キノの旅 Girls' journey 作:わしはトマトが嫌いじゃ
そのホテルは国の中でもとくに有名で、部屋数、内装、サービスどれも非常に優れており、さらに安かった。国内外の人間でも利用している人は多く、キノたちも当然そこへ最初に向かったのだが。
「なんだこの列は……」
「今日はよく行列をよく見るね」
「現在九十二にーん」
一瞬でホテルの入り口、正確にはその中の受付から外まで延びる人数を数え終えたエルメス。ホテル内で行列を作ると泊まった客の移動に支障をきたすためか、大半が外で並んでいた。
「どうするの? こんなにいっぱいじゃ、並んだとしても私たち泊まれないかも」
「このホテルは増える観光客に備えて増改築を繰り返してきたらしいから、夜になっても空き部屋はあるらしい。しかし……」
「ほら見てよ、ガラス越しに見えるけど『国指店』の登録書の紙が、額縁に入って飾られているよ。どうやら飲食店だけじゃないみたいだね。予想はしてたけど」
昼食時にレストランの女性オーナーから聞かされていた登録書が、まるで表彰状のように受付台に飾られていた。
「国の外のツアー客は、基本的にツアー会社から指定された店しか入れないんだね。時間も似通っているから集中して行列ができちゃう」
「子供を除いて、文句を言わずに黙って並んでいるのは謎だけどね……」
「ツアー料金が安いから多少の我慢は承知の上、とかじゃない? どうするのキノ、今から並んだら夕暮れになっちゃうよ」
カエデの問いに、キノはエルメスを押して店から背を向けた。
「キノ?」
「おっ、さすがに変える?」
「違うよ。このホテルには泊まる。ほかのどこよりも安いって、観光案内のパンフレットに書いてあったからね。でも並ぶのはもうごめんだ、お腹がすく」
「じゃあどうするのよ」
キノがエルメスにまたがり。
「夜もまだ部屋は空いているって言ったよね。だから夜に来る」
「ああ、そういうこと」
単純なキノの発案に、カエデはひどく納得した。
「――というわけなので、必要なものを買ったりして時間をつぶして、夕食食べてから泊まろうと」
今までの経緯を昼に出会った女性に、店先で説明したキノ。日は落ちてから早いが、相変わらず長蛇の列が続いていた。
「荷物満載のままだったのはそういうこと。まあ賢明な判断だったと思うわ。さあ、どうぞ中に入って! もちろんモトラドさんを止めて置けるスペースは確保してあるわよ!」
「このおねーさん、結構行動力があるね」
「オーナーゆえの特権……かな?」
キノたちは律義に並んでいる観光客を尻目に、女性の引率のもと店の中に入っていった。大勢の客から、それぞれいろんな感情がこもった視線を向けられたが、二人と一台はお構いなしだった。
「結構……ゆったりとくつろげるようになっているんですね。テーブル席どうしの間隔が広い」
「モトラドが余裕で通れるね」
「ああこれね、『国指店』に登録すると観光局から指導を受けるようになって、なるべく窮屈にならないようにせよって言われるのよ。本当はもう少し詰めても余裕があるんだけど……まあ高級店だから? そこらへん格の違いっていうのを見せつける要素も無きにしも非ずっていうところかしら。ほらほら、あの奥の窓際の席! あそこがあなたたちの予約席よ」
そう案内され、キノとカエデは席に着き、エルメスはそのすぐ横に止められた。
「ささ、どんどん注文して。今日は私のおごりだから!」
「それではありがたく」
「ご相伴に預かります!」
二人は仲良くメニューを開き。
「むっ、あのハト、またこっちを見ている」
外観ではわからないが、エルメスはガラス越しに鳥ににらみを利かせるのだった。
「ボクたちが一番気になること、ですか」
注文した料理が次々と運ばれそれらを口に運んでいく傍ら、女性がキノたちにそんな質問をした。
「ええそう、やっぱり外から来た人に聞いてみることといえばそれかなって。もちろん、この国のことについて、だけどね」
「そんなの私たちじゃなくても、例えばお店に来る観光客とかでも聞けると思うんですけど。……まあご馳走してくれていますからもちろん喜んで答えますけど、主にキノが」
「別にカエデが答えてもいいんだよ?」
「お昼は私がこの人に話しかけたから、今度はキノのターン」
「そういうものなのか……? ええと気になること、でしたね」
「そうそう、外からといっても観光客じゃダメなのよ。いろんな国を見て回ってきた旅人さんでなきゃ、正確に評価できないじゃない?」
「なるほど……では単刀直入に……」
キノは運ばれてきた穀物を卵などと一緒に炒めた料理をスプーンで口に運んでから、答えた。
「この国、何かの意図があって、観光客を呼び寄せているような気がするんです。この店もそうですが、国のシステムが結果的に観光客の行列を作っているところが、どうも不思議で。普通は解消するために観光局が何か手を打ってくるのが、ほかの国では常識でした」
「ふうん……やっぱりそう来るわよね」
「予想していたんですか?」
女性はきょろりと周囲を見渡し、キノたちに向けて手招きした。それを周りに聞かれたくない話だということだと理解した二人は、そろって顔を近づける。そして、女性は小声で話し始めた。
「ええそう。私も『国指店』に入った後に独断で調べたんだけど、観光に力を入れているのは国を守るための戦略的な要素が含まれているの」
「守るため? 観光に力を入れるのが?」
「そう、それも国を侵略させないっていう、重要な目的が、ね」
「観光客が、侵略阻止?」
エルメスの疑問は、二人も同じものだった。そろって首をかしげるキノとカエデ。代表としてキノが続けて質問する。
「いまいち結びつかないんですが……すると、あれだけの行列は、やはりわざと作られたものであると?」
「ええそう。国中の店舗に比べて『国指店』の数はずっと少なく、おまけにツアー客は買い物はそこしかできない。すると当然待ち行列ができるわよね?」
「この国に入国する時ですらすでにそうでしたよ。今日の予定がかなり狂わされました」
「それは災難だったわね――そのことも含めて、行列は意図的に作られたものだということが分かったのよね?」
「どこもかしこ行列だらけで、それもほとんどが観光客だったら当然疑問に思うよ」
キノの代わりにエルメスが答えた。
「じゃあ、なんでそれが侵略を防ぐかにつながるかということなんだけど……『自国民がいる国に戦争は仕掛けられない』、という心理を突いたものだったの」
「それは……随分と大胆な国防術ですね」
「でもそんなことする必要はあるの? 別にお客さんを受け入れているってことは、そこまで国の仲が悪いってわけじゃないんでしょ?」
「モトラドさんの疑問ももっともね。だけど、実際はどこの国も周辺国を支配下におさめようと躍起になっているわよ。でも平時は仲良くしたほうがいいからって、国交や交易がおこなわれているわ」
「それでももし実際戦争になっちゃったら、いくら何でも自国民をいつまでも国にとどめておくつもりはないと思うけど。いなくなったら意味がなくない?」
「一国だけだったら、ね。でも複数の国から大勢の観光客が来ているから、その自国民を危険にさらされたほかの国は容赦しなくなると思わない?」
「まあ当然だね。呼び戻すための注意喚起や補償だけでも費用が馬鹿にならなさそうだもん情報が届く前に被害にあったらなおのこと」
「あの、今までの話と、行列をわざわざ作らせる意味が、まだつながっていないのですけど……今までの話だと、ただ国から出さなければ目標を達成できそうなので」
キノの質問はもっともだった。今までは経緯であって、結果である行列のことは喋ってもらっていない。行列ができている意味が、キノたちはまだわかっていなかった。
そして女性は答えた、今までで一番小さな声で。
「ああそのことね、簡単よ。それでも複数国から同時に宣戦布告された時には、並ぶために一か所に集まった観光客を、まるっと人質にするためなの。そのためにあえて場所を限定するために『国指店』があるのよ」
二日後、つまり入国してから三日目の昼。
「それでは旅人さん、これからもよい旅を」
そう言って見送られたキノたちは、最初に入国した時とは反対の森に囲まれた門から出国した。案の定出国のために並んでいる観光客の列に並ぶ羽目になり、キノたちは普段より早めにホテルから出発したが、門から出たのは日が中天に差し掛かったところだった。
「やれやれ、食べ物はおいしかったけど、疲れがたまる滞在だった」
「何なら周りの国のほうがもっとゆっくりできたもんね」
二人はまっすぐで広い道を、並んでモトラドを走らせていた。もちろん反対側から別の車両が来たら、即座にどちらかが移動するつもりでいた。
「でも、あのオーナーさんの言ったことを口外しないことを条件に、次の日もごちそうになったのはうれしいことじゃない?」
「あの人には感謝だ。列に並ぶ回数を減らせたしね」
「私あそこで買い込んだ材料で、今夜はあの人が食べていた肉料理を作ってみようと思うんだけど、どう?」
「なかなかない機会だからね。必要なら野鳥を撃ち落としてみるよ」
「あの国でハトを撃っとけばよかったのに」
「もー、今回は別にエルメス君はフンをひっかけられなかったからいいでしょ?」
「前の国とかは大変だったよ。カエデに途中で洗車を頼むことになるほどだったからね」
「国の入り口で傘を買った国か……」
そんな他愛のない会話を二人と一台がしていると。
「二人とも、前にトラック一台。停まっているみたいだね」
エルメスが、まだ点ほどしか見えない車両を見つけた。余裕をもって、カエデがキノの後ろに移動する。
数分後、キノたちはトラックが道の端で停車しているところに差し掛かり、そばで男たち三人がトラックのエンジン部分で作業しているのを見て速度を落とした。
「こんにちは」
「ああ、こんにちは旅人さん」
そんな差し渡りのない挨拶をしながら、二人はそれぞれのモトラドを止めた。サイドスタンドで立たせる。
「我々は今あの国へ向かう途中でね、あと一歩のところでエンストさ」
男は優しそうな表情を作りながら、簡単に自分たちの状況を説明した。
「修理できそうですか?」
「ああ問題ない。少なくとも国にたどり着くまでは持つさ」
「でもあの国、並ぶのにすっごい時間がかかるんだよ。そのこともちゃんと計算に入れてる?」
「それも大丈夫。あの国はいろいろと有名だからね、ちゃんと計算しているよ」
と、エルメスはそこで突然こんなことを言った。
「で、おっちゃんたちはどこの国の兵士? それともスパイ?」
最初に話かけた男以外の二人は硬直したが、優しい表情を作る男は顔を変えずに。
「……なんでそう思ったんだい? モトラドさん」
腰のホルスターに収まった、大口径の自動式ハンド・パースエイダー(注・パースエイダーは銃器。この場合は拳銃)に手を当てた。残りの二人も大なり小なり警戒の色を濃くした。
「だってあの国、入るための門は一か所で、しかも反対側なんだよ? 一本道しかないこっち側から来るのはさすがに変だよ」
「……ぷっ、はっはっはっ! なるほど、確かにそうだ! 誰も今まで気にしていなかったから、こっちまで気にしていなかったよ。なるほど、次からは別の言い訳にするとしよう」
男は豪快に笑った後、冷静に教訓にするとエルメスに向かって言った。後ろの二人は変わらず、腰の武器から手を放そうとはしていないが、男が手を振るとそろって肩の力を抜いた。
「さて、そっちの質問に答えるとしよう。我々は隣国同士で組んだ、合同の監視員さ。後ろの二名もそれぞれ別々の国からきている」
「別々の国から? それは驚きました……てっきりあなたの国だけが様子を見ているだとばかり」
「でもなぜ合同で監視しているのか、正体を見破ったのなら、予想は大体ついているはずだね?」
「……あの国を攻めるチャンスをうかがっている、というところでしょうか」
キノの言葉に、男は正解と称賛の声を浴びせた。
「このあたりの国々はどこも人手不足でね、解消するために一つ国を切り取って、中の国民を分け合おうとすることになったんだ。もちろん奴隷としてね。……当然だが当事者であるあの国には知られないように徹底して」
「ではどうやって内部の情報を? あの国も当然、侵略に対して注意を払っているはずですよね。不自然に出入りする人がいたら、スパイだと警戒するのでは?」
キノの指摘に男はなんてこともなく答えた。
「ああ、それは観光のツアー客さ。国のいたるとこへ行ける観光客は、情報収集にはうってつけなんだ。道を聞く素振りで、重要施設の位置を把握したりね」
「……もしかして、あれだけ行列ができる国へ進んで観光へ行く理由って」
カエデが何かを察し、男はにやりと笑みを作った。
「ああ、ツアー客全員、我が方のスパイだよ。中には家族ぐるみで行く者もいるから、まずバレはしない」
「あの並んでいた人全員?おっちゃんのたちの国ってスパイだらけじゃん」
「情報を制する者が戦争を制するのさ。それに彼らはその時が来たら内部で混乱を起こす使命もある。……しかし、ここで問題が出てね」
男が初めて不機嫌そうな表情を作った。
「どうしたのですか?」
「この周辺は土地が狭いから、一度に大軍を配置すると混乱が起きかねない。だから少しずつ、順番に部隊を送り込む方針がとられたんだ。栄えある軍人が戦場で律義に並ばなければならないなんて、情けない話だよ」
個人的に読み手が読みやすい文章の長さというのは、三千から五千文字ぐらいだと思うんですよね。前に一万文字ぐらいの文章を書いて見せたら、友人が長くて疲れるといわれちゃいました。そんなこんなで、意地でもそれぐらいの文字数におさめるように努力してまいります。あっ、ちょっと超えるぐらいは許してね。