INヒャッコク:ゴジカさん
今まで挑戦してきたジムの中でも群を抜いて神秘と幻想が入り乱れる内装だった。
境目のない空間が無限に広がっているように錯覚してしまうのは、エスパー能力が関係しているのだろうか。光を帯びて透き通る不思議なコースを辿り、宇宙空間を闊歩している――なんて、現実離れした表現がどこまで通用するのか分からないが、僕自身、現在進行形で己の既存概念を打ち砕かれている只中にある。
もはやちょっとしたテーマパークなんだよなあ…。
足を踏み入れた瞬間から度肝を抜かれてたのに、…ジムリーダーがこれまた輪をかけてすごいんだもん…。凡人にはちょっとついていけないセンスというか、前衛的というか、キワモノというか。有名ファッションショーで披露される奇抜さに頭がパンクする感じ。
本業は占い師と聞いていたが、「あー、っぽいわァ」と力尽くで納得させてくる相当数の装飾品。ひらめくマント。どれだけヘアカタログのページをめくろうとも絶対に載ってない、言語による描写も説明もはねのけてしまう髪型。
果てには宙に浮いてるときたもんだ。
こんなにもラスボス感漂わせる壮年女性が相手だなんて…このジムでバッジ七個目?うそでしょ?八個目じゃないの?ていうかもう四天王戦で出てきても遜色ない御方ですよオーラ的な意味で。
「これは、儀式。これまでを振り返りつつこれからの道を決めるもの」
見た目に違わず威厳のある声が響くも、穏やかに微笑んでくるから、過度な緊張を覚えずに済む。彼女はそのまま「いざ、始めるとしましょう」とのたまい、形式はダブルバトルだと告げてきた――ので。
二体選出してフィールドに送り出したわけだが、僕の隣では「パターン青!使●です!」と伊●マヤちゃんが高らかに断定してくれそうな凶悪な残留者が突っ立っている。ホントさァこのクソ蛙。そういうとこやぞ。他人様の御宅で仏頂面するんじゃありません。
こいつとは今後永久に分かり合うことはないのだろうなと思わせる、両者の間で堅牢に構築された
誰が見ても明らかに不機嫌と分かるコウガくんは、今にも「あんたバカぁ?」と言い出しかねないジト目で睨んでくる。『この日のために悪技を習得させたんじゃないのか』『エスパー技を無効にできる拙者を出さないとは全く以て理解不能』『はァー…つっかえ』と、グチぐちグチぐち。
一番の不満は、当然、ルチャさんと一緒に戦えなかったことだろう。過去、このふたりをダブルバトルに起用したことは何度もあるが、息ぴったりどころでなく
あとさァ、慢心?何か勘違いしてるみたいだから言っとくけどね。君が悪タイプ複合してても、エスパータイプの補助技ならふっつーに効くからね?催眠術で眠らされたらもう行動不能よ?「ミラクルアイ」なんて受けちゃった日にはエスパータイプの技を無効にすることもできなくなるんだから。無敵だと思っちゃいかんよ。
今回参戦しているルチャさんと姫で不安があるのかというと全然そんなことはなくて、うちのトリオに関しては「どのようにペアを組んでもしっかり機能する」というありがたい前提があるから助かっている。何ならトリプルバトルでも連携が取れているので、意外に仲はいいらしい。
コウガくんとルチャさんの「超攻撃型:敵対者瞬殺ペア」だけでなく、サポート役の姫が「ほっぺすりすり」「怪電波」「甘える」などを駆使して麻痺をばらまき、能力値を下げ、あるいは「怒りの前歯」で固定ダメージを与えたあと共に組んだアタッカーがケリをつける…みたいな戦法で安定している。特にルチャさんが組んだ場合は、彼の面倒見のいい性格が影響してるんだろうけれど、姫と「守る・守られる」関係を作ることでシナジーが発揮されるので、悪くないチョイスだと思う。
相手が出してくるのはニャオニクスの雌雄コンビ…間違いなく雄が壁張り要員だ。
さて、「リフレクター」か「光の壁」か、…いいですよ。どちらでも。二重張りでも。対策は練ってますからね。
++++++++++
恒例だ。
彼の頭上に陣取って、しがみつく。「かつての日々」の中で撫でていた時と同じ、なめらかで柔らかな羽毛の質感が、彼の体温と共に前足の裏から伝わってきた。
るちゃ殿は『振り落とされるなよ』と言ってくるが、彼が私を投げだしたことなど一度もない。いつでも彼は私を気遣ってくれる。
以前、『おまえは強いと理解しているが、前線に立っている姿を見ると、…どうしても俺が落ち着かない。ふたりで組むときくらいは守らせてくれ』と言われたことがある。今回も同様だったから、素直に、嬉しいと思った。こちらの一方通行な感慨だとしても、彼の深層部分に何かが残っているんじゃないかと思わせてくれて、そのことを勝手ながら喜んでしまう。
彼は、心優しい小鳥だった。
過去――私の身を案じ、敵の前に恐れることなく立ちはだかっていた。この小さくも勇敢な
だから、私は。
自分の身を守る力を手に入れた私は。戦う力を手に入れた私は。今世こそおまえと共に戦って、喜びを分かち合いたい。
『さて、るちゃ殿。対戦者のお出ましだ。情報整理と参ろう』
にゃおにくす。
雄と雌で外見が異なるのみならず、覚える技や特性も違う珍しい獣。
特性の「鋭い目(→ 技の命中率を下げられない。また、相手の回避率が上がる技の影響を受けない)」は無視していい。こちらが仕掛ける技の中に「鋭い目」発動の引き金となるようなものは含まれていない。「すり抜け(→ 相手の「壁」や「身代わり」をすりぬけて攻撃できる)」に関しても同じ理由で不問となる。
問題は、雄が「悪戯心(→ 変化技を先制して出すことができる)」だった場合。
「ニャオニクスは雄の方が防御本能も強く、補助技を多く覚えます。雌は分かりやすいほど対照的で、つまり、攻撃技が中心。殊ダブルバトルでは補完し合う関係なので、役割がはっきりしている」と、あるじ殿も言っていた。明確な役割分担をより効果的にするためにも、戦いを優位に進めるうえでも、雄の立ち回りが重要…まず警戒すべき対象ということになる。
『るちゃ殿。雄が「悪戯心」持ちなら、「電磁波」あたりが先制して放たれるかもしれない。用心しよう』
『わかった』
――行くぞ。
一言の予告を以て、小鳥が翔けるように地を駆けていく。己の短い四つ足では決して経験できない疾走感だ。風を全身に受けると、まるで天下一の早馬に乗っているようでいつも心が高揚する。
『…、速さで上回る我らに先んじて技が発動した。特性が確定したな』
別の戦いの場で見たことがある。あれは「光の壁」――本来は、特殊技の威力を半減させることができるもの。ただし、今回は複数での戦い。己のみならず相方の防御も担うがゆえ、壁を広域に薄く張ることになるから強度が落ちる。敵から浴びる特攻技も威力半減とはならない。私の妖精技でもそれなりに通るはず…通常威力の三分の二程度はいけるか。
敵から放出される「悪の波動」を華麗に避け続ける小鳥に、指示を出す。
『突き進むぞ。合図を出したら二手に分かれよう。
私が右にいる雌を引き受ける。るちゃ殿は、左を。
では、…これより目を閉じろ!そのまま真っすぐ走れ!』
攻撃のみならず、今回は、敵方への目くらましも兼ねて四散させる光だ。
我が身から強烈な閃光をほとばしらせ――敵が思わず呻いて動きを止めた、刹那。
『今だ!』
カッと猛禽の目を見開き、るちゃ殿が放つ「しざぁくろす」。今回張られている壁では物理技をいなすことは不可能…更には虫型に該当する技だ、ひとたまりもあるまい。
うむ。まずは補助からの供給を断つことが戦での定石だからな。
対する私は、相手の白い毛皮に飛びついて頬をこすりつける。大した威力が期待できるわけではないが、麻痺させることで自慢の素早さを削れたら御の字。場合によっては痺れによって技の発動を妨害することもある。非力な者なりの支援としては上出来だろう。
…無論、相手の特性が、雌のみが持つという「勝気(→ 相手の技や特性などで自分の能力のどれかが下がると特攻が二段階上がる)」であった場合はかなりの裏目に出ただろうが、事前の情報開示もなく戦う以上はある種の賭けが必要であったし、彼女の焦り方を見ている限り攻撃力上昇補正がかかっている様子もない。別特性だと考える方が自然だ。
不利な状況に追い込まれた雌は苦りきった表情を浮かべながらも、不思議な光を纏って体を浮かせ、上空へと逃げてしまう。
よろめく姿は弱々しく憐憫を誘うが、これは甘えも情けも無用の
『引導を渡してやらねばな』
再度るちゃ殿に乗せてもらい、ふたりして飛びたった。
力を振り絞って相手が繰り出してきたのは「未来予知」。時間差で襲ってくるという
後脚の筋肉をばねに、私は、空中へと身を投げだしていく。
こんなにおてんばに、多少の無茶がきく身体を得る日がこようとは思わなんだ。戦闘を通じて命を燃やす駆け引きの、なんと血沸き肉躍ること。
『どこぞの鬼の頭領のように、つくばえ平伏せよとまでは言わぬが…』
あらん限りの力を尻尾に込めて、刀工が玉鋼を打つように硬く鍛え上げて。
私の取柄は、思い切りのよさだ。
『…おまえは少々、頭が高いようだ』
あいあんてぇる、で、にゃおにくすの雌を目一杯にはたき、撃墜する。
どおっと地面に叩きつけられた可憐な体躯へ終の追い討ちをかけるべく、るちゃ殿に向かって声を張り上げた。
『るちゃ殿!ふらいんぐぷれす!』
会場を揺るがすほどの衝撃が此度の勝ち鬨代わりだ。
勝者の証――その七つ目を「げっと」というやつだな。あるじ殿。
***
『るちゃ殿』
落下してきた私を優しく受けとめてくれた翼の中から、小鳥の顔を見上げる。
『楽しかったな』
『そうだな。また組もう』
デデンネの指示が的確で頼もしかった。
そう言って微笑む顔は眩く端麗だ。おまえより小さな体になったからこそ、今となっては一層、おまえの美しさが分かる。
変わらずいい漢だな。おまえは。
『それはそうと、こうが殿がいたく不貞腐れておるだろう?機嫌直しは任せたぞ』
『…、…善処する…』
++++++++++
「占いとは、先読みの力を指すばかりではない」
ヒャッコクのジムリーダーは、静かに語りかける。
「未来を知るために過去を探ることもある。
…なかなかお目にかかれない事象だ。
そして、…其方自身もまた、数奇な運命を辿る者。…手帳の中身を神からの福音と同等に見なして実践していく道は、…つらくはないか」
本人の特殊能力、ちゃんと本物だったか。
手帳のことや、その中に書かれていることが僕にとってどんな意味を持っているのか正確に見抜いている。エスパーを前にすると、大体のところ、プライバシーなんて言葉は意味をなさない。
「つらい?…まさか」
僕は彼の分身だ。
彼がやりたかったことは、僕が代わりに成し遂げるべきこと。僕の生き甲斐そのもの。そこには一欠片の不幸さえ含まれていない。当然だ。完全無欠でなければならないのだから。
「ホエルオーと一緒に泳いでみたいと書いてあればダイバーになる。マラソンへの挑戦と書いてあればランナーになる。教師になりたいと書いてあれば――…論ないことですね。
適応力の高さが売りなものでして。…何にでも変身できるのが、僕の特技ですから」
++++++++++
『最終決定権はトレーナーにあるんだ。おまえも分かっているだろう?』
目を線にして不満顔をあらわにするゲッコウガに何度か声をかけてみるが、『それでも御主と一緒にニャオニクスと対戦したかった』の一点張りで全く埒が明かない。
そもそも俺の所為ではないんだがどうしてこいつの機嫌をうかがう羽目になっているんだろう、と、軽く頭痛がしてくる。
『過ぎたことを引きずるなよ、おまえらしくもない。…まったく…、どうすれば機嫌が直るんだ』
くるりとゲッコウガが振り返る。
その言葉を待っていた、と言わんばかりの態度に思わず後退るも一歩遅かった。
『キスしたい』
『…、は…?』
『拙者、寂しい思いをしたわけだし。慰めてほしいでござる』
それからー、そのあとはー、と指折り数えだしたので慌てて止めた。
『ちょっと待て!何でそうなるんだ、他にも選択肢が…』
『そんなものはない』
いっそ清々しいほどにきっぱりと断言したあと、ゲッコウガはぎゅうと抱きすくめてくる。
『どうすれば機嫌が直るか訊かれたから答えたまでのこと。ルチャブルが堪能できれば、拙者、すぐにでも回復するでござるよ』
なんなら、これから一晩かけて御主を補充させてくれないか。
抗う意欲を削ぐような甘い囁きが鼓膜を撫でるから、このままだとどさくさ紛れに流されてしまいそうで、実際に釈然としないし、反論しかけた挙句――…まんまと口を塞がれたことが、今はただ、悔しい。
※ ちょっとややこしい悪タイプとエスパータイプの関係 ※
・悪技はエスパータイプに有効。エスパー技は(基本的に)悪タイプに無効。
・ただし、エスパー技のうち「変化技(補助技)」に該当するものは悪タイプにも効果がある。
・「すりかえ」や「トリック」などで「狙いの的」を押しつけられるなどすると、無効だった技が当たるようになってしまう。
・「ミラクルアイ」状態になると、悪タイプにもエスパー技が当たる。
何もかもが無効になるというおいしい話は、やはり然う然うない。
ちなみに「悪戯心」は「変化技を先制で出すことができる」強特性だが、実はこの特性の効果によって優先度が上がった技は、敵の悪タイプに無効化される仕様になった(第七世代以降)。