※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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【 概要 】
 春を鬻(ひさ)ぐ話。


進捗0%:④

 金持ちの道楽だと言われる。

 正解だ。趣味でカフェ経営をしていると言えばその道で苦労している方々の顰蹙を買うだろうが、実際、金を持て余している人間は存在する。俺はその手合いだ。端的に表すなら御曹司ってやつで、生まれてこのかた経済的な不自由を経験したことがない幸せ者である。ただ、高等遊民を気取るのにも飽きてきたので、暇つぶしに何か始めてみるかと思いたち、その折、安易にカフェ開業を選んだ。軽食くらいなら作れるし、コーヒーも好きだし、おまけと言ったらなんだが、叔父が集めに集めた挙句置き場に困っているという大量の猫ポケモングッズを借り受けて店内に並べたらそれっぽい雰囲気も出せるんじゃないかと、子どもの学園祭(ケルメス)じみた単純な計画だった。

 

 カフェ業界は低単価だ。数をこなして一定のブランド力を持たないとすぐに廃業に追い込まれる。ただでさえミアレシティは激戦区だらけなのだから…と、それは分かっているのだが、いかんせん、俺は開店動機からしてふざけているし、収支計画や採算管理なんかも甘々だ。それでも気楽にしていられるのは、資金繰りの心配を一切しなくていいから。この一言に尽きていた。自分の土地で開業しているから家賃はかかってないし、儲けなど端から度外視しているので、先行きの不安なども覚えずに済むのんびり営業。別にコンセプトカフェなんてつもりはなかったのに、今では猫ポケグッズにあふれた内装とか、適当に設定した低価格のメニューが意外とうけて、客入りはそこそこ。少なくとも退屈はしないから、これはこれでありかなと思っている。

 

 

***

 

 

 最近、店に野菜やら果物やらを配達してくれるバイトくんが変わった。入れ替わりでやってきたのは、まだ年端もいかない少年だった。

 挨拶を欠かさず、言葉遣いも礼儀正しいが、声が小さい。真面目な仕事ぶりだが、鈍臭い。頻繁に重い木箱を運搬するからってこともないだろうが、何をしていようがとにかく背を丸めているので姿勢が悪い。あか抜けない。よく見ると端正な顔立ちをしているにも関わらず、冴えない表情とダサいメガネの相乗効果で根暗に見える。

 いいところがあるのに、本人が意図せずしてことごとくを台無しにしている。そんな感じだ。善良な人間でありながら、世の中で一番貧乏くじを引くタイプ。どうせスクールカースト底辺のいじめられっ子だろうなあとか、俺は多分に失礼なことを考えながら彼の存在を認知していた。

 

 ただの配達人だ。店先で商品を受け取って、一言二言事務的な会話を交わしたら終了。俺にとっては比較的どうでもいい少年だったが、ある冬の日を境に、彼との関係性は180度変わることになる。

 

 偶然、彼が立ちくらみを起こした場に居合わせた。ぐらりと揺れ、そのまましゃがみこんでしまった人間をさすがに無視できず、客の目につかないよう厨房の隅に連れていく。

 血の気が引いて真っ青になった顔。意識的に眺めてみれば、今更ながら育ち盛りとは思えないほど瘦せこけた少年であることにも気付き、何とも言えない気持ちになってしまう。

「甘いもんでも胃に入れたら落ち着くかもな。ココア、飲めるか」

 尋ねたのに、少年はすみませんと震える声で繰り返すだけだ。

 俯いて、ぎゅうと縮こまっている。これから怒られることを怯えているような様子だったので、どうしたもんかなあと俺は後頭部を掻いた。

「あのさ、迷惑とか、別に思ってないから」

 ココアの粉末をホットミルクで溶いて、マグカップを強引に押しつけた。

「申し訳ないとか考えてる暇があったら、おとなしく飲めよ」

 俺も嫌な大人だなあと思う。

 もっと言い方はあったはずだ。「何も気にしなくていいからね」とか。「ゆっくり飲むんだよ」とか。ある程度の命令口調で接した方がこの子は言うことをきくんじゃないかと思って発言したら、結果は予想通りだった。少年は従順だった。しかし、こちらの顔色をおどおどと上目遣いで窺っておきながら、人を信用しきれていない目つきをするのだから、人によっては苛立つだろうと思う。やはり損な子だ。でも、飲み終わったらきちんと礼が言えるし、そういう小さな積み重ねが、かろうじてこの子の評価を保っている気がする。

「おまえさ、ちゃんと飯食ってんの?」

 少年は口ごもる。「バイトしてんだからちっとは食い物に金を回せよ」と余計なことまで言ってみたが、ますます身を硬くしている。

 この少年がそこはかとなく薄汚くてみじめな雰囲気を漂わせているからこそ、俺はかえって興味をそそられていた。妙な気分だった。働かなくても実は何ら困窮しない俺と、顔立ちに幼さの残る年齢なのに働かざるを得ず生きづらそうにしている彼との落差を目の当たりにして、世の中って本当に不公平なんだなと感じられて、尚のこと彼が気になった。優越感もくすぐられていた。だから、「今日の仕事が終わったらもう一度ここに来い」と口に出していた。

 突然のことに、少年は「え」だの「う」だの言って挙動不審になっていたが、すかさず畳みかけて「絶対だぞ」と念を押した。相手の性格につけこんで、こうした強引な言い方を敢えて利用するあたり、やはり俺は嫌な奴だった。

 

 

***

 

 

「へえ、高専行ってんの。頭いいのな」

 閉店後、有り合わせのもので創った料理を食べさせていた。少年は一口一口を大袈裟なくらいに噛みしめて、度々「おいしい」と呟いた。

 押しに弱いのをいいことに、俺は遠慮なく、不躾に、少年の生い立ちを根掘り葉掘り訊いて、現在の暮らしぶりまで聞き出した。まるで絵に描いたような苦学生なので、そんなことある?と笑ってみたくなったほどだが、残念ながら彼は話を面白おかしく盛れるタイプではないので、胸の悪くなるような過去も含めて全てが真実なのだろう。

 少年が受け取ったのは給付型の奨学金らしいから、返済の必要はない。しかし、それで授業料をカバーできるとしても、独り住まいの部屋代や食費、光熱費を始めとする生活費に関しては彼自身が稼がねばならなかった。学業と労働の両立は、特に彼の歳ではほとんど乗り越えがたい困難だろう。更には、自身の糊口をしのぐことすらできていないくせに、なんと養うべきポケモンがいると話すではないか。どうもそいつに食糧を渡している所為で、対する少年は空きっ腹をかかえる羽目になっているようだ。思わず「馬鹿じゃねえの」と言い放ってしまったが、少年は「僕が望んでやってることなので」と小声を紡ぐだけだった。

「…世間一般にさァ、おまえみたいなの、なんて言うか知ってる?」

 

 可哀想。

 

 あからさまな憐みを投げつけられたのに、少年は怒らず、恥じ入るばかりだ。ここで言い返さないから他人からいいようにされるんだよなあと、今まさに俺自身が彼をいいようにしておきながら、ふうと溜息を吐く。

「おまえは、金に困ってるんだな」

 現ナマの威力が効果覿面であることを知った上で、俺はカフェテーブルに紙幣を置いた。少年が何ヶ月も汗水たらして働き、やっと届くか届かないかという額を、ぽんと、平然と、何でもないものであるかのように見せつけた。

「俺は、金に困ってない」

 ごくりと喉を鳴らし、面白いように机上へ釘付けになる少年を眺めながら、話を切りだした。

「俺の言うこときいたら全額やるよ。どうする?」

 断らない確信があった。少年の先程の口振りから察するに、彼は、自分のこと以上にポケモンのことを大事に想っている。金があったらもっと食わせてやれるじゃん。その一言で、あっけなく、少年の天秤は傾いた。何でもしますと啖呵を切ったとき、驚くほど、真っ直ぐで力強い声を出した。

 

 

***

 

 

 少年に飯を食わせ、金をやり、時々ホテルに連れ込んだ。

 金払いでどうとでもなる娯楽は一通りやった気でいたが、そういえば男に手を出したことはなかったなあと思い至り、相手になってもらった。想像してたよりは悪くなかったし、色々教えれば、彼は健気に再現しようとした。下っ手くそだったのが少しずつ上達していくので、ちょっと褒めてみたら、心底嬉しそうな顔をする。自己肯定感が低い奴ってのはどうしてこうもちょろいんだろうと俺はかえって心配してしまう。

 おまえはよくやってるよ。頑張ってるよ。こんなに陳腐でありふれた言葉でも、それが相手の欲しがっているものと一致していれば、簡単に手の上で転がすことができる。こういうこと言うと人間性を疑われるかもしれないが、俺にとっては、路地裏で見かけたみすぼらしい野良に向かって気まぐれに餌を与えるのと大差なかった。少年のことを、時折、可愛いと思うのだって、ペットに対していだくそれと同等。単なる愛玩だ。

 この少年は、本当に、つくづくどうしようもない奴だった。未成年を抱いているという俺の最大の弱みを握って、逆に脅しをかける…そういう強かな発想をしないところに、彼の、生き物としての欠陥を見た。それどころか「あなたは優しいですね」と言ってくる始末だ。俺みたいな誠意の欠片もない野郎を優しいと感じるような思考回路をしているからおまえはいつまで経っても不幸なんだよ。いくらお勉強ができてもそこらへんが分からないようじゃダメだぞ。何度となく、思った。思ったけど、言わなかった。彼が錯覚を続けていれば俺は「いいひと」でいられる。俺自身、感謝される気持ちよさに酔い始めていた頃だった。

 

 ただし、俺は、深酒はしない主義だ。コーヒーを常飲しているから、目が覚めるのも早い。野良に餌をやることはあっても、その後に拾って家で飼ったりはしない。

 

 何が言いたいかって、つまり、俺はのめり込む前に少年と手を切ることにしたわけだ。まあ、いきなり放置するのは後味が悪いので、次の引き取り手を探すくらいのことはするけれども。

「俺の知り合いに声かけとこうか」

 およそ最低な提案だと思う。

 だが、少年は謝辞を告げ、最後の最後まで俺のことを恩人扱いし、ついには「こんな僕でも相手にしてもらえて嬉しかったです」ときたもんだ。この期に及んで何をほざくんだ、この子。絶句する他ない。

 幼少期から執拗に踏みにじられてきた人間とはこうなるものなのかと、その一例を身を以て思い知らされた瞬間だった。

 彼の身に起こったこれまでの出来事に関しては、人並みに、痛ましく思う。しかも、本人がありがたがっているのが異様なだけで、俺とてろくでもない形で彼の人生に汚点を残したことになる。だが、だからといって、俺は聖人でも何でもないので、必要以上の罪悪感は持たないし、彼を手放すことにも抵抗がない。

 

 こいつ、たぶん長生きしねーな。

 

 少年の儚げな笑顔を見ているうちに、非情な感想が、黒い光となってさあっと脳内を駆けていった。

 縁起でもない予感を覚えつつ、俺は、この少年の新しいパトロン候補に連絡を取ろうと電話帳のアイコンをタップする。

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