貴族令嬢の恋は前途多難、だからメイドも周りも苦労する 作:木桜 春雨
ふうっ、完璧、鏡に映った女性の姿を、自分がメイクしたジュスティーナの姿を見てロベルタは一息ついた、メイクと髪のセットで一時間と少し、だが、これはバスタイムなし、自分としてはベストといってもいいだろう。
ドレスは黒に近い紺色、帽子はベール付き、手袋もセット、アクセサリーも欲しいところだが、ここは華美なものは避けるべきだと思い、指輪、腕輪といったものはなしだ。
ただ、一粒の真珠のネックレス、だが、これは、はっきりと周りの女とは違うんですと誇示する為につけることにした。
ロングというほど長くはない肩までの薄茶の髪は軽くコテでゆるいウェーブをつけて、所々、グレイ、染めを入れることにした、若くも、相応の歳にも見えるという感じだ。
香水をどうしようかと思ったが、柑橘系の爽やかなものを軽く耳たぶの裏にスプレーとで吹きつけることにした。
台本が必要かと思ったが、必要最低限の事だけで十分だ、万が一の時は自分がフォローするから、大事な事だけ頭の中に叩き込んでおけばいいとロベルタは思った。
「こちらの部屋で少しお休みください、ああ、ヴァージル様もご一緒に、すぐにお茶を運ばせますわ」
パーティの主催者側に案内された部屋に行くとすぐにメイドがお茶を運んできた、自分はすぐに退散するつもりだったヴァージルだったが、メイドに引きとめられた事もあり、ソファーに座るとカップに口をつけた。
女性は時折、まるで盗み見するように自分の顔を見ている、気づかないそぶりをしているが、どうも落ち着かない。
「奥様、そのように見られてはヴァージル様も落ち着いてお茶も飲めませんわ」
「ご、ごめんなさい、でも」
「お許しください、ヴァージル様、結婚する筈だった方に本当に、あなた様はそっくりで、奥様、写真を見せてさしあげては」
女性はハンドバックから小さなノートを取り出すと手渡したが、それを見たヴァージルはすぐには言葉、いや、声が出てこなかった。
世の中には自分にそっくりな人間が三人はいるなどというが、写真に映っている男性は自分ではないかと思うぐらい似ているのだ。
だが、それは数日前、ロベルタが隠し撮りし、フォトショップ加工で服装や背景を変えたものだが、完璧すぎてシロウトはおろか、プロでも間違えてしまうくらいのできだ。
「実は結婚式の前日、旦那様となる方は事故に遭いまして」
「えっ、では、正式には結婚は」
「実は、しつこく迫ってくる男性がいまして(ストーカー)未亡人ということにしておけば」
ロベルタは、わずかにに顔を伏せ、まだ半年前の事ですと、うっと声を漏らした。
「奥様は修道院に行くと言い出して」
「それはもう、やめたって、あなたまで修道院に行くなんて、それは駄目よ」
「大旦那様から、お嬢様の事はくれぐれもと言われたのです」
二人の女の会話をヴァージルは気の毒にと思いながら、ただ、聞いていることしかできない、何を言えばいいのかわからなかったからだ。
「天気もいいから、窓を開けましょうか、ロベルタは、お茶のお代わりを」
頷いたメイドがヴァージルのカップに紅茶を注ぐ、そのとき、悲鳴が上がった。
ロベルタはヴァージルに押しつけるように彼女の背中を押すと窓の外を見た。
「誰です、ここはプライヴェートガーデンです、姿を見せなさい」
これが予想外、想定外という事だろうかと思いながら相手が出てくるのを待ったロベルタの前に現れたのは一人の青年だ。
「ここにいたんですか、お父さん」
殺してやりたいと彼女が思ったのは無理もない。
自分のパトロンとなってくれるという貴族の女性が現れたとき、青年は喜んだ、商売をしてみたい、店を立ち上げてみたいと思っていたのだ、自分の取り柄は顔だ、見た目がいいので運良く貴族の女性と結婚する事ができたときは嬉しかった、だが、それも最初の家だけだ欲が出てきたのだ。
妻の爵位と財産で皆が集まってくるが、それにだんだんと我慢できなくなってきたのだ、よく考えて見れば父は、父親は決して大きな店ではないが周りから一目、置かれていたことを思い出す。
自分も父のようにと思っていた、だか、何故か、うまくいかない、焦りがでてきたのも無理からぬ事だろう。
(あの人の息子さん、似てないね)
子供の頃、周りから、そういわれることがあったが、気にしなかった母方の血が濃いのだというぐらいにしか思わなかったのだ、大人になって、少しずつ真実を知ると父は母が憎くないのだろうかと思ってしまった。
自分には父のような才能はない、だったら利用できるモノはなんだってという気持ちになった、そしてパトロンを見つけたのだ、自分の事を若い愛人と思っているようだが、それは承知の上だ。
そして今回のパーティに父にも参加を頼んだのは、少しでもツテが欲しかったからだ。
パーティの途中で父の腕に女性が縋るようにして姿を現した時は驚いた。
皆が口々に、女性の事を噂する、身なりからしてただの金持ちだと、貴族かもしれない、メイドもだ、仕草や立ち振る舞いからしてハイクラスな教育を受けていると。
女性はベールをかぶっていて素顔がはっきりとは見えない、だが、宝石関係に詳しい男が、あの真珠と驚いたように呟きを漏らした。
「一粒もの、まさか、いや」
その言葉を聞いていた男達が儲け話に繋がるかもと声をかけた。
「高いのか、だが、他の宝石よりは、そんな価値もないだろう」
貴族の女性が身につけるのは、鉱石、ダイヤ、ルビー、サファイヤなどの明るい色、大粒のものが多い、その点、ただ、白っぽい真珠というのは、あまり目立つこともなく、地味だというイメージがあったのかもしれない。
「馬鹿っ、あれは、明らかに天然ものだ、真珠に宝石としての価値がないと本気で思っているのか」
だとしたら、ここにいる商人達はと男は周りを見た、自分以外にあの価値を知る人間はいないのかと、市場に出回らないのは、それだけの数がない、高価だから一般の、いや、貴族でさえも手に入れる事が難しいからだ。
男は近くのメイドに声をかけた。
「先ほどの女性は、どちらの方かな」
するとメイドは目を細め、かすかに首を振った。
「お忍びでいらっしゃいましたので」
話せないということか、男も、それ以上は尋ねようとはしない、失礼、いや、それ以前の問題だ。
「天然の真珠って、あまり聞いた事がないな」
「ああ、今では北のシュリアズ湾でしか取れない、ヴィナス貝の自然の産物といわれているからだ、王族でさえ手に入れる事は難しい」
周りは、しんとなった。
「隣にいたのは商会人間か、誰か知っているか」
「ヴァージルだろう、あいつ店を閉めねとかいってなかったか」
「噂だろう」
自分の父親の名前が出てきたとき息子は驚いた、しばし、その場に立ち尽くしていたが、我に返ると急いで父を探し始めた。
今回で終わりにするつもりだったのに、ストーカーとか、息子とか出てくるとは思わなかったわ。