そうやって始まったんだよ。
『まだカロスを発ってすらいないのに…』
はしゃぎすぎだろ、とルチャさんの呆れた声が聞こえてくる。
そうかなあ?
どこらへんでそんなふうに見なされてるんだろうか。期待に膨らんだトランク?おろしたてのサンダル?トロピカルな柄のシャツ?それとも百均クオリティのハート型サングラスだったり?
いいじゃん、形から入ってテンション上げてかないとね!でしょ?
それに、今の僕は「突如として失踪した新チャンピオン」ってことでちょいと世間を騒がせてる身なんだから、変装もしなきゃだし。
え?
浮かれた格好しなくてもお得意の能力で適当に「変身」すればいいだろうって?
分かってないなあ。そういうこっちゃァないのよ。
何より、僕にとってはこの姿で生活をすることに意味があるんだからさ。
コウガくんもルチャさんの後に続いて『隣を歩きたくないレベル』『他人のふりをしたい』などとつらつらぬかすので、「ほーん」となった僕は、トリオ分のサングラスを取り出した。君らのは星型にしておきましたよ。可愛いでしょ。
「ホントは興味津々なくせにィ~。はい、みんなでかければ怖くない」
いいねー、このチープな作りが余計にパリピ感あふれてて笑けてくる。
おい冗談だろとなる野郎共とは対照的に、ルチャさんの頭の上に陣取っていた姫君は『お揃いというやつだな』と嬉しそうに笑顔を見せてくれた。
『それに、てれびで見た。こんなふうに
おっと、知らぬ間に俗な知識が増えてるぞ。そのうち抜け感とかこなれ感とか言い出しそうだ。
ぶっちゃけ悪ふざけだし、そんなにスタイリッシュな方向性があったわけじゃないんだけど、姫が言うならいいや。そういうことで。僕はちゃっかり、大きく頷いて彼女の意見への同意を示した。
好奇心旺盛な我らが姫君は、何のためらいもなく一対のつぶらなおめめを星型にしてしまう。一周回ってどや顔すらキュートだ。彼女が奇抜なことをやっても何やらセレブチックにまとまっていくのだから、やはり気品のなせる業なのだろう。
『ほら。遊び心を持つことは大事だぞ』
姫は、有無を言わせることなくすちゃっとルチャさんにもサングラスをかけていく。
えぇ…という戸惑いを隠さず、しかし、やがてルチャさんは諦めの境地に達したのか、「次はおまえの番だな」と言いたげにコウガくんを見上げた。
『…いや…拙者は…』
『腹をくくれ。一蓮托生だ』
『そんなに悲壮な覚悟がいるのか⁉』
アホな押し問答をしていたが、ルチャさんが絡むとしおらしくなるコウガくんなので、味噌やカレーを前にしたときのアシ●パさんみたいな顔ですん…となりながらも結局サングラス一派の仲間入りを果たすのだった。この三者が並んだときの絵面そのものがもはやギャグなので、僕は遠慮なく爆笑しておくことにする。
「パンチが効いてますよ。70年代のブー●ィー・コリンズって感じで」
誰だよ、とコウガくんが愉快な格好のままで吐き捨てるように毒づいた。
***
乗船場の待合室では、新聞や本を読んだり、スマホの画面を眺めたり、音楽を聴いたりと、誰しもが思い思いに過ごしていた。
ところが、備え付けられていたテレビから「それでは、今回の大会で見事三個目のプリンセスキーを獲得し、本選となるマスタークラスへの出場を決めたパフォーマーの方へのインタビューです!」と女性リポーターの明るい声が聞こえてきた瞬間から、その場にいたほとんどの人間がぱっと顔を上げる。この反応だけでもイベントに対する注目度が察せられるが、改めて画面を注視してみて、僕は思わずサングラスの奥で目を丸くしてしまった。
「ご紹介します!チーム・シュクルリの皆さんです!」
おめでとうございますと祝福の言葉もそこそこに、今の気持ちを聞かせてほしいとマイクやらカメラやらを向けられる少女。彼女は物怖じすることなく、はきはきと気持ちのよい口調でにこやかに応じている。編み下ろしたブレイズの各所に小さな花を散りばめた特徴的な髪型が印象的だ。
待合室の乗客たちは黙って番組を眺めているが、彼らと一緒にいるポケモンたちは辺りをはばかることなく鳴き交わしている。『ホントに優勝したん?メンバーがおっさんじゃん』『おまえ知らねーの?あいつらダンスとかキレッキレだから。マジ。ご主人と一緒に動画見たことある』『最近はポケビジョンでも上位にいるよ。うちのトレーナーがフォローしてたもん』などなど、エトセトラ。ポケモン側も今やこんなにエンタメ通なのかと驚くばかりだ。あちらこちらで気ままな雑談がぽんぽん飛び交うので、たったの数分でシュクルリの知ったかぶりができるくらいには情報が集まってしまった。
「パートナーを信じて、最後まで自分たちらしさを出しきれたのがよかったのかなって思ってます」
ね、ショコラ!マカロン!
少女の紹介と共に、カメラがホルードとゴロンダを映し出す。イエーイと満面の笑みでサムズアップをしている二匹。マカロンくんは旅の途中でスカウトした新入りだろうか。いずれにせよごつくてむさくるしいのに、なぜかちゃんとアイドル的な愛嬌がある。目線のやり方や表情の作り方もすっかり板についており、カメラ慣れしているところから自ずと彼らの場数も知れよう。れっきとしたエンターテイナーだ。
チームカラーをピンクに統一しているらしく、少女のドレスがビビッドピンクであることは勿論、ホルードやゴロンダが身につけているミニハットやリボン、ハーフグローブ、あらゆる装飾品も漏れなくピンクにまみれている。あえてダンディに整えていくのではなく、パフォーマーとしっかり同調してみせるギャップも彼らの人気に一役買っているのかもしれない。
『おーす、チャンピオン!見てるか!』
リアルタイムで発せられたのは、特定の者に向けられたメッセージ。
今、お茶の間でこれを観ているカロス中のポケモンがざわついたことだろう。僕だってそうだ。
『あんたの方が先にてっぺん取っちまったなあ!大したもんだ!
でもな、俺の方もいよいよ最高峰の手前まで来たんだぜ!このまま一気に駆け上がってお嬢と一緒にカロスクイーンにカチコミかけっからさ!応援頼むわ!』
――彼が何を言っているのか、知っているのは僕ひとり。
そう思ったら、ひとりでに、にやりと口の端が上がった。
『知り合いか?』
隣から(サングラス姿が馴染んできている)ルチャさんの声がかかる。
「…ま、そんなところです」
ろくな説明もせず、そのくせ明らかに詳細を知っている様でにやにやと機嫌よく笑う僕を、ルチャさんはどんな目で見ているだろう。怪訝そうにする気配が伝わってくるけれど、それでも敢えて、曖昧なままにしておいた。もう少し、情報を独り占めする心地よさを味わいたかったから。
頑張りたまえ、ショコラくん。
君が言っていた通り、おっさんが歴史を塗り替えて爪痕を残すってのはなかなか痛快でしたよ。
今度は君たちが特等席に座って、そこからの景色を眺めたらいい。
彼らの前途が明るいことを祈願し、僕もぐっと親指を立ててみた。
【了】