※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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第一話*派生Ⅲ⑤

 城内警備のために見回りへと赴き、庭園付近を通りかかった折――姫君一行とたまさかに出くわした。

 頭を垂れて道を譲ったが、すれ違うことなく立ち止まった影がある。

 見遣れば、最近、詰所で何かと話題になる美麗な鳥が目の前に立っていた。

 

『今日は文字通りに庭の番なんだな』

『草の者ばかりを生業にしているわけじゃない。どちらかと言うと、俺にとっては警備が本業だ』

 

 この物騒な容姿に怖気づくこともなく、気さくに話しかけてくる彼。

 いたって普通の好青年なのに、ゲッコウガなんぞに目をつけられて…可哀想に。

 

 そんなことを思いながら見つめているキリキザンの胸中など知る由もなく、ルチャブルは『警備ついでに庭園を散策したらいい』と優雅なことを言ってくれる。

『…そうしよう。今の見頃は何か、知っているか』

『紫陽花(あじさい)だと聞いた。それを題材に和歌を詠みたいと姫君がおっしゃるから、こうして出てきたんだ』

『…紫陽花?この時期に?』

『玉紫陽花という品種らしい。夏が開花時期だと――』

 

 ――途切れた。

 

 ふたりして視線を巡らせる。

 耳の奥にこびりつきそうなほどの悲痛な叫びが聞こえ、ちょうど、剣呑な気配が近付いてきたところだった。

 

 狩りの瞬間である。

 地面擦れ擦れまで速度を緩めず突っ込んできたムクホークが、その鋭い足の爪で庭園を飛び回るマメパトを捉えようとしていた。一旦は捕捉したかに見えたのだが、マメパトが決死の抵抗で身をよじった所為で、どうやら掴み損ねている。

 

 現場を目撃するキリキザンの耳元で、大きな羽ばたきが聞こえた。もしキリキザンに四つ足の獣と同じく体毛があったなら、盛大に乱れただろうと思わせる凄まじい突風。それが、ルチャブルの飛翔と共に吹き抜けていく。

 無理に暴れて傷ついたマメパトはあえなく地に伏し、力なく横たわるその肉体を今度こそ引き裂こうと、ムクホークが赤い鶏冠をはためかせる。いよいよ被食者に肉薄する――が。

 阻まれた。

 そこには、色鮮やかな調停者が立ちはだかっている。

 

 

 彼は翼を大きく広げてマメパトを隠し、羽毛を逆立てて――雄叫びをあげた。

 

 

 周辺の空気をビリビリと震わせ、聞く者の鼓膜を裂くような、鋭い啼き声だった。

 小柄な体躯だというのに、まるで宙駆けるレックウザのような巨竜と見紛うほどの声量だ。決して美しいだけの存在ではないことをまざまざと見せつける有様で、不用意に近付けば間違いなく殺されるであろうと予感させる獰猛な一羽が、臨戦態勢に入っている。

 本来、ムクホークという鳥も勇猛果敢な猛禽類だ。しかし、このときばかりは身を引いていた。勝てないと確信させるだけの気迫に押されたのだと、それは誰の目にも明白なことだった。

 

 キリキザンが走り寄ると、おそらく彼は全く意図せずして、それでも苛烈に睨みつけてきた。相対する者が否応なく戦慄する凄んだ眼力。異様なほどにぎらつく双眸の中で、瞳孔が開ききっている。敵の動きを封じる目つき――これを真正面からくらったムクホークはたまったものではなかっただろうと、容易に推察できた。

『…落ち着け、ルチャブル。もうすぐ姫が来る。そんなに殺気立っては怖がらせるぞ。そこのマメパトだってそうだ』

 ルチャブルの背後では、翼を負傷しているらしいマメパトが、飛びたつこともできず血を垂れ流している。

 すぐさま怪我の具合を検めるでもなく、むしろそこから顔を背け続けているルチャブルを見て、キリキザンはとある事情が見えた気がした。

 

「よくぞ助けてくれた」

 

 一部始終を見ていた姫君が近寄り、ルチャブルに労いの言葉をかけている。

 悪気なく無邪気な気持ちから鳥が好きだと言う、いかにも野生とは無縁の人間らしい第一声だった。

「傷の手当てをしてやろう。その鳥を運んでおくれ」

『…俺がやる』

 ルチャブルに先んじて、キリキザンは軽々とマメパトを抱え上げた。

『何となくだが察した。おまえはマメパトを視界に入れないようにしろ』

『…頼む』

 つい先程、軍神のような荒々しい姿を見せた鳥と同一だろうかと疑わしいくらいに、掠れた声で返事が寄越された。

 

「結果として助けたように見えた」だけで、本質は違うのだろうなと、傷ついた小鳩を搬送しながらキリキザンは危ぶむ。

 言うなれば――咄嗟の、血に飢えた本能の衝動。獲物の横取り。そのための、威嚇行為のように見えた。

 

 以前、ドンカラスは、ルチャブルが換羽期だと言っていたが…その時期を理由にするだけでは済まない何かが彼を蝕んでいるのではないか。その懸念が、じわりとキリキザンの胸に巣食う。

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