キノの旅 Girls' journey 作:わしはトマトが嫌いじゃ
第十四話 酒場の国
「――へえ、特に目的もなくいろんな国を渡っているって? その年でよくやるなぁ」
「旅をするということ自体が目的なので。この国に来たのもその一環です」
「こっちは走ってくれているだけで十分なんだけどねぇ」
昨日入国したキノたちは、この国では一般的なレストラン――という名の酒場にて夕食をとっていた。目の前に座る若い男がなぜ一緒にいるかというと、席が足りないため店側が相席をお願いしたためである。
「私はキノが行きたい場所に行くだけです。ねーキノ~」
ぴったりとキノにくっ付くカエデに、男は少し目を白黒させた。カエデはその反応に首をかしげている。自分のやっていることの重大さに気づいていない様子だ。
「ま、まあ仲がいいのは分かった。お二人さんの出会いっていうのはいったいどういうものだったんだ?」
「そんなに複雑なものではないです。結構ありきたりなもので――」
「そうだね。一言で表すなら……白馬の王子様、的な?」
「は、はぁ……まあ、そう軽々しく付いていってるってわけじゃないという事もわかったよ」
ぐびりぐびりとグラスの中の琥珀色の酒を呷る男。
「そっちの旅の目的は? キノみたいに放浪旅をしているようには見えないけど」
「おや? なんでわかるんだい?」
「だってさっきからこっちの話を聞いていると同時に、周りの会話に集中しているんだもん。あっちの旅芸人の一座とかさ。ダメだよー他人の話を聞き流しちゃ」
「悪いわるい。別に聞き流しているわけじゃないんだ。これでも仕事をしていてね」
「仕事、ですか? お酒を飲んでボクたちと喋っているだけのように見えるのですが……」
「まあ、実際半分はただの食事さ。実は俺は……情報屋なんだ」
情報屋、とキノたちはそろって復唱した。
「ああそうさ。各地を旅して、どこぞの国で様々な情報を手に入れて、それを他国の人間に売る。相手は個人的に他国のことを知りたいというやつだったり、諜報機関が他国の政治事情を調べていたりするやつだな。俺は絶対にその情報は正確に伝えるし、裏付けもしっかりとるから、これが結構いい商売になるんだ。元手はほとんどタダだしな。荷物も増えない良い売り物さ」
「とすると、私たちはあなたに“商品”を提供しているという事ですか? 現在進行形で」
「そうなるね。『いついつ、この国にこういう旅人が現れた』っていうのも結構いいネタでね」
「それはなぜ?」
ニヤリと、男は口の端を上げ。
「そりゃもちろん、『じゃあ次はここを通るんだな』って、盗賊たちが待ち伏せするためさ!」
第十五話 迷路の国
「こっちだよ」
「いいえ、こっちよ」
高い垣根の庭園の中で、二人が言い争いをしていた。
「さっきカエデの言う通りにしたら、行き止まりに突き当たったじゃないか」
「キノだって、その前に入口に戻っちゃったじゃない」
「あのさー二人とも――」
「今まで歩いた感じだと、今度は左に曲がれば先に進めるはずだよ」
「私の直感が右に行けと囁いているわ」
「ちょいとー、二人ともってば――」
「こうなったら勝負して決着をつけるしかないね」
「望むところよ、キノ」
「聞いてるー?」
二人の間で声を上げるエルメスだったが、二人の耳には届いておらず。
「じゃあいくよ、準備は良い?」
「いつでも来なさい!」
「もうしーらなーい」
「せーので――」「せーので――」
二人はお互いに拳を突き出した。
「フヒヒ、苦しい戦いだったけど、私の勝利だったわね」
「今後も分かれ道のたびにこれをやると思うと、気が滅入るよ」
負けた悔しさがあるかどうかは不明であるが、キノは少しむすっとしていた。
「この国で有名な花壇の庭園。いったいいつ見れることやら……」
「焦らずに行けば、きっとたどり着けるってば」
「あれ? 向かい側から人だね」
「本当だ」
迷路の中で偶然出会った若い男女と鉢合わせたキノたちは、押していたそれぞれのモトラドを脇によけて通れるようにした。
「旅をしているのね、向こう側の花壇庭園は見たわよね? この国であそこほど美しい場所はほかにないわ」
「ええ、今向かっている所です。それにしても複雑ですね、この庭園迷路は」
女性の質問に答えたキノであったが、その反応に男性が不思議そうにさらに訪ねた。
「おかしいな、見たからこそここを通っているんじゃないのかい?」
「え?」「え?」
「やっぱり」
エルメスだけが、男の疑問に得心している様子だった。
「この迷路とは反対側に正門があって、そこから花壇庭園にすぐ行けるんだ。こっちの迷路は暇つぶしで入る人ぐらいしかいないし、ましてや“出口”から入る人なんていないと思うんだけど……」
「……」「……」
「どうするの、戻る? 進む?」
エルメスの提示した選択肢の内容でもめて、二人は再び言い争いをすることになった。
第十六話 温まる国
その国は三方が高山で囲まれ、夏を除いたすべての季節で雪に閉ざされた極寒地帯に存在していた。
しかし、国の中では地上に積もる雪は見当たらず、春のような温かさがあった。
「うーん快適。ちょうどいい気温だし、冬はここで過ごす?」
「夏以外でも雪が外で積もっていなければ考えたけど……滞在期間が三か月どころじゃなくなる。悪いけど別の国にしよう」
「りょうかーい」
ちょうど越冬のために様々な国を訪問していたキノたちは、優良であるが滞在期間が延びることを考慮して、もう一つ隣の国へ進むことを決めた。
「地上に雪がないのは、地面に温水パイプを張り巡らせているんだよ。そしてそのお湯の出どころはというと――」
「あの機械か……すごい大きさだ」
「最初国に来た時工場かと思ったもんね」
国の中央にはビル十階分の高さがある巨大な機械の塊が鎮座していた。地面に近い部分には無数の大小さまざまな太さのあるパイプが地面に潜り込んでおり、ところどころから蒸気が漏れていた。
「地面だけじゃなくて建物にも温水パイプが通っているらしいね。だからこの国の暖房器具はあれ以外なくって、機械そのものも『ヒーター』って呼ばれているらしいよ」
「誰から聞いたんだ? エルメス」
「そこらへんで歩いていたおばちゃん」
二人と一台は再び『ヒーター』を見る。
「あれって、この国の人たちが作ったわけじゃないよね」
「この国の文化の程度と比較したら一目瞭然だね。つまりあれは、この国のできる前から存在していたっていうことになる」
「どのぐらい前からあるんだろうか……」
「さあ? でも少なくとも、この国の人たちは有効に活用しているみたいだね。今のところは」
今のところは? と二人は聞き返す。
「あれは超高効率の発電所なんだよ。それこそあの一基だけでこの国どころか、その数倍の規模の国を運営できるほどにね。温水は発電する際の熱を逃がすための冷却水。地下から水をくみ上げて、温まった水は周囲に排水する。作られた電気は、どこか遠い国で使われていたんじゃないかな?」
「発電所か……」
「でも危険と隣り合わせだね、ろくに整備されていないようだし、もし爆発したら、発電に使われている物質から大量の毒をばらまくことになる。この国の人たちは全員その毒に侵されて、仲良くあの世行き。見た感じあと数年で施設の寿命が来て、その時には――」
「どっかーんってなるの?」
「数十年から数百年、人が住むには適さない土地になるだろうね」
「……」
「このことを国民に伝えたとして……移民すると思う?」
カエデの質問に答えるものは、誰もいなかった。
あっ、今回イチャネチョはないですよ。いうのが遅いと思いますけど。