キノの旅 Girls' journey 作:わしはトマトが嫌いじゃ
「入国する際に、このことは必ず胸に留めてほしいことがあります」
入国審査の書類を書き終えて手渡した直後に、キノたちは審査官からそのようなことを言われた。
「まず、わたくしの口から言うのもあれですが、この国の警察は信用できません。賄賂、恐喝、冤罪逮捕と、汚職まみれです。本来このことを言うのは国の法で禁じられていますが、法律上ここは国外ですから言えるのです」
「ご忠告感謝します。なるべくその人たちとかかわらないようにします」
「右に同じー」
「私もー」
キノが表情を変えずに答え、エルメスとカエデが緊張感のかけらもない口調で応答した。
「そして、もしこの国で、ギャングから何かしらの仕事の依頼があった時は、必ず受けてください。それがもし嫌なのであれば、極力彼らの目に留まるような行動は慎んでください」
「ギャングですか? それはなぜ」
「それはこの国の治安は実質彼らが守っているからです。さすがに本来の警察と面と向かって争うようなことはしていませんが、みな彼らを慕っています。その彼らの依頼を断ったら、町にいられなくなってしまいます。具体的に言うと、ヒールのような扱いを受けます」
「わかりました。面倒事を起こすのは嫌なので、ゆっくり観光します」
「ねえエルメス君、“ヒール”ってどういう意味?」
「悪役ってことだよ」
そんな会話が繰り広げられたのち、入国審査は終了した。
そして、それぞれのモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけをさす)を押して門を潜り抜けてすぐのこと。
「なあ、旅人さんたち、ちょっといいか?」
トレンチコートを羽織り、帽子をかぶった複数の男たちに囲まれ。
「少し頼みごとがある、ついてきてもらえるか?」
有無を言わさず、キノたちはある建物まで連れていかれることになった。
「ねえキノ……おとなしくするんじゃなかったの?」
「していたよ、いかなる時も」
「まあ、仕方ないよねー。門が開いたら旅人が来たってことだし」
両サイドと背後に挟まれたキノたちは、素直に男たちについていくしかなかった。
「息子の面倒役を頼みたい」
いかにもギャングらしい一室に案内された二人は、先に革張りのソファに座っていた、ギャング組織のボスと思われる男からそんな話を持ち掛けられた。年齢は四十台前後。あごに立派な焦げ茶色のひげを蓄え、肌は服によって隠れているが、ワイシャツの隙間からのぞかせる手首や首筋には無数の傷跡が見えた。
「息子、ですか」
「キノ、たぶんこの人たちで使っている暗号なんだよきっと、実際は危ない薬の運搬とか――いてっ」
話を聞くにあたって男と同じくソファに座ったキノが、横に止めたエルメスのタイヤを蹴った。
「詳しく話を聞かせてください」
キノと一緒に座ったカエデが、話の続きを促した。
曰く、一口にギャングといっても様々なグループがあり、明日からそのうちの一つと“戦争”状態に入るということ。その間、次期当主となる自分の息子が、敵勢力に狙われるのは想像に難くないこと。自分の手勢で守るのもいいが、そのために戦力を割くのはあまり喜ばしくないこと。外部の、それも国の外から来た人間なら、敵の息がかかっていないだろうから、安心して任せられるということだった。
「旅人ならパースエイダー(注・パースエイダーは銃器)の扱いにも慣れているだろう? 隠れ家はこちらが用意するし、食料や水ももちろん準備している。報酬は金に換えられるものなら欲しいだけ持って行っていい」
要は住み込みの護衛任務の依頼に、破格の報酬が添えられたものだった。
「ボクたちは、明後日の昼――今日も含めて三日間しかいませんが、それでもいいんですか?」
「ああ。“戦争”は短期間で終わる、あんたたちが国を出る頃には終結しているだろう」
「……では、受けようと思います。カエデもそれでいい?」
「うん、悪役になるのはごめんだもんね」
「?」
ギャングのボスは、顎ひげを撫でながら怪訝な表情を浮かべた。
隠れ家の場所は町から少し離れた森の中にあるログハウスで、キッチンや入浴設備はもちろん、食糧庫を兼ねた地下室まであるという贅沢なものだった。
「窓は防弾ガラス、扉には鉄板。随分とお金をかけたセーフハウスだね」
「ゆっくりと観光のつもりだったけど……そうはいかなくなった」
案内の男たちに聞こえない程度の声量で、キノが残念そうにつぶやいた。元々古く美しい街並みが特徴というこの国に観光のつもりで訪れたキノたちだったが、最初からその予定を崩されてしまった。
「まあ、静かな場所で三日間、のんびりできると思ったらいいんじゃない?」
「エールーメースーくーん? 一応お仕事なんだからね?」
「だってこっちは気持ちよく街中を走れると思ったのに、三日間ずっと家の中だよ? 退屈になるって分かるのに、今気分を入れ替えないとやってられないよ」
文句を言うエルメスを尻目に、キノが扉を開けて中に入る。入ってすぐにリビングルームがあり、二階とは吹き抜けになっていてかなり開放感があるつくりとなっていた。真ん中には背の低いテーブルと高級感あふれるソファ。そして、そこにある人物が座っていた。
「えっと、彼が……」
「はい、三日間護衛してもらう、ボスの息子です」
案内してきたギャングの一人が言った。室内にはその人物の背後に代わる予定の護衛が二人立っているので、まず間違いないだろうと思われる。なぜか護衛は二人とも女性だった。
座っていたのは十歳ほどの、幼さが残る少年だった。物々しい雰囲気に緊張しているらしく、顔が固まっている。
「……子供?」
「はい。では三日間、極力尾行されるのを避けるため、我々が次にここに来るのは抗争が終わった後になります。何が不測の事態が起こったらそこの電話に、あらかじめ伝えた番号で。では、我々は撤収します。……ないとは思いますが、あなた方が彼に狼藉を働いたことが発覚したら、こちらも相応の対処を行いますので、そのつもりで」
「肝に銘じておきます」
「安心してください。人助けは好きなんです、私」
そうして案内人と護衛の計四人が家の外に出ていき、足跡が遠ざかってやがて聞こえなくなった。
「親切なギャングさんだねぇ。この国の警察はまだ見てないけど、こりゃ警察より人気出るね」
あ、あの、と少年が、キノたちに向かって声を上げた。キノがすぐに反応する。
「はい、なんでしょう」
「その、よろしくお願いします……僕はキースっていいます」
「キース君ね、こんにちは。私はカエデ、この人は私の恋人のキノ。で、こっちは走れないけど走るのが大好きエルメス君」
「恋人になったつもりはないんだけど……」
「もっとかっこいい肩書はない? あっ、どうもねー」
自己紹介はカエデが勝手にすべてを済ませたが、キノとエルメスは少し不満げな様子だった。
「いいじゃない、もう友達じゃ収まらない仲だし。それとも今までの私との関係は、すべて遊びだったっていうの……!?」
「えっと、このお姉さんの言うことは基本無視していいから、気にしないで」
「えーっと……はい」
若干カエデのノリに置いて行かれそうになりつつも、とりあえずキノの言葉にうなずいたキースだった。
生まれた時から裏社会の人間として育ってきたキースは、年齢に対してかなりしっかりとした性格だった。命を狙われる立場であることも理解していて、そんな自身を守るキノたちに対しては、初対面だったが好意的に接していた。
「苦労が絶えないのねキース君……お姉さんもその気持ち、とってもわかるわよ」
謎の母性が働いたのか、カエデはキースを抱きしめてよしよしと頭を撫でていた。
「わあ、カエデさ、む、胸が……」
じたばたと暴れる少年。まずいと思い離れようとするが、がっちりと背中に腕を回されているためカエデの拘束から逃げられないでいた。
「まったく、自分は仕事だーとか言っていたくせに。その子依頼主の息子さんなんだから、後で言いつけられると大変なことになるよ」
「平気だもん、仲良くなればいいんだし、ねー」
キースの両頬をつまんで伸ばすカエデ。仲良くなる行動というよりオモチャに対する行動だった。
「さて……そろそろ昼か……ボクが何か作ってくるよ」
立ち上がろうとしながらのキノの発言に、カエデはキースをいじくる手を止めてすぐにソファから立ち上がって。
「あー、なんだか私料理がしたいなー。うん、すごいキース君に食べさせたい気分!」
「えっ? いいよ、カエデはそのまま彼の相手をしてあげれば――」
「キノも、この子の身の上の話、よく聞きたいんじゃない? 親睦だよ親睦」
少し早口でしゃべるエルメスのフォローもあり、キノは立ち上がりかけたのをやめて再びソファに沈む。
「じゃあそうさせてもらうよ。こっちの面倒も見ないとね」
そう言ってキノは自身が持つパースエイダーを取り出し、テーブルの上に置いた。エルメスの荷台から掃除用の道具も取り出す。
「……確かに、大変そうですね」
カエデとエルメスの慌てぶりを見たキースが、しみじみとそう言った。
えっちぃの書くつもりだったけど、それは次に持ち越されてしまい申し訳ございませんぬ。まあ、勘の良い人はここままでの経緯で、どんなのが来るか予想できるんじゃないだろうか? じ、次回に続く!