キノの旅 Girls' journey 作:わしはトマトが嫌いじゃ
「申し訳ございません、現在ダブルサイズのベッドの部屋しか空いておらず……」
「構いません! むしろ合法的にキノに抱きつ――いやいや、お世話ができるので!」
入国したその日のうちに入ったホテルで、謝罪から入った受付人の言葉にむしろ感謝していますと言わんばかりに食い気味に言うカエデ。若干受付人は引いている。
「カエデ、ボクの意見はまだ言っていないんだけど――」
「ちなみに今でしたら、通常の宿泊料金から二割値引きさせていただきますが、いかがでしょうか?」
「分かりました、それでは二人とモトラド一台をお願いします」
キノもあっさりと了承した。
「びんぼーしょーとキノいぞんしょー」
エルメスはこっそりつぶやいた。
「広いお風呂だったねー」
「変なことをされなくてよかった……」
いつものようにカエデが無理やりキノを引っ張って一緒に入浴。今回は特にカエデからのセクハラを受けず、キノはたっぷりのお湯につかって疲れをいやすことが出来た。
「ねえ、これに興味ある?」
「何が……耳かき棒?」
カエデの右手に持っていたのは、よく見るタイプの木製の耳かき棒。肝心な時に耳が聞こえ辛いと命にかかわるので、キノも定期的に掃除している。もちろん自分で。
「たまには、私がキノの耳を掃除してあげようかなって」
「それは構わないけど……なんで急に?」
「お昼に寄った本屋で、立ち読んだ本に書いてあったんでしょ? 別行動していた時に」
「なるほど」
エルメスが代わりに答え、キノは納得する。お互いに呆れという感情が混ざっているのかどうかは不明であるが。
「ほ、ほら、同じベッドの住民として、私はキノにお世話をしないといけないじゃない? 今日は体を綺麗にしてあげられなかったし、耳ぐらいは私がやりたいから――」
「はいはい」
カエデの早口の弁明を聞き流すキノ。濡れた髪から入念に水分を取り除くために、タオルでごしごしと拭いていた。
「あとから乾かせばいいのに」
というカエデの疑問に対し。
「どうせ膝枕をしながら、って言うと思ったから」
キノが頭を拭きながら言った。
ベッドの上でカエデの柔らかい太腿の上に頭をのせたキノは、右耳が上に来るように体の左半身を下になるように向ける。
「フヒヒ、キノの奥が丸見えですよ」
「分かったから丁寧にお願いするよ」
「はーい」
あえて意味深な言い方をしたがキノに軽く流される。カエデはわざとらしく返事をして、さっそく耳掃除に取り掛かった。
「人間っていうのは不便だね。モトラドは耳掃除なんて必要ないのに」
「そもそも、エルメスの耳はどこにあるんだい?」
「さあ? 人より耳はいいと言われるときはあるけどね」
「耳がないのに?」
「耳がないのに」
キノとエルメスが何気ない会話をしている間にも、耳かき棒がキノの耳の穴の壁をひっかく。普段から綺麗にしているので、耳垢はほとんどとれなかったが、それでも丁寧に、丹精込めてカエデは掃除をしていく。
「気持ちいい?」
「……うん」
「ちょっと恥ずかしいんじゃない?」
「……そんなわけないよ」
「実際のところは?」
「お願いだから集中してカエデ」
「はーい」
などというなんて言うことのない普通の言葉を交わしつつ、右耳の耳かきは終了した。
「それじゃあ今度は左耳ね。今度は私の方を向いてね」
「ん……」
キノは言われたとおりに身じろぎして、顔がカエデの下腹部に当たるような形の体勢をとる。実際は当たっていないが。
「キノの息がくすぐったい」
「服でわからないだろうに」
「冗談、っていうことよ」
カエデは左耳の作業も取り掛かり始めた。右耳の時とさほど変わりがない。
「ちなみに、その読んだ本っていうのには、何が書いてあった?」
「『耳かきこそが人を引き付ける、気になるあの人を虜に!』っていう題名の恋愛指南本。この国で結構有名な女の人が書いたんだって」
「……」
「な、なによ。私がキノのことが好きなのは重々承知でしょ!」
「いや……そんな内容を隠さず話すって……気にならないの?」
カエデのキノに対する苛烈なまでの熱愛はキノも一応は理解を示している。キノは女色を好む性質はなく、カエデはキノ以外には全く興味がない。キノはキノで基本は受け身の姿勢をとっているという、二人だからこその関係である。
「だってキノは、私のことを嫌いにはならないでしょ?」
「それは、まあ、そうだけど……どちらかというと、なれないっていうか」
「お熱いねー二人とも」
結構無茶苦茶なところがあるカエデではあったが、これまでその傾向をキノは特段否定的に感じ取ったことはなかった。今までキノが旅先で出会う不埒な輩に要求されたことと比べたら、彼女のしでかすことなど遊びに等しいことであったから。実際に要求通りに動いたかどうかはさておき。
「私もあの日のことを忘れてないから、ずっとキノが好きなんだよ」
「……そう、なんだ」
「おっ、照れてる?」
「照れてないよ、エルメス」
耳かきが終了した。
「さあてと、色々と済ませることは済ませたし、そろそろ寝ちゃう? 寝ちゃうよね? 寝るしかないでしょう!」
「それだと選択肢が一つしかないよ」
「寝ることに関してはさんせーい」
いつものパースエイダー(注・パースエイダーは銃器)の清掃も行った後、やることもなくなったので早めに寝ることにしたキノたち。これから熟睡することになるのに、興奮冷めやらぬとはよく言ったものである。
「カエデ、もう一度確認するけど。今から寝るんだよね?」
「うんうん。だからキノも早くベッドの上で丸くなって私と抱き着かれてくださいませざます!」
「口調が安定していないよ。くださいませ……なんだって?」
「エルメス、注目するのはそこじゃないと思うよ」
枕を抱えてベッドのスプリングの反動を利用して跳ねるカエデ。誰の目から見ても、これから就寝する人の動きではないのは明白だった。
「ほらほら、早く私の懐に転がり込んだらどう? 今日の夜は冷えるから、一緒にくっ付いて暖まろうよ」
「腹の内ではやましいことを考えているよね? 前の国では――」
「キノに後ろから抱き着いて、あんなことやこんなことをしていたもんね! 次の日の朝ではいろいろとホテルの利用客から噂されていたよ」
「あ、あの時は胸とか触っていただけだもん!」
「ダメだよ」「ダメでしょ」
「ううー……」
隙あらばキノに触りたいカエデにとって、キノに触れられないという状況は死活問題であった。
「何事も急すぎるのは良くないことだよ。段階的に腕とか足とかにしておけばキノだって受け入れるはずだよ。“井戸カバ上がれ”っていうじゃん」
「エルメスは一体何のアドバイスをしているんだ? ……“急がば回れ”?」
「そうそれ!」
「なるほど……やってみるね!」
「参考にしなくていいから」
論争が二人と一台の間で交わされたが、結局キノはカエデとくっ付いて寝ることになった。
「あったかいねーキノ」
「ちょ、ちょっと近すぎる気がするけど……」
「そんなことないよ、お互いの胸が触れるぐらいじゃない」
「十分近いってそれは」
「あれ、エルメス君、もう寝たのかと思ったんだけど」
「布団の中でごにょごにょ囁かれていたら、気になって寝れないよ」
布団に潜り込んですでに一時間ほど経過していたが、キノたちの危惧通りに全くカエデは寝る気配がなかった。
「ごめんごめん、もうちょっと静かにするから……キノも、ね?」
「……? なんでボクが……あっ!」
「なになに? 布団で隠れて何が起こっているのか分かんないや」
「え、エルメスは気にしなくても……ああっ!?」
「さーて、何をしているでしょうか?」
外からは布団がもぞもぞと動いているだけにしか見えず、エルメスは興味を持つが。
「ほほう、これはこれは、柔らかい感触……」
「いつものが……始まった!」
「具体的には? ねー教えてよー」
「……言うわけがない!」
キノは羞恥から、意地でもエルメスに教えることはしなかった。
一応「キノ×オリ主」ってタグが付いているけど、カエデに全然主人公っぽい事させてないなぁ……ということを思いつつも、特に変えるつもりもないといううーんこの感。