メタモンが知らない、彼にまつわる唯一の話。
起きて、時間を確認して、ああ終わったなと思った。
無意識のうちにアラームを切ってしまったのだろう。やはり仮眠なんて甘えたことを考えるのではなかった…そう思ってみても後の祭りだ。今からでもバイト先に出向くのが当然の筋なのだが、もう遅刻どころの話ではないし、行ったら行ったで暴言を吐かれるに決まっている。
幻聴だと分かってはいたけれど、…上司のだみ声や、同僚たちの嘲笑が、今この瞬間、部屋の中で木霊しているようだった。
怒鳴られて身が竦む僕を見て、周囲は、いつでも口の端を歪ませ叱責してくる。
「本当に無能だな、おまえ」
「いつになったらできるようになるんだよ」
「こんな仕事もまともにこなせないのか役立たず」
もう死んだほうがいいよ?
何度も。
何度も何度も、同じ罵倒の繰り返し。
そうだよなあ、…僕が悪いんだよなあと、いつも申し訳なく思っていた。何でも人より時間がかかるのは確かだったし、足を引っ張ることも多くて、「使えない奴」と評価されるのは尤もだった。誰よりも劣っていると分かってるから、頑張ろうとするのだけれど、結果が出てない以上、それは「頑張っているつもり」であって、言ってしまえば頑張っていないのと同じこと。…今日なんて、ついに「時間通りにバイトへ行く」という当たり前のことすらできなくなってしまった。
意外にも、鬼電の痕跡はなく、メールの受信もない。僕の不在に気付いてないのか、…そもそも、もう見限られたのか。まあ、後者が妥当だろう。いずれにしても、その程度の人間だったということだ。
いてもいなくても、どうでもいい存在。
昔からそうだった。
粗忽者で、要領が悪くて、他人を苛つかせてばかりで。怒鳴られて、殴られて、蹴られて。
でも、スクールの担任が話していた。「学んだことはあなたたちだけのものになるのよ」と、彼女は教壇の上から微笑んで、教室を見渡していた。
「奪うことができない財産。それが、知識」
先生の優しい声は心に沁みた。もう、何も取り上げられたくない。壊されたくない。その一心で、勉強に励んだ。
幸いに、高専にも行けた。在学中に危険物取扱者甲種の資格を取ったから、毒タイプのポケモンが生成するあらゆる毒物が扱えるようになったし、だからこそ製薬会社での働き口が見つかって、バイトとはいえ金払いがよかったから続けてきた。金は大事だ。貧しい家に生まれたからよく分かる。ひもじいとみじめだ。そんな思いを、少なくともメタモンはさせたくなくて、金が貰えることなら何でもやってきた。その過程で、いくらなじられようとも、…そうした攻撃を受けるのには慣れていたはずだった。
…だけど。
調子にのるなよ。資格だなんて大層なことをいって、そんな紙切れ一枚が何だってんだよ――と、…ここにきてまで、自分の頑張りの証だと思っていたもの全てにケチを付けられて、くだらないものだと言われて、否定され続けたら、…もう、僕は空っぽになってしまう。
身につけたと思った知識や技術は、無価値なんだと。それを思い知らされたら、前に進む気力を失ってしまった。
最近よく思う。
僕が生きていて、誰かが得をすることなんてあるんだろうか。
生まれてきてよかったと、いつかそう思える日が来ますようにと祈りながら毎日過ごしてきたのに。
やっぱり、駄目だった。
それに。
「…メタモン…?」
辺りを見渡しても、相棒の姿はどこにもなかった。それと知れたとき、しんと静まりかえる部屋の中で、ふふ、と乾いた笑い声が零れた。
そうか。
そうか、…メタモンも僕に愛想が尽きてしまったか。
無理もない。
こんなに、愚図な同居人では。むしろ、今までよく辛抱してくれた。そうだ。メタモンの幸せを願うなら、自由にしてあげるのが一番じゃないか。僕のわがままで、あの綺麗な花畑から連れ出してしまって、…メタモンは優しいから、きっと僕を突き離せなくて一緒にいてくれただけなんだ。
この辺りが引き際かな。
いい加減、…疲れたし。
「
安アパートの天井部。
そこで剥き出しになっている梁を、何とはなしに見上げた。