※この作品はR-18です。

キノの旅 Girls' journey   作:わしはトマトが嫌いじゃ

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 先日投稿したその日のうちに勢いで書きました。というどうでもいいような近況報告でした。


第二十八話 絵描きの国

 モザイクタイルが敷き詰められた広場の中央で、巨大なキャンパスが鎮座していた。高さは二階建ての建物ぐらい、幅は大人が十人両腕を広げて並んだぐらいの大きさだった。

 キャンバスの前には様々な色の絵の具が入った缶が山のように積みあがっており、広場に訪れた住民は絵の具をブラシ、もしくは自らの手に付けたりした後、自由にキャンパスに塗り付けていった。

 

「こういうのが、芸術っていうんだろうね、きっと。モトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけをさす)にはそういう感性はないけどさ」

 

「そうなのかな……」

 

「いろんな人が、思い思いに絵の具を塗りたくっているわね」

 

 その光景を広場の一角にあるベンチから眺めていたキノ、カエデ、エルメス。キノたちはパン屋で売っていたサンドイッチを片手に、談笑しながら昼食をとっていた。

 秩序無用の、色のジャングルとなっているキャンバスには、すでに乾いた絵の具の上から新しく別の絵の具が重ね塗りされていく。大人でも手が届かない高さの場所は、柄が非常に長いブラシを使って同じように塗られていった。

 

「うわあ、あの人頭から絵の具をかぶってそのまま正面から体当たりしたわよ。しばらく色が取れないわよ、あれ」

 

「でも楽しそうだ、みんな笑顔でキャンパスと向き直っている」

 

「キノも参加してくる? あっ、もちろん手についた絵の具はちゃんと乾かしてから乗るようにね」

 

「しないよ。こうして眺めているだけで十分面白い」

 

 ハムとチーズが挟んだサンドイッチをかじりながら、キノは答えた。

 

「それに……なんというかあのキャンパスに向かっている人たちは、ただ絵を描いているってだけじゃなさそうに思えるんだ。熱意が芸術のそれとは違う感じがして……」

 

「ほうほう。んじゃ、隣のベンチで同じく眺めているおじいさんにでも聞いてみる? 絵を描いている人たちとは違う雰囲気だよ」

 

 二人が左を向くと、白髪が随所に混じる黒髪の老人がベンチに座ってキャンパスと、そこにたむろする国民たちを見ていた。どこか物悲しそうな顔をしていた。

 

「……食べ終わってもまだいたら、ね」

 

「むぐむぐ……」

 

「ま、こっちは気長に待つよ。急ぎじゃないし」

 

 キノたちはゆっくりと昼食をとっている合間も、老人はずっと座ったままキャンバスを眺めていた。

 

 

 

「すみません、少しお話よろしいでしょうか?」

 

 そう切り出したのはキノ。老人は表情を変えないまま。

 

「ああ、なんだね? こんなつまらなさそうな老人に話しかけるなんて、物好きなお人だ」

 

 自虐的に挨拶をした。

 

「私たち、昨日入国した旅人です。この国の文化にはまだ疎くて、あそこのキャンバスについてまだわからない部分が多いんです。おじいさんはずっとあれを眺めていましたから詳しいんじゃないかと思ったんです」

 

 隣に並ぶカエデが理由を述べる。老人はわずかに態度を柔らかくした。

 

「観光案内、ってところかね。暇つぶしに来たから時間はある。枯れた老人の話なら、いくらでも披露しよう」

 

「ありがとうございます」

 

「さて、あのキャンバスが何か、だね。この国は絵の具の原料となる岩石が豊富に取れて、それによって絵描きが多い国民性となっている」

 

「芸術の国、ってわけだね!」

 

 エルメスがやけに楽しそうに言った。

 

「まあ、そうとも言えるね。実際に芸術家として名をはせるのはほんの一握りだが……まあそれは置いておくとしよう」

 

「ではあのキャンバスも作品作りの一環として、こうして広場に置かれたと?」

 

 自分の予想をそのまま口にするキノ。しかし老人はかぶりを振って否定した。

 

「いいや、違うよ。確かに一通り絵の具が塗られた後、残ったキャンバスは他国の商人が丁寧に分割して持っていく。そして芸術品として高値で売り払われるらしいがね。しかしそれはあくまでついでの話だ」

 

「じゃあ本当の目的は?」

 

 老人は一つため息をついた。

 

「ストレス発散のためだよ」

 

「ストレス」「発散」

 

「……」

 

「誰だって、どの国だってストレスを抱え込んでいるものだろう? もちろん発散方法は様々だ。スポーツに打ち込んだり、映画を見たり、熱い湯に浸かるだけでもいい」

 

「絵を描くのもその一環と」

 

「そうさ、この国では建物や公共の物品に絵をかいたり落書きしたりすることは規則で禁止されている。普通の紙などしか書いちゃいけないんだ。でもたまには、大きいことをしてみたいというのが人間の性だろう?」

 

「その話、よくわかります。普段はキノと手をつなぐだけで満足しているところを、思いっきり抱き着きたくなっちゃうのと一緒ってことですね」

 

「たとえ話が私欲にまみれてない、それ?」

 

「カエデ、後で説教だ」

 

「えっ、説教? でもキノからなら怒られても良いか――あたっ」

 

 キノは軽くカエデの足を蹴飛ばした。

 

「随分と仲がいいんだね、お二人さん」

 

「無視していただけると助かります」

 

「まあ話は戻すがね――とにかく、たまには大きいものに描きたいっていう人向けに、じゃあ描く場所を与えましょうということで設置されたのがあの巨大キャンバスさ」

 

「なるほどねー。確かに生き生きとしているもん」

 

 今なおキャンバスの前では、男女年齢問わず様々な人が、色とりどりの絵の具をキャンパスにぶつけていた。

 

「ところで、おじいさんなんか悲しそうだったけど、どうかしたの?」

 

「ああ、これはまことに、個人的な話になるんだがね……」

 

 老人は再びため息をついた。

 

「私は昔、これでもそこそこ売れていた画家だった。今はもう描いてはいないがね。あの頃はまだ絵描きの数そのものが少なく、お互いがライバルのようなものだった。しのぎを削りあい、少しでも周りに認められるような作品を作る――まさに黄金時代さ。だが、他国がこの国で描かれた絵に着目し始めると、今度はそれに乗っかろうと大勢の人間が、それこそ今まで絵をかじったことさえないような人間も画家を名乗り始めたんだ」

 

「ん、あ、なるほど。出来の良いのも悪いのも増えていって、おじいさんの仕事が減っちゃんたんだね。だから仕方なく絵描きを辞めて落ち込んでいるんだ!」

 

 エルメスが建てた予想は、老人が首を振って否定した。

 

「いいや、絵描きを辞めたのは体力的に厳しいと感じた年齢になってからだよ。絵を描くこと自体は今でも好きさ。仕事も当時はお得意様を何人も抱えていたから、減ることはなかったね」

 

「ありゃ、じゃあなんでため息をついているのさ?」

 

 いつの間にか、エルメスと老人の間だけの会話へと変わっていった。キノとカエデはそろって黙っている。

 

「絵の具が……かわいそうに思えてね」

 

「かわいそう?」

 

「ああ、大して絵に興味のない絵描きが、金のための作品作りに消費したり、学校の美術でいやいや子供たちが描かせられたり、あまつさえ今度は国がこうして大量の絵具を消費する場を設けている。絵の具本来の『心のこもった絵を描く』という目的が達せられていないんだ。あの頃……画家たちしか筆を握っていなかった昔に戻りたいよ」

 

 老人は憂いた視線をじっと、キャンバスに向けていた。

 

「私は……どうすればいいんだ? 無作為に使われている絵具が不憫でならないんだ。何かできることはないんだろうか?」

 

「……一つ、些細な案なんですけど」

 

 今まで黙っていたキノが口を開いた。

 

「絵の具を使わない芸術を流行らせる、というのはどうでしょうか?そうすれば、相対的に絵の具を使う人たちは減ると思うんですよ」

 

「使わない芸術……」

 

「粘土できれいな食器を作ったり、苗木を成型して作品を作ったり、ガラス細工というのもありますね。そういう芸術品をいろんな国で目の当たりにしました。それなら、絵の具は使いませんよね」

 

「なるほど……そうか、そうか!」

 

 初めて老人が生き生きとした表情を作った。

 

「ありがとう旅人さん、老い先短い私の人生、するべきことを見つけたような気がするよ。早速取り掛かるとしよう!」

 

 そいって老人は言葉とは裏腹に、年齢を感じさせない足取りでキノたちの前から去っていった。

 

「あのおじいさんの行動さあ、たぶん絵の具を作っている会社とかは黙っていないよね」

 

「たぶん、ね」

 

「今までバカ売れしていた絵具が売れなくなっちゃうのは、何としてでも阻止したいもんね」

 

「そのこと言わなくてもいいの?」

 

「その必要はないよ」

 

 キノがエルメスにまたいでエンジンを始動させた。

 

「今度は、おじいさんにつられてどんどん同じ芸術作品を作る人が増えるだろうからね。そうすれば創始者のおじいさんには手を出せなくなる」

 

「うーん、今度は絵の具以外に執着しないことを祈っておくべきかな? のめりこんだらとことん追求しそうな人だったもん」

 

「さすがに忘れないだろうさ。ボクがどれだけ射撃の訓練をしようと、エルメスの乗り方を忘れないように」

 

「おっ、うれしいことを言ってくれるねえ」

 

 それに、とキノは言葉を続ける

 

「どうなるかだなんて誰にもわからないよ。あのキャンバスのようにね」




 現在二人のイチャイチャエピソード(仮)を製作中です……少々お待ちを。
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