※この作品はR-18です。

雨風奇譚   作:はたた

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深碧のロットバルト⑩:ⅰ

 っかしーなァ。

「池の水ぜんぶ抜く」よろしく肺の空気ぜんぶ抜くつもりで溜息ついたのに、まだ胸の辺りがもやついてるわ。

 

 コーヒーでも飲むかと施設内の自販機コーナーに立ち寄ったまではよかったものの、近くにあった長椅子に腰を下ろした途端、倦怠感がシュババババッ!「やっほー!!!」と全力疾走してくる。

 あ"ー…、せっかく深夜テンションのノリで維持できていた無敵の錯覚が、脆くも瓦解していく。何で今になって押し寄せてくるかねえ…、そっとフェードアウトしてほしかったわ。何なの、マレフ●セントなの。お呼びじゃないんだからさ、来ないでよ。

 おかげで身体が重いのなんの。某童話に出てくる獣みたいに、腹の中に石でも詰められてるんじゃなかろうなって感じ。もうこれ動きたくねーな…。よしんば立ち上がって歩きだそうにも足を引きずることだろう。

 

 憂鬱の理由は、はっきりしてる。僕自身の疲労とルチャさんの検査結果のダブルパンチだ。

 

 ───僕だって温室にいましたよ。ええ、昨夜のことです。

 いつぞやのジュペッタになって、陰ながら索敵に徹していた。当たり前でしょ。どこから例のフクロウが飛んでくるか分かったもんじゃないからね。

「不眠」の特性は徹夜勤務に最適だけど、単に「体質的に眠れない」のであって、眠らなくても平気だよー疲れないよーってわけじゃないんだよなあ。「眠らない」のと「眠れない」じゃァ、根本的に違うし。「不眠」且つ「不休」ってのはやっぱり生き物として無理があるので、睡眠に代わる休息が必要だ。とはいえ、立場的にはVIPを護衛するSPだったし、リラックスからは程遠い。おまけに、例の御二方の邪魔をしないよう配慮した気疲れも追加されたら、心身はだる重よ。コーヒーだけじゃなくて、翼を授ける系のエナジードリンクも一気飲みしたい気分。

 

 さて、休憩もそこそこに早いとこガードに戻らないとねー…。でも、ま、今はコウガくんがルチャさんの傍にいるから大丈夫かな?しばらく交代。僕は周囲が無人であるのをいいことに気怠く背後の壁へ寄りかかって、ぐったりとだらしない姿勢もそのままに、渡された書類に再度目を通す。

 検査項目、各種成分、判明した数値。紙きれの上に淡々と印字された、しかし途方もなく重要な情報だ。

 各々の成分が体内でどんな働きをしているのか詳しくは知らないけれど、専門知識を持たないド素人であれ、正常とされる標準数値と比較するだけで書面が示してくる事実を一つに絞り込める。

 数値の過不足が、あっちにもこっちにも。つまり、ほとんどの項目でつまずいたってこと。かなーり分かりやすい形で、ルチャさんの体調不良が可視化されている。

 何これ。

 どんなに自堕落で不摂生な生活してもここまではいかないんじゃないのってレベルじゃん。今まで健診の類はすんなりとパスしてきた、あのルチャさんが。

 職員によれば、投薬や食事を通じた療法をいくらか試してみたものの、今のところ回復させるにはいたっていないという。

 アーカラ島のポケモンセンターで診てもらった時点では、少なくとも目立った異常はなかった。それが、短期間でここまで悪化するなんて。

 この保護施設の面々もルチャさんの現状に引っ掛かりを覚えているらしい。が、原因に関しては特定できていないと正直に打ち明けられ、精密検査を勧められた。

 だよねー…、あくまで「保護」に重きを置いている場所だもの。医療機関ではないのだし、基本的な簡易検査オンリーってとこには理解が及ぶ。設備の範囲内において可能な限りの手を尽くしてもらったことも承知している。必要なら病院を受診するための紹介状を書くからとか、エーテル財団の本部に繋いでやろうかとか、何かと親切な申し出もありがたかった。

 

 しかし───…眉間を揉みほぐしたついでに、カチャリとメガネをかけ直す。

「病気」にカテゴライズされている衰弱した相手に、今回の騒動について話すとして…果たしてどこまで受け止めきれるやら。負担倍増は確実だしさ。しかも、ルチャさんが渦中ど真ん中にいるってことや、解決の目処が立っていないことを知ったら?あれよあれよとドミノ倒しじゃない?ルチャさん曇らせ案件じゃない?

「予定、狂ってくなあ…」

 健康状態に問題がなかったならば、彼には「調査結果の報告」という体で一連の出来事を伝えておきたかった。

 加えて、今のルチャさんはカーカナとのタイプ相性も忘れてしまっているし、だから、僕としては護身の一環として思い出してもらうつもりだったのだ。かの大技───ブレイブバードを、彼自身が修得しているのだということを。

 最終進化と同時に飛行タイプがはずれてしまうという妙な生態ゆえ、鳥ポケモンでありながらかえって飛行技が弱点となったジュナイパー。適切に対処できれば、ゴースト複合の敵だろうとルチャさんにだって反撃できるはずだった。

 けど、体力的にも無理くせぇな。勘を取り戻すためのスパトレなんざできる体調じゃないのは明らかだ。何という間の悪さ。

 

「あのルチャブル、一見すると元気そうに振舞ってますけど、周囲に心配させまいとしているんでしょうね。健気というか何というか…」

 

 職員の発言が、本人の沈痛な面持ちとセットで刺さってくる。うん。彼の性格を考えれば十分にありえそうな話だよね。

 そこに付随して、僕は、「今の弱ったルチャさんを連れてアローラを出ることができない」という事実に頭を痛めている。これほどの数値異常だ、間違いなくポケモン用の検疫所を通過できない。乗船も搭乗も不可能になる。

「結果、アローラに拘束されるわけか」

 ぼそりと独り言つ。

 

 逃げたくても逃げられないときたか。どうしたもんかね。

 

 さすがゴーストタイプ。怨霊からの災い───要するに、祟りってことですか。厄介が過ぎるぞ、魔王様(クソフクロウ)。

 

 原因不明とか。正体不明とか。現代科学で答えの出ない「怪奇」ってやつには、最近、お世話になりっぱなしなんで。今回、ルチャさんの健康が損なわれているのも、霊界の影響がもろに出てるってことか。保護した時点で著しい低体温だったらしいし。そう何度も踏み入れるべき時空ではないことが、よく分かる仕様だ。

 

 まさか霊界が生者に与える影響も計算尽く?

 どこにも行かせねーぞ、ってか。ならば、それは明確な「執着」の意思表示。

 二度あることは、三度ある───近い内にカーカナが姿を現す可能性は高い。

 

 …でもなあ…、三度目?

 釈然としない。なぜ、奴は三度目に繋がる選択をしている?

 カーカナは狙いどおりにこちらの隙をついた。事前の仕込みは上々、見事なまでに再挑戦を果たしている。その後に過たずルチャさんを仕留めるのは容易だったはずだ。

 それなのにキャッチ&リリース?理由は何だ?

 

 そもそも、記憶なんて抽象的で不可視のものを天秤皿にのせることが可能なら、初手でやるだろと僕は思うわけである。

 

 順を追おう。

 敢えてカーカナの側で物を考えた場合、まず、捕まえてきた獲物が「天秤」のことを切り出してきた時点で動揺する。

 ゴースト連中共通のタブー…その切り札を所持していたルチャさんのことは、当然、不可解に思ったはずだ。

 

 そして、生じた動揺は、その後の判断に作用する。

 

 殊ジュナイパーという種族であれば尚更だ。不意をくらうことに滅法弱い───個別の性格のようにも思えるこの特徴は、大なり小なりの差こそあれど、全てのジュナイパーに共通する。

 当該種族特有のものとして血に刻まれている在り方だ。ガオガエンの粗暴な気性がデフォルトであるように。アシレーヌが月夜に歌うことを好むように。誰に言われるでもなく、「そうなるようにできている」。克服や矯正は難しい。いかに長生きをしていようと、年月に応じた多様な経験を積んでいようと、カーカナとてご多分に漏れない。ジュナイパー「だからこそ」、予想外のことに直面すれば精神が大きく揺さぶられる。

 

 結果、熟考するだけの余裕が失せ、複雑な交渉ができなくなる。

 

 それで咄嗟に、最も目につきやすかったルチャさんの「外見」から交渉材料を奪おうとした。ついでながら、容姿弄りは思い通りにはいかなかった獲物への腹いせにもなり、溜飲が下がる……このあたりが推理としては妥当な線だと思う。

 ルチャさん、言ってたもんな。目玉やら翼やらを奪う要求は天秤に通らなかったって。タイトル前のボクサーが基準値へ向けて減量するように、「天秤が水平になるまで既存能力を退化させていく(磨り減らしていく)」だけでいいソフト面とは違い、おそらく、ハード面で天秤が釣り合うよう調整するのは難しいのだろう。で、ようやく見つかった一度目の落とし所が「色彩」だった、と。

 

 もし、カーカナが冷静を保ち、初回で記憶を削っていたならば、奴にとってかなり有利に働いていた。

 

①ルチャさんから「天秤による交渉手段がある」ことを忘れさせる。

②霊界において、当時、誰と、どんな遣り取りがあったのか忘れさせる。

 

 十分だ。

 情報がなければ僕らは対策を立てづらくなり、何もかもが後手に回る。お粗末な守備態勢など恐るるに足らず、だ。ラプーのように片棒を担がせる他者を用意するまでもなく、カーカナひとりだけで、悠々とルチャさんを連れ去っていけただろう。

 

 ただし、記憶の剥奪が最も効果的に働くのは、何度も言うが「初回」に限られる。

 

 二度目に記憶を奪ってもあまり意味はない。僕らがルチャさんの情報を上書きしてあげるだけで済むんだから。「こんなことがあったんだよ、だから気を付けてね」と自衛の策を授けることができるし、こちらの警戒心は格段にはねあがる。一度でも経験したら、後の二度目は強化されるが常…言うなればワクチン打って抗体ができるようなもんだから、カーカナにとってはやりにくいだけだろうに。

 …学びを活かせず、警戒していながらまんまとルチャさんを拐われてしまったくせにどの口がほざいてんだって話だけどね。不甲斐ない限りだ、分かってる。今度という今度は、何もかもをかなぐり捨てるつもりでルチャさんを守らなければならない。

 

 そのためにも敵の思考を分析しておきたいのだが、首をかしげるばかりだ。

 カーカナはルチャさんを諦めていない。にも関わらず、天秤を使用してルチャさんを返してきた。…ここなんですよ。この点が意味不明。

 食べるために捕まえたんだろ?食べるためにリベンジしてきたんだろ?どうしてルチャさんは食われずに助かってるんだ?

「後の二度目は強化されるが常」、これはカーカナにも当てはまる。元が慎重で計算高いなら尚更だ。同じ轍は踏むまいと、天秤の話を持ち出されないための対策は済んでいただろうし、ルチャさんがなにがしか口を開く前に一思いに狩れば目的達成だったのに。

 あ、勘違いしないでね。そうならなくてホントにホッとしてるよ。ただ、カーカナの意図が見えなくて違和感あるなって話だから。

 

 何か突発的に不都合が生じた?補食を中止してまで消す必要がある記憶?天秤を使うほどの?そんなことってある?

 

 

 

『 どうしてキミを納得させる必要があるのさ 』

 

 

 

 ───双肩が、跳ねる。 

 足並み揃えて一斉にざわつく全神経。鼓膜の震えが悪寒となって広がっていく。

 ぞわ。

 ぞわぞわ。ぞわり。

 悪夢にうなされてベッドの上で飛び起きるのと一緒だ。あまりの気色悪さに我慢がならず、恐怖を振り払うように上体を起こす。大袈裟なくらいの仕草でばっと辺りを見回すが、…相変わらず誰もいない。

 

 誰もいないから、尚のこと心臓がきゅうとひきつる。

 

 気のせいだと思いたかったが、それにしてはどうにもはっきりとした鳴き声だった。

 

 うっわマジかー…、稲●のおっさんが喜んで語りそうな洒落怖体験だな。南国のリゾートに来てまで納涼(怪談)?ないわァ。辟易するぜ。

 

 あちらさん、何てったって「魔王」だもんな。下々の心情を慮るわけない。自分の都合だけで気の向くままに動き、周りを振り回すのがお似合いだ。

 見計らったように嫌なタイミングで来るというのが、また何とも。

 

 どいつもこいつもさあ。

 だからね、お呼びじゃないんだって。お引き取りくださいって言わなきゃ分かんないなら面と向かって幾らでも言ってやんよ。首洗って待ってろ。

 

 乱雑な動作で、飲みかけのコーヒーが入った紙コップをゴミ箱へ押し込む。

「…ありがたいことですね、全く」

 戦慄が、胸騒ぎが、疲労困憊で鉛と化した身体を突き動かしてくれるのだから。

 苦々しく皮肉を吐き捨て、僕は温室へと駆け出していく。

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