『ッ!』
心臓に悪い光景が目に飛び込んでくる。
待ち合わせていた屋根の上でルチャブルが倒れているのを視認した瞬間、ザッと音をたてて血の気が失せた。
慌てて抱きかかえると、彼はうすらと目を開いた。ただし、起きようという意思は感じられない。ゲッコウガを目視しているのかさえ定かではなく、焦点の合っていない虚ろな瞳が覗くばかりだ。
『ルチャブル!御主、どこか具合が、…』
『…、…眠いだけだ…』
その一言を口にした後、開いていたかに思えた瞼も、すっかり元通りに下ろされてしまった。
手に伝わる体温はしっかりと熱く、聞こえてくる吐息も穏やかだ。待っているうちに意識が途切れたのだろう彼は、今ふたたび、安心しきってゲッコウガの腕に身を委ねていた。
その信頼は嬉しいが、しかし。
普段のルチャブルであったなら、抱きかかえられた瞬間にハッと目覚めて、慌てた顔を隠しもせずに飛び起き、『すまない』と寝落ちを謝ったはずだ。
このように、抗いようもなく寝てしまう姿は、初めて見る。
彼が本当に換羽期の只中にいるのであれば、ドンカラスのように疲労を溜めていたのかもしれない。同じ鳥とはいえ、種によって換羽の仕方は違うのだろう。ルチャブルは見た目に大差がなく、情緒の起伏が激しいわけでもなかったから、気付くことができなかった。
…それとも。
変化は現れていたのに、彼と過ごすひとときの喜びが優先されて、己の目が曇っていたのか。
言ってくれたらよかったのに――と、一方その本音は、あまりに思い上がったものであることも分かっている。
翼を持たない者に話すまでもない、だから敢えて言う必要がないと判断されていたのだろうし、大体、ゲッコウガとて何か具体的にルチャブルを支える策があるのかと問われたら怪しいものだ。異種族の立場からしてやれることなどたかが知れている。その悩みに、芯から共感することも寄り添うこともできはしない。
ゲッコウガは、ぎゅっと口を一文字に引き結ぶ。
少なくとも換羽期が終わるまでは日中に会いにいく時間を作ろうと決め、あらためて深い眠りの中にいる小鳥を眺めた。
月明りの中に浮かびあがる無防備な寝姿を前にしては、後先なんて考えられなかった。引き寄せられるがままに、口付けた。未だゲッコウガの想いに気付かぬ相手だ。盗むような接吻など許される行為ではない。それでも、できることならその労苦を代わってやりたいといたわりを込めて、そっと触れた。どうしても、…触れずにはいられなかった。