『気配ごと消えた』
胸騒ぎを懸命に押しとどめるような低い声で、コウガくんが沈黙を破る。
きゅっと消しゴムを使ったみたいに、まっさらになってしまったルチャさんの存在感。彼がこの場にいたという痕跡は、地面に残された一枚の羽根ばかりだ。裏が
「…非常事態だからこそ、ここは平静を保ちましょう。闇雲に動いて時間をくえば、助かるものも助からない」
『うむ。初動でしくじりたくはないからな。年長者の指示を仰ぐとしよう』
それなー、…悲しいかな普段は全く敬われてる感じがしないんだけど、一応、僕は彼らよりうんと年上なんだよなあ。いざというときは頼りになるってところを見せておかないとね。
スマホを確認するが、圏外になっている。仕方ない、通報は後回しだ。
「ひとまず、時間を区切って辺りを探してみますか。他の場所にも羽根が落ちてたりだとか、何らかの手掛かりがあるかもしれませんし。時間内での収穫がなかったら、その後はコウガくんと姫でツーマンセル。僕は単独。2チームに分かれましょう。君たちは森のポケモンたちに聞き込みを行ってください。僕は通報のために電波が受信できる場所まで下ります。
こんなけったいな拉致行為が可能なのはどう考えたってポケモン以外にありえませんし、過去にも同様の連れ去り事件がなかったか、そういうことをやらかしそうな奴の心当たりはないか、互いに調べるってことでいかがです?」
ふたりの様子を窺うが、異論はなさそうだ。結構。ならば、早速行動に移すとしようか。
第一段階、捜索。大した異能を持たない人間の身体では足を引っ張りかねない…ので、警察犬よろしく嗅覚に秀でたポケモンに姿を変えて手伝うことにする。蛇の道は蛇、ってね。さいわい、一度変身したことがあるポケモンなら、身の内に蓄えている遺伝子データベースから引っ張り出せば再現には事足りるし…、え?なに?ちょっと見直した?ふふん、そうでしょうそうでしょう。忘れてもらっちゃ困りますよ、こう見えて僕は個体値エリートだしチート能力持ちなんですから。
『ほう。まらさだの屋台に描かれていたぽけもんだな』
姫は居座る場所を求めてよじよじと僕の頭にのぼり、ショートケーキのイチゴみたいにのっかっている丸い飾りをふにふにつついてじゃれてくる。
『主人の頭部に陣取る無礼を許せよ、あるじ殿』
『お気になさらず』
『またえらく愛らしい姿に化けたものだな』
『こう見えて、鋭い嗅覚に定評のあるポケモンなんです。少しはお役に立てるかと』
『かつて変身の機会が?』
『諸事情ありまして』
ペロリームの色違いもかなり人気が高かったから卵作りに励んだ時期があって…とか言い出すと面白くないことまで掘り返さなきゃいけなくなるので、適当に濁しておく。こういう言い方をするとスッと身を引いて深追いをやめてくれるのが姫のいいところだ。ありがたい。
ルチャさんの羽根を拾い上げ、匂いを確かめる。この小さな鼻先が、人間の嗅覚では絶対に知覚できないレベルで(なにせ嗅覚感度は人間の一億倍とも言われる)、詳細に残り香を分析していることを実感する。複雑に絡まり合う膨大な匂いの糸をよりわけて、ルチャさんのものだけを摘みあげるという、本来ならば難解な作業を楽々とこなしていくのだから驚きだ。けど。ペロリームが持つ世間での評判通りの能力には手放しで称賛をおくりたいし、嗅覚頼りに彼を追跡できればいいが───徐々に、この手法での発見は難しいのではないかという考えが鎌首をもたげてくる。
コウガくんは、気配ごと消えたと言っていた。それに、いくら強風に襲われたとはいえ僕らが犯人の姿をちらとも目視できていないのは不自然だ。ルチャさん、もしや何かしら超自然的な時空に飲み込まれてしまってたり?突拍子もない考えかもしれないが、実際、エスパーやゴーストの連中は、そうした時空を操ったり、出現させたり、往来したりする特殊な力を持っている。あながち無理な仮説ってわけでもない。
もし僕の推測が当たってしまった場合はちょっと対処が思いつかないなと懸念しつつ───ペロリームによるアナログなやり方を試すだけ試してみたわけだが、嗅ぎまわること時間にして約一刻、思いがけない結果が待っていた。
あれ?とか、おや?とか、意表を突かれる感じで。
やっぱダメかもと思っていたやり方で何とかなっちゃったときの、ちょびっと肩透かしくった感覚というか。
『…───捕捉した』
と、口に出した途端。
間髪入れずに、僕は首元を掴まれる。暴行犯は言わずもがなコウガくんである。『どこだ』と揺さぶってくるので、喉の奥から自ずと『ぐええ』なんて色気のないひしゃげた声が出た。このキュートな外見からはかけ離れた、間違ってもマスコット的キャラクターが出しちゃいけない類の汚い音だった。
あのさあ、
『やめんかいバカタレ』とコウガくんの腕をどうにか払いのけながら、この時点で割り出したことを整理する。
『偶然、風向きが変わったことで匂いを捉えることができました。ラッキーと解釈したいですが、…ただし、この鼻を以てしても本当に微かにしか感じないんです。おそらく、この地点から5㎞以上は離れている。少なく見積もって、です。実際はもっと遠くかもしれない』
付け加えておくと、今のところ血生臭さは感じません。
そう言うと、目に見えてコウガくんの肩から力が抜けた。やっぱ気にするよね、怪我の有無とかさ。僕だって同じ気持ちだよ。ルチャさんには無事でいてほしいと思ってる。
でも、なあ。
自分で報告しておきながら、途方に暮れる。
ルチャさんの失踪に気付き、匂いを辿り、大まかな彼の現在地を確認するまでいくらも経過していない。言うまでもなく、僕が口にした距離を移動するには不可能な時間だ。ポケモンの能力を駆使すれば道理が引っ込むケースなんざごまんとあるけれど、さすがに、こうも立て続けにホラーな事象が生じれば不気味にもなってくる。
『いくら非現実的とはいえ、せっかくの糸口だ。その匂いの元がるちゃ殿本体かどうかは分からぬが、現場に行かない手はあるまいよ』
力強く姫が支持を表明し、後押しをしてくれた。緊急時に意見を採用してもらえるのって、強い信頼の表れみたいで結構嬉しい。さすれば俄然、自分の発言にも自信が出てくるし。
『して、あるじ殿。どちらに向かえばいい?』
『こっちです』
草をかき分け、姫を乗せたままでとてとて駆け出したら───背後から、盛大な舌打ち。直後、僕の身体はぐんと引っ張られ、とっても雑な感じに持ち上げられた。
『 遅い!!! 』
いやん、ご無体な。貴重な情報を提供したというのにこの仕打ちだ。これってもうモラハラの域じゃないの?ねえ?
まずは南東に道なり…と、言い終わる前から、せっかちな忍者の俊足が風を切った。細かな枝葉くらいはないも同然の、常軌を逸したスピード。他の追随を許さないのも、まあ、発達しまくってるあの両腿の筋肉見れば一目瞭然だよねと日頃から思ってはいたけど…ちょっとコレは想定の範囲外だ。ぶっちぎりで想像を突き放していく速度に目が白黒してしまう。気分は一直線に獲物めがけて飛んでいく水手裏剣そのもの。姫にいたっては(僕の頭の上にいるもんだから様子を目視できないけど)振り落とされまいと必死なのか全身にぎゅうと力を入れて僕にしがみつき、だんまり状態だ。たぶん、あれだ、絶叫系アトラクションの初心者が大声出す間もなくカチンコチンに硬直しちゃった感じかな。分かる分かる。えっぐいもん、この向かい風。目ェ開けてらんないもん。法定速度超過もいいとこだ、暴走族も真っ青だろうよこんなん。おまけに、コウガくんが大空を舞う鳥のように跳躍したり目をむくような高さから飛びおりたりするたび、腹の中の臓器がふわっと浮いて超怖いし。
『随時!言いますから!方向!』
決して自分では味わうことのない、とんでもない風圧を受けながら、僕は声を張り上げるのだった。
***
『ルチャブル!』
コウガくんは、邪魔だ用済みだと言わんばかりにこのふわふわマシュマロ愛されボディを原生自然の只中へ平然と投げ捨てて、ルチャさんのもとへと駆けていく。そう、捨てるという表現がぴったりだ。一片の配慮も罪悪感もない投げ方だった。
着地の衝撃で『へぶっ』と情けない声をあげる僕。ぷよんぷよんとホイップクリームのような寸胴の身体がバウンドする。ッとに、…あのクソ蛙…姫ごと放りやがって…。
辿り着いた目的地には、場所が場所なら御神木にでもなっていたかもしれない立派な大樹が生えており、その根元にルチャさんが倒れていた。状況の説明や描写だけならこうして簡潔に済む。だけど。
「よく初見で彼だと分かりましたね…コウガくん…」
人間の姿に戻って姫と共にふたりのもとへと近付いたが、次第に明らかになる光景に唖然としてしまう。
何ぞ、この蛙には対ルチャさん用の特殊なセンサーでも搭載されているのだろうか───無論、発見できてよかったと思うし、胸だって撫で下ろした。気絶しているとはいえ息はしてるし、さっと検めた感じ深刻な外傷もなさそうだ。でも、コウガくんの腕の中で力なく目を閉ざしたままのポケモンが、間違いなくルチャさんだと、僕は一発では気付けなかったと思う。
だって、彼がいつも手入れを欠かさなかった美しい羽毛や翼が、見るも無残な墨色に変わり果てていたのだから。
***
検査時の生体データによって証明されたからよかったようなものの、ルチャさんをポケモンセンターに運び込んだ当初は、彼がルチャブルという種族であることを信じてもらえなかった。すわ一大事、新種のポケモンか新手のリージョンフォームかと騒がれそうになったのはいい迷惑だ。
診察結果は「異常なし」。
ついでに言っとくと、羽の色が変わったことは「原因不明」。でしょうね。まるでペンキで塗り替えたがごとく、一気に均一に羽の色が変わるなんて、そんな方法があるなら世の中のトリマーがこぞって押し寄せてくることだろう。しかも、上から塗り重ねましたとか、ブリーチした後で着色しましたとか、そんな人工的なものも一切感じられない。生まれ持った色だとしかいいようのない自然な色の付き方をしている。
「帰らせてくれと頼んだ対価…ですか…」
ホテルに戻ってくる途中、気休めになればと思って「清めのお香」を御香屋で買い求めた。部屋の隅に置いた香炉からは、白檀に似た仄かな薫香が漂っている。ただし、香りによって雅な雰囲気を醸す室内だろうと、寝具が南国ムードを演出するトロピカルな柄のベッドライナーに彩られていようと、この下降気味な気持ちではいずれも虚しいものに成りさがる。全員で頭を抱えているのだから、尚のこと。
強烈な耳鳴り、見知らぬポケモン、時の流れが捻じ曲がった異空間、果てには等価交換で色彩を取り上げられた?…困ったなー…、僕、あんまりオカルトに詳しいわけじゃないんですけどねえ…。いずれもルチャさんの口から出てくる言葉ゆえにまだ信じていられる、という奇天烈な内容ばかりだ(コウガくんが同じことを言ったって絶対に僕は信じない)。
『…おまえに二度と会わずに済む方法を教えろと詰め寄るべきだったんだろうが、あのときはそれを言い出せる雰囲気じゃなかった』
慣れない黒羽が視界に入るたびに心底嫌そうな顔をするルチャさんの口から、嘆息が零れる。
いやー、きっついよなあ。あんなに煌びやかな外見だったのに、一転して喪服みたいになってるんだもん。まさしくお通夜状態。以前の姿では、ぱきっぱきっとそれぞれの羽の色に境目があり、鮮やかなパッチワークを作ってたんだけど、今は境界も何もあったもんじゃない。ただただ、黒一色だ。冠羽の末端、爪の先、足元に至る隅々まで徹底して染め抜かれているんだから、ヤミカラスよりも真っ黒。唯一の明るい色を挙げるなら、それは両目の琥珀色だ。見ようによっては、これはこれで美しくはあった。二つに割って、夜空に浮かべた一対の月みたいで。もちろん、そんなのは他人からの無責任な慰めに他ならないし、変わり果てた外見にショックを受けているであろう当該者に気軽な調子で言えることじゃないんだけどさ。
『正しい判断だったと思うぞ』
声は固いが、姫がきっぱりと断言した。
『強い口つきで相手を下手に刺激しなかったからこそ、まずは帰還が叶ったと考えるべきだろうな』
それに、こんなこと言いたくないけどさ。極論なんだけどさ。「二度と会わずに済む方法」→「じゃあ死ね」みたいなことになる最悪の可能性だってあったんだから、「帰りたい」ってシンプルさが逆によかったんじゃないのかな。知らんけど。
『…だが、そいつは「また会いにくる」と言ったんだろう?』
憎々しげに呟くコウガくんからの確認に、ルチャさんは頷いた。
『再訪がいつなのか分からない、という点がしんどいところだな』
空調は問題ないはずだが、室内がいやにひんやりと感じられた。
いつ襲撃されるか不明という恐怖。楽しく観光していた今朝から急変し、平穏な日常からほど遠くなってしまった今夜。随分と厄介な相手と敵対している事実が、重くのしかかってくる。
「今日みたいな大掛かりなことは、一日一回が限度…みたいな縛りが相手側にあるといいんですけどね…」
儚い希望的観測を述べつつ、僕はネット上のポケモン図鑑にアクセスする。
「さて、…現時点で世間に認知されているポケモンが相手なら、その生態を調べれば対策のためのアイディアが浮かぶかもしれません。
ルチャさんにとって未知なる鳥だったというのなら、まずはアローラの固有種から当たってみましょう。この中にいますか」
タブレットの画面を見せ、少しずつスクロールしていく。運よく、当該ポケモンの発見に時間はかからなかった。じっと正視していたルチャさんは、ある画像に爪先を向ける。
『こいつだ』
全員で覗き込む。
表示されているのは───ジュナイパー。
「えっと、…ルチャさん、何でこいつに気に入られたんでしたっけ?」
『…魂が、どうの、…』
「……、…さすが…ゴーストタイプのモデルケースみたいな理由ですね…」
〈 ジュナイパー。矢羽根ポケモン。草・ゴーストタイプ。高さ1.6m 重さ36.6kg モクローの最終進化系。翼に仕込まれた矢羽をつがえて放つ。100m先の小石も貫く精度。基本的に用心深くクールだが、不意をつかれると大パニックに陥ってしまう 〉
機械音声が淡々と読み上げる内容を聞き、ルチャさんが小首を傾げる。
『高さ1.6m…?』
「コウガくんより、もうちょい大きいくらいですかね」
目安を告げると、ルチャさんは『あいつはもっとでかい』と答えた。余裕でおまえくらいはあったと言って、僕を見てくる。
『それに、姿は画像の通りだが羽の色が違う。全体的に黒っぽかったな』
今の俺みたいに、と自嘲ぎみな呟き。ルチャさんがすれた言動を表に出すのは本当に珍しいことなので、本日の事件や先行きの見えない不安がいかに彼を苛んでいるのか推して知るべしというものだ。敵から直々にストーカー行為を宣告されているという点も気色悪い。根っから安心したいなら相手の無力化が必須なわけだが、その手段は(冷徹にいけば)殺処分も視野に入れての退治が一つ。あるいは捕獲。霊的な存在なら、封印するってのも手か。それだけでなく、できることなら、奪われたものを取り返すための方策も検討してあげなきゃいけない。模索すべき事項は山積している。
「もしかしたら、君が件のジュナイパーを森の
珍しい色味、巨体、単なるゴースト複合のポケモンが使うにしては度を超えた術…一つ一つの要素が派手だ。ここまで力をつけるにも相当の年月を費やしたはずですし、その間、人騒がせなトラブルも度々起こしてきてるんじゃないでしょうか。…つまり、日中にも触れましたが、地元では有名な害鳥だと考えた方が自然な気がします」
元よりルチャさんが早期発見とならなかった場合には聞き込み調査をするつもりだったし、明日、あらためて市街地を尋ねてみよう。
予定を組む。やるべきことを無理にでも作る。それだけのことで───ほんの気持ちばかりだけれど───心は安定する。右往左往して怖がるよりはよっぽどいい。
今の段階でやることといえば、あとは体力の温存かな。やっぱり、何をなすにもまずは身体が資本ですから。
「こっちが恐怖と緊張で神経すり減らすのも敵の思惑の一つ…ってこともあり得ます。君たち、今夜はちゃんと寝てくださいね」
───と、そこから数時間後の現在。
時計の短針は「12」を越えて数字一桁のところにさしかかっている。がっつりと、夜更けだ。なのに、なーんでまだ起きてんですかね。寝ろッつったべやクソ蛙。なあ?
『…君の方が神経尖らせてどうするんですか。一番心細いのはルチャさんなんですよ?分かってます?』
僕が何か喋るたびに、ファスナー状の口端でスライダーがちゃりちゃりと音を立てる。
かつて所属していた預け屋へ、対戦用(メガシンカ用)のカゲボウズを厳選するためにジュペッタを連れてきたトレーナーがいた。そのときの遺伝子データが身の内に残っていたので、こうしてありがたく使わせてもらっている。特性は「不眠」。眠れない体質になるから夜通しの警備が可能だし、ゴーストタイプとして相通ずるジュナイパーの波長もキャッチできるから接近にもすぐに気付けるだろうという、諸々の根拠あっての変身だった。
そして、そのことはコウガくんも承知しているはずだ。
しかし、彼は険しい顔つきを崩さず、まんじりともせずあぐらを組んでいる。念のため、ルチャさんにはボールに入ってもらっているのだが、そのボールを両手でがっちりと包みこんで離さない。
傍らでは、『私もきっと見張るからな!』と勇ましく申し出てくれたものの、生来の生態には抗えずに丸くなってぷうぷうと眠っている姫君の姿があった。彼女みたいに潔く寝入ってくれたらいいのに。特殊な訓練を受けてるとかならまだしも、一連の事案が解決するまで寝ずの番をするなんて到底無理なことなんだし。
『いざってときに、一番戦える奴が寝不足で使い物にならないなんて笑えませんよ』
こちらからの小言を聞いて煩そうに顔をしかめつつ、コウガくんはぼそりと言葉を返してきた。『…おまえがルチャブルに変身して囮になる策は使えないのか』
こーいつゥ。
簡単に言ってくれるぜ。真っ先に僕が身代わりの斬り捨て要員てことですね分かります。
『それに関しては僕も考えましたよ。でも、無駄だと思います』
『…魂まではコピーできないからか』
『はい。敵が外見以外の、それこそスピリチュアルな部分で判断してきた場合はあっけなく真偽が見破られる。謀ろうとしたことが露見して相手を激昂させたら、かえってルチャさんが危険だ』
僕は何とはなしに窓へと視線を向けた。朝を迎えた時、淡い青緑色のカーテンが陽に透け、ボタニカル柄が浮かび上がる様子はさぞ美しいことだろう。その向こう側に、今、何か具体的なものが見出せるわけではない。怪しげなシルエットが映し出されているということもない。ホテルのすぐ目の前にあるビーチから波の音が聞こえてくるばかりだ。ただ、闇夜に紛れて、黒い翼に覆われたジュナイパーがこちらを視察している光景が脳裏をよぎった。ルチャさんが遭遇したという怪鳥の、赤い眼差しを想像してみる。彼もまた、今頃、気に入った獲物にもう一度狙いを定めて、次の策を練っているに違いない───…
『僕が、そのジュナイパーを直接見て変身できれば手っ取り早いんですけどね。そうすれば、相手の持つ技能の一切を僕が行使できるようになる。ルチャさんを護衛することも、救出することも、今よりは易しくなるでしょう』
これが、事態をおさめる一番の近道。だからこそ情報収集が不可欠だ。
ホシは、普段どこに潜んでいるのか。弱点はあるのか。地元民は、ポケモンたちは、どうやって折り合いをつけてきたのか。そういう一つ一つを知ることが、ひいては解決に繋がっていくはずだ。
『ベストを尽くすには、それぞれが役割を分担して挑まないと。君ひとりが気負ってたって意味ないの、分かるでしょ。ルチャさんのために何かしたいんだったら、もっと合理的に考えてください』
あー、もう、うっさい。うざい。寝た方がマシ。そう思わせるのがコツ。そこまで言わなきゃいけないきかん坊なのがまたコウガくんの面倒くさいところだ。今に始まったことじゃないけどね。
で、奴はようやく目を閉じて…、……、…閉じてるだけだなこの意固地野郎。
いい加減腹が立ったので、次に目を開けるようなことがあれば催眠術でも使って強制的に寝せようと思ったのだが、コウガくんは線目で狸寝入りをかましたままで夜明けを迎えたし、結局、一睡もしなかった。