キノの旅 Girls' journey 作:わしはトマトが嫌いじゃ
その日の夜。キノたちのリクエスト通りに卵やチーズをのせて焼いたカレーを食べた後のこと。エルメスはというと食事中は相手がいなかったので一人しりとりを続けていたが、やがて飽きたのか適当に末尾に『ん』がつく単語を言ってそのまま眠った。
「ねえねえキノ、ちょっといい?」
キースが二階の専用の寝室に上がって言った直後に、カエデが対面で座って本を読むキノに話しかけた。
「どうしたんだい」
「キース君のことで、ちょっとね」
質問の内容にキノは本から視線を外した。
「お風呂の後のキース君、どこか落ち着きがなかったけど、キノ、何かした?」
「特に、体を洗っただけだ」
ほんとにー? と疑いの目を向けるカエデ。ソファから立ち上がり、キノの横に移動して再び座る。
「私がいま予想していることを、言ってみてもいい?」
「構わないよ」
至近距離から見つめられるキノは、その視線から逃げるかのように本で顔を隠した。
「私に内緒で……エッチなこと、しなかった?」
「……してないよ」
ごくごくわずかに間が開いたことにより、カエデの疑念はさらに膨らんだ。
「内緒にしていてもいいことなんてないよー? カミングアウトするなら、今がそのタイミングだから」
「大体、なんでそんなことを思ったんだ?」
「キノが私の代わりに洗い物をしてくれているときに、キース君にこっそりカマかけてみました。そしたらお風呂の中で何かあった感じがして」
「じゃあ、逆にボクからも聞くけど――」
本を閉じて、キノはカエデと向き合う。
「最初にカエデが仮眠をとった時にキースさんが一緒に寝たこと、あれ何かあった? ちょっと不自然だったんだけど」
「な、なんのことー? 二人で仲良く熟睡していただけですー」
「反応があからさまに怪しいね」
両者は睨み合いながら数秒間黙り込み。
「……お互い秘密事はなしにしよう」
「……相殺ね、わかったわ」
結局、自分の身に起こったことを、包み隠さず話しあうのだった。
「まあ何と言いますか……お互いに不可抗力だったということで、ね」
「そうだね、彼の精神衛生上放っておくのは悪手だったから、致し方がない処置だったよ、うん」
二人が経緯と処置について話したところで、そう結論付けた。かなり無理やりではあったが。
「じゃあさ、もしキース君が……その、もっとすごい“お願い”をしてきたら、どうするの?」
「……」
キノが真剣な表情で考え込んだ。
「理由はどうあれ私たち、一度キース君に手を出しちゃったわけだから……そのことを武器に“お願い”されちゃったら、従うしかないんじゃないかなーって。たぶんないだろうけど」
「……受け入れる、と?」
「だってあれだけの報酬がかかっているのよ? 下手すれば命に係わるかもしれないし……可能性はできる限りつぶしておかないと」
「やれやれ……カエデばかりにさせるつもりはないよ。そうなったらボクも一緒だ」
ありがとうキノと、カエデは軽くキノ頬に口づけをした。
「……なんだか自然にキスできるようになってきたね」
「そう? 元からじゃない?」
「どうしてそういう自信があるのか……」
その後は何事もなく、夜が明けるまで交代で仮眠と待機を繰り返した。
そうして、夜が明けて少し経った時のこと。その時はキノが起きていて、日課である早朝の抜き打ちと格闘の訓練を行っていた。
ピンポーン。
「!」
『カノン』と呼ばれるリヴォルバー型ハンド・パースエイダー(注・パースエイダーは銃器、この場合は拳銃)を持ったキノは、引き金に指を添えながら玄関の扉に足音なく近づく。ドアのわきの壁にぴったりと身を寄せながら。
「“はい、どちら様でしょう”」
と扉越しに話しかけた。
「“新聞を渡しに来ました。ポストがないのでこの場で渡したいのですが”」
聞き覚えのある声であったが、あえてそこには触れず会話を続けるキノ。
「“新聞は取っていません。何かの間違いでしょう”」
「“受け取ってもらえなければ仕事が終わりません。さし上げるので開けてもらえませんか”」
「“しょうがないですね”」
一連の会話を終えた後、キノは慎重に扉を開けた。
扉の前に立っていたのは、昨日案内された部屋にいた男。依頼主であるギャングのボスだった。
「護衛、感謝する」
この国の新聞配達人が着るというグレーのつなぎを着たボスが。新聞を渡しながらそう言った。
「おはようございます。あなたが来るとは、正直驚きました」
「本部で腰を据えて待つのもなかなかに暇でね。息子の様子を見に来た」
「家族思いですね」
「組織のためだ。大事な跡継ぎだからな」
あくまで自分が育てた組織のためだと主張するボス。
「今彼は寝ています、様子を見ていきますか?」
「いや、いい。君が無事であるところから何も起こっていないだろうとは予想できる。それにすぐに戻らなければならない。本格的な攻防がこれから始まるからな。俺がいなきゃ成り立たない」
「遠くから武運を祈っています」
「君が心配しているのは、支払う相手がいなくなることだろう?」
「ええ、あなたがいなくなればここで守る意味がなくなりますので。息子さんのためにも、頑張ってください」
ふんっと鼻で笑ったボスは、ああ、と一つ付け加えた。
「うちの息子が何か頼んできたら、できる限り応えてあげてもらいたい。もちろんあまりに度が過ぎて無理ならきっぱりと断ってくれれば、それはそれでいいが」
「例えば?」
もう知っているだろう? と男は珍しく口角を上げ――つまり笑みを浮かべ、その場を立ち去って行った。
「……見られて、いる?」
キノはログハウスの中の壁や天井に目を向けるのだった。
「キース君、お父さんが来たんだってねー」
夜間も交代で見張りと仮眠をとっていたカエデが、キノよりだいぶ遅く――といっても朝食にはちょうどいい時間――にキースと同じタイミングで起きて下に降りてきて、寝癖を直さないまま朝食を作っていた。
「父さんとは、あんまり会わないんです。一緒にいると危険だからって」
「そりゃねぇ、町一つを牛耳るギャングのボスだもんねー。二人まとめて暗殺とかされたら目も当てられないもん」
「エルメス」
「いてっ」
エルメスの辛辣な言い方にキノがタイヤを軽く蹴った。
「少なくとも、キノがいるから危険なんてないけどね。キノはねー強いよー? 私の時なんか――」
そこまで言いかけたカエデが固まり、ぎこちない笑みを浮かべ。
「……っと危ない、ベーコン焦げちゃうところだったわ」
丁度いい焼き色に仕上がっている厚いベーコンを、フライ返しでひっくり返した。その不自然なカエデの挙動にいぶかしむキースだったが。
「……」
旅の同行者であるキノが特に追求しなかったので、彼もまた詳しく聞かないことにした。
「キース君、ずっと本を読んでいて暇でしょう? 私たちと何かゲームでもする?」
「ゲーム、ですか」
護衛の任務中ではあるが、一向に敵対勢力が来る気配がないのをいいことに、カエデがトランプをどこからか取り出した。
「えー? こっちも参加できるような遊びにしてほしいなあ」
「エルメス君は昨日さんざんキノとしりとりしていたでしょ? たまには観戦してくださーい」
「キノ、協力してこの赤スカーフ娘を打倒しよう。うん、それがいい!」
「別に協力することはいいけど……キースさん、付き合ってもらってもいいですか? こうなったらカエデは聞き分けがなくなるので」
「ゲームなら大歓迎です。ぜひやりましょう」
こうして子供らしく乗り気なキースと三人で、トランプゲームを興じることとなった。
「じゃあ、一位は他の人を何でも言うことを利かせられるっていうのは、どーお?」
「ありきたりな特権だね」
「でも、わかりやすいでしょう?」
にっこりとほほ笑むと、カエデはケースからカードを取り出してシャッフルし始める。
「それに、その方がみんな本気になりやすいよね?」
「まあ、全員の倫理観を信じるよ」
「ふひひ、キノをどんな目に合わせるか今から楽しみね」
ある意味では普段通りのやり取りの二人が気付かぬ合間に。
「何でも……」
誰にも気づかれずにキースがそう小さくつぶやいた。
選ばれたゲームはポーカー。最初に五枚カードが配られ、一回だけカードを交換して強い役を作るゲームである。シンプルなルールであるが、心理戦も絡んでくるため奥深いゲームとなっている。本来はチップをかける必要があるが、ただのお遊びであるため簡略化して勝利回数が多いプレイヤーが一位にするとした。
当然だがカードを配る役目の人が必要になるが、イカサマの可能性を考えてディーラー役は順番に三人が持ちまわって行うことになった。
「この国のギャングはイカサマがばれたら、その場で指を折られるんですけどね」
と、真顔で釘を刺すキース。彼はとても真剣だった。
「怖すぎ!」
「キノ、あの目はマジだよ、マジ」
「するつもりはないから関係ないさ」
そうしてゲームが始まった。七回勝負、三人の勝負であるから最初に三回勝利した人物が優勝である。
「じゃあ僕から配りますね――」
そうして少年の手から、カードが配られ始めた。
リアルでの予定が重なって投稿ペースが落ち気味。次回こそ、次回こそはネチョネチョにしてやるという、トマト嫌いが決意を抱いた。