Girls' journey 作:わしはトマトが嫌いじゃ
その国は、小さな国が密集している地帯の中でも、かなり独特の文化形態を持つとされる国で、中でも食文化に関してはかなり周囲の国から注目されているとの情報があった。
順繰りにその地域の国を訪れていたキノたちは、最後にその国に入国し、噂の料理に舌鼓をしようとした。しかし。
「なんだこの列は……」
「ひいふうみい……たくさんいるわね」
「ぱっと見百四十三人並んでいるね、あっ、今三人並んだから百四十六人」
入国するための城壁の門は一か所しか解放されておらず、さらに周りに多数の国がありそこそこ仲がいいということで、他国からの観光客も多く長蛇の列となっていた。
「最後尾はこちら、現在二時間待ちでーす!」
立札を持った国の入国管理の職員が、キノたちに向かって手を振っていた。
「……どうしよ?」
「どうするも……ほかの国に戻るわけにもいかない。おとなしく並ぼう」
「りょーかい。じゃあヒマだから門を通り抜けるまで寝てるね」
そう言って外見からはわからないが、エルメスは寝入った。
「二時間か……昼の時間を過ぎるのは困る」
「じゃあ携帯食料でも食べておく?」
「そんなのはもったいない。空腹は最高のスパイスだって、誰かが言っていたしね」
キノたちは最後尾に並び、空腹をこらえて自分たちの番まで待つことにした。
日が少し傾いたころ、キノたちはようやく門を潜り抜け、国内に入ることができた。その首には入国証明書である小さなカードが紐を通してぶら下がっていて、一目で観光客だということが分かるようになっていた。
「まさかあの後も同じぐらいの人数が並んでくるとはね……」
「本当に人気なのね、この国。疲れたけどこれは期待できるってものよね」
普段なら滞在中に泊まる宿を探すところではあったのだが、そろそろ空腹度が限界に近付いて来た二人はそれを後回しにし、まずはモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけをさす)をそばに止めて置けられるレストランを探すことにした。
「すごい込み具合ね、特に通りの歩道なんかいっぱいよ」
二人とも自分のモトラドにまたがり走らせながら、国の風景を観察する。
「屋台とかも多いね、国民は主に屋台で食事をとっているみたいだよ」
先刻のとおりに門を抜ける際に起こされたエルメスが言う。確かに屋台にはこの国の人間が集まっていたが、首にカードをぶら下げた観光客はほとんど見られなかった。
「キノ、どうやらこの国ではちゃんとした建物で店を構えるところは、総じて値段が高いみたいだよ」
「審査官に聞いたけど、大半の入国者は他国の旅行会社に応募したツアー客だって、だから寄るお店は全部会社が選んだやつみたい」
「国民と観光客ではっきり分かれているのはそのためか……」
「よくある手法だよね。でどうするの? 大衆向けの屋台か、ツアー客と同じ高級店か」
「そんなの、聞かなくてもわかっているだろうに」
「だよねー」
キノとカエデは、使い捨ての器にスープと麺をたっぷりと入れた料理を売る屋台のそばに止まった。
「熱い……けどおいしい」
「この卵、真ん中がトロってしてるわよ。味付け豚肉もいいお味ね」
フォークを持った二人は、琥珀色のスープの中にたゆたう麺をすする。この国で定番の麺料理だそうで、家庭でもごく一般的に作られるものらしい。
「ちょっと雑多な感じもするけど、モトラドが馴染む風景だよね。……むっ、そこのハト、やるつもり? かかってこい!」
「日差しが強いって思っていたから、パラソル付きの席があってよかったね」
上着を脱いだ二人は、額に汗をにじませながら麺を掻き込んでいく。時々持ってきたタオルで汗を拭く二人のしぐさに、道行く国民――主に男性――が時々ちらっと二人を見ては、何事もなかったかのように立ち去っていく。
「……? どうしたんだい、カエデ?」
「……注目されているのかな、私たち」
人の見る目というのに慣れているキノは、かまうことなく食べ続けていた。対してカエデはやや落ち着かない様子である。
「カエデは世間一般でいう美人に相当するから、目立つとは思うけどね。でもいちいち気にしていたら、どんなにおいしくても喉に通らないよ」
「キノは旅慣れしているからそう言えるんだろうけど、私のほうはまだそんなに日が立っていないからね! あと、キノだって十分美人に相当するもん。私だけのせいじゃないわよ」
「……」
「おっ、照れてる?」
「……照れてない」
エルメスに茶化されたキノは、スープに浮かんだ卵をほおばった。
「でも外で食べるのは正解だったわよね。あそこの店、すごい並んでいるもん」
カエデの視線の先、太い道路を挟んだ向かい側の店舗では、最初の入国時ほどではないにしても、それでもかなりの長蛇の列となっていた。
「今からあれに並ぶとか、そんなことは考えたくはないね」
「まあ、こっちとしてはまた寝るだけなんだけどさ。しかしこの国の人は並ぶのが好きだねえ。いや、この国に来た人が、かな? 全員カードをぶら下げているよ」
「たぶん別々の会社のツアー客が同じ店に殺到しているとか、そういう感じかな? あっ、あそこの子供泣き出したわよ」
「そんなに有名な店なのかな……?」
「行きたくなった?」
「いや、いい」
残った麺をスープごと飲み込み、ふうと一息ついたキノ。
「ご馳走様?」
「少し、食べ足りない……」
「だよね、普段だったらもっと食べてるもん」
「あっ、あっちの屋台に、食後にどうぞって書いてあるわよ。デザートみたいだけど……」
「行ってくる」
そう言ってキノは器を残し、カエデが指差しした屋台のほうまで歩いて行った。
「行動が早いね」
「まあ値段は安いから……私も食べたいなーって思ってたし」
「さいで。……おや、あの屋台、すごい繁盛してるね」
エルメスが言っている屋台は、探さなくともすぐに見つかった。そこだけ異様な人だかりができていて、ほとんどの人間が首からカードを下げていた。
「観光客? 店舗販売じゃないのになんであんなに……」
「道行く人に聞いてみたら? この風景は当たり前のようだから、誰でも知っているだろうし」
「それもそうね……えーっと、お姉さん、ちょっといいですか?」
カエデは隣の席で、細切りにした肉を甘辛く煮込んだものを穀物にのせた料理を食べていた、露出が目立つ服装の若い女性に聞いた。女性はすぐそばにいたこともあって、こちらの会話の内容は把握済みであった。
「ん? ああ、あれね。あの露店は、『国家指定観光助成店舗』として認められているからなのよ」
「国家指定……ええっと、なんですか?」
「まあ略して『国指店』なんて呼んでいるんだけどね。あの露店、一枚紙がぶら下がっているでしょ? あれはこの国の観光局が発行した登録書で、登録した店舗は他国のツアー客にとっての“オススメ”な店舗になるのよ。登録のための基準はもちろん厳しいけど、それさえ満たせれば見てのとおり露店でも登録できるわ。何より観光に貢献したとみなされて国から援助金も出るから、常に一定の収入は保証されているの」
「よく知っていますね。国の人みんなそうなんですか?」
そうカエデは聞くと、女性は得意げな表情をした。
「私はね、向かい側に見えるあのレストランのオーナー! 観光客が行列しているとおりにその店も『国指店』だから、もう大繁盛なの。札を下げているのならあなたもツアー客……には見えなさそうだから旅人さん? あなたもぜひ来てほしいわ」
「残念だけど、こっちにはびんぼーしょーな旅人もいてね、今回の滞在はほとんど露店で済ませようとしているんだ」
エルメスが代わりに答えるが、女性の熱はさらに熱くなる。
「そんなのもったいないわ! この国ツアー客は多いけど旅人は珍しいの。もっと話を聞きたいわ。今夜、夕食をご馳走するから、私の店に来ない? もちろん行列に並ばせるなんて手間は取らせないわよ?」
「行きます!」
「うわぁ!」
いつからそこにいたのか、両手に白く四角いゼリーのようなものが入ったカップを持ったキノが、カエデの代わりに答えた。
「いたなら言ってよー」
「食い意地が張ってるねえ」
「ごめん。それと、ぜひ行かせてもらいます」
「旅人はそうでなくっちゃ。じゃあ今夜、席を開けて待っているわね?」
そう言って残り少ない料理を食べ切った女性は、立ち上がって空になった器をもって、人ごみの中に消えた。
「結局キノが決めちゃった……」
「どのみちカエデはあの時、『キノがいないから来てから決めます』っていうつもりだったでしょ? こっちはこっちでキノいぞんしょーなんだから」
「え、エルメス君だってキノがいなきゃ何にもできないくせに」
「“トンボ一回”って言葉、知ってる?」
二人は少し考えこみ。
「……“人馬一体”?」
「そうそれ!」
先にキノが答えた。
「本当にあってるの、それ?」
「さあ?」
国の文化のイメージは中国とか台湾ですかね。実際台湾では夕食は屋台で食べる人が多いとどこかで聞きました。安く食べられるらしいんで大盛況だとか。