雌が絡んだ途端にバカ騒ぎを始めるゴミ共が。
おそらく連中は可燃物だろうから、行きがけに詰所へ火をかけてくればよかったと後悔が募る。
『かの舞姫より直々の呼出しだ』と当該者を他所にして先走り、沸き立ち、最終的にはこちらが怒鳴り散らす羽目になるほど揶揄された数分前までの出来事を思い出して、癪に障るゲッコウガである。
何もかも、例の小娘が悪い。
明後日の方向から踏み込んできたことだけでも不愉快な上に、余計な燃料を投下しやがって。全く何を考えているんだあの温室育ちの世間知らずは。
『どういう風の吹き回しだ』
遠くから、時告げの鐘が聞こえてくる。
花梨の幹に背を預け、今にも反吐が出そうな口調で問うてやれば、キルリアは果敢にも睨みつけてきた。
『私だって、…私だって!あなたなんかに頼りたくなかった!…でも、…ッ』
きっと、あなたでないと届かない。
目に力を込めながらも、その表面は見る間に潤い、赤い虹彩の輪郭がぼやけていく。そうして悔しそうに泣き、嗚咽が交じる震えた声で――キルリアは、ルチャブルの異変を話した。
こんなに美しい涙を自分が流すことは永劫ないだろうと思うくらいに、恋い慕う雄を一途に想う透明な雫が滴る。嘘くさいほどの善良を感じるから、辟易してしまう。いつぞや心をへし折ってやったはずなのに、その悪漢に賭けて、頼って、すがってくるとは思ってもみなかった。これも箱入り娘の純粋がなせるわざなのだろうか。このとき、ゲッコウガは、キルリアに対する明確な苦手意識を持った。
『…何とかするから、泣くな。煩わしい』
ぼそりと言い捨てる。
『拙者が預かる。だから、もう戻れ。
おまえ自身がルチャブルの心配事にならぬよう普通にしていろ』
頷くキルリアは、目元を拭って、一度たりとて振り返らずに走っていく。
その華奢な背中が完全に見えなくなったことを確認し――ゲッコウガは、薬園周辺の植え込みをぐるりと見渡した。
『なんで当然のように聞き耳立ててんだコラ』
ガサリと、一斉に茂みが揺れた。
見渡せどむさくるしい強面の雄共しかおらず、こうも心を萎えさせる「全員集合」などなかなかあるまいと嘆息するばかりだ。
『落ち合う時間も場所もバレてんだぜ?オレらが来ないと思う方がどうかしてる』
『おまえバカじゃないの』と、そもそもの情報を持ってきたニューラが滅茶苦茶なことを言ってくる。どういう理屈だ。バカはおまえだこのすけこまし。
『しっかしなァ、聞いてたろおまえら。あのキルリアに「煩わしい」だとよ。惚れた雄を思い遣って泣く雌に言うセリフかね、やっぱコイツやべーわ』
ダーテングに同調する輩が『ねー、ホント可哀想』『女の子を泣かせるなんてサイテーよ』等々、わざとらしいしなを作っている。まこと気色悪い。てめえらの言う「オンナノコ」を散々可哀想な目にあわせ、散々泣かせてきたのはそっちだろうが。今更どの口がほざくのか。
それに。
『…おい、キリキザン。おまえはせめて止めろよ。というか来るのかよ。来るなよ
『馬鹿言え。来るに決まってるだろ。おまえ、俺のことを君子か何かと勘違いしてないか』
悪びれもせずに、「御庭番最後の良心(笑)」が言い放つ。
『何を食って育ったらそこまでド畜生になるんだと不思議でならない希代のクズと、傾国の美女と謳われる舞姫が、一羽の雄を奪い合ってるんだぞ。面白いにも程があるだろ。見逃したら一生後悔すると思ってな』
『こちとら固唾をのんで見守ってたんだぜ?ちゃァんと気配を消してお利口さんにしてたッつーのに文句しか言わねェんだからなこの阿呆蛙…っと、オイずらかるぞ野郎共。バカがキレたら手が付けらんねェ』
発言の責任などまるで気にせず言いたい放題をかまし、蛙の殺気に勘付いた御庭番の面々が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
…これは放火確定かなァと、その場に残されたゲッコウガは両目に虚無を宿す。何か訊かれることがあっても、ヘルガーの失火ってことにして罪をなすりつければいいか。うん、そうしよう。