デデンネはひとり、路傍を駆ける。
あるじ殿はるちゃ殿の退所手続きをしなければならないはずだし、こうが殿に関しては言わずもがな。るちゃ殿の傍を離れたくはなかろう、ならば護衛は彼に任せておくとして、…では、この己は───…。
礼節を重んじるデデンネは、ルチャブルを発見し且つ保護施設まで運んでくれたというポケモンたちへ、礼を言いにいく選択をする。
道すがら行きあった地元のポケモンたちは親切に道順を教えてくれたし、小さなデデンネでも問題なく辿りつくことができそうな距離だったので、善は急げとてちてち四肢を動かしている最中だ。
今から会いにいく相手の大半はゴーストタイプであり、大型店舗の廃墟に住まうと聞いている。現在敵対しているカーカナもまた同タイプ、今は「ゴースト」という単語を聞くだけで若干身構えてしまうのだが、偏見による十把一絡げはやめておこう。行き倒れていたルチャブルを助けてくれたのだし、少なくとも悪漢共ではないと信じたいところだ。
本来なら、彼らが活発化する夜間に訪ねた方がよかったのだろうけれど、夜になるとどうしても生態の都合上自分が起きていられないので、日のあるうちに行動せざるを得なかった。それでも、ここで礼儀正しく接して誠意を見せ、好印象を残しておけば、ひょんな場面で力を貸してくれることだってあるかもしれない。エスパーともフェアリーとも異なる、独特で不可思議な霊能力を扱う存在───味方は少しでも増やしておいた方がいい。感謝を伝えるにあたり、そんな思惑もあった。
走りながら、昨日の主人の言葉を思い返す。
───僕たちにとっても分からないことだらけなんです。なぜ君が神隠しのような目に遭ったのか、失踪している間に何があったのか。
発言を聞いた瞬間からデデンネは偽りを口にした主人の意図を酌み、ならうことにした。
実はおまえをつけ狙うやつがいて。そいつはまだ野放しになっていて。奴の爪先をすり抜ける際におまえの大切な内外のものが剥奪されてしまって───嗚呼、なんとも
そして、その場ですぐに、デデンネは老婆心ながらゲッコウガに耳打ちをしたのだった。
ふたりが番であったことは、まだ伏せておけと。
忍者であろうに、その目つきは不服を隠そうともしない。
まるで剃刀の刃を彷彿とさせる眼差しで冷ややかに睨まれたわけだが、デデンネは怯まなかった。見てとれるゲッコウガの表情が「向きあいたくなかったものを眼前に出された」ことからくる苛立ちを露わにしていたためだ。元より頭がきれるのだから、言われずとも彼とてまた分かってはいるのだ。急いては事を仕損じると。
ゲッコウガの気持ちは分かる。痛いほどに。たとえそれがもう一度現世に帰還するために課された天秤の条件だったのだとしても、デデンネだって記憶を奪われてしまったルチャブルの姿に胸を締めつけられたし、大切に積み重ねてきた日々を根こそぎ台無しにした元凶たるかの魔王に強い憤りを覚えた。
これでは御伽噺に出てくる竜宮城へ行き、果てには玉手箱を開けたようなものだ。大切に慈しんできたものを無造作に摘み取られ、見知ったものや慣れ親しんだものが一切ないという環境下にいきなり放り込まれ、当然、ルチャブルは孤独を深めているはず───彼に寄り添い、少しでも心の傷を癒せるのならどんな労力も厭わない。仲間という枠をこえた間柄を獲得していたゲッコウガなら尚更だろう。一刻も早く、思うさま抱きしめたいに違いなかった。
しかし、同性同士で番関係を紡ぐにいたった「過程」が空白状態になっている相手に、番という「結果」だけを説いて信じてもらおうとするのは得策ではない。主人がルチャブルに見せていた動画や写真と違い、関係性を証明するような物的証拠など何もない以上、悪手でさえある。
『「記憶喪失を利用されているのではないか」との疑念がるちゃ殿の胸中に生じたが最後…、根本的な信頼すら瓦解すれば元の関係にも戻れなくなる。今は堪え時だ』
ここまで言ってようやく、ゲッコウガは渋々ながら口をつぐむのだった。ルチャブルに関することなら神妙になる彼のこと、こうして釘を刺しておけば感情任せの暴走はしないだろう。
───羽の色と一緒なのだろうな。
デデンネは己の胸中が陰っていくのを感じた。
取引とはそういうものだ。痛みを伴う。損を承知で、己にとって価値あるものを差し出してこそ成立する。オーロットも言っていたではないか。清算が済んだものを取り返すことなどできやしない、甘ったれるなと。
だから、…だから、血沸き肉躍る共闘のひとときも、苦楽を共にした輝かしい日々も、彼の脳内に戻ることはないのだろう。
切りかえは大事だ。どこかで区切りをつける必要もある。それでも「仕方ない」「諦めよう」「もう一度新しく思い出を作り直していこう」などと軽々しく言いたくなかった。共に築き上げ、愛着があったものを失ったのだ。その喪失感は簡単には埋められない───……と、こうして物思いにふけりながら移動していたがために、デデンネは行く手を塞いでくる連中の存在に気付くのが少しばかり遅れた。
『やあ、何かお探しかな?こねずみちゃん』
ん?とデデンネは立ち止まる。
進路を遮られたことは勿論、かけられた台詞に覚えがある気がして思わず身動きを止めてしまった。
『……、…心配には及ばない。何ぞ探しているのではなく、先を急いでいるだけだ』
嘆息するも、無視をするとかえって面倒になりそうだったので返事を寄越した。
対するポケモンは二体。相手の額に光る特徴的な小判からしてニャース…の、はず、なのだが、デデンネの知っている白猫然とした姿をしていない。灰色の毛皮。斜に構えた目つき。カントーに生息するニャースの類縁種だろうか。
小馬鹿にしたような表情を浮かべ、何がおかしいのか下卑た笑いをこぼしている。こちらを見くびきった態度は、いっそ完璧なまでに、創作物にありがちな「残念な雑魚」の様式美に沿っていた。
品定めしてくる軽薄な視線を感じ、デデンネは鼻白む。そっちがその気なら私にだって品評の権利はあるぞ。野生暮らしということを差し引いても目につく毛並みの荒れ具合には、彼らのものぐさな性格が現れている。清潔感に欠ける雄などこちらから願い下げだ。
デデンネがそっと胸の中で落第の判を押している間にも、相手はナンパな声かけを継続してくる。
『ではお茶などいかがでしょう。お付き合い願えますか?』
『結構だ、用事があると言っただろう』
突き放したのになぜ誘いをかけてくる?
会話が成立していない、否、わざとふざけた会話に誘導されている。段々と腹が立ってきたこちらを他所に、二体の灰猫は交互に口を開いてはデデンネを煽ってきた。
『ほんとにこねずみちゃんだぜ』
『ねぇ、君いくつ?この街の子?』
こうした手合いに、落ち着き払って言い聞かせても無駄だったか。
怒っているのだとはっきり伝えるために、デデンネはあからさまに眉間にしわを寄せてみせる。
『戯れに付き合っている暇はない。通してもらおう』
声もきつく尖らせたのだが、返ってきたのは『あーあ、怒っちゃった』という灰猫たちのからかいだった。
『ほぉら、お前の髭面のせいだぞ』
『怒ったとこも可愛いじゃないか』
思い出した。
デデンネは一連の会話の既知感についてひらめいていた。あれだ、この流れはいつぞやのろーどしょーで観たやつだな。
件のアニメ映画では、この後、どうなるのだったか。確か、美形の青年が颯爽と助けにきてくれて───まあ、この場合、そんなロマンスに期待するのは止めておこう。自分の身は自分で守らないといけないし、それだけの力があるとデデンネは自負している。身体が小さかろうと性別が雌だろうと、それらは何らハンデにはならない。強さに関しては一家言持ち、それだけ主人に鍛えてもらってもいる。事実、華々しい戦績だって残してきた。
『…まったく…』
デデンネはすうと流れるように、あまりに滑らかな動作で、臨戦態勢に入る。
こねずみちゃん?お茶はいかがだと?
ついていったら自分が茶菓子にされて食い殺されるのは目に見えている。そんなのはごめんだ。
『互いの力量差を見抜けぬか。ならば、あとは』
淘汰されるだけだな。
言うが早いか、その場に閃光がほとばしった。
電気技やフェアリー技が幾重にも混ざりあって発生した光は、天から太陽が落下してきたのではなかろうかと驚愕するほかない強烈な明るさをもたらした。街道に落とされていた木陰は跡形もなく消え失せる。目視する限り技の威力は語るに及ばず、灰猫相手の勝敗自体は刹那のうちに決したも同然だったが、デデンネは攻撃の手を緩めることはなかった。たっぷりと時間をかけた。丹念に、執拗に、徹底的に、完膚なきまでに叩きのめして二度とおちゃらけたことが言えないよう追い込んだ。そのえげつない戦闘力は、心配と好奇とを半々にしながらこっそり事の成り行きをうかがっていたその他の野生ポケモンたちがビビり散らかしてドン引きするほどであり、むしろチンピラの味方になって『やめたげてよぉ!』と庇いだてしてやろうかと思うくらいには過激だった。その超攻撃的な一面をあらわにしたのがどえらい別嬪であることも迫力に拍車をかけており、現場を異様なものにしている。
で。
数秒で終わるところを数分まで引延ばされてフルボッコの憂き目に遭い、全身の骨をがったがたに揺さぶられ、三途の川を渡りかけた灰猫二体は、腫れあがった顔にもかかわらず満面の愛想笑いを浮かべ、いまやしきりと揉み手をしながらごまをすっている。
『えー、はい!というわけでですね!』
平身低頭で、猫が鼠を前に、何ならデデンネの背丈より更に身を屈めようかという勢いで、へいこら。
『オレら、今後は槍が降ろうが何だろうが姐御に従いますんで!どうぞ使ってやってくださいまし!』
『うむ。殊勝な心掛けだな』
素直に反省できるのはいいことだとデデンネが褒めると、連中はえへへと照れた。まあ、照れたというには少しばかり引きつった顔ではあったが。
『あの、それで、…姐御はどこに行かれるので?』
『すーぱー・めがやすなる店の跡地だ』
『あんな辛気臭い廃墟に姐御のような御令嬢が…』
『廃れているかどうかは問題視しない。貴賤も関係ない。そこに恩を受けた者がいるので礼を伝えにいくだけのことだ』
義理は通さねばなと語るデデンネに、さっすが姐御だァと即席の舎弟たちから調子のいい喝采があがるのだった。
++++++++++
ゴミ捨て場を通りかかった折、布きれが何枚か目についた。その大きさといい柄といい、なかなか具合がよく、いつか夜なべで繕いものをするときに使えそうだったのでさっそく持ち帰る。
ふむ。ナイロンが混じってるから、押し洗いして陰干しだな。などと、行程を思案することも楽しい。様々な布を手に取ってきたミミッキュは、繊維別の扱いに自ずと詳しくなっている(ただし、手入れの知識があろうと水道が通っていないので洗う際は磯の海水を使うことになり、結局はすぐに傷んでしまうのだけれど)。
おっせんたくおせんたく~と鼻歌交じりで店舗の外に出たというのに、すぐに機嫌は急降下した。ミミッキュは小さく舌打ちをする。
『…クチナシんトコのすねかじり共じゃねえか』
視界には既に、日頃から折り合いの悪いどら猫連中が入っている。奴らが悪タイプということもあり、跡地住民の大半にとって相性は最悪だ。対ゴーストではいわゆる「抜群」を取りやすいことに起因しているからだろう、バスターズにでもなったつもりなのか『除霊してやんよオラァッ』と大口をたたいて頻繁にいちゃもんをつけてくるため、迷惑この上ない存在だった。よくもまあそんな重箱の隅をつついてきたな姑かよと言いたくなるほど粗探しが得意で、理不尽な言いがかりをつけてくることも多い輩である。うざいの一言に尽きる。
もちろん、やられっぱなしというわけではなく、きっちり仕返しもしている。割とシャレにならない攻撃をかまして追い返したことだってあるのに、奴らは懲りずにやってくるのだ。悪名高ぇくせして寂しんぼかよ、かまってちゃんめ。いい加減めんどくせーし、ちょっかい出すのが嫌になるくらいマジな
『お気楽ニートは暇を持て余してんなあ、おい。今日は何しに来たんだぼんくらニャース』
ミミッキュはタイプ上フェアリーを複合しているおかげで悪タイプが大した脅威とはならず、ゆえに、チンピラが来たらできる限り住民代表として応対するようにしていた。しつこいようならぽかぼかフレンドタイム発動だぜと密かに決意していたのだが、ニャースたちはいつもと様子が異なり、売り言葉に買い言葉での応酬にのってこない。苦虫を噛み潰したような顔をしつつ『うっせーよほっとけ』程度の返しでとどまっている。
あら?
バーンと攻めたんだからバーンと返してもらわないと、こちらの勢いが余ってずっこけるだけではないか。調子が狂う。
いつもと違う点は他にもあった。ニャースたちが『姐御!つきやしたぜ!』と絵に描いたような下っ端の態度をみせたのである。
姐御だあ?
気位が高い、気取ってばかり、くそみてーなプライドだけは一丁前に持っているニャースたちが、誰かにたかるでなく、誰かの下についた?どうしたことだろう。ミミッキュはよくよく目を凝らした。大きな芭蕉の葉を千切り、それを前後から持ち上げてまるで駕籠のように仕立てながら、何かを───否、誰かを乗せて運んで来たらしい。
葉の上からひらりと降り立ち、すました顔で『帰りも頼むぞ』と言い放つ「姐御」。彼女に向かって、びゃん!と集中線が飛んでいく。ミミッキュは急に身の内で緊張が高まるのを感じ、ごくりと唾を飲み込んだ。
全 方 位 が 隙 な く 可 愛 い だ と …ッ!!!
クラスに一人二人はいる「あの子かわいいよね」という気軽な次元ではない、この圧倒的レベチ感。例えばファッション雑誌の表紙を飾って売上げにがっつりと貢献していそうな、マジでガチなモノホンのかわいこちゃんである。
ミミッキュはデデンネを一目見てすぐに人と共にあるポケモンだと理解した。満ち足りた生活を送っているからこそのふくよかな体つき、手入れの行き届いた艶やかな毛並み、潤んだ双眸。香るように漂う知的な気品。山出しのままでは身につかないものばかりだ。
『お初にお目にかかる。我らの身内るちゃぶるがこちらの方々に世話になったと聞き、急ぎ参上した者だ。貴方は関係者の方だろうか』
あ、無理。
化けの皮の裏側で、頬が熱を持った。
いつも嫌味やら皮肉やらを交えて話すことに慣れていたせいで、こうした丁寧な遣り取りに手間取ってしまう。ミミッキュはあっという間に異性とろくすっぽ話せない思春期の男子と化した。
『ま、…うん、そんなとこ』
煮えきらない感じでどもるミミッキュに、デデンネは微笑みかけてくれた。まさにほころぶ「花笑み」の例え通り、対峙する者の視線を否応なくひきつけて見惚れさせる笑顔だ。何なら、一昔前の少女漫画みたいに、彼女の背後で大輪の花が開く様を幻視した。おまけに『大切な仲間なんだ。助けてくれてありがとう』と、鈴を揺するような綺麗な声で、あまりに真っすぐな言葉で、感謝されようとは。
あ"ー、もう。ホント無理。追撃せんでほしい。
ミミッキュの胸中は、時を追うごとにどんどんむず痒くなっていく。
何の配慮も要らないから不良共を罵る方がはるかに気楽でいられるなあ、そっちの方が自分にはむいてるなあと益体もないことを考えつつ、増すばかりの心拍数をどうにか鎮めようと深呼吸を繰り返した。
いいってことよ。気にすんな。当たり前のことをしたまでだぜ……よし、無難だな。まともな返しだ。次こそは、とミミッキュは何度かイメトレを繰り返しつつ声を出す。
『別にいらねーよ、礼なんか。腹の足しにもなりゃしねぇ』
あ"ッ!?
オイィィィッ!!?
なんでやねん違うだろうがァッ!直前にリハーサルしたやないかいッ!!!と心の内ではセルフツッコミをするものの、時すでに遅し。己の口は勝手に動き、ぶっきらぼうな返答を紡いでいる。気分は思春期なのだ、仕方ない。こんなお嬢さんを前にして平常心でいろというのが無理な話だった。が、さすがにこの客あしらいはまずいと焦り、ミミッキュは何とか言葉をかき集める。
『あの、さ。ゆーて、自分は、ルチャブルが倒れてんの、見つけただけ。救助とかしてない。人間のとこに運んだのだって、他の奴だしさ』
ぶつんぶつんと途切れ途切れに口ごもりつつ、説明を試みた。デデンネは急かすことなく、穏やかな表情でミミッキュを見つめている。無駄に刺激しないことでこちらを落ち着かせようというのか。全く以て逆効果だ。その温かく柔らかな接し方が眩しくて、かえって舞い上がることになり、いよいよ『アッアッ』とカ●ナシ化していくミミッキュである。だいぶキモイ。我ながら嫌になる。
ふいに『おまえは異性相手だとコミュ障』というクレッフィの評価が脳裏をよぎるも、ミミッキュはぶんぶんと首を振る。違う、違うぞ。そこまで情けなくねーから。いざってときにはバッチリこなす、それがオレっちよ!
美女相手だって抜かりなくやってやらァ!仕切り直すぜ!
『ほら、なんつーの?あんたは、インギン?ってやつなんだろうけどさ、そーゆーことしてもらうだけの価値ある奴なんて、いないから。ここ。自分らは、基本、親切とか、無縁な
今回のことも、メガやすを仕切ってるじいさんに助けておけって言われたから、そうした。じゃなきゃ、何もしなかったよ。な?所詮は掃き溜めなの。道徳心も倫理観もゴミ箱にポイした連中ばっかなの。あんたが頭下げるには及ばないの。なのに、変に気にして、わざわざこんな場末にまで出向いちゃってさあ。ご苦労様でした』
あ"あ"あ"あ"あ"!!!
っべーッッッ!!! キモイ喋り方止まんねぇぇぇ!!!
なんかそれこそ悪タイプみてーなこと言ってっしよォ!誰だよ「漢見せたりますよ!!! (ドン ! )」とかイキってた奴ぅ!
余計なことまでべらべらと垂れ流しながらも、嗚呼せっかくこんなに可愛い子から優しくされる稀有な体験してんのに馬鹿野郎ちくしょうめもちょっとスマートにキめたかった、というのが本音だ。情緒と行動が一致しない。仕方ないね、さんざっぱら言ってるけど、こちとら思春期なんだもん。しかも相手に口を挟ませないというね。いつだってコミュ障は一方的だし、一方通行だ。
『どうしても御礼を言いたいってんならさ、色々指示出ししたうちの御大にしときな。案内してやるから』
うん、オレっちでは力不足だわ。さっさと年長者に引き継ごう。
ミミッキュは、これ以上、ひねくれた照れ隠しをも許容してくれているデデンネのつぶらな瞳を見ていられなくて、くるりと背を向けた。
++++++++++
やあ久しぶりと言うことはない。だから相手は、互いが知り合いであることに気付かない。それでいい。ただ、ひっそりと、シャンデラは自分の心の中だけで懐かしむ。
先のルチャブルと同様、シャンデラにはすぐに分かった。彼女の美しさは、その気高い魂の在り方と共に記憶に焼き付いていたので、あれから随分と時を経ても尚、しっかりと覚えている。
まだ生意気盛りで小さなヒトモシだった時分、転生前の彼女と霊界で出会い、その魂を導いたことがある。当時の彼女は人間で、身にまとう豪奢な着物に負けず劣らずの麗人だった。
───そうか。今世はポケモンとして生を受けていたか。
先程対面した際、彼女は、真っ先にシャンデラと目を合わせ、視線を結んだ。奇特だ。シャンデラを見た者の多くは、傷跡の醜さに目を見張って気味悪そうに眉をひそめるというのに。
シャンデラは、デデンネの黒真珠のような輝く双眼をゆったりと見つめ返した。変わったのはその姿だけだ。この御方の真心ある立ち振る舞いは一つとて失われていない。それが、無性に嬉しかった。
まったく、何という不思議な出来事だろう。立て続けにゆかりのある者たちと邂逅を果たすなんて。うっかり運命という胡散臭い言葉だって信じたくなってしまうほど、今のシャンデラには「予感」があった。長らく待ちわびていたうねりがやってくる、そんな予感が。
シャンデラの
御老体、長寿と共に培ってきた貴公の智恵を貸してはもらえまいか。そんなふうに切り出された相談事のあらましは「この地で魔王と恐れられているジュナイパーに、
こうして因果が巡るのか。
こうして歯車が動くのか。
シャンデラはひとり打ち震えながら、デデンネに交渉を持ちかける。
───なるほど、ルチャブル殿にはそのような事情があったのですね。ははあ、だから美しい色彩や愛しい記憶を犠牲にして辛くも魔の手から逃れてきたというわけですか。なるほどなるほど。さぞや心配でしょうなあ、敵が諦めていないのであれば尚のことだ。仲間がこれ以上危険にさらされぬよう、何かを奪い取られぬよう、本体を叩いておきたいとは全く以て頷ける話だ。
『時に、お嬢さん。この辺りの鳥たちは土地柄もあって陽気な喋り屋や
デデンネは少々口元を緩めてはにかみはしたものの、「それほどでも」というありきたりな謙遜はしなかった。傲りは感じられない。ただ事実をありのまま率直に認める、潔い態度だった。
『主人のもとで鍛練を重ねてきたからな。…他国での話になるが、人間の主催する武闘会で頂点をとって殿堂入りを果たした身だ。戦うことに関してはある程度自信を持っている』
『頼もしい限りだ』
そこで提案なんですがね。
あなたが儂の智恵を頼るのであれば、対価として、儂はあなたの強さに頼るとしよう。
必ず承諾される。シャンデラはそこに疑いを抱かない。
誰も知らないはずのことを、自分だけが握っている。そういう希少性が、シャンデラが出そうとしている
よって、結論から言えば、予想違わずデデンネは食いついてきた。小さな体をいっぱいに乗り出し、どうにかすると掴みかかろうかという勢いで。
曰く───このじじいの頼みごとを一つ引き受けてくだすったら、霊界にある奴の本丸の位置を教えて差し上げましょうぞ。いかがかな。