放課後の校庭で 課外授業な愛を知る/相対性理論『地獄先生』
「ねえ、なんで先生になろうって決めたの?」
突撃リポートみたいに近付いていくと、先生は呆れたように溜息をついた。
「…君はいつも前置きなく切り込んできますね。
今日、進路調査のプリントが配られたからそんなことを訊くんですか」
「そう」
私の単純な動機は、当然のように、あっけなく先生に見抜かれている。
「あくまでも参考だよ、参考」
取り繕うように愛想笑いをする私に対して、先生は、それが何でもないことのように平らな声で言った。「大切な人の夢を叶えたかったからですよ」って。
あっさりしていた。こんなの普通でしょ?って言う感じ。
「…何それ」
「代理、ってことです」
「自分が先生になりたかったから、じゃ、なくて?」
「…そういうことになりますかね」
「そんなの夢じゃないよ」
「ほう、…なぜです?」
違うと言っておきながら、私は説明できなくて言葉に詰まった。
冷静に考えたら、よく分からなかった。
夢だ、夢じゃない、それって誰がどうやって決めるんだろう?
「あの、…夢っていうのは、自分で決めるものだから。そうでしょ?」
「僕は自分で決めましたよ。
その人には、…、…どうしても、仕事を諦めざるを得ない事情がありました。だから僕が引き継ぐことにしたんです。僕自身が納得したうえで決断し、望んだことならば、それは夢と言ってもいいのでは?君の理屈とも、どうやら合いそうだ」
「まあ、…そうかもしれないけどさ…」
私は、噛みきれないガムを口の中に入れてるみたいに、もごもごと話す。
「君の望むような答えではなかったかもしれませんが、嘘を言ったって仕方ないので正直に話しました」
「…うん、分かってる。ありがとう。
何ていうか、…誰にも頼らずに、自分だけで見つけた理由がないと夢とか将来って語っちゃいけない気がしてたから、…そうじゃない大人もいるんだって分かって、ちょっと勉強になったかも」
「もちろん、崇高な志や溢れるような情熱があればそれに越したことはありませんが…僕みたいな例外もいるってことです。
君は人生経験も浅いわけですから、焦る必要はないですよ。
むしろ、今のうちから一途に歩める道がある人の方が少数派な気もします」
「じゃあ、夢って、今すぐ、絶対に決めなきゃいけないってことはないよね?
私も先生みたいに、意外な形で見つかるかもしれないんだし」
なーんだ。ホッとしちゃった。だって、担任は、絶対に一つは書いて提出しなさいって言うんだもん。
「私、まだ、なりたいものなんて分からないの。
別に、このスクールを卒業したところで、トレーナーになろうって思ってるわけじゃないから」
もらったプリント、紙飛行機にして飛ばしちゃおうかな。
不平を漏らすと、先生は小さく笑った。
「そもそも夢というものは、持ってなきゃいけない、見つけ出さなきゃいけないと強迫観念に駆られながら探すものではありませんよ。出会うべくして出会うものです。
今回のことも、言ってしまえばたかが紙切れ一枚…君の人生を決定付ける強制力なんてない。普段、殊更には意識してこなかった自分の将来について考えるきっかけをもらったんだとでも思っておけばいい。だからこそ、記入に気負う必要はありません。お試しのつもりで書いてみたらどうですか」
「何でもいいの?」
「ふざけ半分で書くよう言ってるんじゃないですからね。そこは勘違いしないように。
もし、今、何か好きなことや夢中なことがあるなら、そこから将来の夢を連想してみてもいいかもしれない。
大事なのは、君に関連があること。君に少しでも興味がある事柄を記入すること。
…それなら、何とか仕上がりそうでしょう?」
私が、今、好きで、夢中な気持ちになる「何か」。
私に関連があって、少しでも興味がある「何か」。
「わかった」
「紙飛行機にしてはいけませんよ」
「心配しないで。ちゃんと担任に渡すから」
私は「またね!」と言って、手を振ってみせる。
すると、先生も振り返してくれた。「またお話しましょうね」なんて、いつも通り、社交辞令まるわかりのトーンで。
***
寝る前に、プリントの空欄には「先生」と書いておいた。
「ふふ、へったくそな字」
意味もなく大きくて、不揃いな筆跡。
でもさ、これはこれで味があっていいんじゃない?
明日、これを堂々と提出してやるんだ。私はひとり笑って、ベッドにもぐりこむ。