キノの旅 Girls' journey 作:わしはトマトが嫌いじゃ
見渡す限りの乾いた大地に、上空から見たらうっすらと白い線で描かれたように見える一本道が、東西に向かって一直線に伸びていた。その道のある地点で、一人の旅人と二台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけをさす)が止まっていて、旅人はライフルから取り外したスコープを右目でのぞき込んで、ぐるりと周囲を確認していた。
「見事な荒れ果て具合だね、キノ」
「まったく……食べ物のたの字もない」
キノとエルメスの言葉が指すとおりに、二人と、少し道から外れて下った場所で水を汲みに行ったカエデ以外には、生き物どころか草木の一本も生えていない荒れ地だった。
「これから行く先、本当に国があるんだよね?」
「そのはずだし、ないと困る。食料もあまり持ちそうにないからね」
だいぶ前に出た国から、ここまでほぼ寄り道もなく進んできていたが、それでも携帯食料や水などはだいぶ底をつきかけていた。
もちろん切り詰めれば少しはもつが、限度がある。人間はある程度我慢できるかもしれないが、燃料もまたあまり余裕がない状態だった。機械にはさすがに節約精神は持っていない。走れば相応に減っていく。
「キノー」
「カエデ、どうだった?」
道の下にある水たまりから、じゃりじゃりと坂を上ってきたカエデの右手には、ガラス瓶にたまった水。茶色く濁り、透かして見れば向こう側の景色が見えないほどで、うっすらとだが油も浮いていた。
「持っているろ過装置で何とかなるかなぁ?」
「ならないと思う。よくわからない物質が入っているかもしれない」
「だよねー」
瓶の中身をすべてその場で空けたカエデは、自分の乗るモトラドに寄りかかり、大きくため息をついた。
「それは残念。でも、分かったこともあるよ」
「エルメス?」
「この荒野は、自然に出来たわけじゃないってことだよ。これから向かう西の方を見てみて。空が白っぽいでしょ? あれって排気ガスとかの煙が大気中に漂って、太陽の光を拡散させているんだ。だから青じゃなくて白く見える」
「つまり……この先に国が確実にある?」
「これほどの広大な大地を不毛の土地にしてしまうほどの工業力を持った、ね。人は住んでいることは間違いないと思うよ。今も煙を吐き出しているだろうし」
「じゃあ、口に布を当てなきゃね。肺がやられちゃうかも」
カエデが首に巻いたスカーフを口に覆うように巻きなおした。
「それじゃあ、もう少しだけ進んでみよう。ダメそうだったらすぐに引き返して、生き物がいそうな場所で食糧確保」
「燃料はどうするの? 出て来た国まで戻れるほど残ってないわよ」
「二人一緒なら、ね。最悪一人が残りの燃料をもっていけば、ギリギリだけど足りるはず。いったん補給して戻って、また一緒に行けばいい」
「手間だねぇ。それってどっちがお使いに行くの?」
「もちろんキノが」「カエデが行くよ」
お互いがお互いを名指しして。
「……」
「……」
「おー、火花が散っているのが見えるねー」
エルメスが実に楽しそうに茶化した。
結局のところ、二人のうちどちらかが戻る必要はなかった。その日の夕方、沈みゆく日を背後に、その国が見えたためである。
「いつの日かやったあの勝負、またする必要なかったね」
「うるさいよエルメス君」
「さあ、早く審査を終わらせて、泊まる場所を探そう」
日が沈む前に入国するべく、エンジンを多めにふかして国へ急ぐ。国にさらに近づくと、強い西日でシルエットしか見えなかったその全体像がだんだんと判明してきた。
城壁は黒光りする鉄製で、不規則な大きさの四角い鉄板がパズルのように組み合わさって構築されている。壁のところどころから煙突が突き出ていて、一旦真横から生えて、そこから空に向かって天高く伸びていた。煙突の先端からは黒煙が吹き上がっている。
「いかにもな工業都市だね」
「いったい何を作っているのか。食べ物ではなさそうだけど」
石炭を燃やしたときに発生する特有の黒煙から、エルメスはそう判断した。
「えーっとね……モトラドが量産されて、エルメス君みたいなおしゃべりな国になっている!」
「エルメスがいっぱいか……仮にいなくなっても代わりがすぐに――」
「ちょっと! こっちは代わりがいないんだから、不謹慎なことは言わないでほしいな!」
「冗談だよ、そんなお金もない」
「お金があったら違った?」
「そうだな……」
「悩まないでー!」
カエデの意地悪な質問に真顔で考えるキノ。汗はかかないが、人間だったら冷や汗をかいていたエルメスだった。
日没直前の時間だったこともあって、旅人二人の来訪に番兵は驚いたが、すぐさま門の奥に案内をして入国審査にとりかかった。他の国とさほど変わりのない内容――この国の法律の大まかな説明や、行くのには危険な場所、飲食店や雑貨の店の位置など――を淡々と説明された二人は、あることを会話に含まれていなかったことを気にしてカエデが質問した。
「すみません、ホテルの位置とかはわかりませんか?」
「ホテルですか? そんなのはこの国にはありませんよ」
「えっ?」
思いもよらない番兵の言葉に固まる二人。久しぶりに柔らかいベッドで寝られると思っていただけあって、ショックも大きかった。
「でもその代わりに、各工場に住み込みで働く人のための寮があります。空いている場所なら快く泊めさせてもらえますよ。こちらから近場の工場に確認をとりましょうか?」
「それを聞いて安心しました。お願いします」
それから少しの間時間をとって、番兵はある工場までの道順が描かれた国の地図をキノたちに手渡した。
「ああ、それとこれもお渡ししますね」
「これは……ガスマスクですか?」
何度か使ったことがあるキノはすぐにその正体が分かった。口元のみを覆うタイプの、簡素な構造の黒いガスマスクだった。
「国外は上に伸びた煙突で排煙しているのでまだ大丈夫なんですが、国内だと一部の工場の煙がそのまま我々の生活圏まで流れ込んで大変肺に悪いんです。外での移動中は必ずこちらをつけてください。あっ、出国時には地図と一緒に回収させていただきますよ」
「わかりました、お借りします」
「スカーフで巻くまでもなかったね」
「はい?」
カエデの言葉に番兵は首を傾げた。
門から国内へ入った時には、すっかり日が沈んでいた。コンクリートで均された道路の両脇の街灯がオレンジ色に輝いて、道路を薄明るく照らしている。
「夜でも工場は稼働中、と」
マスクのためにくぐもった声で、カエデはつぶやく。
「しかも全部が、だよ。働き者の国なんだねぇ。実際は夜勤昼勤と分かれているんだろうけど」
いまだ窓から光が漏れ、煙突からは煙が上り続ける工場群の間を通りつつ、キノたちは目的地の工場を目指す。
「会社名から何を作っているかわからない?」
「暗くてボクからじゃ何とも言えない」
街灯があるとはいえ特に工場の壁にある看板などは照らしていないので、夜間で走りながらでは読み取るのは難しい。
「ふむふむ、『ヅムドリノトトラッツ重工業』、『チャグバラナ装甲研究』、『ラガバガマヌサ銃器』。あとは――」
人間以上の視力を持つモトラドのエルメスは次々と読み上げていく。
「エルメス、要約してどんな工場なのかお願い。看板に書いてあるよね」
「はいはい。まあ肩書からわかると思うけど全部兵器関連だね、見える限り。右側の工場の扉空いているでしょ? そこから機関銃がついた大型装甲車が見えるよ」
「兵器工場か……大体の国にはあるけど……」
「なんか、多い気がするね。これから行く工場もそうなの?」
「『カワタビマヒドド鉄道』だったかな……」
「列車を作っているの? 見学してみたいなー……」
「カエデが行きたいのなら明日聞いてみよう」
「この分だと、たぶん普通じゃないのが出てくるだろうねぇ」
「普通じゃないのって、例えば?」
「さあ?」
モトラドで走り続けること十数分。少し前に連絡を入れたばかりだというのに、受け入れ準備を整えていたその寮にすんなり泊まることができた。内装は簡素なベッドにテーブルだけという殺風景なものだったが、もともと備え付けの家具はなく持ち込むこと前提だったので申し訳ないという管理人の言葉に、キノたちは泊まれるだけでありがたいですなどの言葉をかけた。
荷物を降ろした後、二人が到着する前に開いた社内食堂で夕食を特別に食べさせてもらうことになった。本来はお金がかかるらしいが、お客さんなので無料ということになり、二人はこれでもかというほど注文した。食堂は人間が座るスペースで精いっぱいだったため、仕方なくエルメスは部屋で待機することになった。
「あの、ところでこの工場の見学などは行っているんでしょうか? もし出来るのなら、明日少しの時間だけでもお願いしたいのですが」
その工場の工場長を務めているという青い作業服姿の五十代半ばほどの男性に、キノはパンを一口サイズにちぎりながら聞いた。
「私どもの工場ですか? 一応出来ますが、そんなに見どころがあるようなものはないですよ?」
「連れが列車を見たいらしいんです。鉄道会社なら、製作途中の車両があるのではないかと」
「なるほど……なら、明日の午前中はどうでしょう。午後から納品作業があるので、忙しくて応対できませんので。その代わり、完成品が見られますよ」
「ありがとうございます、それでお願いします」
「ところで、私が言うのもあれなのですが……いいんですか、彼女」
キノから少し離れた場所で、カエデが四、五人の男たちに囲まれながら談笑していた。正確には、ナンパされていた。
「大丈夫ですよ。見ず知らずの他人からのアプローチを真に受けるほど、軟弱な性格ではないですから」
カエデは慣れた様子で男たちからの誘いをひらりと躱していく。国や国の外で男と出会うと、それなりの確率でこういうことが起きる。しかしカエデはキノ一辺倒。他の男に対する興味はなしだった。
「すみません、若い連中が。この国の工場で働く人間はほとんど男性で、女性との接点がほぼないんですよ」
「結婚とかはどうされているのですか? 婚約制度をおろそかにした結果、人口の維持が難しくなった国を見たことあります」
正確には国が崩壊した実例であるが、必要ないことなのでそこまではキノは言わなかった。
「そこは問題ありません。なぜならこの国の国民のほとんどは、この国の出身ではないからです」
「……それは、つまり」
「開発者や政府機関を運営していく人員以外は、ほぼ他国からの労働者ということになります。労働者の国ですね。出稼ぎに、近隣の国からやってくるのです。私もこの工場の仲間たちとともに、五年ほど前に移り住みました」
「よく国としてやっていけますね……」
「それはこの国特有の特産品があるからですよ。詳しいことはまた翌日に、今は食べましょう」
「そうですね。ところで、この魚のフライまだありますか?」
空になった皿を持つキノの発言に、工場長はやや呆れた表情を浮かべた。
考えさせられるお話というのは、作るのが難しいですね。後半にオチが来るお話とか、考えるのが苦手で常に見切り発車で書いているんで……。