キノの旅 Girls' journey 作:わしはトマトが嫌いじゃ
その翌日、キノがいつもの日課である抜き打ちと格闘の訓練を行った早朝のこと。
「お、おはよー……」
「おはようカエデ。すごい……眠たそうだね」
のそのそとベッドからはい出てきたカエデは、瞼をしょぼつかせながら挨拶をしつつ床に倒れた。よっぽどのことがない限り、カエデはキノと一緒に訓練をするのだが、今回はそのよっぽどのことであったのだ。
「うん……ご飯食べ終わった後も男の人たちからずーっと旅のこととかを聞かれて、寝たのは日付が変わった時よ。みんな下心丸出しなんだから。一応国の歴史とか、ちょろっと話してくれたけどね」
「それは災難」
「あっ、珍しい。エルメス君がこんな時間に起きてるなんて」
「シツレイな、こっちは二人が夕食を食べている間は暇だったから早めに寝たんだよ。何ならキノよりも早起きだからね」
「それはすごいね。私とエルメス君が合体したらちょうどよくなるのかな?」
「うーん発想が少し飛んでいるかも!」
だいぶ遅くなってから、カエデはようやく訓練を開始した。
「どうもおはようございます、昨晩はよく眠れましたか?」
工場の入り口で待っていた工場長が、出会ってすぐそう挨拶をした。
「ええ。質のいい睡眠がとれたと思います。普段は寝袋なので」
「それとは別に、今度から消灯時間とか設定した方がいいと思います!」
「は? ええっと、いかがされましたか?」
「いえ、カエデの個人的な問題ですから、あまり真に受けなくてもいいかと。それよりも、あまり時間がないのでしたよね?」
おお、そうでしたと答える工場長は、早速キノたちを工場の中へと促した。
「ご覧ください、正面に見えるのが、今回の私たちの力作です!」
工場長が右手を振って、その車両を示した。
「……」
「わーお」
「大きい、かっこいい!」
その車両は全体が黒く、高さがキノたちの身長の四倍はありそうなほどの巨体。それが六両連結している。さらに最前列の車体の上部には、巨大な短砲身の大砲が搭載された、巨大な丸い砲塔が鎮座していた。ほかの車両にも大小さまざまな大砲や銃座が取り付けられている。
「装甲列車……ですか?」
「はい。正確には、『拠点防衛用重装多砲塔装甲列車』と呼びます。昨日申し上げた通り、この車両は本日、隣国へ出荷します」
「いったいどうやって……トラックとかで引っ張るわけにはいきませんよね」
「国の地下に運搬用の線路があるんですよ。その隣国までつながっているので、直接この車両を走らせます」
キノと工場長が話している間も、カエデは大はしゃぎで列車の周りをぐるぐると移動して見学している。
「すごい強そう! これ中とか見れないのかなぁ」
キノの隣で止まるエルメスはというと。
「まあ、こんなことだろうと思ったよ」
と、小声でつぶやいていた。
「特産品とは、やはりといいますが、こういった武器なのですね」
「そうですね、大体国の九割が兵器工場です。完成品のほとんどが輸出に充てられています。国防のために使われる武器は、あまりありませんね。そもそも軍隊はいませんし、警察機構があるだけですので。その警察の人間もほとんど他国の人間ですし」
「おや以外。てっきりこういう武器を手にほかの国へ侵略をたくらんでいるかと思った」
エルメスの遠慮なしの言葉に、工場長は苦笑交じりに答える。
「そもそもそんな国だったら他国の人間を入れたりはしませんよ。私も含めて」
「それもそうか。じゃあさあ、こんなすごい技術を持っているのに、なんで労働者を派遣するだけで国盗りとかしないのかな? 絶対欲しがるでしょこういう技術」
「それは立地の問題がありますね。隣国には技術を取得してもそれを製造するための設備が建設できないのですよ。土地が狭かったり急こう配の土地しかなかったり……」
「それで、様々な国が、巨大な工廠があるこの国に労働力を提供していると」
「そういうことです。ちなみに、これからこの列車を輸出する先は私の母国です。山岳地帯が多くて、山間の駅が多い国なのです。国土防衛のため、この列車が必要なのです」
「それは気合が入るね。こだわって作ったでしょ」
「それはもう! しかも労働力を提供している国は、この国の兵器を割安で購入できる利点があるのです」
自分の祖国を間接的に守ることにつながり、そのことを誇りに思って胸を張る工場長。
「しかし産出品が極端ですね。どうしてここまで武器工場が多いのですか?」
「もちろん、平和のためですよ」
工場長の言葉に首をかしげるキノとエルメス。エルメスには首はないが。
「平和のために武器を作るのは、逆効果なのでは?」
「そーそー。当たり前だけど戦争って、形はどうあれ武器を持ってなきゃ始まらないじゃん。普通、武器を捨てよう! とか、戦争は悪だ! とかの演説とかが効果あると思うけど。真に受ける人がいるかはともかく」
「それに付け込んで侵略を繰り返す国もあるのは、旅人であるあなたが他ならよく知っているはずです。であれば、自分たちで守らなければならない。そのための武器です。強力な武器は、持っているだけで他国に対する抑止力となる。戦争の象徴ではなく、平和の象徴です」
「平和のために、ですか」
「そうです、私たちは、平和を作っているのです」
遠くまで移動したカエデが、これでどんな敵にも負けないわね! とはしゃいでいた。実際に自分にかかわってくる可能性はよっぽど低いにもかかわらず、さも自分が乗る気でいるかのようだ。
「ちなみに、こういった武器を入手した国は、ほかの国へ戦争を仕掛けることは?」
「ありませんよ! 輸出には厳格な制限がかかっています。自国を防衛することはできても、他国に侵攻して占領維持するほどの戦力は持たないようになっています。それはこの国の政府が厳密に管理していますよ」
「じゃあ、この国が軍隊を持たないのって――」
「はい、そもそもこの国へ侵攻することが実質的に不可能だからですね。大体、どこか一つの国が宣戦布告したら、労働力提供しているほかの国が黙ってはいませんので。この政策は結果的にこの国の平和を作っていることになります。輸出している周辺国も状況は同じなので、やはり他の国へ侵攻することはありません」
「よく考えられているねぇ、なかなか見ないよこういう国」
あからさまに感心しているという態度を見せて、逆にわざとらしく見えるエルメス。
「しかし、ここに来るまでにあの荒野を通ってきたのですが、この国の工場の公害によるものだと思うんです。自然主義ではありませんが……いいんですか? 排煙でガスマスクをつけなければならないほどまでに深刻のようですが」
「いたし方がないことですよ。国を守るための、平和を作るための必要な犠牲。キノさんたちも、旅の途中で悪い人に襲われたとき、躊躇いなく人の命を奪っていますよね?」
「それは、ええ、自分の身が大事ですので」
「そうでしょう。それと同じです。何かを作るということは何かを捨てる。釣り合いが取れない平和などないのです」
ここでようやく、興奮気味のカエデが戻ってきた。
「ただいまーって、キノ、見てこなくてよかったの?」
「この人と話を交えながら見たから、大丈夫だよ。そっちはもう十分見学できたかい?」
「もう大満足。カメラがあればとっていたかなぁ」
「それは遠慮してください。一応兵器ですので、撮影されると国防上の不利益が生じますから。あなたも逮捕されるかもしれませんよ?」
小さく笑いながら冗談なのか判断つかない小言を言う工場長。
「おっちゃん、この国って最初から工場だらけの場所だったの?」
素朴な質問をしたエルメス。工場長は一瞬考え込むそぶりを見せた。
「いえ、建国当時はごく普通の中規模国家だったそうです。技術力は当時から他国と隔絶しておりましたが。もっともそのころを知っている人間はほとんどいませんが……」
「じゃあ工業国に転換したきっかけは? 何か理由あるでしょ」
ああ、と工場長は得心したような声を上げた。
「エルメスさんは、この国で過去に戦争が起こったかどうか、気になるのですね?」
「そうなのかい?」
「普通生活が不便になるぐらいまで工場立てたりしないでしょ? きっかけ――あるいは事件とでもいおうかな? そういうのがあるんじゃないかなって」
「ええ、エルメスさんが言う通り、昔はその技術力を求めて他国からよく戦争を仕掛けられていました。ある日、長く続く戦争で疲弊していたこの国に、二人の旅人がやってきたそうです。若い男女で、小さな車に乗っていたそうですが……」
「……」
「あっ、それそれ! 昨日私が寝不足になるまで聞かされた話! 五十年前に来たっていう人ですよね!」
キノが黙り込む中、カエデは昨日のことを思い出して少し食い気味になる。
「ご存じでしたか。その人たちから戦争を止める方法はないかと、当時の政府の高官が聞いたそうですよ」
「その心は?」
「なぞかけじゃないよ、エルメス君」
「うん、知ってる」
「それで、当時返ってきた返答というのが、『技術が欲しいのならいっそうあげてしまえばいい』というものだったのです。もちろん、この国でしか兵器が製造できないようにして」
「逆転の発想だね! こうしてこの国は平和になりましたとさ、めでたしめでたし」
昔話風の締め方をするエルメス。まるでそれにかぶせるように。
「でも真の平和は、まだ訪れていませんよね?」
カエデが口をはさんだ。
「はい? それはどういった意味でしょうか?」
工場長はカエデの意図が分からず首を傾げた。
「よく言いますよね、“戦争と戦争の間が平和”って。自国を守るために兵器を作り続けるのも、立派な『戦い』ですよ。そういった意味ではたぶん、戦争は続いているんですよ、五十年前からずっと」
「そういう考えも……ありますか。まあ、私は一従業員に過ぎないので何とも言えませんけどね……」
そう言って工場長は、ふらふらした足取りでどこか行ってしまった。
「カエデ、なんでわざわざそんなことを言ったの?」
姿を消した後、キノはカエデに聞いた。
「寝不足の仕返し。というより八つ当たり」
「大人げないなー」
「だって子供だもん。それに、釣り合いが取れない心の平穏なんてないもん、ね? ちょっとスッキリしたわ」
「……聞いていた?」
「何のこと?」
キノと工場長のやり取りを途中まで知らないカエデは、首をかしげるのであった。
もっとシンプルに面白いやつ書きたいなー。それと次はたぶん変化球なえっちぃやつを描くと思います……(希望的観測)。