マメパト様の包帯をかえたり、食事のお世話をする役目として、私が言いつかりました。
彼女は可愛らしい女の子で、私とそう年も変わらず、すぐに仲良しになりました。療養の傍ら、森での暮らしを色々と話してくれて、それはそれは楽しい毎日でした。
庭園で襲われた話を聞いたときなどは震えるほど恐ろしい思いをしたものですが、当事者であるマメパト様は猶更でありましょう。なればこそ、危険を遠ざけてくださったルチャブル様に直接会って御礼がしたいのだと、そうおっしゃいます。
何度となく、彼女の想いをルチャブル様にお伝えしたのですが、そのたびに彼は笑って、でも『礼を言われるほどのことじゃない』とやんわり断るのでした。
不安です。
ここのところ、ルチャブル様は、何だかピリピリしていらっしゃいます。
話す際の声音は相変わらず優しく、笑顔も見せてくださいますが、薄く透明な膜を一枚隔てているような感覚がしてならないのです。
彼の中で膨れ上がっていくものを、私はどうすることもできずに、ほとほと無力を痛感しました。木の実だってきちんと召し上がっていらっしゃるのに、――何を意味しているのでしょう。この、ルチャブル様の中で色濃くなるばかりの「飢餓感」は。
もはや私でなくとも構いません。とにかく、ルチャブル様が内秘めるものを聞き出して解決へと導いてくれる御方が、どなたかいてくだされば…。
しかし、そのような適任者など、この城には――…いいえ、…おひとり。
心当たりが、おひとりだけ、思い浮かびました。
不運にも、私はその殿方の顔を存じ上げているだけで名前は聞いておりませんでしたから、どのようにして探したものかと考えあぐね…そしてふと、可能性を見出すのです。
女の園と言われる北の対に、頻繁に出入りされる殿方を思い出しました。
泣かされた姐さんは数知れず、しかしどうしても憎めない…否、女から憎まれないだけの手練手管を熟知している色好みの御方。
今日もいらっしゃって、女性に囲まれながら艶っぽく談笑されていました。
私は遠くからではありましたが、分かりやすいほどに強い視線を彼に投げかけた後、すっと裏庭に出て、ひとりきりで待っていました。
『舞姫からの熱視線なんて、男冥利に尽きるよ』
さほどの時も置かぬうちから、甘い声に誘われます。
振り返ると、豪奢な薔薇の花でさえ恥じらいを見せるだろう美貌の殿方が、すらりと佇んでおられて。
誰でも虜にするという噂が立つのも納得の魔性を感じながら、私は一礼しました。
『お話をするのは初めてですね、ニューラ様』
『既知とは恐れ入る。平生なら手に届かぬ高嶺の一輪と言葉を交わせるとは光栄だ』
『存じておりますとも。あなた、殊に女の間では有名な御方ですもの』
ちくりと嫌味を言ってみましたが、それを無に帰すほど、彼は蕩けるような笑顔を見せます。
『なぜオレが有名なのか知っておきながら、こうしてふたりきりの舞台を用意してくれたなんて。ますます舞い上がってしまう。
何をお望みですか麗しの君。求めよさらば与えられん…オレの誠意を尽くしてみせよう』
『そこまでおっしゃるなら、どうか叶えて。一つ、情報をいただきたいのです』
『情報を』
『はい。この城の情報屋として、あなたの右に出る御方はいないと聞いています』
『否定はしないさ。自信はあるよ。…何を知りたいの』
『この城に、紺をまとう蛙の殿方がいるはずなんです。その御方と、もう一度お会いしたくて』
『…おや。このオレをそっちのけで、野郎探しの依頼とは』
彼の赤い目が、妖しく細められました。
『知っているけれど、あれは気難しくてね。たとえ君の呼び出しだったとしても、よほどの手札がないと動かないんじゃないかな』
『ルチャブル様に関することだとお伝えください。そうすれば、一も二もなくいらっしゃるはずです』
ニューラ様は、より笑みを深めました。いっそ嘲笑といっていい様子で、口の端が上がります。
その表情を崩すことなく鉤爪の先で顎を撫でながら、『これはまた随分と強い札をお持ちで』と、おっしゃいました。
『ねえ、さっき君は「もう一度」会いたいと言ったでしょ。既に奴とは見知った間柄なわけだ。どうして?』
『…それは、あなたにお話しする必要がありますか』
『もちろん。君が教えてくれたら、オレが奴との橋渡しを果たすと約束するよ』
『先程、求めたら与えると』
『言ったよ。嘘じゃない。そして「無条件で」とは言わなかった。何もかも君が聞いた通りだよ。
あいつにルチャブルの何を話すつもりなのか、それは訊かないであげる。代わりに、君とゲッコウガの馴れ初めを知りたいな』
そんな屁理屈を迷いなく言える強かさあってこその情報屋なのでしょう。
あの御方はゲッコウガとおっしゃるのだと、それを反芻しながら、私は彼の口車に乗せられるがままに洗いざらい話しました。ゲッコウガ様と交わした内容を誰にも話せず、したがって、あの春夜以降は鬱々とした気持ちを抱えて持て余していたので、話し終えてみればほぼ愚痴のようなものになっていました。
それを厭うことなく、ニューラ様は、最後まで黙って聞いてくださったのでした。こうした聞き上手な姿勢にも姐さん方は絆されていくのだろうなと、つい、余計なことを考えてしまいます。
『あいつはルチャブルのことになると知能指数がぐんと下がるからなあ。まさか牽制をかけにいくとはねえ…大人げない』
うんと伸びをして、ニューラ様は、先程とは打って変わった人懐こい顔を向けてきました。
『面白い話を聞かせてくれた分、きっちりと仕事をさせてもらおう。いつ、どこに連れてこようか』
『早いうちがいいです。本日中でも構いませんか』
『いいよ。言ってみな』
『暮六つの鐘が鳴る頃、城内薬園の花梨にて』
『よし、承った。期待して待ってて』
言うが早いか、ニューラ様は重力を無視するようにひときわ高く跳躍し、瞬く間に去ってしまわれました。
目にもとまらぬ速さで、余韻すら跡形もなく消して、まるで疾風のように。