キノの旅 Girls' journey 作:わしはトマトが嫌いじゃ
第六話 穀物の国
一面黄金色の畑の中の道で、二台のモトラドが走っていた。それぞれのモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)の運転手は、前方を走るのは短い黒い髪をした、帽子をかぶりゴーグルをはめた若い旅人。後ろを走るのは首に赤いスカーフを巻いた、長い茶髪をアップにまとめている同年代の旅人だった。
「見事な麦畑だね」
モトラドのエルメスが、自分を運転する旅人――キノに対して、率直な感想を述べた。
「穀倉地帯……というより、国自体が麦畑のようだね。ところどころに穀物保管庫のような建物があるだけで、街は見当たらない」
暖かく乾いた風に吹かれながら、キノはモトラドを無限に広がっているようにも見える――実際は城壁の内側だけの――麦畑の中を低速で走らせる。道は狭いうえ、舗装されておらず、ゴツゴツした石がまばらにあるので、景色に集中することが出来ない。
と言っても空以外に視線を向ければ否応もなく麦畑が目に入ってくるので、そもそも気にしていなかった。
「ねえキノ、右前方に人がいるよ」
後ろを走っていた少女――カエデが、道端で座って休んでいる様子の農作業夫の正確な位置を伝えた。
「ちょっと聞いてみようか」
「そうだね」
二人の意見が一致して、それぞれのモトラドを男のすぐ脇で止めさせる。どのみち男の近くには道をふさぐように馬車が止まっていたので、止まらざるを得なかった。
「へえ、モトラド乗りとは珍しいね。旅人さんかい?」
「ええそうです。さっき入国しました」
「道をふさいですまんね。少し休憩したら場所を変えようと思っていたんだ」
「急がなくて大丈夫ですよ。私たち、気になったことがあったんですよ。質問、いいですか?」
「どうぞ」
「この国、他に作物はないんですか? 麦畑はすごいと思うんですけど、一種類だけじゃあ食糧事業が成り立たないんじゃないかって……」
男は驚いて目を丸くした。
「それは……お嬢さん、どういう意味だい?」
「えっ? だから、作物、麦だけじゃバランスが悪いんじゃないかな、と。食べ物に困るんじゃないかなって」
「麦を、食べる? 何言っているんだい?」
「え?」「え?」「え?」
二人と一台はそろって声を上げた。男は腰を上げて、一度体を大きく伸ばした。
「これらは燃料さ。バイオマス燃料って言って、植物から化石燃料とほぼ同じ物質を合成するために、麦が大量に育てられているんだよ。お嬢さんたちは燃料を食べるのかい?」
その返答は決して小馬鹿にしたものではなく、純粋な驚嘆からという事が二人にと一台にはわかった。
「モトラドに限っては、食べるものと定義できるのかな? まあ、いずれにせよ、ここは燃料畑っていうことなんだね?」
「ああそうさ。この国の経済を成り立たせている重要なものだ……ああ、街を探しているなら反対側の城壁に行ってごらん。さらに小さく区分けした城壁の中に建物があるから」
「情報ありがとうございます」
二人と一台は、男が馬車に乗ってその場から去るまで、しばらくの間目の前の畑を眺めていた。
すっかり膨れた麦に、小鳥たちがついばみに来ていた。
第七話 怪盗の国
キノとカエデ、モトラドのエルメスは、警察署の取調室にて揃って警察と話をしていた。
と言っても、別に二人がこの国の犯罪行為に抵触するようなことをしたわけでも、警察から任意同行をお願いされたわけでもなく、単に誰にも聞かれないような部屋がここしかなかったというだけの話である。
「本日入国する際に記載していただいた誓約書に書かれていた通り、入国期間中に警察側が要請した場合彼らに助力する。というのはご存じかと思います」
二人と一台との向かい側で座る刑事が切り出した。
「あの無駄に大きな文字で書かれた書類ですね。紙資源の無駄なので、もう少し小さいサイズにしたほうが良いと思います!」
「エルメスは黙っていようね」
「キノの物まね? 私の方が上手よ」
「カエデも少し黙って」
「あの……話、進めてもいいでしょうか?」
「お願いします」
「先日、この国唯一の美術館に、我が国を騒がせている大犯罪人、『怪盗ヴェムンドル』から予告状が届きました。それと同時に、ほとんど同じ内容の予告状が、この署にも届けられたのです」
「典型的な怪盗さんだね。もちろん警察も出動するでしょ?」
「当然です。ですが、ここは万全を喫して、お二方にも協力を要請するために、今回お呼びしました」
「ボクたちが怪盗の逮捕協力を? 構いませんが……具体的にはどうすれば」
「いえ、旅人さん方は犯人逮捕のための行動していた、という口裏を合わせてほしいのです」
「えっ? 実際に捕まえるんじゃなくて……ですか?」
「はい、怪盗を捕まえるために警察を総動員し、その上国外からの人間の協力のもと活動していたという事実だけが欲しいんです。むしろ怪盗は取り逃がしてください」
「それはまた……どうしてですか?」
刑事は困ったように頭に手をのせた。
「その……この国は平和過ぎて犯罪も滅多に起こらないんですよ。国民全員が裕福で事件が起こるのはごくまれで、あったとしても酔っ払いの喧嘩とか夫婦喧嘩の仲裁程度で」
「それはいいことじゃん! なかなかないよ、そういう治安がいい国!」
「ええ、治安がいいのは分かっているんです。私もそれは素晴らしいと思っています。ただ……」
「ただ?」
「警察組織の必要性というものが薄れてきまして、このままではまずいと思った矢先に例の怪盗が現れたんですよ。彼は盗んだものは後日返却するという愉快犯じみた行動をするので、実質的な損害はほぼゼロです。なので、これを利用して警察の存在意義を再確認させようと考えたわけなんですよ」
「なるほど……」
「報酬はもちろん支払います。我々に協力していただけませんか?」
二人と一台は答えた。
第八話 携帯食料の国
キノとカエデは、旅の途中で立ち寄った国の中で、旅に必要なものを買い足していた。この国ではキャンプが人気であるため、必然的にキャンプ用具店で野営の道具などを買いそろえることになる。買い物に来た店舗は狭いため、モトラドであるエルメスは外で待機していた。
「もうすぐ寒くなるから、こういう防寒具を買ったほうが良いかなぁ」
「うーん……できればギリギリまで荷物は増やしたくないところだけど。このタイミングでそろえたほうが良いかな」
「そっか、じゃあ冬用の寝袋も一緒に買うとして――あれ?」
カエデは店舗棚に陳列したあるものに注目した。
「どうしたの?」
「こ、これ、“絵からスノコ”だよ、キノ」
「……“目から鱗”?」
「うん、それ!」
「カエデがエルメスのマネをしなくていいから」
「はーい」
「で、何を見つけたの?」
「これ……見てよ」
カエデに促されて、キノも同じ棚を見た。
『いつもの味じゃつまらない? 防災用としても便利な携帯食料、現在六種類のフレーバーが発売中!! 新発売、シュガーバター味は大特価!!』
「……」
「ねえ見て、チョコ味だって! こっちはイチゴ、こっちはバナナ。はちみつ味なんて言うのもあるよ!」
あまりおいしくない携帯食料の味を存分に知っている二人からすれば、それはまさに未知の領域だった。
「へー、ベーコンチーズ味ねー。しょっぱい系のものもあるんだねーってキノ? どうしたの?」
「……どうして」
「?」
「どうしてほかの国にはこれがないのか……!」
食いしん坊なことで知られる――把握しているのはカエデとエルメスぐらい――キノが、その場でがくりとひざを折った。
「――で、結局買わなかったの?」
店から出てきた二人の話を聞いたエルメスは、買い物袋にそれらしいものが見当たらないことに不思議がった。
「うん、一度味をしめちゃうと、普通の物に戻すのは苦しいからってキノが」
「値段も少し高かったし、ね」
「ふーん。でも、なんでこの国は、味が違う携帯食料を販売しているんだろうね?」
「ああ、それなら店員さんから聞いたよ」
キノがエルメスに乗りながら。
「この国では、自分の家の庭でキャンプするから、携帯食料が全然売れないんだって。だから味で勝負しているらしい」
文庫本扉絵の短編小説をイメージしてみました。次回こそは何とか、何とか二人をぐちゃぐちゃにしたいです。