どこにでもいるバイトくんの話。
大概、偶然知るでしょ。へえ、そんなのあったんだー…みたいな。
俺の場合もそんな感じ。
学校からの帰り道で、通りかかった店の窓に貼ってあったわけだ。「バイト求む」、しかも「急募」。採用人数は一人だけ。指定されてる枠は二時間。仕事内容に関しては「簡単なポケモンの世話」としか記されていないけれど、まあ、二時間枠でこなす業務なんてたかが知れてるだろうし、重労働ってことはなさそう。さいわい、生き物は嫌いじゃないし、実家にもハリマロンがいるから慣れてる。時給も、このくらい貰えるならいっかな、って妥協できる額だ。俺のスケジュール?余裕で大丈夫。
怪しむことはなかった。俺の条件にハマっててラッキーって思ったくらいだ。
その場で店の中に入って、従業員ぽい人に声をかけた。
「すんません。表の貼り紙のやつ、まだ応募しても大丈夫スか」
***
「へえ…、…高個体値メタモン…」
「あ、そっから説明必要な感じ?」
事務室でバイトの契約書やら履歴書やらを提出し、今後のことについて一通りの話を聞いたところだった。「うちは4V以上のメタモンを確約してる、ちょっとすごいトコなんだよ」と自慢げに語る店長には悪いが、「何それ」と素人が出鼻をくじく形になって。とは言え、別に気を悪くするふうでもなく、彼は「ホントに何も知らないで『預け屋』に来たんだねえ」と笑っている。
「ちょっとくらい勉強してきた方がよかったスかね」
「あー、いいのいいの。追々で。高度な専門知識とか要求してるわけじゃないし。基本、君に頼みたいのって餌やりとか部屋の清掃だからさ」
ごく簡単なレクチャーを受けた結果、ここは人間にとっての「理想のポケモン」を「つくる」施設なんだ、と、バカなりに解釈した。
つまり、優秀な親に優秀なヒナを産んでもらいましょうってことだろ?で、卵作りの際、(特殊なポケモンを除いて)どんな相手でもオールオッケーな「メタモン」というポケモンがいてくれると楽ちんなんですよー…と。人間が介在して、メタモンとの作為的なマッチング交尾の場を提供するわけだ。あら、何だか途端にやらしーじゃないの。
この営業所には飼育・繁殖を兼用する部屋が十あって、それぞれに一匹ずつメタモンが待機している。お客さんが連れてきたポケモンとペアになって、部屋に引きこもり…つーか、巣ごもりして、卵作りに勤しみますって流れ。
さっき、専門用語っぽく出てきた「V」ってのも、個体値チェッカー(ってマシンがあるらしい)でジャッジした結果を表示するときの略式記号ね。
あんまり覚えるのは得意じゃないので、もう一度、メモ帳に目を落とす。
えーと…… H : HP / A : 攻撃 / B : 防御/ C : 特攻 / D : 特防 / S : 素早さ ……一体につき、ざっくりと六項目で判定されて、たとえば、このうちどれか四項目が最高値を叩き出してたら「4V」なんて言われて褒めそやされるのだ。
ポケモンの中にも生まれついての勝ち組ってやつがいるんだなーと思いつつ、バイトを始めて数週間。
ぶっちゃけ、楽だ。そりゃ、一体ごとに餌の好みとか量とかメーカーとか違うからその辺は気遣うし、「うちのポケモンにはこんなふうに接してくれ」って事細かなリストを託していく客もいるから、そういう要求には可能な限り応えなきゃだけどさ。でも、うちにいるメタモンも、客が預けていくポケモンも、大概お利口さんだし、聞き分けがよかった。こっちの仕事を邪魔してくることはまずない。さすが、ハイスペックなだけはあるじゃないか。
ちょろっと言い足しておくと、バイト先にいるメタモンは一~八号室が4V、あとは九号室に5Vが一匹と、十号室にパーフェクト賞6Vが一匹。6Vメタモンと卵を作ろうとしたら目玉が飛び出るくらいの金額を払うことになるんだけど、顧客の中にはヘビーユーザーってのもいるんだよね。どういう仕事してればあれだけの資金を毎回用意できるんだろうか…って、気にしだしたらみみっちいから、そういうところは詮索しないように心がけてますけれども。
さて、…実はこの中に、俺の脳内に烙印をつけていった子が一匹いる。
HDやや抜けの4V。六号室に常駐していたメタモンなので「六号くん」と呼んでいた。
何で記憶に残ったかというと、…てか、厳密には記憶に「残ってしまった」のだが、理由は三つある。
一つ目。ずーっと、六号くんは客のイーブイと一緒だった時期があって、それに端を発している。
この二匹がつくった卵の数だってすごいことになっていたし、あまりに長期間一緒にいるので、ある日、いつものように卵を受け取りにやってきた客に声をかけた。同性で、だいたい俺と同じくらいの年齢。今までも一言二言交わしたことはあったけど、そのたびに気さくな印象があったから、話すのに抵抗はなかった。
「なかなか巡りあえないもんなんですね。お目当てのポケモンって」
それとなく切りだした俺に対して、彼は「そうなんですよ~」と語尾を伸ばしつつ、困ったように笑った。やっぱり記憶にある通りで、彼の調子は明るく、こちらも気負わず済む。
「ま、こっちも色違い目当てなんで。粘ることになるのは覚悟のうえだったし。もちょっと頑張ります」
このとき、俺は初めて、彼が「色違いのイーブイ」を望んでいることを知った。
ついでに、結果はどうあれ卵を一つ受け取るにも延長してポケモンを預け続けるにも当然料金が発生しているわけで、費用はかさむばかりだというのに…そうまでして手に入れたい存在なのだろうかと――他ならぬその金によって収入を得ている身でありながら、余計なことを考える。
「イーブイ自体が好きなんですか。それとも、何か、進化先が関係して?」
「進化先絡みです!ブラッキーがイチオシなんですよ!」
途端に目を輝かせ、「一目見たときから、もう、絶対に欲しくて!」と、話す勢いまで強めながら、彼はスマホで画像を見せてくれた。
漆黒の毛皮にシアンの輪っか模様が青々と浮かびあがって妖しく煌めく様は、サイバーパンク風味の格好良さがあって、(俺がこの姿をしたポケモンに膨大な時間と莫大な金をつぎ込むかどうかはさておき)素直に感嘆した。マジ、かっけーッスね。咄嗟に出てくる語彙なんてこんなもんだけど。
「いやー、…『絶対欲しい』って、その熱意がすごいっつーか…、それにしても大変じゃないです?今まで孵化した子たちの世話もしなきゃいけないんだろうし」
「いやいや、流石にそれはないですよー」
そんなのきりがないでしょ、と彼はあっけらかんと答えた。
「通常個体だってわかったら、孵ったその場で野に放ってますから」
…ふーん。
そうなんだ。捨てるんスか。
反射的に過ったこのセリフはすんでのところで呑み込み口には出さず、「あー、なるほどですねえー」と適当に相槌を打ち、そのまま話を終えた。罪悪感の欠片も見当たらない相手の言い方にビビってろくに口が回らなかったってのもあるし、それ以上の会話を続ける気も失せていた。
六号くんに関わる二つ目。この色違いイーブイにまつわる「過程」に思うことがあって、店長と口論したこと。
俺は、色違いブラッキーを目指してアホほど課金している青年のことを思い返しながら、あの後「ヤバくね?」とモヤモヤしたのである。
ふつーにヒナが可哀想じゃん?え、ポイ捨て?みたいな。
俺は、実家にいるハリマロンのことを考える。あいつは雌だし、いつかは成熟して、進化して、誰かと番になって卵を産む未来が待っているんだろう。好きな相手との間にできた卵はきちんと自分たちで世話をして、無事に生まれてきた子どもの顔を見て、喜びを噛みしめて――とか、そういうことを、六号くんやあのイーブイも経験したかったんじゃないのか。本当は。
そのあたりに思いを馳せたら、止まらなくなってしまった。
しかも、あのイーブイの飼い主と話さなかったら、俺はそんなことにも気付かないで、ポケモンたちの世話だけして賃金貰って満足するだけの思考停止野郎のままだった。想像力が足りない奴のことをバカと言うらしいから、まさしく、どうしようもなく、自分で思ってた以上に、俺は正真正銘のバカだった。
俺が卵を部屋から持ち出していくとき、あの子らは、どんな気持ちで俺の背中を見つめていたんだろうか。せっかく卵を産んでも抱かせてもらえず、その卵からどんな子どもが孵ったのか見ることもできず、育てる喜びも苦労もなく。ずっと「産む」ためだけに消費されて。
で、何だよ。
客にしてもさ。自分の理想と違ったらその場で捨てるって?
孵化したばかりだろ?放置したらすぐに死ぬんじゃねーの?
そんなあれこれを、まとまりのないままで店長に話にいったら「若いねえ」と笑われた。
はい?
「…というか、浅いよ。今更」
「は、…え、俺、結構マジで言ってんスけど」
店長がへらりとした表情でつまらなそうに返事を寄こすから、俺はイラついて、つい尖った声を出してしまった。しかし、彼には何の効果もなさそうだった。「前に辞めたバイトもさー、君と似たり寄ったりなこと言って辞めてったんだよねー」と、かるーく、いなされる。
「ま、この展開を想定してなかったわけじゃないんだけど。君、優しそうだもんね。
個人からのバッシングだけじゃなくて、実際、ポケモン愛護団体からも槍玉にあげられやすいからなあ、うちみたいな職種って」
「…何スか、それ。…店長は可哀想に思ったことないんですか」
「そりゃァさ、思うところがないって言ったら嘘になるよ?でも、もう慣れちゃったし。
実際問題、物理的に不可能じゃない?生まれた端から全部引き取って育てるなんて」
「いや、里親とか」
「見つからんて。そんな一気に、何十、何百って里親と上手く繋がれるわけないでしょうが。SNS使っても無理だよ」
「でも、捨てちゃったら、…せ、…せーたいけー?ってのは、どうなるんです」
「生態系が壊れるって?成体をそれなりの数で捨てたらそうなるかもだけど、相手は孵化したてのヒナだしさ。生き延びますかって。食われて終いだよ。むしろ、捨てられた奴らが飢え死にするはずだった野生連中の命を救ってるかもね」
安物のオフィスチェアを軋ませて、店長はよどみなく俺の意見を斬り伏せた。
こんな遣り取りは過去に幾度となくありましたよって感じで、どこかでカンペでも出てんのかってくらいペラペラと喋っていく。
「君もね、自分の快不快を善悪の話題にすり替えちゃいかんよ。大体、ビジネスとして成立してるところにろくな理論武装もしてない意見を挟めるとでも思ってんの?
しかもさ、結局、君はどうしてほしいわけ?どうしたいの?代替案もなしに反対意見だけ言う奴は社会人としてもダメだと思うよ」
あのさあ。
バカを相手にまくしたてないでほしいんだわ。そんな深いとこまで考えてるわけないじゃんか。何かおかしいって思っても上手く言葉にできないの、こっちは。思ったこと思ったまま口に出すしかねーんだって。ガキだから。
「化石から復元した唯一種ポケモンの繁殖、絶滅危惧種の個体数回復…そうしたことにメタモンが活躍してるって言えば、世間は納得するんだろうね。美談っぽいし。
でもね、『人間が価値を認めたものだから』そこにメタモンを絡めるんでしょ?それってうちにも当てはまるよね?
優生思想がどうのこうの、命の選別がどうのこうの、大袈裟なんだってば。需要と供給があって、金になる。単純に、それだけのこと。
色違いは珍しくて自慢になるから欲しい。もっとバトル向きの素質を持った強い個体を育成したい。そんなオンリーワンを選び抜くんだから、それ以外は不要になるでしょうよ。傑作完成の過程で出てくる試作品が廃棄されるなんてよくある普通の出来事さ。追い求める理想に際限なんてないんだから、尚のこと。
そもそも、人間も人間で手を出してる領域でしょ。デザイナーベイビーとか。…ね?それに価値があると認められたら金を積んでどんなことでもするんだよ。人間は。自分も他者も巻き込んで」
店長は、やたらと「人間」を主語にして、括りをでかくして、自分がその代表者になったみたいに、話し続けた。
「あと、君は知らないみたいだから一応教えとくね。理想個体じゃなかったらうちにヒナの引き取りを依頼する客もいるんだ。もっとも、うちは引き取るにも料金とるから、あまりお目にかからない客筋だけど」
引き取った子たちの多くは――生体実験被験者の末路を、辿る。店長の話だと、そういうパイプが出来上がっているのだという。
「すごいよー。孵化余り入荷しましたって告知したらあっという間にはけるから。色んな研究所が持っていくんだ」
胸糞悪い、だけど業界ではどこにでも転がってる話をどかどかと積まれて、それでおしまい。俺は、とぼとぼと事務室を後にした。
小難しいこと偉そうに言ってても、所詮は「店長がそう思っていたいだけ」ですよね?…とか、一言でもかませたらよかったんだけど。「あー、何であのとき言い返せなかったんだろう」っての、よくあるよね。まんまと煙に巻かれちゃってさあ。その場では咄嗟の反論も思いつかなくて。
その日の帰り道でも全く鬱憤が晴れなくて、俺は髪の毛をぐしゃぐしゃと掻きながらひとり悶えるのだった。
俺はバイトを続けていた。
店長は意外そうな顔をしなかったし、言い負かしてやったぜみたいな勝ち誇った顔もせず、淡々と俺に指示を出し、俺も淡々と役割を果たした。
これが現実ですよ。不満はあっても金が必要だからバイトしちゃうんだよな。心の中で、ごめんなーとか、ポケモンたちにとって腹の足しにもならないクソみたいな自己満足の謝罪だけを述べて、俺は彼らの世話をしている。どうやら、俺には大した正義感が備わってなかったらしい。俺が腐ったシステムを改善してやるからな!とか、目の色を変えたりはしない。表層的な感情で動く、分が悪くなったら引っ込む、どこにでもいる平凡で行動力のない一般人だった。
ようやく色違いの子どもが生まれて、親イーブイを飼い主が迎えにきたときなんて、俺の短絡っぷりがよく現れている。飼い主を目の当たりにしてイーブイが心底嬉しそうな顔をしたもんだから、ちょっと泣けたりして。そうだよなあ、いつ帰れるのか分からないのはストレスでしかないよなあ。捨てられたんじゃないかって、怯えてたかも。それでも、ネガティブな考えを振り払うようにして、この子は健気に信じ続けてたんだ…とか、平和ボケしたことを考えてた。俺は思考が一貫してないし、単純なのですぐに絆され、挙句、この飼い主が数えきれないほどの仔イーブイを捨ててきたことまでうっかり忘れそうになる始末だった。俺はバカなんだよ。何度も言ってるけど。
対する六号くんは、ずっと同室だったイーブイがいなくなって、少し寂しそうだった。この六号室しか世界を知らない一匹のメタモン。用が果たされたらハイそれっきり、仲良くなった子ともサヨナラ。人間の都合で与えられ、奪われることの繰り返し。
預け屋にいるメタモンたちは、人間ありきで飼いならされるためだけにこの世に生まれてきたんだろうか。
そんなことを思ってたら、店長に呼ばれた。
簡単に言うと「六号くんを手放す」「次の養育者は決まっている」という内容で、既に決定事項だからなのか、店長はこれといった感傷もなく告げてくる。
「S最低値の5Vメタモンが入荷するんだよね。これで、うちも最遅調整のニーズに応えられるようになったわけだ」
…ちょっと言ってることがよく分からなかったのだが、「色々考えて六号くんを切ることにした」という部分が聞ければ、それだけで俺には十分だった。
要するにリストラなんだけど、その「リストラ」って言葉から連想する暗いイメージを、このときの俺は持たなかった。だって、それと引き換えに、六号くんはこれから新しい世界を知ることになるかもしれないんだし。貰われてった先で、こんな搾取されるばかりの生活じゃない、血の通った幸せに出会えるといい。そう思えたから、別に反対もしなかった。
「明日、里親がうちに来るってさ。手続きよろしく」
店長からの言葉に、俺は頷いた。
後日――六号くんが、幸せな新生活どころか惨劇に巻き込まれていたことを、俺は新聞で知ることになる。掲載されている容疑者の名前、顔写真が、六号くんを連れ帰った男と一緒だと気付いた瞬間、俺は文字通りに絶句した。
だって、そんな、…引き取られてから、…どれだけの月日が経ったと思って、…その間、ずっと? ずっと、六号くんは、…この男から…。
…そう。これが、六号くんが俺の記憶に残っている三つ目の理由。
特にこの三つ目については、今となってはもう、思い出したくもない出来事だった。むごたらしい事件だったから、という理由ではない。俺の本性が出たからに他ならない。なぜかって、俺は、確かに心を痛めたけれど、ただ、それだけだったから。薄情だけど、六号くんの安否を確認しに駆けずり回るとか、そんなことは一切しなかったから。
俺は、自分の手から離れたものがその後どうなろうと関知しない――いやな人間なんだなって痛感させられたこともあって、この一件は、叶うものなら俺の中から消しておきたい黒歴史になっている。